29話*「言わせないで」
ゴンドラの窓から射し込む光で輝きを増す物。
それはダイヤモンドの指輪と、目の前で微笑む彼。そんな一人とひとつを呆然と見ながら脳内リピートする。
『俺と結婚しましょう』
けっこん……血痕……決闘……じゃない……結っ!!?
「結婚ーーーーーーっ!!?」
「さすが、まき。ロマンチックの欠片もないな」
衝撃発言に両膝を折り曲げ、慌てて窓の隅に寄った。
ダイヤの箱を持つ男はくすくす笑いながら空いた手でボクの手を取る。その双眸はハッキリとボクを捉えているのがわかり、目を右往左往させながら訊ねた。
「えっと……その……つまり……それは」
「プロポーズですよ」
「アンタも欠片ひとつない──っ!?」
ツッコミを入れた瞬間、手の甲にキスが落ちた。
身体が大きく跳ねると楽しそうに笑われるが、羞恥のドキドキメーターが爆発寸前で殴ることも出来ない。すると、静かなゴンドラに優しい声が響く。
「さっきまきが言ったように、俺ももうまきしか愛せない……ずっと一緒にいたい」
「今日……帰るのに……?」
嬉しい言葉とは反対の言葉を言ってしまった。
目を見開く寺置さんに、以前感じたことのある重みが胸の奥で乗る。だが彼は笑うだけだった。
「ふふふ、寂しがり屋まきが現れたか?」
「さ、寂しがり屋はそっちでしょ!」
「あー……それを言うなら両方で」
「うぐっ……」
そう言われると口を閉じてしまうが、彼が否定しなかった事に驚く。もしかして、少しは別れを寂しがってくれたんだろうか……。
そう考えると両頬が熱くなり、頭からは湯気が出そうだ。そんなボクと違って思考が読めているのか、大きくて暖かい手に頬を撫でられる。
「お望みなら今夜一緒に東京に連れて帰ってもいいぞ」
「ええっ!?」
「もちろん俺が残るって選択肢もある。どっちを選んでも俺は構わない」
それどっち選んでも一緒じゃない!? 魔王降臨してんじゃん!!!
そんなオーラに一歩引いていると苦笑された。
「まあ正直な話、仕事もありますので今日は無理ですね」
崩した顔に、安堵よりも寂しさがあった。
なんだかんだで福岡と東京という遠距離というか中距離というか……そんな恋愛だ。前はまだ気持ちに気付いてなかったから良いけど、気付いた今、ボクは姉さんみたいに耐える事が出来るだろうか……無理とか、言っていいんだろうか。
「ぶっちゃけ俺は遠距離無理」
「うおおおぉぉーーいっ! お前がかよっ!!」
「でも春が来たらすぐ一緒になれるので頑張ります」
「なんで春っ!?」
もうわけがわからず彼の両肩を叩いた。
こんな場面でもツッコミの性分は抑えられないのが怖いが、彼はくすくす笑いながらボクの胸元に寄り掛かると意外な事を話す。
「俺と海雲が福岡に来た理由がな、支社を福岡ここに作る話が挙がったからだ」
「は?」
素っ頓狂な声を出すと手短に説明された。
彼は藤色のお兄さんのお父さんが社長の会社に勤めている。最近会社の業績が上がったことから大阪の他にも支部を創る話が持ち上がり、二人が福岡担当になったそうだ。そして一ヵ月半で予想以上の会社と契約を結んだことで、近い内に博多に会社を創る……へ?
「その支社の代表が海雲に決まっているから俺も一緒に来ることになる」
「つ、つまり……」
「春から準備がてら福岡に住むって事だ」
顔を上げ、ニッコリスマイルを向けた魔王に冷や汗が止まらない。まさかのまさかで、本当に魔王が降り立つどころか居城を構えるのか?
