最終話*「姉の恋人秘書とボク」
寒い冬から温かい春に変わろうとしている。
姉さんとニ人、こたつに入ってコーヒーを飲んでいると『卒業シーズンだね~』なんて、ボクらには関係ない台詞に呆れた。
「お花見とかおめでたいの考えなよ」
「まきたんの寿退職とか?」
「しないよ!!!」
既に脳内が春の姉を叩く。
* * *
寺置さんの飛行機が飛んだ一時間後。元気に帰ってきた姉さんを、彼から貰った新聞紙で即行叩いた。魔王を寄越した事、タルトの告げ口をした事……etc。
しかし帰宅後は母とタッグを組み、貰った指輪など根掘り葉掘り聞かれた。
ボクは必死に口を閉ざし続けたが、なぜか魔王の番号を知っていた母が彼に掛けようとしたため断念。恋人と言うか、けけけけけ結婚の約束までした事に驚かれたが、すぐ笑顔で宴会騒ぎになった。ボクはとてつもなく眠かったが。
その後の寺置さんとは、いつもの一日一回メールと、ちょっと増えた電話の変わらない日々。
何かがあったとすればバレンタイン。やはりあげるべきかと市販チョコを送ったが、当日彼の手作りチョコが送られてきた時には膝を折ったものだ。
そして藤色のお兄さんの誕生日がニ月らしく、また彼に言わず東京へ行った姉と入れ替わるように魔王が降り立った。あのカップルがボクに不幸を招いているとしか思えない。
「ふふふ、“幸福”の間違いだろ? 素直じゃない子はお仕置きだな」
「あぅ、ああぁぁーーーーっ!」
またホテルで散々弄られる。
抵抗しても、久し振りに感じる舌と熱いモノに身体は歓喜に湧き、盛大にイかされた。そんな愛撫が一息付くと、ある話を聞かされる。
「結婚式? 誰の?」
「俺とお前。と言いたいが、海雲とみっちゃん様のだ」
最初のも冗談に聞こえず逃げようとするが、後ろから抱きしめられて捕まる。腕に歯を立ててやったが、口に指を入れられるばかりか耳朶を舐めては囁かれ、胸板に落ちた。息を整えながら説明を受ける。
どうやら三月に姉さんのバイト先『カモん』で、ニ人の式を挙げるらしい。
姉さん自身は『籍だけで充分!』と式をする気はないようだが、さすがに迷った藤色のお兄さんが母と『カモん』の大将と話して決めたとのこと。本人には内緒で。
「……何も言わず、藤色のお兄さんに会いに行ったりしてたから仕返し兼ねて……とか?」
「まあ、その可能性もなくはないだろ。サプライズされっ放しは男的にも悔しいでしょうし」
まんまアンタも姉さんと同類だけどね! ボクもお兄さんと同類だけど!!
藤色のお兄さんとは何度か電話で話し、一度会ったりもした。主に姉さんと寺置さんの話しだったけど、無口なお兄さんもニ人のことなら喋る方で、親しみやすかったのを覚えている。この人なら姉の旦那さんでも良いかと安堵したのも。
そんなニ人がかと、感慨深くなっていると、左手の指輪にキスが落ちた。振り向けば唇を離した男と目が合う。
「だから仕事の休み取っておけよ」
「はいはい、日取り決まったら早く連絡してね」
「承知しました。では、勃ってきたので次のラウンド行きましょうか」
「なんでっ!?」
言われてみると、股の間でムクムク大きくなるモノを感じる。
それだけで顔が青くなり逃げようとしたが、バカ力に身体を固定され動けない。睨むと魔王の笑みを向けられた。
「なんでって、さっき海雲のこと考えてだろ?」
「読むな! そして心狭い!! とっても狭すぎあ、あああぁぁっ!!!」
「んっ……ホント狭いな……膣内」
「そっちひゃあぁァァンンン!!!」
まだ少ししか濡れていない膣内に無理やり挿った塊は、抉じ開けるように突き進んだ。まるで暴れ馬のようで、盛大に白液を散らしていく。
誰かこの魔王を止めてくれ……。
*
*
*
「それは……すまん……」
「いえ、お兄さんのせいじゃないですから……」
数週間が経った三月。
明日例のサプライズ結婚式を行うため、前日に福岡入りした藤色のお兄さんと寺置さん。その夕方、仕事帰りにホテルへと寄ったボクは藤色のお兄さんと向かい合っていた。
1Fのガラス張りのラウンジから赤い夕日が差し込み、目先の男性をキラキラと輝かせる。寺置さんと違うと言っても、やはり藤色のお兄さんもイケメンだ。
そして、寺置さんが席を外しているせいか、つい愚痴を溢してしまったが、明日式する人にマズいと話題を変える。
