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​16*「恋の裾」

 寒さが本格化した十二月二十四日、クリスマス。

 平日のせいかボクも母も姉さんも仕事だが、前日にお祝いしたし、施設でも今夜行われる。

 夜勤の支度を終え、玄関へ向かうとインターホンが鳴った。覗き穴から確認し出ると、宅急便屋さん。

「辻森まきさんにお届け物です」
「ありがとう……ございます」

 

 サインをして、三十センチほどの紙袋を受け取る。
 自分宛など滅多にないため驚きながら宛名を見ると──『寺置守』。

 宅急便屋さんに返したい。

 

 空港で別れてからニ週間。
 その後も変わらず寺置さんは一日一回メールを送ってくる。暇なのかと言いたいが、姉さんも夜中に毎日藤色のお兄さんと電話してるので暇なんだろうと納得した。

 もちろんボクからメールしたりしない。

 なんて書けばいいかわかんないし、寺置さんも電話まではしてこないから……なんかモヤッとしたけど、鍵を閉めると車の中で紙袋を開いた。

 出てきたのは『Merry Christmas』と書かれたカードに、ふわふわウール素材の爽やかオレンジ色のマフラー。数秒固まったボクは手触りを確かめる……気持ち良い。

 さすがにお礼が必要かと携帯を開くが、はじめてで電話は恥ずかしく、メールを打った。


『なんでオレンジ色なの?』


 ボクはバカかああぁぁーーーーっ!!!
 メールですら素直になれない自分に涙が出る。しかし送信したものは仕方ないと、職場に向けて車を走らせた。

 クリスマスの影響か時間は掛かったが、遅刻もせず無事に着くと返信に気付く。

 

『可愛い羊のまき様を見つける良い目印になると思いまして』

 

 ……殴りてー。
 ウール素材すら考えられているのかと思うと余計腹が立つが、カードは羊の形をしていて、羊好きを見破られている気がする。コンニャロー!

 

 それでもボクの頬はまだ外に出ていないのに熱を持っている気がして、返信はせず車を出た。

 


* * *

 


「メリークリスマス!」

 大きな声に紙吹雪がホールを舞う。
 二十人ほどの入居者に職員を混ぜてのクリスマス会がはじまった。ローストチキンやスープにイチゴのショートケーキと中々に豪華で、ボクは料理を小分けした皿をおじいちゃん達に渡していく。するとなぜかクリスマスプレゼントを幾つも貰ってしまった。

「良かよ良かよ。うちらがまきちゃんにあげたいだけやからね」
「ありがとう……ございます」

 三森のおじいちゃんにも貰ってしまって恐縮する。
 ボクの祖母は今でも元気だけど祖父は亡くなったので、おじいちゃんに貰うと嬉しさが込み上げてきた。が。

「ところで、あん面白か眼鏡んお兄しゃんっちは最近どがんね?」

 

 貰った物を落とす。

 三森のおじいちゃん、ごめんね。でも、おじいちゃんも悪いんだよと拾いながら目を右往左往させ『普通……ですかね』なんぞ答えると、三森のおじいちゃんは笑う。

 

「そーかそーか。まきちゃんにも恋のきよったか」
「こここここここここ恋っ!?」

 

 おおおおじいちゃん、そんな嬉しそうに言ってもね! あの眼鏡男だよ!? あの腹黒男だよ!!?
 ボクは顔が火照っていくのを感じながら御茶を煎れ、椅子に座る三森のおじいちゃんに渡す。躊躇うように御盆を胸に抱くと、小さな声で聞いてみた。

「私……『恋』とか……してます……?」
「しとるちゃ。気になる人ば考えるっちモヤモヤしとらんか?」
「っ!?」

 

 的を射た言葉に、肩が揺れる。
 三森のおじいちゃんは変わらない笑顔で御茶を啜ると続けた。

「そいはそん人を『好いとー』っち、身体が伝えとる証拠だ。好かんやったらムカムカしゅるはずっからね」
「……殴りたいなーとか思う時があるんですけど」
「ははは、そいはそいは」

 “職員”ではない“素”で答えると笑われた。マズッたかな。
 だが、おじいちゃんは飲み干した湯飲みを静かに机へ置くと、優しい笑みを向けた。

「モヤモヤん時の怒りは本音だ。そん怒りがそん人にしか沸かんなら振り向いてほしか、気付いてほしかって恋の裾ば持っちょっとるんばい。そいば引っ張るも戻しゅも自分次第」

 

 裾……それを引っ張るのも戻すのも……ボク次第…?
 おじいちゃんの言葉にボクは何も答えられなかった。

 


* * *

 


 消灯時間もとっくに過ぎた深夜一時。
 夜勤の休憩時間は0時~三時。今は男性夜勤者に任せ、ボクは仮眠室で休む……はずなのに、壁に背を預けたまま天井をボーと見ていた。三森のおじいちゃんの言葉が繰り返される。

 

 寺置さんを“一番大事な人”だと思った。確かだと。
 それは姉さんを“大事な人”と思うのと少し違う……と思う。そして彼がボクに対する気持ちは今のボクと違う。それが“友情”だったら彼はボクにキ……スなんてしないだろ。
 だって彼はボクの事を好きと言っていた。


『どうしたらまき様が私を好きになってくださるか教えてください』


 そんなのボクが教えてもらいたいよ。
 おじいちゃんの言っていた“裾”。“好き”という裾を引っ張ったらどうなるんだろ……戻したら。

 

 大きな溜め息をつきながら彼から貰ったマフラーを首に捲く。
 とても暖かい。それがマフラーの暖かさなのか顔から出る暖かさなのかわからないが、寒がりなボクの身体が徐々に熱くなっていくのがわかる。それが恥ずかしくて部屋を出ると自販機へと向かった。

 ホットかアイスか悩んでいると、静かな館内に足音が響く。振り向くと同じ夜勤者の重原君が立っていた。

 

「どうしたの? 辻森さん」
「あ、お疲れ様です。ちょっと考え事してたら喉が渇いて……」
「事務所のキッチンで煎れればいいのに」

 

 重原君は苦笑しているが、結局彼も自販機でホットコーヒーを買った。ボクは冷たいココアを買うと物珍しい顔をされた。

「温かいのじゃなくて良いの? マフラーもしてるのに」
「あはは……ちょっと頭を冷やしたくて」

 

 マフラーしたままなのを忘れてた。
 照明も消え、自販機の明かりだけで助かった……けど恥ずかしい。

 ボクは顔を伏せているが、自販機の明かりでも重原君がジッと見ているのがわかる。その視線が痛くて顔を上げたが、彼の目はボクを捉えたままだ。

 

「…………何?」
「………いや……考え事って、前一緒にきた……寺置さんの事?」

 

 喉がゴクリと鳴った気がした。
 でも三森のおじいちゃんにバレていたのなら彼にもバレていたのかもしれない。動悸が少しずつ速くなる中、理由を訊ねると、重原君はボクから視線を外した。

 

 不思議と『良かった』と安堵する。

 瞬間、ココアを取られ──長椅子に押し倒されていた。この状況どこかでと、真上にいる重原君が一人の男と重なる。


「前、ここで……寺置さんとキス……してただろ?」
「っ!?」
「こんな風に……」


 真剣な重原君の眼差しに身体も動かず、ただ呆然と────唇が奪われた。

いちご
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