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​21話*「持ってけ」

 福岡タワーがイルミネーションで輝いている。

 真下ではカウントダウンイベントでも行っているのか、多くの人が集まっているように見えるが遠くてわからない。何しろここはホテル最上階に近いラウンジ&バーの個室だからだ。

 

 静かで照明も薄暗いが、六畳ほどの部屋で長ソファに腰を掛けると綺麗な夜景が広がる。

 いつもなら『なんでこんなとこ来たんだよ!』と怒るが、座ると同時にポツポツ語りだす彼の過去が嘘偽りのないものだとわかり、黙ってテーブルに置いてあるカクテルを見ていた。

 

 本当は彼の目を見て聞くべきなんだろうけど、見てほしくなさそうだったから一度も見なかった。どのくらい時間が経ったかはわからないが、話が終わり、しばし沈黙が訪れるとカクテルを取る。

 

「……いまさらだけど乾杯?」

「ふふふ、そうですね」

 

 グラスとグラスが小さな音を立て、口に運ぶと氷が溶けて少しジュースだ。グラスを置き、隣の彼を見ると薄暗くてハッキリ見えないが“普通”の表情でボクを見ている。

 

「そんで……聞いてもらいたい話はこれで全部ですか?」

「突然敬語にならないでくださいよ。過去ならこれで全部です」

「ふ~ん……ヤンチャって言うか、やっぱその性格に納得した」

 

 彼は苦笑するが実際は吃驚した。

 本当に話してくれるとは思わなかったし、内容も……正直重かった。

 

 後継者云々とかボクにはよくわからないけど、話をしている時の声は少し小さく、今も冴えない表情をしている。それは十年経った今でも深く重く彼の中に残っているんだと感じた。辛い出来事ほど忘れることが出来ない……ボクも。

 頭の中で忘れられない過去が溢れ、彼の腕に寄り掛かる。

 

「どうしました? やはり途中でやめておくべきでしたかね」

「中途半端なもんほど気持ち悪いのないから良いの! それで、過去以外に何か聞いてもらいたいのある?」

「ふふふ、あとはまき様を愛していると言って終わりです」

 

 サラリと言いやがったな。

 恥ずかしいことなんてないんだろうかとジと目を向けていると、くすくす笑われた。ボクの方が恥ずかしくなり、彼の膝に倒れ込むと手で脚を叩く。

 

「もう、いったいなんなんだよ~」

「まきこそ、な~んで膝の上に乗るんですかね~」

「わっ! ちょっ!!」

 

 大きな手が頬を撫でると唇をなぞられ、一本の指が口内に挿し込まれる。彼を見ないようタワーに顔を向けていたが、上から覗き込まれた。

 

「今、俺は『愛している』と言ったばかりだぞ?」

「ふ、ふりゅしゃ……んあっ」

 

 彼の指が舌を擦ると“ちゅぱちゅぱ”と淫らな音が静かな室内に響く。

 それだけで身体中が火照りはじめるが、意識を持っていかれないよう必死に両手で退ける。頭上から苦笑する声が聞こえ、視線だけ上げると口内に入れていた指を舐めているのが見えた。熱が上がりそうだ。

 視線を夜景に戻すと、数分時間を置いて呟いた。

 

「……じゃあ、秘書って仕事はなりたくてなったの?」

 

 『愛している』をスルーしたが、彼は変わらない声で『そうですよ』と答え、ボクの髪を優しく撫でた。その手は温かくて気持ち良い。普通は逆だろうと苦笑すると同時にボクも──腹を決めた。

 

「ボクはね……今の仕事、なりたくてなったわけじゃないんだ」

「え?」

「就職難で企業なんて選ぶ余裕なくて、手当たり次第幾つも受けては落ちて……大学卒業ギリギリで採用。大学なんて情報大に通ってたから介護なんてちんぷんかんぷん」

 

 向き直すと、真っ直ぐボクを見つめている。小さく微笑むと、彼の目が大きく見開かれた。

 

「ボクの話も聞いてくれる?」

 

 

 

 

 ボクは小学校高学年から中学まで──不登校だった。

 

 原因はイジメ。

 元々根暗な性格で、誰とも話せずいつもビクビクしていた。そんなボクがウザかったのかなんなのか、以前会った柿原さん達……目立つ女子グループに目を掛けられ、砂を掛けられたり階段から落とされたり嘘か真実かわからない噂を流され、みんなの見る目が恐かった。

 

「イジメなんて大人より子供の方が残酷だよ……面白半分で終わるんだから……」

 

 両手で顔を覆うと、ボクの髪を撫でる彼の手が震えている気がした。

 苦笑しながら話を続ける。

 

 中学は入学式だけ行ったが、あの独特な“クラス”の雰囲気だけで視界が揺れ、気持ち悪くて無理だった。だってみんなの見る目と開く口が悪意がなくてもボクを落とす凶器に見えた。普通の暴力よりボクは言葉の暴力が恐い。

 結局それ以降は行かず、家で勉強して高校受験して受かって卒業。

 

 高校は週に何回か行けばいい所で、ボクのような子達がたくさんいて、その中には姉さんもいた。あの人も今ではああだけど、中学までボクと同じ根暗だったんだ。そんな姉さんが──変わった。

 

 突然周りの子達を集めると毎日面白い話や、ドッチボールしたりボーリング行ったりと明るくなった。理由を聞くと『だってウザいんだもん』と言われ、重い物を刺されたが、姉さんは微笑んだ。

 

『下ばっかり見てないで真正面見ようよ。顔を上げるだけでイメージ変わるんだよ』

 