「そう言えば姉さん、やっぱり何も気付いてないですよ。元気に『来週海雲さんが来るんだ~』って言ってました」
「今日なんだがな……」
「良かったですね、サプライズのしがいある人で」
「だな……」
ボクらニ人も“される側”のせいか、互いに苦笑するしかない。
居心地の良い空間で甘いココアを飲みながら視線を彼に向けると、ふいに姉さんの笑顔が浮かび、自然と口が開いた。
「藤色さん……姉さん……みきを好きになってくれてありがとうございます」
「……俺からも礼を言う」
「そんな、ニ人をくっつける手伝いなんて私は殆どしてないですよ」
「いや……寺置を好きになってくれたことだ」
予想外の返答に目を見開く。
周囲の物音も消えたかのような静けさの中、目が離せないでいると、コーヒーを一口飲んだ彼の真っ直ぐな目と目が重なった。
「当然みきに助言してくれた事にも感謝している。ただ、それ以上にあいつが……寺置が誰かに執着すると思わなかったから、同じように感謝しているんだ」
「執……着?」
「家のゴタゴタがあったせいか……いつの間にか人と壁を作るようになってな。俺相手ですら敬語が抜けない……けど、妹と一緒に居たり電話している時のあいつは楽しそうで嬉しそうだ」
それはずっとボクが姉さんを見てきたように、彼も寺置さんを見てきて感じているものかもしれない。小さく微笑む彼に両頬が熱くなって顔を伏せた。
「こ、こんな変わり種の私でも……ドSで変態で腹黒魔王が楽しそうなら……良かった」
「っははは、そこまで性格わかってるなら問題なさそうっだ!?」
滅多に聞けない笑い声に顔を上げたが、新聞紙で叩かれる姿を目撃してしまった。良く知った寒い寒~い冷気に溜め息をつく。その主は言わずもがな、降臨中の寺置さん。
微笑む彼は新聞紙を腋に挟むと、持っていたカップを藤色のお兄さんの頭に乗せ、グリグリ回す。余程痛いのか、お兄さんは彼の背中を叩いた。
「おいっ、やめろ!」
「はい? 誰が何をやめろって? 勝手に人の妻に手ぇ出すなよ」
「出してない!」
「なってない!」
ままままままだアンタの妻じゃないからな!、の目を向けるが、新聞紙とカップをテーブルに置いた彼はボクの元へ足を進める。嫌な予感がしていると、慌ててお兄さんが立ち上がった。
「寺置、今日はダメだ!」
「てめぇの都合なんて知るか。まき、内宮様のところに泊まると連絡しろ」
「え、えりさん、今日は夜勤だからダメだよ! ボ、ボク帰るね!! それじゃまた明日!!!」
お兄さんが魔王を止めている間にダッシュ。
だが火事場のバカ力なのか、お兄さんごと引っ張って来る男に恐怖し、足が竦むと捕まってしまった。
その後、非常階段でイかされたという恐ろしい話。
お兄さんは額に手をあて『本当にすまん……あんなヤツと結婚して大丈夫か?』と心底心配されたが『わかりません……』と濁すしかなかった。
そして『どんなハッスルしてきたの?』と言う姉に頭突きを食らわして沈んだ。
* * *
翌日の式は晴天。
腰は少々痛かったが、晴れ舞台には関係ない。
居酒屋という小さい式には、姉さんの友達夫婦と藤色のお兄さんの家族と母と『カモん』の大将夫婦。そして寺置さんしかいない。でも、ノリの良い人達のおかげでとても賑やかな式になった。
意外にも藤色のお兄さんのご両親は二人とも活発で、奥さんには『ちんちくりんと違って妹はまともね』と言われ恥ずかしくなる。あの姉は何をしてんだ。
壁に背を預け、何も知らず式を迎えた姉を見つめる。
髪はサイドポニーテールに花のボンネ、そして白いエンパイアドレスに身を包み、涙を流しながらシルバーとグレーのタキシードを着た藤色のお兄さんに抱きついていた。
それはとても綺麗で幸せそうで目頭が熱くなっていると、横からハンカチが差し出される。その主はチャコールグレーのタキシードに、中は白のシャツと赤のネクタイにベストを着た寺置さん。
「寂しいですか?」
「そりゃ……二十五年も一緒にいたしね……でも、一緒なれる人が出来たならそれが一番だよ」
「……ですね」
ニ人に向ける彼の眼差しはいつもよりも優しくて、この人もニ人が大好きなんだなと思うと可笑しくなる。笑ってるボクに彼は瞬きしていたが、すぐ意地の悪い笑みを見せると、大きな手でお尻を撫でた。
