番外編12*バレンタイン
今日は二月十四日。土曜日。
まだまだ寒い日は冬眠にかぎる。魔王は仕事だし、出勤前のファイト一発もしたし、よく寝れそうだ……おやすみ。
「それでね、海雲さんが落としちゃって」
「ふ~ん……お義兄さんも結構ドジだね。姉さんには負けるけど」
「まけ~」
暖房が入った藤色家のリビングソファに寝転がるボクと、お腹に乗るりま。
そんなボクらの声に、キッチンに立つ姉、みきは口を尖らせる。けど、娘の羽実ちゃんに呼ばれると直ぐ笑顔に変わり、ボウルに入ったチョコを型に流しはじめた。
そう、すっかり忘れてたけど今日はバレンタイン。
昼前に『一緒にチョコ作ろう』と、突撃してきた母娘にボクは心底嫌な顔をした。お菓子どころか料理もできないせいもあるが、魔王に手作りを渡すって場面が浮かばない。バナナの皮で滑らせるなら浮かぶんだけど。
ともかく、作れない側からすれば既製品でもコンビニのでも良いと思う。
「え~、まきたん愛がな~い」
「愛なんざ、いつかは枯れるもんだ」
「大丈夫大丈夫。まきたんのが枯れても、花さかお秘書さんが満開にしてくれるから」
あははと笑いながら新しいチョコを混ぜる姉に苛立つが、否定はできない。
何度怒って嫌いだと思っても、小判どころじゃない量を返されて丸く収められるんだ。手の平で転がされてるようにも思えるが、本人は『そんなわけないじゃないですか』と笑顔。屈託ない笑みだけど何かを含んだ笑み。
「しーちゃん、じょうずだね!」
羽実ちゃんの歓喜するような声に起き上がると振り向く。
ピンクのエプロンを着た彼女の隣には青のエプロンを着た紫宛がいて、型に流し込んだチョコを見せていた。はみ出しもせず、綺麗な星型の小さなチョコたち。
目を輝かせる姉さんと羽実ちゃんに紫宛は笑みを向ける。
「父さんがしますから」
そうそう、あの笑み。よく見る見る。
最近は晩御飯作るのを手伝うようになったせいか、息子の家庭レベルが尋常じゃないほど上がっている。しかしあの魔王、一人暮らしが長かったのを差し引いても菓子まで作るとかスペック高すぎだろ……バレンタインだって。
「もしかして、お秘書さんってバレンタインにチョコをくれる人?」
「もしかしなくてもだよ」
嫌々に頷くと、りまを高い高いする。
付き合いはじめた年から逆チョコを貰っているボク。手作りだったり高級だったりアーポロだったり様々。今年は冷蔵庫にチョコらしき物はなかったと思うけど、既に店で予約してたり、昼休み中に会社で作ってるかもしれない。まあ、半分以上は嫌がらせと言うか、ボクの反応を楽しむためなのはわかってるから、バレンタインだと思い出すと同時に翌日買いに走るさ。
カラムッチャとかガリガリちゃんとか、関係ないやつを毎年のように。
そう、毎年のことだ。
まだ先だなあって思うのに、気付けば当日になっててプレゼントされる。だからボクから先にあげたことはない。作ったことない。作れない。
姉さんに誘われた今年はそんな今までから脱することが出来ると思うけど、踏ん切りがつかないでいた。ちゃんとエプロンもしてるのに、ダメだなボク。
そんな溜め息をつきながらソファの上で体育座りしていると、姉さんがやってくる。すると持っていたボウルを頭に乗せられた。何さと眉を上げるが、覗き込む顔は旦那と同じ笑顔。
「ほらほら、まきたん。拗ねてないでチョコ作ろう」
「拗ねてない!」
「はいはい。今年もお秘書さんが買ってくるかなんてわからないし、買ってきても交換すればいいだけでしょ。手作りでも既製品でも、まきたんがくれた物なら喜んでくれるよ。旦那様のために頑張ろ」
口を尖らせるボクを、みきは楽しそうに見ている。
