00話*「ボク」
寒さが本格化してきた十一月下旬。福岡県、とある老人ホーム。
五十人ほどの入居者は介護が必要な人と、そうではない人で棟が別れている。
ボク、辻森まき(♀)は後者の職員だ。
「種村のおばあちゃん。おトイレ行きますよ」
「はいよ~まきちゃ~ん」
シワシワで暖かいおばあちゃんの手をゆっくり取って一緒について行くのは、介護を必要としていなくても何が起こるかはわからないからだ。一歩一歩おばあちゃんに歩幅を合わせ、今日の仕事を終えた。
* * *
「辻森さん、年末年始はどう?」
「問題なく入れますよ。ウチは正月という正月もしないので」
施設ジャージから私服に着替えると、廊下で会った同期の重原君と勤務相談をする。
ここに限ったことじゃないけど人手不足は否めない。けど、ボクの家は帰省もしないし、あまり年末年始も関係なかったりする。
「御節たくさん食えよ。辻森さん痩せすぎだって」
「それ、身長のこと言ってます?」
ジと目で重原君を見る。あ、ちゃんと仕事中は“私”使うよ。仕事だもん。
ちなみに自分でいうのも悲しいけど、二十五歳なのに身長は一五三センチ。肩までの黒の天パを後ろでひとつ結びにし、化粧は薄く『ホントにしてんの!?』と先輩によく言われる。
私服は、もこもこインナーとカーディガンにマフラー、厚手Gジャンにブーツ。色気より防寒! 寒いのキライなんだよ!! 夏ならまだしも!!!
重原君は苦笑しながら『違う違う』と言ってるけど、どうだか。
別れると、足早に駐車場へと向かい、車に乗る。時刻は夜の十一時過ぎ。姉さんは今日もバイトだったな。
ボクの家は母と姉の三人暮らし。
両親はボク達が高ニの時に離婚。でも、時たま顔を見せにくる父のため寂しくはない。母は事務職で、姉の“みき”はボクと一卵性の双子で居酒屋でバイトしているフリーター。
姉はどっか抜けていると言うかバカ?
炊飯器のスイッチは入れ忘れるし、人や物によくぶつかるし……どうしようもない姉だけど姉だしな。こればっかりはどうしようもない。
そんな姉に“好きな人”が出来たらしい。
彼氏いない歴=年齢だったのに(ボクもだけど)バイト先に良い人がきたらしくって、最近ソワソワしている。ホテルにも一緒に泊まったくせに、ただの『お泊り!』と言い張った姉は大丈夫なんだろうか。むしろ“好き”って気付くのに時間かかってそうだ。ああ、頭が痛い。
仕事場から家までは車で四十分ぐらい。
けど今日は平日で夜も遅い時間なのもあって、十一時半過ぎには家に到着。早く温まりたいと玄関を開けるが、母が慌てた様子で駆け回っていた。
身長は一七十あって細身。天パも母譲りだけど身長も欲しかったなと思いながら声をかける。
「どうしたの?」
「あ、まき、いいところに!」
いつもは呑気な母が珍しく慌てている。イヤな予感しかしない。
「みきがバイト先でケガしたらしくって病院行ったのよ。頭から結構血が出て意識ないって言うから今から行くよ! 運転よろしく!!」
あんのバカ姉~~~~っ!!!