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​18話*「バーカ」

 あー、なんか殴りたい。寺置さん(あいつ)を今すぐに。

 代わりに重い溜め息を吐くと姉さんは首を傾げるが、ボクはもう一息吐く。

「……難儀なヤツを好きになったもんだなー」

 

 呟きに姉さんはニコニコしながら『まきたんぽいんじゃない』と言いやがったので一発叩く。頭を押さえる姉をスルーしながら立ち上がると、マフラーを外し、壁に掛けてある鏡を見た。映る自分は苦笑。

 一番大事な人だとわかっていても、たったニ週間ちょっとしか一緒にいなかったんだから離れたら終わる……そう思っていた。何度キスされても声を聞いてもヌイグルミを見ても一時の思い出だって。でも、結局頭に耳に唇に残って考えるのはイヤなハズの男。

 

 それがボクにとって“大好きな人”になるなら認めるしかない。だって認めたら、ボクの心は晴々としたから。

 コートも服も脱ぐと、羊の着ぐるみに着替えて携帯を開く。メールが届いていた。

 

『ニ度メリークリスマスをしたまき様に電話のプレゼントしましょうか?』

 

 一言余計だけど嬉しいメールに笑みを浮かべると『バーカ』と返信。

 そのまま心地良い布団に沈んだ。

 

 

 爆睡したらしく、深夜過ぎに目覚めたボクはドアを開ける。

 すると姉さんがペンギン着ぐるみを着て、はじめて見るペンギン抱き枕を嬉しそうに持っていた。覚めない頭で携帯を見るとメールが一件。

 

『海雲様がみっちゃん様に遅いクリスマスプレゼント贈りましたけど、どうでした?』

『…………ニ匹のペンギンうざい』

 

 送信終えると『まきたん写メ撮って撮って!』とキラキラ笑顔で言う姉が眩しすぎて素直に撮った。もう、どうにでもなれ。

 

 

* * *

 

 

 十二月二十八日、昼過ぎの福岡空港。姉さんが東京に行く日。

 休みだったのもあり、見送りに付いて行くと、キャリーを預けた姉さんがお菓子やジュースをくれた。

 

「お礼ね」

「別にいいのに……」

 姉さんは笑顔。でもいつも以上に見えるのは、藤色のお兄さんに貰った指輪が光っているせいだろうか。もっとも、この時点で今日行くのを伝えていないのは呆れを通り越して言葉も出ない……ホント、この人バカだ。

 溜め息をつくと『行ってくる』と笑顔で走り出す姉に待ったをかける。

「今日、藤色のお兄さんに会いに行くんだよね?」

「うん」

「てことは……寺置さんもいるよね?」

「へ? うん、いるんじゃない?」

 秘書なんだから高確率でいるよなと伝言を頼む事にした。寺置さんに。首を傾げながらOKした姉さんに、ボクは笑顔で言った。

 

 

「くそったれ!」

 

 

 姉さんの顔が引き攣った。

 そんな姉を見送り、外に出ると、晴天の空を見上げる。同時にメールが来たので読むと、すぐに返信した。

 

『今日は晴天ですね』

『大きな鳥が飛び立ったよ』

 

 飛行機と言う名の爆弾姉が東京(そっち)にね、とまでは書かず、笑いながら駐車場へと歩き出した。

 

 

* * *

 

 

 伝言が伝わったのか、翌日二十九日にメールが届いた。

 

 

『大きな鳥と言う名の爆弾投下ありがとうございました。どうしてくれましょう』

 

 

 いや、知らないよ。ボクにどうしろってんだと苦笑しながら携帯を閉じると仕事場へ向かう。メールの返信は今日の後じゃないとダメだ。今日のボクの仕事は夜勤──先日と同じ重原君と同じ勤務だ。

 仕事場に着くと動悸が速くなり、重原君の言葉を思い出す。

『俺……辻森さんのこと……好き……だからさ』

『卑怯だったけど……寺置さんにも負けたくない』

 

 胸をドキドキさせながら更衣室で着替え、職員の人に挨拶すると重原君を見つけた。重原君もボクに気付くと『おはよう』と笑みを向けてくれたのでボクも返す。

 

「おはよう……ございます」

 

 やっぱり口調は敬語で、顔は上げられなかった。

 仕事場で年上なら当然かもしれないけど、寺置さん相手は違う。ああ、ホントもう完全に捕まったかもしれないと思ったが、簡単に負けはしない。

 

 深呼吸したボクは重原君に近寄り『消灯が終わったら話があります』と伝える。彼は目を見開いたが、同じように真剣な眼差しで頷いてくれた。

 胸がドクンドクン鳴ってるのになんでだろ……“ドキドキ”じゃない。

 

 気合を入れ直すと、今は何も考えず入居者のおじいちゃんおばあちゃんと遊ぶ。

 三森のおじいちゃんには『最近どうね』と優しい笑みで問われたが、ボクは『そろそろですかね』なんぞ言ってみた。おじいちゃんは笑っていたが、ボクはそんなおじいちゃんの笑みが大好きだ。

 そんな幸せ気分のおかげか、陽が暮れるのも早かった。

 

 

 時刻は0時。

 年末が近いせいか、ソワソワする入居者も多く、中々寝てくれなかった。静かな事務室で一息つくと重原君からコーヒーを受け取る。

 