その笑みは双子だからわかるのか、叱咤激励のようなもの。決して怒ることはしない。でも後押しするような笑みに頬が熱くなりながら、ボクは小さく呟いた。
「…………タバスコ入りチョコにしてやる」
「え?」
笑顔のまま首を傾げる姉に構わず立ち上がると、チョコを冷やす作業に入った紫苑にりまを預ける。
キッチンに並んだチョコを見るだけで溜め息をつきそうになった。でも、いつものニコニコ笑顔を崩そうと考えれば気持ちは変わる。
エプロンを結び直すと姉さんを『先生』と呼びながら、二人あーだーこーだー言い合いながらチョコ製作を開始した。
姉妹でする料理も案外楽しいもんだ。
* * *
「んっ!」
「はい?」
夜の十時を回った頃に旦那こと魔王こと守が帰宅。
いつもなら紫苑とりまが迎えに走るが、さすがに就寝時間のためボクがお迎え。『お帰り』も言わず、スリッパを履いた男に作ったチョコを差し出した。先手必勝。
守は数度瞬きしながら焦げた五つのチョコとボクを交互で見る。
「珍しいですね。まきがバレンタインを覚えているなんて」
「悪かったな! あとお帰り!!」
「はい、ただいま。では私からはこれで」
笑顔のまま鞄から取り出した物はチオルチョコのファミリーパック。相変わらずこいつもネタで持ってくるの好きだな。
礼を言って受け取ると、皿を受け取った守はチョコを手に取る。
「しかも手作りとは、お菓子でははじめてじゃないですか」
「よく覚えてらっしゃることで。あ、タバスコ入ってるのがあるから気を付けてね」
「さすがまき。面白いこと考えますね。では早速おひとつ……」
笑顔を崩すこともなく、動じることもなく守は一口でパクリ。
同時にボクは言った。
「タバスコ入ってないのはひとつだけデス」
「っ!!!」
「ちなみに量も違い……」
瞬間、スリッパも脱ぎ去った守がキッチンへと駆けて行った。
どうやら魔王にも辛さという攻撃は効いて、運というものも普通らしい。良かった良かった。そして成功バンザーイ! を、内心しながらリビングに入ると、水を飲み終えた守が一息ついていた。 構わず訊ねる。
「どでした?」
「ええーと……見た目より中身が大事だと思う。人間と同じで」
早々に口調が戻っているところからして余程効いたらしい。タバスコ五滴以上かけたヤツもあるからな。さすがに罪悪感が沸き、コートと上着を脱いだ男に貰ったチオルを差し出す。
「ほい、口直し」
「出来れば口移しを願いたいところだな」
「降臨中の男にするわけないだろ」
眉を顰めるボクに守はくすくす笑いながらネクタイを緩め、手を伸ばす。だがその手はチョコではなく手首を握り、引っ張られると口付けられた。
「ちょっ……!?」
躊躇うことなく口内には舌が入り込み、いつもとは違う味が伝わる。なんかピリッとした変な味。
「嫌だ~!」
好きじゃない味に慌てて唇を外すと、手に持っていたチオルを食べる。ああ、甘い。美味しい。幸せ。
そんな幸せを味わっていると後ろ頭を押さえられ、気付いた時にはまた口付けられていた。
「っん……!」
「甘いの……寄越せ」
割って入ってきた舌先がボクの舌を撫で、チョコを奪っていく。それでも変な味は残っていて身じろぐが、さっきとは違い逃してはくれない。むしろ抱き上げられてしまい、逃走不可能。
「んっ……あふ、あ」
「まだ足りないな……」
舌を奥まで伸ばしながら、手が下腹部を擦る。
ゾクゾクと駆け上る刺激に手に持っていたチオルが落ち、床にバラけ散る音。唇が離され下を見るが、耳元に唇を寄せられる。
「あーあ……俺の愛を落とした」
「え、あ、ごめ……ひゃっ!」
謝罪の言葉は耳朶を舐める舌に遮られ、テーブルの上に寝転がされる。息を荒げる先には不敵な笑みを向ける男。その手にはボクが作ったチョコがあり、そのひとつをボクの口に付けた。
