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​17話*「会いたい人」

 なんで、どうして……。
 その言葉しか出てこない。どうしてボクは、重原君に──キスされてる?

 

「あ、んっ……あぁ」

 

 前もここで、こんな暗さの中で寺置さんとした。
 でも、その時とは違って少し強引で、歯同士が当たる。胸板を何度か叩くと唇は離れ、荒い息を吐きながら重原君を見上げた。あの人とは違う男の人、その目は悲しそうに映る。

 

「ごめん……でも、無理だった」
「……え?」
「俺……辻森さんのこと……好き……だからさ」
「っ!?」

 

 今、なんて……“好き”……って、何。
 呆然としていたせいか、重原君は苦笑しながら『恋愛の意味の“好き”だよ』と訂正した。その言葉が胸にズシリと重く乗り、声も発せられない。重原君はゆっくり立ち上がると真っ直ぐボクを見下ろした。

「卑怯だったけど……寺置さんにも負けたくない……良かったら、俺の気持ち……考えてくれると嬉しい」

 

 苦笑したまま重原君は暗い廊下へと姿を消す。
 ボクはゆっくり立ち上がると、覚束無い足取りで仮眠室へ戻り、ベッドに雪崩れ込む。温かいマフラーがあるのに冷たいモノを感じる──涙だ。

 重原君はボクの事を“好き”と言ってくれた。
 それは多分、寺置さんが言っていた“好き”と同じだ。でも、胸の奥が重い、ズキズキする……なんでこんなに痛いんだよ。

 重原君は優しくて頼りになって和んで、寺置さんは意地悪で地味に優しくてイラッとして……二人は全然違う。
 涙で揺らぐ中、携帯に手を伸ばと電話帳を開く。“辻森瑞希”の後にある“寺置守”の文字が目に入ると、勝手に電話ボタンを押していた。


『トゥルルートゥル『プッツン』


 でも、怖くてすぐに切った。
 携帯を胸に抱くとベッドで丸くなる。するとバイブ音が鳴った。心臓が大きく跳ねるが、電話ではなくメール。

『From*寺置守*折り返し電話した方がいいですか?』

 

 絶対電話なら電話で返すと思ったのに、律儀な彼に苦笑した。
 それが良いような悪いようなで、素直ではないボクは『間違えただけだよ!…………メリークリスマス』と、違うことを返すと『もうクリスマス終わりましたけどね』と返信が来る。
 いつも通りなメールに安心しながら、それ以上は続けなかった。


 その後はどうやって仕事をし、家に帰ってきたのかわからない。
 気付けば陽は傾き、車中でずっと呆然としていたが、窓を叩く音で我に返った。

 

『まきた~ん、何やってるの~?』

 

 買い物袋を両手に持った姉さんだった。

 


* * *


 姉さんに引っ張られるようにやっと家の中へ入るが、コートもマフラーも脱ぐ事なく壁に寄りかかって座る。姉さんがキッチンから顔を覗かせた。

 

「まきたん、お昼ご飯は? 何か作ろうか?」
「……いらない」
「ええ~。あ、冷ご飯あるからお茶漬けでも「いらない!」

 

 怒気を含んだ声でも姉さんは変わらず『ちぇ~』と言いながらキッチンへ戻る。安堵するが、何もわからない時に姉さんの能転気な声はマズい……それでも身体は動いてくれない。
 しばらくすると机にコーヒーが置かれ、横に姉さんが座る。

 

「ちゃんと砂糖五杯入れてるから大丈夫だよ」

 

 姉さんは笑顔を向けると自分のコーヒーを飲む。
 能転気な顔をしておきながら実はブラックを飲める姉。溜め息をつくと、甘いコーヒーを飲みながら横にあるキャリーバックに目を移す。

 

「……そういえば明後日だっけ?」
「うん。東京に行って来るね」

 姉さんは毎年夏と冬に東京へ行く。
 目的は同人イベント、夏コミと冬コミ。姉さんは漫画や絵を描くのが好きで、一時期漫画で賞も取り、イラストレーターもしていたが最近はしてないようだ。
 そんな時に出来た友達が参加するとかで毎年行っている。今月も十二月二十八日から三十一日の三泊四日だが、ふと気付く。

 

「……行くの、藤色のお兄さんに言ってるよね?」
「……………………へ?」

 

 荷物を入れていた姉さんの冷や汗に、ボクは絶句する。マジか。婚約者が東京にいるなら普通会いに行かないか?
 姉さんは笑っているが絶対忘れてたなと徐々に苛立ってきた。

 

「姉さん……藤色のお兄さんのこと好きだよね?」
「す、好きだよ! もちろん!! 大好きだよ!!!」
「なのになんで連絡してないんだよ」
「そ、それは忙しくてスッポリ忘れてて……」
「毎日のように電話してるのに!?」

 

 姉さんは『あう~』と言いながら頭を抱えている。
 頭を抱えたいのはボクだと深い溜め息をつくと、姉さんは瞬きした。

 

「……まきたん、今日機嫌悪いね」
「誰のせいだよ!」

 強めに姉さんの頭を叩くが『いたたっ!』と言うが苦笑している。それに腹が立って何度も叩くが表情は変わらない。

 姉さんはいつもこうだ。
 姉さんが怒るところを、ここ五、六年ほど見たことがない。ボクは今みたいに何度も叩いたりするのに……なんで、なんでだよ……なんでそんな。

「……毎日電話してて……会いたくないの……?」

 

 出てきたのは問い。それはボク自身にも問うものだった。
 姉さんは瞬きすると微笑み、右手をボクの頬に寄せる。ボクの目には──涙が溢れていた。

 ゆっくりと姉さんの肩に顔を埋めると、優しく髪を撫でられる。

 

「寂しいよ……会いたいよ。でも、会うためには毎日を頑張ってから……遠くにいる人なら尚の事ね」
「……頑張ってってなんだよ……仕事必死にして……お金を貯めて会いに行けって?」
「……まきも誰か会いたい人がいるの?」

 問いにボクは答えず、顔を埋めたまま。
 それでも姉さんは答えを待っているようで何も言わず何分か経つと、小声で答えた。

「…………いるようないないような」
「好きな人?」
「……っぽいような……でも好意寄せてくれる人もいて……」
「いつの間にモテ期っだ!?」

 

 思いっきり背中を叩いた。
 苦笑されながらどんな人か聞かれたため『優しい人』と『イラッとする人』と両極端なことを言う。が。

「じゃ『イラッとする人』の方が良いと思う」
「なんでさ!?」

 つい、顔を上げてしまった。
 姉さんはコーヒーを飲みながらボクを指すと『それそれ』と笑う。

「まきは本当に親しい人にしか“ボク”や“手と足”出さないって前に言ったでしょ? 誰かを好きになる時は優しさも大事だけど“素”を表す事で“その人が一番好き”って証明にまきの場合はなるんだよ」
「証明……?」
「猫を被って“私”状態で接する相手じゃ重い物が溜まって、まきは潰れちゃうよ。だからそれ全部を吐き出せるイラッとさせた人の方が私はお似合いかなって思う」

 ボクは黙る。
 “ボク”を使う相手は……“荒い口調”に“手と足”が出るのは後者のヤツだけだ。“ボク”を使う相手はえりさんや他にも数人いる。でも足で蹴ったりするのは家族を除いて一人だけ。

 つい、ニ週間程前まで傍にいて、ボクを“愛す”と言ってくれた────寺置さんだけだ。

いちご
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