それが良いのか悪いのか脳内がパンクしていると、耳元で囁かれた。
「好きだよ──俺のまき」
官能な声に全身がゾクゾクする。
まだ出会ってニヶ月ちょっと。好きと気付いてニ週間ちょっと。繋がってニ日ちょっと……なのに、見つめ合うと彼の瞳にはボクしか映っていない事に全身が歓喜に湧く。動悸も激しく熱いが、それでも必死に口を開いた。
「……春……一緒なれる?」
「……今すぐ婚姻届を出しに行ってもいいんですが、俺も支社立ち上げで忙しくなるからな。指輪だけ先に預けとく……ニ、三ヶ月もあれば俺のお嫁さんになる覚悟出来るだろ?」
「ボク……主婦なれないって……」
不貞腐れたような顔をすると笑われた。
努力はするけど……でも……それってもう……。
「俺のお嫁さんでOKって事か?」
微笑みながら彼は再度箱を、指輪を見せる。
不貞腐れていたのに目頭は熱く、涙が出はじめた。でも彼と同じように微笑むと、箱を持つ両手に手を乗せる。
「魔王をブッ叩く……鬼嫁でいいならね」
「ふふふ、大丈夫。叩かれても俺が勝つから」
浮かべる微笑に招かれるように唇と唇が重なる。
当にゴンドラは真ん中は過ぎていたが、眩しい空と太陽が祝福してくれるように輝いてくれた──。
* * *
「んあ、あ゛あ゛ああーーっ!」
ゴンドラを降りるまで本当に口付けを続けた魔王。
それだけで疲れ、抱き上げられたまま車に戻った。が、なぜか後部席に座らされ服を脱がされ、喘ぎと淫らな音を響かせていた。
さっきまでの空と太陽から一変。
薄暗い立体駐車場に停めているのを良いことに、両手はマフラーで、両脚は胸上で屈曲させられ、彼のベルトで縛られている。そんな秘部が丸見えな姿に容赦なく大きな肉棒を挿入され、汗も涙も白液も流れだす。
「もうちょ……優じく……あ、ああぁぁっ」
「無理……まき……こっち向け……んっ」
「んんっ!」
全裸のボクとは違い、服を着たままの彼は眼鏡を外し口付ける。
両手は胸を愛撫しているが、ズボンの隙間から出ている肉棒の大きさは変わることなく膣内を何度も行き来していた。あと数時間で帰る彼を受け入れるのに不思議と抵抗はないが……全っ然優しくない!!!
「んっ……どうしました……奥さん?」
「やんっ……変なこと言わ……ああんっ!」
「変じゃない……この指輪付けたんだから……“俺の奥さん”だろ?」
「ううっ……」
両手が結ばれた左手を取られると、薄暗い車内の中で唯一光る薬指のダイヤ。
指輪にキスを落とした彼は首元に吸い付き、所有の花弁を付けながら両脚を結んでいたベルトを解く。上げていた脚が急に落ちると、挿入したままだった肉棒がよりいっそう奥に入り込んだ。
「あああぁぁーーんっ!!!」
「んあっ……!」
気持ち良さそうな声を響かせながら世界が真っ白になる。けれど途中で抜かれ、イき損ねた。
「ああっ……なんでぇ……」
「ふふふ、お前一人がイくのはダメですよ」
そう言いながらも彼の口調は“いつも”と“普通”がごっちゃになっている。それだけ彼も限界なんだろうかとボヤけた頭で考えていると、白液を垂らす肉棒の先端と口付け。
「ふぎゃっ!」
「可愛い啼きをありがとう。さ、俺の方も気持ち良くさせろ」
「ちょっ、こらぁ~~っ!」
跨った男は肉棒を胸の間に挟み込み、先端をボクの口元に向ける。なんだよこの変なポーズはと顔を横に振るが、肉棒を持つ彼は先端でボクの頬や唇を突く。その表情は……とっても楽しそう!!!
