20話*「知りたいか」
*途中「***」で寺置視点と入れ替わります
寺置さんが泊まるホテルの隣には福岡タワーに海、反対にはドームとショッピングモールがある。ボクらは駐車場を出るとショッピングモールへ向かった。
海は云々あったからね! ホテルもね!! モールも何かあった気がするけど!!!
大晦日なのもあって人が多いが、彼の高身長と端正な顔立ちのおかげで見失う事はない。それでも歩幅は違うもので、人混みに押されていると大きな手がボクの手を包んだ。
「大丈夫ですか?」
「……もうちょい気を遣ってよ」
「ああ、すみません。縦と横抱きどっちにしまっ!?」
思いっ切り後ろから足を蹴ってやった。が、変わらない笑み。
そんな笑みも口達者なとこも、離れても何ひとつ変わってない事が嬉しい。変かもしれないが、出来ればボクに対する“あの気持ち”も変わってない事を祈る。
たったそれだけで全身が熱くなると、握る手を強めた。
「何か欲しい物でもありました?」
「あ、あったとしても自分で買うよ!」
「それはそれは、頑張ってくださいね」
なんで物を買うのに頑張らないといけないんだ。
歩幅を合わせる男を見ながら、もしやこいつ全部払う気じゃ……と、充分あり得そうな話に顔を青褪める。首を横に振ると、何も買わないことを誓った。
──ハズなのに。
「いや~、中々に手強い敵でしたね」
「そ……」
「どうされました? もしかして、その色はイヤでしたか?」
「いえ……ありがとう……ございました」
ボクの腕には以前も取って貰ったことがある羊の別シリーズがいる。
何も買わないと誓ったさ! 誓ったとも!! でもゲーセンはないだろ!!!
このシリーズが好きだとバレていたのか、見つけた瞬間彼は迷うことなく五百円玉を入れ、六回Playしても取れず、三千円以上を注ぎ込んだ。
申し訳なさから罪悪感が沸き、ベンチに座ると羊に顔を埋めた。あ、気持ち良い。
そんな隣でくすくす笑う男にふと訊ねた。
「寺置さんって、ゲーセン好きだよね」
彼は瞬きをするとしばし考え込む。
さっきもギリ取れないでいると表情は笑顔だったが、背中のオーラが『堕ちろコラぁ』と語っているように見え、後退りしたボク。何度止めても諦めなかったし、以前カーレースした時も手加減なしで楽しんでいた。つまるところ負けず嫌い……ボクもだけどね、うん。
彼は口元に手を当てると呟いた。
「まあ……学生時代はよく通ってましたからね」
「学生って……高校の時?」
「いえ、中等部の頃です」
おいおい、エラく不健全だな。しかも“中等部”って、まさか私立?
そのまさかだったらしく、初~大学部まで藤色のお兄さんとニ人エスカレーター式の学校だったらしい。マジか。
羊に顎を乗せると呆れ顔を見せる。
「なのにゲーセン通いとか、ニ人とも実は悪だったの?」
「いえいえ、あの通り海雲様はクソ真面目な人でしたので私だけでしたよ」
苦笑されるが、悪だったのは認めるのか。
それならこの口の悪さも納得、してると頬をつねられた。眉を顰めたまま振り向くと額と額をくっつけられ、あと数センチで唇もくっつきそうになる。
自販機で影になっているとはいえ、行き交う人は多く、横目で見られているのがわかる。恥ずかしい。しかし場所を弁えないのも変わらずなようで彼は話す。
「失礼な事を考えていただろ?」
「……そーいう顔に納得しただけだよ。それに昔の話なんてはじめて聞いたからさ」
「……知りたいか?」
目を細め“普通”で意地の悪い笑みを見せた彼に、黄色い悲鳴が聞こえた。その声に苛ついたのは良いのか悪いのか。眉を上げたまま顔を逸らすと、頬を赤に染めたまま呟く。
「き、聞かれたくないなら別だけど……知りたくもあるようなないような……」
考えてみれば、この人の性格はそれなりに理解したつもりだが、家族関係や過去は何も知らない。だからチャンスだと思った。でも、彼は何も答えないまま額を離し、天井を見上げる。
中途半端な言い方がダメだったのかと、素直に聞けなかった自分に胸が痛みだす。
すると視線をボクに戻した彼の口が開──くと同時に、ポケットに入れていた携帯の振動が伝わった。このタイミングで、しかもボクのかよ。おい。
同様に気付いた彼には『どうぞ』と言われる始末。
こういう時は気を遣う男に腹を立てながら携帯を見るが知らない番号。仕事場からかと悩む横から顔を覗かせた寺置さんが目を瞠った。
「この番号……海雲だぞ」
「はあっ!?」
まさかの相手に戸惑いながら、通話ボタンを押す──。
* * *
まさかの相手の着信にまきと二人戸惑う。
まきの携帯に表示されているのは紛れもなく腐れ縁男、海雲のプライベート携帯の番号。
自分のも確認したが着信はない。だが、こんな大晦日、しかもまきにとはひとつの事しか浮かばない。電話に出たまきは聞き慣れない敬語口調で話すと声を荒げた。
「姉さんが倒れた!?」
ビンゴ。しかし、事態は悪そうだ。
一息つきながら観察していると、最初は青褪めていたまきの表情が徐々に呆れ顔になる。なぜ?
