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​03話*「悪魔」

 夢の世界から押し出したのは悪魔の声だった。

 

『こんばんは、寺置です』

「……………………………………………………………ただいま留守にしております。ご用件のある御方は『ピーッ』と言う発信音の後に『こんばんは、寺置です。まき様『カモん』で一緒に飲みましょう』

「最後まで言わせろよ!」

 ツッコミ性と、あんにゃろーに名刺を渡した自分を呪った。

 社会人になると、知らない番号でも職場からかもって取っちゃうよね……。

* * *

 金曜の夜のせいか、十一時を過ぎても多くの人が行き来している。

 居酒屋である『カモん』も美味しそうなやきとりとお酒の匂いに包まれていた。

「あらあら、まきちゃん久し振りね」

「……どうも」

 

 小さい頃から通っていたせいか仲の良い『カモん』の大将と奥さん。

 最近来てなかったからニ人と会えるのは嬉しい。なのになぜ数時間前まで一緒にいたヤツの隣にまた居るんだ? て言うか何時間ここにいんの!?

 なんとも言えない目で見るボクに、隣に座る寺置さんは微笑む。

 

「まき様は何飲みます? あ、私はビールお願いします」

「お秘書のあんちゃん強いな。もう五升はいったろ」

「大酒飲みか!」

 座ったまま蹴りを入れると『ザルなんですよ』とニコニコ笑っている。

 その笑みがさっき会った時と若干違う気がして、やっぱり酔ってるのではと思ったが構わずウーロン茶を頼む。瞬きする彼にボクは答えた。

 

「悪いけど、仕事に行くから飲めないの」

「お仕事……ですか?」

「そ。早出で五時半頃には出なきゃ」

「それでお風呂に入ってからと……お断りしてもよろしかったのに」

 

 おいおい、すんごい嚇しをかけて呼んだのどこのどいつだよ。

 腹が立ってゲシゲシと両足で蹴っていると奥さんがウーロン茶とビールを運んできた。礼を言うと、手に取ったウーロン茶を寺置さんの前に出す。

 

「奢ってくれるんでしょ?」

「仰せのままに」

「何それ……」

 

 呆れながらも乾杯。

 やきとりや刺身を食べながら久々大将さん達と話す横でビールジョッキが増える増える。本当は来る気なかったのに、お母さんぐっすり寝ててご飯忘れてんだもんな。ボク料理できないし姉さんもいないし……そこで隣に訊ねる。

 

「藤色のお兄さんから何か連絡ありました?」

「いいえ。何もないので上手くいったんじゃないですか」

 

 微笑む寺置さんとは反対にボクは胸が痛んだ。

 つまり両想いが叶ったってことか……最近悩んでたし“恋人”になれたなら良いことのはずだけど、ボクからは離れていくよね。あの夢のように。そこでまた思い出す。

 

「寺置さん達いつまで福岡にいるんですか?」

「あとニ週間ですね」

 

 東京から仕事で来た藤色のお兄さんと寺置さん。

 それはつまり“別れ”もあるということだ。福岡に来たのも十一月中旬だし……遠距離になるの姉さん大丈夫なのかな。まあ、あの能転気なら心配するだけ損だよね。

 そんなことを考えていると視線に気付き、寺置さんと目が合った。何さ?

 

「……いえ、みっちゃん様のことばかりだなと」

「よくシスコンとは言われるけど、あのバカ姉見てれば誰でも心配しますよ」

「まあ、そうですね……」

 

 その後『まさかのみっちゃん様か……』と変なことを呟いたが無視だ無視。

 結局寺置さんはボクが来てからビール六杯飲んで、0時過ぎに二人で店を出た。ほぼ半日飲んでたことになるのに、彼はとてもピンピンしている。どんだけ強いんだよと溜め息をつきながらペコリと頭を下げた。

 

「ご馳走様でした」

「いえいえ、こちらこそお仕事前にお誘いして申し訳ありませんでした。今度は休みの時に飲みましょうね」

「……ホテルまで電車ですか?」

「ええ。福岡タワー前にあるのですが、ギリギリ終電かタクシーがあるでしょう。お楽しみ中の海雲様を呼ぶのもありなんですけどね」

 

 くすくす笑っているが、目を見る限りするつもりはなさそうだ。なんだかんだで藤色のお兄さんのことを考えているのがわかり、胸の奥がほんのり暖かくなった。

 マフラーをくるくる首に巻くと、寺置さんの手を握る。

 

「……送ってく」

「え?」

 

 丸くした目を瞬かせる寺置さんを引っ張るように歩きだす。

 彼はなんだか慌てているようで、ちょっとしてやったりだ。線路を渡るとアパートが見え、寺置さんを車の助手席へ促す。

 

「えっと、まき様。ご説明願いますか?」

「だーかーら、ホテルまで送るって言ってんの。ここからタワーなら一時間も掛からないし、そのままボクは仕事場に向かうだけ」

「それだと早く仕事場に着くことになりますよ?」

 

 病院を出た後と反対になってちょっと面白い……とは言えず、運転席に座るとエンジンをかけた。

 

「別に施設でも寝かせてもらえるし遅刻するよりかはマシ。その変わり今日送ってもらった分とご飯代はチャラってのが交換条件で」

「……真面目と言うか、その変は双子ですね」

 

 苦笑する寺置さんに、あのバカ姉が何かしたのかと眉を上げる。

 けれど『お願いします』と言われたので、街灯しかない夜の道へ車を走らせた。

 

 

* * *

 

 

 おいおい、これはいったいどういうことなわけ?

 車窓からは福岡タワーが見える。イルミネーションの時間が終わったのは残念だけど、なんでさっきから隣の人は一言も喋んないの!? 病院帰りや店であれだけ喋ってたのに全然喋んないよ!!? 目、開いてる!!?

 

「開いてるよね!?」

「え? 何が?」

 

 瞬きと声が返ってきたことに安堵の息をつく。

 まさか飲み過ぎで急性アル中でポックリ逝ったかと思ったよ。そんなんで死ぬとか笑えないし、そんな葬式ボクは出たくない……って、さっき口調が違った?

 

 小さな違和感を覚えているとホテルに着き、近くに一時停める。

 よく見れば大手リゾートホテルとかマジか。名刺見る限り注目されてる企業だったもんな。

「まき様、ありがとうございました」

「別に……っ」

 

 シートベルトが外れる音と声に振り向くと“ちゅっ”と軽いリップ音。一瞬何が起こったのかわからなかったが唇が湿って……へ?

 

「何……今の……」

 

 呆然とするボクに寺置さんはくすくす笑っているが、今までとはちょっと違う笑い方。まだ理解していないボクに、眼鏡を取った彼がゆっくりと近付いてくる。

 身体が動かないのはまだ放心しているせいなのか。それとも整った容姿に熱い眼光を持つ悪魔男に魅入ってしまったせいなのか。

「何って……」

 

 呟く男は一本の指でボクの顎をゆっくりと持ち上げ──。

 

 

「まきとキス」

 唇と唇を重ねた────。

いちご
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