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​05話*「ココアの味」

 荷物やココアを拾うことより、状況に頭が追いつかない。

 ボクの車の前に佇んでいるのは、今朝方までのスーツとは一変。袋を手に持った私服姿の寺置さん。おいおい、いったいボクは日を跨いで何時間こいつと会ってんだ……て言うか。

「ストーカーーーーっ!!!」

「失礼な」

 

 叫ぶと同時に来た道を走り出すが、羽交い締めで捕まってしまった。

 ジタバタと逃れようとしても身長一五三のボクに対し、一八十以上あるヤツには敵わない。観念したように動きを止めると、寺置さんはくすくす笑いながら下ろし、頭の上に顎を乗せた。おい。

 

「もう……なんなんだよ」

「散歩ですよ、散歩」

「どんだけ遠い散歩ですか……」

 

 車じゃないならタクシーか、地下鉄を乗り換えてバスを使ったか。しかし後者となると、停留所からは急な坂を上って……あれ? 今って暗いけど六時過ぎだよね?

 顔を青褪めたまま見上げる。

 

「いつから……ここにいたんですか?」

「十分ぐらい前ですよ。“早出”と仰っていたので職業と時間を考えれば大体わかります。残業しすぎだとは思いますけどね」

 

 秘書すっげーーーー! じゃなくて!!

 彼の頬に手を寄せると瞬きされるが、やはり冷たい。慌てて荷物とココアを拾うと、ココアを彼の頬に……って、届かない!!!

 眉を上げたまま『んっ!』とココアを差し出すと、彼は間を置いて言った。

 

「……なんだか『となり●トトロ』のカンタくんみたいになってますよっだ!」

 

 思いっ切り足を蹴ってやった。

 

 

* * *

 

 

 車のエンジンを掛けると暖房を付け、一息つく。

 ココアを気にされたが、ペットボトルのお茶を持っていたのでいいと譲った。えりさんごめん。寺置さんはココアを飲みながら窓の外を見る。

 

「星が綺麗ですね」

「いつもより少ないでしょ」

「いえ、東京では滅多に星も見えないので、坂を上りながらつい感動してしまいましたよ」

 

 外灯が殆どないためあまり表情は見えないはずなのに、今までとは違う柔らかな笑みがハッキリと見えた。赤くなった頬を隠すように顔を逸らすと『お腹空いたな~』なんてことを言ってみる。実際お腹空いてるし。すると袋を差し出された。

「食べます?」

「は?」

 

 その中身は──赤飯。

 

「なんでだよ! しかも三つも!? なんのお祝い!!?」

「まあまあ、いいじゃないですか」

「よくないよっ!」

 

 一悶着あったが結局いただいた。お腹ぐーぐーに勝てるわけがない。

 食べ終え、お茶を飲もうと思ったが既に飲み干していたらしく、コンビニへ行こうと声をかけた。

 

「で、ボクはアンタを送って行った方がいいの?」

「せっかくですし、デートでもしましょう」

「デートって……」

 

 ニッコリ笑顔で言われても、どう反応すればいいんだ。

 まあ中身はともかく、こんなイケメン(だと思う)に言われたら普通はときめく……のかな。イマイチわからない。男に興味がないわけではないけど、ボクなんか誘ったって──。

 

 

『辻森っちに惚れたとか?』

 

 

 えりさんの言葉がよぎったがない。それはないないと切り捨てる。ただ楽しんでるだけだ……姉さんと双子のボクが面白そうだから。

 胸がズキッと痛んだ気もしたけど気付かない振りをし、溜め息をついた。

 

「じゃ、せめてボクも休みの明日にしない? 今夜は夜勤に早出と疲れてるし、寺置さんも昨日お酒いっぱい飲んでたしさ」

 

 渋々いうボクに彼は瞬きした。癖なのかそれ。

 

「……よろしいんですか?」

「そっちが言ったんでしょ。別に……遊ぶぐらいなんとも」

「デートですよ」

「いや、そんな恥ずかしいの……それってカップルがすることで……」

 

 単語が恥ずかしいって、この歳でどうかと思うけど言えないものは言えない。

 すると突然、寺置さんがジャケットを脱ぎはじめた。

 

「急に何!?」

「……いえ、暑くなったので」

 

 暖房付けてるせいだろうけど、急に脱がないでよ! 心臓に悪いだろ!! しかもなんか機嫌悪そうだし!!!