みっちゃん様のことだから、ただバカをしただけかもしれないと妙に納得し、また天井を見上げた──俺の過去か。
面白い事は何もない。
家はそれなりに金を持った一族で、海雲とも家繋がりで出会った。
同い歳だったせいか、多くの日を一緒に過ごしたが、クソ真面目で冗談も通じない無口男だったため散々からかってやった。結果、生意気にもツッコミを覚えたが。
俺が一族としてやる事は一人息子なら当然跡継ぎ。
他に子を持つ親戚はおらず、居てもまだ幼かったため俺に白羽の矢が立った。勉強は好きだったし家の仕事も楽しいと思っていた──けど、互いに不倫相手を持つ不仲な両親。継がせると同時に金だけを手に入れると離婚し、自由になる気だったのを俺は知っていた。
思い通りにさせるかと中等部に上がると夜な夜な街に出ては喧嘩を売ったり買ったり。大人の女と身体の関係を持ったりと警察と病院に世話になった。理由は親を困らせるため。幻滅させるため。
いま思えば『構ってもらいたい』なんて、ガキっぽい理由だったかもしれない。けれど、はじめて母に手を挙げられ涙を流しているのを見た時──特に何も感じなかった。
それこそ俺も親も“愛”などなかったのだろう。
俺を真っ当にさせたのは意外にも海雲だった。
ヤツは俺と違って家を継ぐ気でいたらしく、十七の頃に突然『俺の下で働け』とかほざいたため殴った。するとヤツはやり返し『そうやって殴ってくるヤツが欲しいんだ』と真面目な顔で言うのを聞いて大笑いしたのを覚えている。
それがどうでもよくなって両親の事を話すと『独り立ちすればいいじゃないか』とまた真面目に返され笑った。その時、誰かに指示するより、真面目な上司をおちょくった方が楽しそうだと気付いた。
それから大学を出ると、一族と両親が並ぶ席で継承放棄と勘当を申し出て家を出たのだ。
一悶着はあったが“爽やか笑顔”の仮面を被り、読心術的なものを身に付けると裏のまた裏を読んで黙らせ、気付けば十年が過ぎた。連絡も一切絶ち、張り付いた仮面で敬語口調が定着したが、変わらず海雲をおちょくって適当な女と遊んで終わる─ハズだった。
天井を見上げたまま、電話をしている彼女を横目に見る。
「あ、それは問題ないので、はい」
白いコートにマフラーを巻いた姿は“羊まき”。
空港で見つけた時は笑いを堪えたが、イチゴタルトに目を輝かせ、ツンデレまで発揮されると我慢は効かなかった。久々の口付けは全身が彼女を求めているのがわかった。
“愛”など知らず生きてきた俺がただ一人、隣にいる彼女だけが欲しいと出逢った時からある想い。
それが“愛”だと言うのなら、俺はお前だけしか──愛せないだろう。
「それじゃ、はい。失礼します……」
「……みっちゃん様、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。すぐケロッとする内容だから」
まきは溜め息をつきながら携帯をポケットに突っ込んでいる。
結構深刻そうな雰囲気だったが、一番知っている彼女が問題ないと言うのなら大丈夫なのだろ。相変わらず姉に嫉妬するなと苦笑しながら手を伸ばすと、まきを抱きしめた。
「ちょっ、何!?」
多くの人が俺達を見ているが、気にせずジタバタするまきの肩に顔を埋めると耳朶を舐め、甘噛みした。
「っん!」
小さな喘ぎだけで身体と胸が疼きはじめるのを感じながら耳元で囁く。
「まき……聞いてもらいたいことがある」
「……何さ?」
「ここだとちょっと嫌なので場所移しましょう……」
ゆっくりと顔を上げると、まきは俺を真っ直ぐ見ている。
そんな彼女に微笑むと立ち上がり、手を差し伸べた。
「昔の俺を知ってくれ」
望むのなら……いや、たった一人愛するお前にはすべてを話そう────。