「お疲れ様。大変だったね」

「あはは……毎年ですよね」

 

 苦笑しながら一口飲む。砂糖は入ってるけど苦い。

 コーヒーを見つめながら、ボクのイチゴ好きも砂糖五杯入れるのもあの人は知ってるんだと考えると口元が緩む。けど視線に気付いて慌てて口を押さえたボクに、重原君は苦笑する。

 

「……どうやら俺にとってはバッドENDなのかな」

「…………すみません、友情ENDもないバッドです」

 

 重原君はコーヒーを吹きそうになりながら『厳しいね』と笑う。

 ボクとも寺置さんともタイプが違う人。こんな人にボクは好かれていたんだと思うと恥ずかしくなる。重原君はコーヒーを飲み終えるとボクの頭を撫でてくれた。

 

「……バッサリ切ってくれてありがとな」

「……バッサリし過ぎじゃなかったですか?」

「ん~……でも、寺置さんに斬られるよりマシじゃない?」

 

 その言葉にニ人で笑うしかない。あの人なら間違いなく刺すな、うん。

 数分雑談すると先に休憩して良いと言われ、ボクはコーヒーを持って事務室を出る。一瞬振り向こうとしたが、それはダメだと身体が言っている気がして仮眠室のドアを開いた。

 

 室内は真っ暗だが、慣れた足取りでベッドに座る。

 携帯を開くと時刻は0時半で、メールは何もない。眠気を苦いコーヒーで飛ばすと、電話帳をニ、三度開いては閉じ、“寺置守”の──電話ボタンを押した。

 

 無機質なコール音が響く。

 その音だけでも心臓が破裂しそうなほどドキドキしている。なのに出ない。勇気出した結果がこれかよ! まさか寝たの!? それとも無視!!?

 わからない不安に心臓は激しさを増し、マフラーを握──

 

 

『はい、寺置です』

「ぷぎゃあっ!!!」

『…………っはははははっははは!』

 

 突然の声に変な声が出たのと同時に、久々の相手の二声目は爆笑。

 数分時間を置いても爆笑は止まず、ボクは顔を赤らめながら今すぐこいつを殴りたい衝動に狩られる。だがそれは無理だと小声で叫んだ。

 

「いい加減に止まれよ!」

『いえ、だって……っはははは……まき様の変な……くくっ』

「変って言うなこらっ!」

 

 口調は敬語だが“普通”の表情をしていそうだ。

 その顔が浮かぶだけで胸がドキドキする。そして寺置さんの声だ。

 やっとのこと収まったのか『お久し振りです』と今更な挨拶。

 

「出るの遅かったから寝たかと思ったよ」

『すみません……丁度お風呂に入っていまして。上がったら鳴っているのを見て驚きましたよ。何しろまき様からだったので』

 

 くすくす笑う声に頬が熱くなり『あっそ』としか言えない。何か色々言ってやりたいハズなのに、声を聞いただけでわからなくなる。

 

『……で、どうされたんです? まさか大きな鳥についてではないですよね』

「ああ、あの鳥は好き放題させといて。被害は大きいだろうけど」

『おやおや、変わらずつれないですね。私に会いたくなって掛けてきたかと思いましたのに』

 

 変わらない口に安堵する一方、マフラーを握ると素直な言葉が出た。

 

「そうだよって言ったら……どうする?」

『…………………………今すぐ、どこでも●アを開発しましょう』

「今かよ!」

 

 たまにこの人もバカなんじゃないかと思う。

 そして本気で創りそうだから怖いと身震いしてると、電話越しにインターホンがニ回聞こえた。時刻は一時を過ぎている。

『恐らく海雲様ですね』

「あ、じゃあそろそろ切るよ」

『居留守するのでいいですよ』

 おいおい、仮にも上司に何を言ってるんだ。藤色のお兄さんが可哀想すぎる。やめなさいと言うボクに彼は『やれやれ』と溜め息をつき、ガチャガチャ何か音を立てはじめた。

 すると『なあ……まき』と、敬語ではない方で呼ばれ、一気に全身が熱くなる。しどろもどろで答えた。

 

「な、何……?」

『…………エロい声だしてください』

「出来るかーーーーーっ!!!」

 

 まさかの発言に立ち上がると『ふふふ、半分冗談ですよ』の返答。

 半分って言いやがったなコンニャローとベッドを叩くが、今度は『じゃあ、電話を耳に寄せてください』と指示された。ボクの携帯はガラケーだがら充分耳に寄せてるが、頬を膨らませながら強めに寄せる。

 が、“ちゅっ”と大きなリップ音が聞こえたと同時に、ベッドに倒れ込んだ。くすくす笑う声に完敗しながら最後に言った。

「マフラーありがと……」

『どういたしまして……じゃ、またな』

 電話の音が切れると静寂が部屋を包む。

 十二月でストーブも付いていないのに寒くない。それほど身体が熱い。たったこれだけの電話でここまでやられるとは。恥ずかしくなりながらもやっぱりボクは彼が、寺置さんが──好きなんだ。

 

 そんな黒い鳥が再び舞い降りる事など知らず、ボクは眠りについた────。

いちご
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