「はい、あーん」
「いや、それは……貴方様に」
「ふふふ、その俺が許す。ほら、口を開けろ」
結んだ口にチョコを突かれるが、頑なにボクは開こうとはしない。
やはり自分可愛さというのがあり、タバスコなんて御免だ。辛い物嫌いだし。必死に首を左右に振っていると、口角を上げた守はパジャマのズボンを下ろしていく。ピクリと一瞬身体が跳ねるも、口は開かなかった。
「往生際が悪い子ですね。さあ、どこまで耐えられるかな」
敬語も含めた口調は遊んでいる証拠。
ショーツ越しに秘部を突いたり、隙間から指を挿し込んで秘芽を擦る。
「……っ」
「ふふふ、さすがまき。このぐらいじゃダメですか。なら……」
「……っああ!」
勢いよく三本の指を挿し込まれ、つい声を上げてしまった。
同時に口にはボク手製のチョコを入れられ、ピリッとした辛さが口内に広がる。その様子に太い指三本を上下に動かす守は笑みを向けた。
「ああ、そんなに辛くない方でしたか。残念」
「ぜ、全然……っ……残念じゃっ……ああっ、指……やめ……んんっ!」
ギチギチに入った秘部からは水音も響き、徐々に喘ぎも増える。だが、反対の手で口を塞がれた。時間帯を考えれば当然だが、構うことなく膣内の指を激しく動かされては、抑えられるものも抑えられない。
「んっんん……んんっ!」
「ああ……その顔イい……そそる」
「んっ──!!!」
嬉しそうな笑みが見えたと同時に身体が大きく跳ね、視界も思考も弾け飛ぶ。
一瞬の真っ白世界だけで力を無くしたボクに、守は指を抜き、床に落ちたチオルを拾った。それを必死に息を整えるボクの口に入れる。虚ろな中、甘い甘いチョコを舐めている間に、ボクの上着とブラを外した男は胸を揉みしだく。
そのまま指に付いた愛液で乳輪をなぞると先端を突き、吸い付いた。
「っあ……」
口から喘ぎが漏れると唾液と一緒にチョコも下唇から垂れていく。それを愛液とは反対の指で掬った彼は、胸につけて舐める。
「ん……美味しい」
「はあん……あんっ」
「ああ、こっちも垂らして……直ぐに美味しいのあげようか」
胸の先端をチロチロと舐めながらベルトを外した男はズボンから肉棒を取り出す。
ドロドロと零れる秘部を見せるかのように両足を屈曲させられると先端が宛がわれ、そのままゆっくりとナカへ沈ませた。
「ああ、ああぁぁ……っ」
「気持ち良いの……きてるか……まき?」
「んんっ……!」
腰まで動かされ、さっきイったばかりの快楽が早くも押し寄せる。
両手を伸ばすと顔を寄せた彼から眼鏡を取り、口付けた。それが合図かのように揺する勢いは増し、腰を打つ音、水音、喘ぎを響かせる。
「ああぁ……あっ……イっちゃ……ぅんっ」
「いいぞ……イって……また風呂から上がったらっ……してやる!」
「っっ──!!!」
激しく貫く肉棒に甘さはない。
けれど、何度も何度も甘い声でボクの身体を溶かすのは、チョコレートと似たようなものだと思う──。
* * *
翌日、何回ファイトしたかもわからない身体は動かずベッド生活。
その横には魔王が座り、ボクのあげたチョコを食べている。どうやら一番最初に食べたのが一番の激辛だったらしく、他のは大したダメージもなく平気のようだ。そして残りは一粒。
「さすがまき。チョコまでツンして最後にデレとは恐れ入りました」
「殴るぞ……」
「まあま、せっかくですし二人で食べましょう」
そう言って半分こにすると、自分とボクの口の中に入れた。
「「──っっ!!!!」」
それは最初の比でもないぐらい辛……いや、マズかった。
犯人は料理中に『まっかー』とタバスコ瓶を持っていた、りま。子供から目を離しちゃいけないって本当だよね。
そして『弄ばれた』と光臨した魔王に今日も啼かされるのであった────。