 イヤな予感がするので出発しようとシートベルトに手をかけるが、手の上に彼の手が乗り、ビクリと身体が反応する。思い出すのは夜明け前の──。

 

アダルトファースト

「成人最初キス?」

「っ!?」

 

 

 気付けば横切った反対の手が窓ガラスに添えられ、前のめりになった彼の顔が目の前にあった。耳の傍で甘い吐息を感じると身体中が熱くなってくる。

 

「どうした……まきも随分と暑そうだが?」

「そ、そんなこと……ない」

 

 口調がさっきと違うのに気付かないのは余裕がないせいか、実際混乱している。そんなボクを面白がっているのか、彼は耳朶を甘噛みした。

 

「ひゃうっ!」

 

 感じたこともない刺激が耳朶ひとつで全身に伝わり、荒い息を吐く。

 彼は楽しそうに耳朶を数度舐め、首筋に顔を埋めた。眼鏡の冷たさが余計感じるのは火照っている証拠。すると、舐めては吸われる。“舐める”とは違って痛みを感じる“吸う”行為にボクは声を漏らした。

 

「やあ……ぁああ、んああ」

「良い声……まき」

「んっ!」

 

 痛みとは反対の優しい声に、涙目で顔を横にすると口付けられた。

 伝わるのは甘いココアの味。そのままゆくっりと上唇と下唇を舌で舐められ、隙間を通って歯列、そして口内へと侵入される。彼の舌がボクの舌と交わると、身体がいっそう熱くなった。

 

「んあっ、ふぁんあぁっ……」

「んっ……だいぶん熱くなって……まきも脱ぐか」

 

 口付けられながら言葉の意味を考える。

 その隙を狙ったかのようにコートの前を開かれると、彼の手が上着の下を通り、肌へと這う。

「なっ、何する……っ!?」

 

 肌を撫でながら上へ上へと手が上がっていく。

 それ以上はダメだ。それ以上先は……と、必死に首を横に振るが、彼は笑みを崩さず、手はついに胸の膨らみへと辿り着いた。ブラ越しに何度か揉まれると掬い出され、荒々しく揉まれる。

 

「やあぁぁ……ああんっ」

「ああ……この柔らかさと啼く声は本気でそそられる……」

 

 その嬉しそうな表情に不覚にもドキドキしてしまうなんて感覚が絶対麻痺している。

 虚ろになっていると彼は瞼に優しくキスし、ボクの服を捲くる──。

 

『ピルルルピルルル』

 

 ──前に、携帯が鳴った。ちなみにボクのじゃない。

 一息ついた寺置さんは着信名を見ると、捲った服を戻しながら電話に出た。

 

「はい、寺置です。はい、はい、そうですか」

 

 ひとまず良かったのかと思うボクの携帯にも、母から帰りはいつメールを受信した。読み終えると、同じように終えた寺置さんにニッコリ微笑まれる。一瞬肩が跳ねた。

 

「すみません、社長から緊急の用が入りました」

「……ホテルまで送ろう……か?」

「いえ、バスと地下鉄で行きます。これ以上いると本当に襲ってしまいそうですし、明日の“デート”を楽しみにしていますね」

 

 そう言うとボクから携帯を奪い、メルアド交換をされた。

 終えるとジャンバーを羽織り、車から出て行こうとする後ろ姿に声を振り絞る。

 

「なんで……ボク……に……こんなこと……」

 

 聞きたいような聞きたくないような呟きはシッカリと届いたようで、振り向いた彼はまた顔を寄せると、小さく口付けた。その笑みは意地悪く見える。

 

 

「まきに半日惚れしたから」

「……は?」

 

 

 素っ頓狂な声を出すと、くすくす笑いながら『また連絡します』と言って出て行った。

 半日惚れってなんだ? て言うかこれ、ヤり逃げって言うのか?

 

 次第に怒りのようなわからない感情が沸き、今朝方のように車内で叫んだ────。

いちご
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