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​19話*「イチゴタルト」

 おかしいと思ってたんだ。今朝、姉さんに飛行機の時間を確認したら『うん!!!!』って、すんごくウザい返事。極め付けは、一日一回ヤツからのメール。

 

『黒い鳥が飛び立ちますよ』

 

 夜六時。丁度TVで『世界のUMA』を観ていたボクは『サンダーバードでもいたのか』と返信し、オレンジのマフラーを巻いて空港へと向かった。

 大晦日で多くの人が行き交う空港には確かに綺麗な黒い鳥が佇んでいた──けど。

 

 

「お迎えありがとうございます、まき様」

「……ぎぃやあああああぁぁぁっっーーーーーー!!!」

 

 

 UMAに近い、悪魔が再来した。

 

 

* * *

 

 

「あっははははははははは!!!」

「お母さん……笑いすぎ」

「あ、瑞希様。つまらない物ですが」

 

 まさかの姉ではなく悪魔こと寺置さんを迎えに行ってしまったボク。

 また場所も弁えず悲鳴を上げ逃げたが『羊確保~』と捕まると、そのまま駐車場へ向かった。よく停めてる場所わかるな! しかもボクが助手席かよ!! 普通に運転席座りやがった!!!

 

 途中菓子屋に寄り、待っているように言われたが当然ジタバタする。

 が、笑顔で『車内で犯しますよ』の宣告に止まった。ヤツは笑いながら何かを買ってくると一緒に家に帰り、当然目を丸くした母が大笑い。

 

 隣に座る寺置さんはスーツではなく私服。

 違和感しかないながらも姉から聞いたのか、母の好きな和菓子を取り出した。

 

「あらま、ありがと~。今、お茶持って来るわね」

「あ、お手伝いしますよ」

「いいのいいの。ゆっくり座ってて」

 

 ルンルンでキッチンに向かった母にボクは冷や汗が流れる。

 なんだ……この……まるで……ね。

 

「“お嬢さんをください”って言えば良かったですかね?」

「うおおおぉぉーーいっ!」

 

 思いっ切り背中を叩くと『痛っ』の悲鳴が上がるが、変わらずくすくす笑っている。そう“変わらず”。

 隣に座っているのが不自然ではないぐらい溶け込んでいる彼に、ボクの動悸は危険なぐらい速くなっている。すると、途中寄った菓子屋の袋を取り出した寺置さんはボクの前で開く。出てきたのは──イチゴタルト。

 

「イ、イチゴ……!」

「お湯沸かしてるからもうちょっと待……って、あらら。まき良かったね。あたしは和菓子貰うから寺置君と分けな」

 

 目を輝かせるボクに母はナイフとお皿を渡すとキッチンへ戻るが、寺置さんは肩を揺らしながら顔を伏せている。絶対笑ってるだろうけど今のボクはイチゴに釘付け。何しろイチゴの中でもタルトが一番好きなんだ!

 ナイフで切ろうとしていると、まだ肩が揺れている寺置さんが口を挟む。

 

「あ、私は結構です……まき様用に買った物ですか……ふはは!」

 

 全部を言い終える前に笑いが込み上げたのか、お腹を抱えている。

 そろそろ殴ってもいいだろうか……けど、眉を上げるボクの頬は熱い。

 

 溜め息をつくとタルトを四等分に、二等大小違うサイズに切ると皿に乗せ、大きいのを寺置さんの前に置いた。寺置さんは瞬きし、ボクは顔を逸らす。

 

「お礼……タルト……ありがと……ございます……」

 

 変わらず面と向かって礼の言えないボクだが、本当に今は顔が赤くて彼を見れない。しかし、なんの返答もないことに耐えきれなくなり視線を移す。瞬間『まき』と、電話越しではない声に身体も顔も上がっ──た先には、彼の顔が目の前にあった。そのまま唇と唇が重なる。

 

「んっ、あ……んんっ!」

 

 母が近くにいるのにも構わず腰も頭も固定され、口付けられる。

 戸惑いよりも、久し振りの口付けに唇も口内も待ち望んでいたかのように招き入れ、舌同士が交わった。その気持ち良い時間は長いような短いようなで、小さなリップ音で我に返る。

 

「あ……」

 

 気付けば唇は離れ、彼は苦笑しながら人差し指でボクの唇をなぞる。

 

「あんまり煽がないでくださいね……食べるぞ」

「た、食べるのはタルト!!!」

 

 “普通”の表情で見つめられるが、勝手に動いた手で叩く。

 お盆に紅茶を乗せた母が笑いながら戻ってきても、ボクの攻撃は止まなかった。

 

 しばらくして落ち着いたボクは美味しいイチゴを、母は和菓子を口に入れ、寺置さんがやってきた経緯を聞く。言わずもがな、それでなぜお前が来ると言いたいが、微笑まれて終わりだとスルーした。そんなボクの携帯に姉さんからのメールが届く。

 

