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​04話*「成人最初」

『第一体操~♪』

 

 爽やかな朝だ。十一月下旬とは思えないほど晴天だ。

 寒がりのボクでもラジオ体操すれば温まるもんだ。そうだ、この体温は身体を動かしているからだ! 決してヤツのせいじゃない!!

 そう勢いよく腕を回すボクの耳には、他の職員が心配そうに話しているのもまったく聞こえなかった。ボクの頭と耳に聞こえるのは数時間前の音──。

 

 

* * *

 

 

「んっ、んん……んっ」

 

 車内には“ちゅっくちゅっ”と水音が響く。

 音の正体が自分の唇と寺置さん(こいつ)の唇から出ているなんて信じられない。というかいったいなんでこうなってんの!?

 顎に添えられていた手は後頭部へと回り固定される。

 おかげで唇を離すことが出来ず、キスを続けていた。キス……これってキス、だよね?

 わけがわからず目を開けると、端正な顔立ちの彼と目が合った。

 

「っ!?」

 

 目の奥に何かを宿しているのを感じると、無理やり身体を離した。

 

「ふぁっ、んっはぁ……はぁ……」

 

 新鮮な空気を吸っても上手く呼吸が出来ない。身体が熱い。なんだこれ……口の中に自分のじゃないのが混じって……。

 そんな下唇から垂れる唾液を寺置さんは指で掬うと舐めた。

「ちょっ!?」

「はい?」

 

 衝撃場面に彼の腕を掴むが、変わらない笑顔で舐めた指をボクの口の中に挿し込んだ。

「ふゅんっ!?」

「ふふふ、可愛い啼き方ですね」

 

 “泣き方”ってなんだよと憤るも、さっきとは違う音が鳴る。

 自分のとは長さも太さも違う指に口内が支配されて……たまるか!、と、思いっ切り噛もうとしたが離されてしまった。『危ない危ない』と眼鏡を掛けながら笑う男を睨みながら、呼吸を整えるボクは声を振り絞る。

「なん……なんだよいったい……」

「酔っていました」

「はっ!?」

「……と、言わなかったらどうします?」

「このっ……!」

 

 勢いよく右手を振りかざすと彼の手に捕まれた。

 シートベルトのおかげで身体は止まり、ぶつかりもしなかったのに『残念』と微笑まれる。ぶつかっていた方がヤバかった気がしていると、手の甲に口付けが落ちた。

「ふぎゅっ!」

「ふふふ、本当に可愛いですね。啼かせると全然声が違うなんて、ギャップ萌え狙いと素、どっちですか?」

「素だよ!」

 

 自分だってビックリだよ! “ふぎゅっ”ってなんだよ!! て言うかイケメンからギャップ萌えなんて聞きたくないんだけど!!!

 

「ツンデレもボクっ娘も好きですよ」

「うおおおぉぉーーーーいっ!」

 

 寺置さん(こいつ)はもう残念なイケメンか? むしろヘンタイか!!? 危険人物か!!!?

 また別の思考をしていたせいで『まきだけだけど』の呟きは聞こえず、彼の顔がまた目の前に……!

 

「ちょっ、離れて……」

「さっきよりは全然離れてますよ」

「そりゃ、さっきのキ……いやいや! 充分近いよ!!」

「“キス”と言えなかったり素で啼いたり、さては男性経験ないんですね?」

「うっさいよ! ……あ」

「ふふふ、素直な子は大好きですよ」

 

 ボクのバカバカバカバカ!

 羞恥に顔を真っ赤にしていると『じゃ、私とのがファーストキスですね』と呑気に笑うので反撃してやった。

 

「ファーストキスは姉さん!」

「家族はノーカンで」

「同級生の男の子!」

 

 ハイハイの頃に確か姉さんとした。そして同級生とも罰ゲームか何かで小学生の頃……子供じみてると思われたっていい! なのに黒い空気だすのやめてよ!! ボクは悪くない!!!

 

「……そうですね。では成人最初(アダルトファースト)キスってことで」

「無理矢理すぎるだ、っふゃ!」

 叫んだ瞬間、舌で唇を舐められた。

 一瞬身体がゾクッと疼いたが、両手で口元を押さえる。くすくす笑う男を殴りたい。

「その表情もそそりますね。でも今はこのぐらいに、お楽しみは取っておきましょう」

「ふぉクふぇあしょぶな!」

 

 口を押さえて喋るとロクでもない喋りになるな!

 そんな声に寺置さんはお腹を抱えて笑っている。笑い上戸なのかと思う反面、自分も殴りたい衝動に駆られていると、いつの間にか耳元に口が寄せられていた。

 

 

「またな、まき」

「っ!」

 

 

 官能的に響いた声に身体中が熱くなる。

 硬直している間に寺置さんは車から降り、ニッコリ笑顔で手を振りながらホテルへと姿を消した。そして、静まる車内でボクは叫んだ。

 

 

「バッキャローーーーーーーーっ!!!」

 

 

* * *

 

 

 おかげで職場に着いても施設内に入ることも寝ることも出来ず、車中で頭を抱えていた。いつもなら元気に走る入居所さんの後ろをポテポテ歩くだけなのに、全力疾走で一緒に走ったりと遊んだり、とにかく忘れようとする。なのに頭から離れない! こんにゃろー!!

 

 

「辻森っち、今日どうしたの?」

「えりさん……そんなにボク変?」

 

 仕事が終わり、ロッカーで着替えていると、身長一六八の茶髪にポニテ。同期で同い年の内宮えりさんに声をかけられた。

 “私”ではなく“ボク”で話せる数少ない相手だが、内容が内容だけに言葉に詰まる。その様子に深刻さを感じたのか、彼女の眉が落ちた。

 

「あたしで良ければ聞くよ?」

「……実は変態に追われまして」

「ムリ、交番行って」

 

 即答かよ! いや、ボクの言い方も悪かったけどさ!! マジな心配顔やめて!!!

 その後、若干濁しながら寺置さんのことを話すと、えりさんは唸る。

 

「その人、何歳?」

「確か藤色のお兄さんと一緒だから……二十八?」

「ロリコンではないか……なら、辻森っちに惚れたとか?」

「失礼なこと言ったでしょ。ていうかないない。あれは絶対ボクの反応見て楽しんでるよ」

「まあ、辻森っち素直だから遊びたくなるのはわかるけどね」

 ボクはまた頭を抱えた。

 遊びやすいのは姉さんだけと言いたいが、ボクもよく職員の冗談を真に受けては遊ばれているため否定出来ない。寺置さんのことなら姉さんに相談した方がいいかとも思うが、多分月曜まで帰って来ないよな……。

 悩んでいると、えりさんが自販機で暖かいココアを買ってきてくれた。

「ま、明日明後日は連休なんだからゆっくり考えてみなよ」

「投げやりだ~」

 

 溜め息をつきながらココアを受け取ると、仕事のえりさんと別れ、外に出る。

 職場は山の上にあり、一気に寒さが全身に伝うが、夜空は満天星空で綺麗だ。白い息を吐きながらバックとココアを持つと車に向かう──が。

 

 

「お疲れ様です、まき様」

 持っていた物すべてが地面に落ち、ココア缶が転がる音が響いた。

 目の前で微笑み佇むのは────寺置さん。

いちご
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