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幕間1*「半日」

​*寺置視点です

 踏み切りを渡ると、赤い提灯に『やきとり』、のれんに『カモん』と書かれた店に入る。

 頭上から『カっモ~ン♪』と気が抜けるベルが鳴るが、笑顔で迎えられた。

 

「カモーん! お秘書のあんちゃんじゃねーか」

「こんばんは、大将様」

 

 お秘書こと私、寺置 守は笑みを浮かべると、カウンター席に着く。

 ここは子供の頃からの腐れ縁で上司である海雲様行きつけの居酒屋。もっとも彼はここで働いていらっしゃる“みっちゃん様”こと、辻森みき様目当てだったようですが、私も通わせてもらっています。主に彼への嫌がらせで。

 

 当人達は今頃ラブラブ(だといいですね)なので今夜は完全プライベート。

 焼酎とやきとりをいただきながら、大柄な体格に無精ひげを生やした大将様と今日のことを話す。

 

「そっか、みっちゃん元気そうなら良かった」

「はい。妹様と仲良くいらっしゃいましたよ」

「ああ、まきちゃんか。双子だけあって顔はソックリだが性格は真反対で面白いだろ」

「そうですね」

 

 楽しそうな声に瞼を閉じる。

 思い出すのは数刻前。海雲様とみっちゃん様のお見舞い場所にいた彼女──。

 

 

* * *

 

 

 病室のドアを開けて驚きました。妹がいるとはお聞きしていましたが双子とは。

 みっちゃん様の妹のまき様はお姉様と同じ身長で肩までの黒髪天パ。長袖カットソーにファーフードのコートジャケット、さらに厚手のデニムとショートブーツ。その姿に第一印象は『寒がり』。

 

 しかし、顔立ちは同じで可愛らしいのにムスッとした表情。

 おや、よく見かけるお顔ですねと、つい隣の男を見てしまいました。後退りされた気がしながら海雲様に続いて名刺交換。したが。

 

 

「“じおんしゅ”……さん?」

 

 

 …………はい?

 なんでしょうね、背景に某MS乗りで仮面を被った男が浮かびます。私も眼鏡じゃなくて仮面を被るべきですかね。

 

 ともかく隣で肩を震わせている海雲様を後で叩いておきましょうかと考えていると、耳まで真っ赤にされている彼女に気付く。

 訂正の意味も込めた一言は蹴りを入れられてしまいました。女性に蹴りを入れられるとはさすがの私もビックリです。みっちゃん様の見舞い品だったから良かったものを……なんだか面白い方ですね。もう少し一緒にいてみましょう。

 

 じれったい海雲様とみっちゃん様を放っておいて、彼女の車の運転席に座ると拒否られたので強行手段取らせていただきました。若干ウトウトされていて危ないですから……しかし抱いてみると軽いですね。

 

 住所を聞くと『カモん』の近くのようで、福岡に来たばかりの私でも大丈夫そうです。かと言ってウトウトしている人をそう簡単に寝かせはしませんよ。運転してる方も辛いですからと、海雲様とみっちゃん様の出会い話をする。

 どうやら聞いたことがなかったようで、必死に眠さと戦う姿は見ていて楽しいです。

 

「ハッキリ言うな!」

 

 おや、声に出してしまいましたか。失礼しました。でも運転中に叩くのは危険なので、ほどほどにお願いしますね。

 そして海雲様の『一日半で惚れた』について『信じらんない』と言う彼女に同意ながら意地悪な質問をしてしまいました。すると真面目に考えていたのか、躊躇いを含んだ声。

 

「それが人間(ひと)で手に入れてたくさん愛したいなら『一目惚れ』でいいんじゃないですか」

 

 そう呟いた彼女は、まさにその状態中のみっちゃん様を案じていらっしゃる様子。つい『姉想いで可愛いですね』と言うと、思いっきり叩かれてしまいました。しかしツンデレなのか、見え見えの赤い顔は可愛らしく、とても啼かせたく……今……何を思った……?

 

 何かが引っかかっている隙に花束を膝に置かれてしまい、表情を崩してしまいました。そして彼女は三秒でおやすみ。安らかな寝息に、ハンドルを握る手に力がこもった。

 いつぞやの海雲様がホテルでみっちゃん様に手を出せず合掌してしまったように……まさかの──。

「勝ち逃げですか……」

 夕日が沈む夜の下、ポツリと久々に溜め息と共に呟いてしまった。

 すーすーと規則正しい音を立てる彼女のことを頭で考えると渦を巻いたようにハッキリしない。私にしては珍しいと右折すると、ボスリと肩に彼女が寄りかかってきた。

 

 驚いて見ると、シートを倒さなかったせいかと苦笑する。

 赤信号で停まっている内に彼女のシートを倒すと覆い被さるようになってしまった。目の前には瞼を閉じた彼女の目と鼻と唇。一瞬ゴクリと喉が鳴るが、後ろからクラクションを鳴らされてしまった。青だったようで申し訳ありません。

 しばらくすると彼女の自宅に到着。

 本当に『カモん』の目の前なことに内心驚きながらシートベルトを外し、彼女を見ると目を見開く。なぜか──泣いていた。

 急いで起こそうとするが『どうして……』と聞こえる呟きに手が止まる。続くように彼女の口が動いた。

 

「どうして……一緒……離れ……ない……で」

「っ!」

 

 それは寝言だったのだろう。

 でも、涙を拭うように手を頬に添えると、眠ったままの顔が手の平に乗る。瞬間、身体中がざわつき、気付けば彼女の肩に顔を埋めた。

「ああ……どうしよう」

 

 笑みを浮かべたまま、独り言のように呟く。

 それは海雲の『一日半』を通り越して『半日』で彼女を手に入れたくなった欲情。タガが緩んだ“俺”は邪魔な眼鏡を外すと、彼女の唇を指でなぞりながら耳元でその名を囁いた。

「まき」

「んっ……!」

 

 ビクッと身体は揺れたが起きない。

 無防備に寝ているまきが悪い……と、内心笑いながら首筋に吸い付いた。

 

「ふあんっ……んっ」

 

 口に挿し込んだ指で漏れる声を抑えると、白い肌に赤い花弁を何枚も付ける。静かな車内では“ちゅっ”という音と、息を荒げる音。名残惜しく額にキスし離れるが、やはり起きない。

 すごいなと笑いながら眼鏡を掛け直すと鼓動を抑える。その想いはひとつ。

 

 『手に入れてたくさん愛したいなら』の言葉通り愛してあげよう。まきは逃げるだろうけど……それは無理だよ。

 弧を描いた唇に、違う唾液が絡まった指を入れ舐めると彼女を起こした──。

 

* * *

 

 

「どうした? お秘書のあんちゃん」

「……ちょっとまあ、嬉しいことがありまして」

「そりゃ良かったじゃねーか」

「ええ」

 

 時計を見ると十時。

 そろそろかと携帯と一緒に名刺を取り出す。

 

 起きた後の彼女は変わらず突っかかってきて面白かった。

 海雲様やみっちゃん様が相手だとああはなりませんからね。しかも別れ際の顔を伏せてのお礼は反則でしょう。久々“素”で笑ってしまって、そのまま家の中に押し入るところでしたよ。

 

 そうくすくす笑いながら名刺に書かれてある番号に電話をかける。

 さてさて、取った彼女の反応はどれだけ私をくすぐってくれるのでしょうね────?

いちご
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