「ふぎゅっ!?」
その刺激に涙が引っ込み、両手で前を隠す。
ボクは珍しくと言うか、中学振りに膝丈までのローズのドレープドレスに真珠のアクセ。そして素足を出している。今までレギパンとかばっかりだったが、さすがに今日はとドレスを着たのがマズかった。
くすくす笑う主の手はドレスの中へと潜り、肌を這いながらショーツの隙間へと指を通すと、秘部を撫でられる。
「ふふふ、濡れてきてますよ」
「ちょっ……こんなとこでやめて……よ……んんっ」
「まきの生足なんてベッド以外だとはじめてですからね。見た時は誘われているのかと思いましたよ」
本当に場所を弁えないヤツだな!、と睨むが、長く太い指で膣内を混ぜられ気持ち良くなる。声が出そうになるが彼の腕に顔を埋め堪えた。
「んっ……はあぁあん、んっ」
「ふふふ、可愛いですよ。“俺の奥さん”」
「だ、だからまだ……アンタのじゃ……」
「じゃあ、今からなりましょうか」
「は…………えっ!?」
よくわからない台詞と同時に膣内から指がなくなると横抱きされた。
周りが大きく目を見開く中、慌てるボクとは反対に、寺置さんは笑顔のまま姉さんと藤色のお兄さんのところへ向かう。二人の前で立ち止まった彼は頭を下げた。
「御二人共、ご結婚おめでとうございます」
「「「急に怖い……」」」
三人で顔を青褪め呟く中、一人くすくす笑っている。
するとボクの頬にキスを落として地面に下ろすと、爆弾発言をした。
「私達も今日ここで一緒に式を挙げますね」
「「「はあっ!!?」」」
突然のことにまた三人でハモる。
だが、畳に座る母と、藤色のお兄さんのお母さんが楽しそうに口を挟んだ。
「あら、寺置君とまきも?」
「手っ取り早いんじゃない? どうせ寺置は勘当されてんだし、祝うメンツ変わらないでしょ」
いやいや、確かに家族揃ってるけど違うでしょ!
そうツッコミたいのに出来ないのは、まだ頭がついていってないせいか冷や汗が流れていると後ろから囁かれる。
「嫌なら別の日に盛大なチャペルをご用意しておきますけど?」
「いやいや、そんなお金かけたくない!!!」
「じゃあ、ここでいいですね」
「あ……」
こんなとこで母子家庭で染み付いたお金もったいない病がぁあ!
式よりお金の話をしたボクに周りは笑い、羞恥で顔を両手で覆った。その横で『私も言ったなあ……』と姉さんが苦笑すると、髪に付けていた花のボンネを取り、ボクの髪に付けた。
「おめでとう、まき。一緒に結婚式だね」
「っ!」
たったそれだけの言葉と微笑に涙が溢れ、姉さんに……みきに抱きしめられる。寺置さんと藤色のお兄さんが互いに頷き合うと、藤色のお兄さんの手が差し出された。
「おめでとう……そしてよろしくな……名前で呼んでいいかわからないから“義妹(いもうと)”でいいか?」
「あはは……それはそこの人に聞いて……ください……“海雲お義兄”さん……」
みきから離れると、差し出された手と握手を交わすが、すぐ嫉妬深い男に手を取られた。さすがに冷たい空気は出していないが、変わらない笑みに苦笑すると向かい合う。
静かになる店内で、左手の薬指にある指輪を取った男は懐から箱を取り出した。中にはイエローゴールドとダイヤの付いた別の指輪が収められ、呆れるしかない。
「また、いつの間に……」
「サプライズが大好きなんですよ」
「そうですね、そうでしたよ。どこからともなく現れては強引な魔王でしたよ」
「ふふふ、そこまで駆らせた女性を捕らえなくては魔王とは呼べませんね。と言うか、そろそろ名前で呼んでいただきたいのですが」
「……魔王が名前じゃなかったけ?」
よくわからない会話が行われている事に周りは瞬きするが、姉さんとお義兄さんは苦笑している。
ゆっくりと新しい指輪が嵌められると、同じ形と色でダイヤの付いてない指輪を彼の指へと嵌め──終えると同時に跳び付き、彼の首に腕を回すと耳元で囁いた。
「愛してる──守」
「さすが……俺のまき」
抱き上げられる身体に顔を上げればすぐに唇と唇が重なる。
拍手喝采の中で涙を浮かべるみきと肩を抱く海雲お義兄さん。そして抱きしめ愛してくれる大切な人。
それは姉の恋人秘書とボク。
四人からはじまった奇跡の物語────。
~Fin~