『ごめんなさい<(≫人≪)>×100。縁、切らないでね!!!』

 

 ……帰ってきたら即行切ってやろう。縁切り神社で。

 携帯を睨んでいると寺置さんが顔を覗かせ『じゃ、私とは縁結び神社に行きましょう』と微笑んだため叩くと、母が呆然と見ているのに気付く。しまった。

 

「まきがみき以外を叩くなんて……何、やっぱニ人も付き合ってたの?」

「ちょっ!」

「出来ればご家族になりたいところなんですけどね」

「うおおおぉぉーーいっ!!!」

 

 次から次へと出てくる台詞にボクの頭はもうショート寸前。なのに話はドンドン進む。

 

「ところで寺置君、泊まるところは?」

「ありますよ」

「あら残念。ウチに泊まっても良かったのに」

「それはそれは。今からキャンセルの電話を入れましょう」

「うおおおぉぉーーいっ!!!」

 

 叫ぶボクに、ニ人は笑顔で『何?』と見るが、当然そんなの許せるはずもなく、ニ人を新聞紙で叩いた。暴力はいけませんが物と場合によります。はい。

 

 

* * *

 

 

 時刻は九時を回る。

 ちゃっかりと年越し蕎麦を食べた寺置さんに『デートしましょう』なんぞ言われ、大晦日なのに連れ出されてしまった。母には『ごゆっくり~』と見捨てられ、当然のように運転席に座っている人を睨む。

 

「睨む羊さんも可愛いですね」

「メールや空港の時も言ってたけど、羊って何……」

「お好きでしょ?」

 

 やっぱり見破られていたか。

 黙り込んだボクは窓の外を見るフリをして、くすくす笑う隣の人を盗み見る。

 

 出逢ってから一ヶ月。

 ただの秘書だと思ってたのに、見た目は爽やか中身は悪魔のすごく変な人だ。そんな人になんでか“半日惚れ”され戸惑って、気付けばキスを何度もし、ホテルでは……思い出すだけでも頬が熱くなるが、理由はもうわかっている。視線を窓に戻すと問いかけた。

 

「……せっかくの年末年始……福岡こっちきて本当に良かったの?」

「当然。まき様と会えるチャンスを逃すわけないじゃないですか」

「……バカ……」

 

 彼はくすくす笑い、ボクの頬は熱上昇。

 でも何度も胸が高鳴る囁きを貰っても信じきれていない自分がいる。年上ではあるし、出逢ってすぐだし、また……離れるかもしれない。こんな最低な気持ちのまま“本当の気持ち”を告げていいのか、また胸の奥が重くズキズキする。

 

 そんなことを長く考えていたせいか、車が停まる音で我に返った。

 窓の外を見ると以前彼が泊まっていたリゾートホテル。一瞬で悩みが飛んだボクは隣の男の肩を大きく揺す振る。

 

「なんでホテルここなの!? ねえっ!!?」

「だって、私の泊まる場所ですから」

「それのどこがデートだ!」

 

 笑顔のままホテルの地下駐車場に入った彼は駐車すると、エンジンを切る。視線がボクに移った。

 

「ここでしたら目の前に海はありますし、横にはドームにショッピングセンターと『デート』出来ますよ」

「先に言えよ……」

 

 駐車場に入った時からボクの心臓も身体も頭もショートを過ぎてパンク状態だ。

 恥ずかしさに顔を伏せているとシートベルトを外す音がし、出るのかとボクもシートベルトを外した──が。

 

「んっ……!」

 

 上体を前のめりにした彼に、背を窓に押し当てられると深い口付けを受ける。

 また隙を見せた自分に内心怒るが、家の時とは違い、荒く口内を掻き回された。下唇から垂れ出したモノを舐め取られただけで全身がゾクゾクと疼き、淫らな音が薄暗い車内に鳴り響く。

 何度も角度を変えては唇を貪られていたが、クリスマスに貰ったマフラーを取られると、首に吸い付かれた。

 

「ふゃあぁぁあっっ!」

 

 随分前に消えた花弁を付け直すように吸い付く彼の頭を無意識に抱きしめる。冷たい眼鏡が首元に当たりながら、ひとつ花弁を付けては次を付ける彼に愛おしさが生まれはじめた。

 首元から離れるのを感じ、抱く手を緩める。でも彼は抱きしめられたまま、荒い息を吐くボクを見上げた。

 

「……えらく積極的だな……まき」

「そ、そっちこそ……余裕なかったんじゃない……」

「ふふふ、返す言葉もないですね」

 

 口調がコロコロ変わってる。なんかコロコロ変わってる時が本当に余裕がないように思えるし、自分が原因だと考えれば動悸が激しく、頬も熱くなった。すると、唇に小さなキスをされる。彼はニッコリ笑顔。

 

 

「このまま上(ホテル)に行きましょうか」

「おいっ!」

 

 

 愛おしさが生まれても素直にはなれないボクは、やっぱり彼の頭を叩いた────。

いちご
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