「ひゃああぁ……っ」
「ほら、食べて……」
「んんっ……!」
“食べて”の声と笑みに、もう抗う事は出来なかった。両手をゆっくりと肉棒に沿えると口へ運び、咥える。
「んっ、んっ……はむっ……んっ」
「ああっ……んっ、良い子」
先端に口付けては白液を舐めて咥え込む。
さっきとは違い優しく頬を撫でられると、もっとしてもらいたくて袋を擦り、先端を口内の奥へと招き入れる。同時に呻きも聞こえた。
「あ、ああぁぁ……まき……出るっ」
「んっ……んっ、ふゃして……んんっ!」
自分でねだるなんて羞恥な事も彼の前では素直になる。先端から噴出した白液が口内と顔に飛び散った。
「ふゃあぁ……!」
「ふふふ……俺の精液でベッタベタだな……」
先端を口から抜くと、顔に飛び散った白液を舐め取られる。
その舌がくすぐったくて身じろぐが、跨がれ固定された身体は動かない。ただ荒れた息を吐き、虚ろな目で見つめていると、彼はボクの両脚を持ち上げる。
「良い子な“奥さん”にはご褒美だ……」
「んんっ……挿れて……」
自分の声とは思えない甘い声にくすくす笑う声と『はいはい』の声。同時に白液を吐き出してすぐの肉棒を膣内へと挿れていく。
「あ゛あ゛ぁっ……熱いの入って……んんっ!」
「可愛く乱れて欲しがって煽いで……さすが」
「“俺のまき”……?」
いつも聞く台詞を言うと一瞬目を見開かれたが、すぐ意地の悪い笑みを向けられた。
「…………小悪魔嫁だ」
「んんッあ、ああぁぁーーーーっ!」
腰を引っ張られ、奥深くへと激しく挿入しては抜きを繰り返される。秘部から潮が噴出しても涙が溢れても、魔王はやはり止まらなかった。
* * *
「腰……痛い……股……痛い……もう全部痛い……」
「私の溢れんばかりの愛だと思えばなんでもないですよ」
「それ重い。すごく重い。とっても重い」
夜の福岡空港出発ロビーの前で、ボクは魔王に支えられ立っている。
三箇日が終わろうとしているせいか、空港は混んでいて座れるわけがない。結局最後の最後までイって気付けば着いてましたの状況ばかりで溜め息をついた。そこで左手の薬指に光る指輪を見て気付く。
「いつの間に指輪買ってたの?」
「まきが真っ白世界にご招待されている間に途中下車して買ってきました」
「駅弁買うノリで言うのやめようよ……」
「ふふふ、本当は誕生石も考えましたが、お姉さんと被るのはイヤでしょ」
確かに姉さんの指輪には誕生石があったけ。て言うか、こいつが藤色のお兄さんと同じ事したくないだけじゃ。
そんな目のボクとは違い、彼は出発板を見上げていた。
「みっちゃん様も一時間ほどでお着きになりますね」
「うん、入れ替わりだからね。ボクはこのまま待ってるよ」
「本当は気持ち良くイって寝たかったんじゃないですか?」
それを無理やり起こしたヤツは誰だよ!、と、睨んでも変わらない笑みを向けられるだけ。そんなわかりきったことされるのは悔しくて、別の事を言った。
「“旦那さん”の送りぐらい当然です!」
彼は笑顔のまま固まった。気がする。
恥ずかしいが効果はあるんだろうかと思っていると突然横抱きされた。一気に周りから注目され慌てるが、魔王はそんなの関係なく真剣な目でボクを見つめる。頭上から彼の乗る飛行機のアナウンスが流れるが、その口から出てきたのは官能な声。
「もうワンラウンド……イっとくか?」
「一人で行ってこっ!?」
叫びは口付けによって遮られ、周囲から黄色い悲鳴が上がった。
恥ずかしい台詞を言うのは止めようと誓いながらも、別のことを唇を離した彼に言う。
「せいぜい会わない間に……“大嫌い”って言わせないでね」
「ふふふ、そんなのすぐ“大好き”って言わせてあげますよ。あ、妊娠の兆候あればすぐ婚姻届に判子「元気にいってらっしゃい!!!」
最後の最後まで一言余計な男の頭を叩き、仁王立ちで見送る。
荷物検査へと向かう彼もずっと微笑んだままで、小さく“またな”と呟いたのがわかり、ボクも微笑んだ。その後はぽっかりと隙間が空いたような気持ちになったが、指輪を見る度に笑みが零れ、背伸びする。
さ、あと一時間……どうすっかなー……────。