06話*「デート」
日曜、午後一時前の駅前。
昨夜のことなんて何事もなかったように場所と時間のメールが来た時は枕を投げた。
そんなヤツなのに、なんでボクは余所行き服を着たんだろ。
そりゃ“デート”って言われたら服もそれなりとか変に意識したけど。
「──ま」
いやいや、昨日の約束を守るためであって……普通に最初は『おはよう』からでいいのかな。
「──き」
もう、なんなんだよ。『半日惚れ』とか、会ったらキッチリ説明させてやる。
と、思考を別のところへ飛ばしていると、小さなリップ音と共に唇が湿った。我に返ると周りが呆然と見つめ、影に覆われていたボクは顔を上げる。そこにはニッコリ笑顔。
「こんにちは、まき様」
「ぎ……ぃやああああああぁぁぁーーーーっっ!!!」
挨拶よりも説明を求めるよりも先にキスで悲鳴を上げた。
* * *
「女性が『ぎゃー』なんて言うものではないですよ」
「誰のせいだ! 誰の!!」
場所は海辺付近に観覧車もあるアウトレットモール。
ホテルからこの観覧車が見えて気になったって、おい。しかも大衆の前で平然とキスするなんてどういう神経してるんだ。あーもう穴があったら喜んで入るよ!
そう顔を逸らしながらも、隣を歩く寺置さんに目を移す。
私服の他、今日は眼鏡も上部分だけ縁のある淡い紫。
ボクではないが、他所行き用に見えた。まあ、私服でもネクタイってのが秘書なのか遊びなのかわからないけど、確かなのは周りの女性が一度振り向くほどカッコイイってこと。
精々ボクは妹とか……似てないかと溜め息をつくと振り向かれた。
「どうかされました?」
「……いや、外見だけはイケメ……なんでもないです」
「ふふふ、ありがとうございます。今日はまき様の方が数段可愛らしいので負けますけどね」
「お世辞はいいよ……」
スタスタ歩くボクに彼は苦笑しながら『本当ですのに』とか言っているから困る。彼の一言一言だけで身体中が熱くなって、今の台詞だけでも何度上がったか……おかしいよ。
そんなボクが不機嫌に見えたのか、寺置さんはイチゴチョコのクレープを奢ってくれた……イチゴ!
「ふふふ、もしかしてイチゴ好きですか?」
「うん、好き! ありがとうございます!!」
するりと感謝の言葉が出るぐらいボクは大のイチゴ好きだ。
キャラ的に違うかもしれないけど、瞬きしている寺置さんに構わずベンチに腰をかける。あっという間に食べ終わると、寺置さんが自分のイチゴチョコをくれた。
「いいの?」
「ええ。まあ、昨夜のお詫びと思ってもらえれば」
「昨夜……!?」
瞬間、脳裏に車内場面が浮かび、一気に身体が熱くなった。
心臓がバクバクする中、貰ったイチゴチョコを食べながら訊ねる。
「……昨日さ」
「はい」
「言ってた……『半日惚れ』……って、何?」
「海雲様の『一日半惚れ』の『一日』を取ったものですよ」
『一日』を取ったもの?
クリームの付いたイチゴに食いつきながら思い出すのは病院帰りの日。藤色のお兄さんが姉さんを『一日半』で好きになっ……え?
すぐ辿り着いた答えに思考が停止していると、唇に付いたクリームを彼の舌にペロリと舐め取られた。
「あぅっ!」
「ふふふ、甘い味に甘い声、ご馳走様でした」
「っ!?」
くすくす笑いながらベンチから立ち上がった彼は、食べ終えたクレープのゴミを捨ててくると、ボクの手を引っ張る。逆らうことなく立ち上がったボクに彼は微笑んだ。
「それでは“デート”しましょうか」
それはなんの裏もない“普通”の微笑で心臓が跳ねた。
手を握られたまま服や雑貨を見たり買ったり、いつの間にか買ってもらったり、ゲーセンでカーレース勝負して敗退しては挑んで負け、UFOキャッチャーで羊ヌイグルミを取ってもらったり……始終彼の微笑みは“普通”だった。
普段は仮面を被ったような微笑みなのに、今日の“普通”は自然体で楽しくて嬉しそう。
なんで……なんでそんな表情をボクに見せるんだよ。
『半日惚れ』って、つまりボクを好きになったってこと? なんで? まだ出会って三日も経ってないのになんで……なんでボクの心臓はこんなにも煩くて、こいつの……寺置さんのことだらけなんだよ。
なのに手はずっと繋いでいた。
* * *
時刻は夕方四時を過ぎた。
オレンジ色に変わった太陽も海の彼方へ沈んでいく。
寺置さんは服が何着か入った袋を持ってくれて、ボクの手にはゲーセンで取ってもらった羊のヌイグルミがいる。なんだかんだで全部寺置さん持ちだったのを思い出し、ペコリとお辞儀した。
「今日はいっぱい……ありがとうございました」
「いいえ。私も楽しかったですから」
頭を上げると“普通”の微笑で、慌てて視線を逸らした。徐々に直視出来なくなっていると、彼は空を指す。
「では、ラストはあれで」
「あれ?」
指した先を見ると──観覧車。
「ムリムリムリムリムリ!!!」
「高所恐怖症なんですか?」
「ちちちちち違うけど!!!」
ただでさえ直視出来ないのに観覧車とかムリ! しかも密閉空間!! しかもこの人と!!!
「何もしませんよ」
「前科あるよね!?」
「ふふふ、そんな想像してたんですか?」
「いいやっやっはっ!」
ニッコリ“いつもの”笑顔に意味不明な声が出る。
それが面白かったのか、くすくす笑いながらボクの顔を覗き込んだ彼は『ま、キスぐらいすると思いますけどね』と言った。それだけで顔が真っ赤になるとヌイグルミで頭を叩くが、肩に顔を埋められ、耳元で囁かれる。
「好きな女(まき)とニ人っきりで、何もしないのはなしだろ」
「っ!?」
明らかに違う口調よりも『好き』の言葉に叩く手が止まる。
いっそう顔を真っ赤に染めていると、彼は微笑みながら手を握り、観覧車乗り場へと向かう。おいおい、ボクはまだ乗るとは言ってないぞ!
当然そんな言葉は届かず、日曜の上に絶好のシチュエーションで観覧車は列が出来ていた。殆どは男女でカップルっぽい……そこにボクがいるってなんだよとドキドキしながら待つしかない。
「もしかして、辻森さん?」
背後から掛けられた声に振り向くと、肩下までの茶髪パーマの女性と金髪の男性。
耳元で『知り合いですか?』と寺置さんに訊ねられるが心当たりがない。首を傾げていると女性は楽しそうに笑う。
「あたしあたし。小・中一緒だった柿原あり歌」
名前を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になる。
会いたくない人だったからだ────。