 その言葉に疑心暗鬼だったが、ボクはちょっとだけ真正面を向くことにした。

 人と行き交う場所は少し顔を下げてしまうけど、ショーウィンドーの飾りや楽しそうに笑う人達を見ると世界はキラキラしているものだと感じた。笑顔が世界を変えるとは思わないが、ボクもちょっとは輝けるだろうかと……小さな涙を零したのを覚えている。

 

 気付けば小さな笑みを作れるようになり、大学は友達も何人か出来て楽しく過ごせた。

 でも、二十歳を越えるとみんな自分の道に進むのを見て、ボクの心は虚無が広がった……だって今のボクには“夢”がなかった。

 

「夢、ですか」

「そ……ボクの子供の頃の夢って“男になりたい”だったんだよ」

「え!?」

 

 寺置さんの顔が引き攣る。

 中々ない表情に笑うが、残念ながら冗談じゃない。カッコ良くて誰かを守れて堂々とする男になりたかった。『ボク』って人称も、そんな時に使うようになったんだ。『オレ』はカッコ良すぎるからやめたけど。

 

 でも大人になるに連れてそんな気持ちはなくなり、ボクは何になりたいんだろうって……おかげで進路があやふやになって、今の介護福祉士という予想外な職になってしまった。まあ、おじいちゃん達と一緒いるの楽しいから良いけどね。でも。

 

「人生ってわかんないもんだよね~」

「ええ……今の発言を聞いてそう思いました」

「こんな変な人と会うとも思わなかったしね~」

「おや、どなたのことでしょうか」

 

 頬を引っ張られ、負けじと彼の頬を引っ張ると互いに苦笑した。

 前、姉さんが言っていたようにボクと寺置さんは似ている。仮面被って親しい者にしか本性出さず──孤独が嫌いだ。そう呟くと、彼は不満そうな顔をするが、起き上がったボクは意地の悪い笑みを見せる。

 

「一日一回メール送ってた人がよく言うよ」

「忘れられたら困りますから」

「こんだけ強烈なヤツを忘れるとかないでしょ」

 

 考えはじめるより先にカクテルを飲み干すと、タワーに“あと10分”の文字が灯った。恐らくもうすぐ……。

 

「年が明けますね。何かやり残したことないですか?」

「んー……ああ、クリスマスプレゼント……アンタに渡してないこと……かな」

「まき様って本当律儀ですよね」

 

 ソファの横に置いていたオレンジのマフラーを取ると、苦笑する彼に取られ、首に優しく巻かれた。暖かい……でも嬉しそうに微笑む彼の表情を見ただけで顔が赤くなる。そんなボクの表情が見えたのか、くすくす笑う声と意地悪な声が聞こえた。

 

「いただけるならキスでいいですよ。ま・き・か・ら」

 

 沈黙が漂う。笑顔のまま彼は続けた。

 

「おや、ツッコミもないなんて寂しいですね」

「……冗談?」

「……まさか。言ったろ、俺はまきを愛してい──!?」

 

 途中、ゆっくりと上体を浮かせたボクは彼の唇に唇を重ねた。

 それは一瞬だったが、唇を離すと小さく彼の唇を舐め、ソファに腰を下ろす。彼は目を見開いたまま、ボクの顔も赤いまま動悸が激しくなるが、言葉を……想いを言った。

 

 

「……ちゃんと渡したよ……ああー……あとひとつ……ボク……寺置さんが……好き…です。同じ……愛している……って意味で……」

 

 

 心臓が爆発しそうなぐらい早鐘を打っている。口から出そうなぐらい。

 やっとやっと気付いた想いをぶつけたけど……彼は目を見開いたまま何も言わない。それが怖いせいか目の前で手を振ると腕を捕まれた。肩が跳ねる。

 

「今……なんて……言った……?」

「だ、だから……す、好きって──んっ!」

 

 そのままソファに押し倒されると口付けられた。

 身体は押さえ込まれ、顔だけ自由だが彼の荒い唇を受ける。息が出来ないでいると唇が離れ、息を乱しながら跨る彼を見上げる。同じように荒い息を吐きながらも、その瞳は揺れていた。

 

「好きって……こういう事でいいのか?」

「……じゃなきゃ……昔のこと話さないよ……そんな暗いヤツでアンタが良いって言うな……あうっ!」

 

 マフラーを解かれると首元に噛み付かれた。

 “吸い付く”ではなく“噛み付く”。歯でしっかりと捕らわれ痛みが全身を伝う。小さな涙が出るとその涙を舌で舐め取られ、また小さな悲鳴を上げる。タワーの文字が“1分”に変わった。

 

「今……ここで俺を愛すって言うまきがいるなら……俺はそれだけでいい……ただ……お前が認めたら……俺は今みたいに痛いことも……お前の全部も……食べるぞ」

 

 食べるってなんだよと苦笑したかったが、彼は真剣だ。

 それがどうしようもなく嬉しくて、伸ばした両手を彼の首に回すと抱きつく。“30秒”の文字が見えたが、気にせず彼の耳元で囁いた。

 

「食べれば……いいじゃん……ボクしか……愛せないんでしょ」

「……ああもうっ、煽ぐの上手いなお前」

 

 片手で髪をぐしゃぐしゃにしているのに驚くが“20秒”の文字と同時に胸の鼓動も一緒にカウントをはじめる。ボクを見つめる瞳にもう揺らぎはなく、真っ直ぐ見ていると“10秒”を目の端に映しながら意地の悪い笑みが見えた。

 

 

「私……あと、数秒で誕生日を迎えるんですよ」

「はあ!? 一月一日!!?」

「そ、だから──まきの全部、愛と一緒に俺にくれ」

「~~~~っ! ああっもうっ!! 持ってけ悪魔ーーーーっ!!!」

 

 

 大きな叫び声と共にタワーの文字が“0”になり、大きな花火が打ち上がる。

 けれど、悪魔の口付けにボクは────落ちた。

いちご
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