12話*「教えて」
増えるうどん麺って信じる?
実際は遅いペースで食べると麺が汁を吸って伸びるだけなんだけどね。そんなうどんと、かしわ御飯を食べて身体はポカポカのはずだったのに……!
「寒いぃぃぃ~~~~~~っ!!!」
なぜにボクは大海原を見にきてんだ! しかも月明かりだけで真っ暗の深夜0時!! さらに暴風!!!
隣の男に体当たりした。
「おや、どうされました?」
「車ん中で見ようよ! ボク死ぬよ!!」
暴風の中でも髪が綺麗に靡(なび)き、笑顔を向ける寺置さんはカッコイイを通り越して悪魔だ。もこもこ着込んでいるボクに対し、彼は変わらずスーツに丈の長いコートで志賀島(しかのしま)の砂浜に立っている。
なんだって真冬の夜に海デートだよ! 運転任せたボクがバカだった!! 寒がりのボクを苛めて楽しいかーーーー!!!
既に心は折れ、涙目になっていたせいか、寺置さんは苦笑しながらボクを抱えた。いつもなら嫌がるところだが温かいから許す! 今回のみね!!
「すみません、まさかそこまで寒がりとは」
「もうアンタなんか大っ嫌いだーーーーーーっ!!!」
「海に落としていいですか?」
「ううううう嘘です! ごめんなさい!!」
必死に彼の首に手を回すと、くすくすと笑う声が聞こえる。
コンニャローと思うが寺置さんは本当に温かい。基礎体温が高いのかと考えていると彼はゆっくりと海辺を歩き出す。
「ちょっ、戻るならボク下りるよ!」
「いえ、少し歩きたいのでそのままでいいですよ」
「おおお重いでしょ!?」
「むしろ軽いですね。ちゃんと食べてますか?」
女としては喜ぶべきだろうけど、私的になんか複雑だ。そして堂々と体重を聞いてきやがったので頭を叩いてやった。
「これでも働きだして増えたんだよ……その前は四十もなかったのに」
「それはそれで問題だと思いますけどね」
苦笑する彼の声がすぐ近くで聞こえる。
日曜といえど、寒さと暴風のせいか人は殆どいない。この人とニ人っきりって危ない気がするけど、月明かりだけでも彼の表情は見え、眼鏡の間から覗く瞳は“普通”。
でも何かを考えているようで、胸が痛んだボクは彼の頬をつねる。
「ちょ、まき様、痛いです……」
「いや、らしくもなく何考え込んでるのかなと思って」
「らしくないときましたか……本当に私の表情が読めるんですね」
今度は“いつもの”表情で笑っている。
もう何がなんだかわかんないと彼の肩に顔を埋め、背中を強く叩く。彼は『痛い痛い』と苦笑するが知るもんか。
「何かあるんなら海に聞いてもらえば?」
「海にですか?」
「大海原だから心広く聞いてくれるよ。ボクと違って」
「ふふふ、私的にまき様に聞いて答えを教えていただきたいですね」
なんだよと不機嫌そうに顔を上げると、短い口付けを受けた。
しまったぁー! 用心してたのになんで隙が出来るんだよ!! バカバカ!!!
羞恥に顔を赤く染め、ジタバタ身体を動かしながら彼の頭を叩くと、夜中にも構わず叫んだ。
「もうっ! いったいなんなのさ!! 答えが聞きたいんじゃなかったの!!?」
「そうですよ。どうしたらまき様が私を好きになってくださるか教えてください」
「そんなのっ…………は?」
衝撃の台詞を聞いたような気がして、ジタバタしていた身体も手も思考もピタリと止まる。なんだって?
顔を向けたくないのに彼の手がボクの後頭部を支え、ゆっくりといつもの倍端正な“普通”の表情見せる顔が近付く。頬を寄せると小声でも耳元では大きく響いた。
「好きだよ──俺のまき……」
「っ!!!」
観覧車を降りた時に薄っすら聞こえ、脳裏に焼きついていた言葉に動悸が速くなる。瞬間、首筋を強く吸われ、場所も考えず大きな声を漏らした。が、強い暴風に波が煽られ、海辺にいたボクらは思いっ切り潮水を──かぶった。
「「…………しょっぱ」」
* * *
明るいところで見ると悲惨なんてもんじゃない。
見事に服も潮水、髪も潮水。寺置さんなんてスーツなのにと思いながら近くにあったホテルの部屋を借りた。シングルではなくツインを。
別々でよかったのに『シングルよりツインが安いですよ』と乗せられ……母子家庭で染み付いたお金もったいない病がぁあ!!!
椅子に座って嘆いていると、脱衣所から出てきた寺置さんはジャケットもネクタイもない、白のワイシャツのボタンを数個空けている。目のやり場に困るボクを他所に、変わらない笑みを向けられた。
「お湯を溜めていますが、先にシャワーで温まってください」
「いや……先に入っ…………お先にいただきます」
先に勧めようと思ったが、ニッコリ笑顔に急ぎ足でタオルを持って脱衣所に入った。
けれど胸の動悸は治まらない。さっきの言葉で混乱してるせいだ。『好きだよ』ってなんだよ……しかも『俺の』って、俺のじゃないだろ。
わけがわからないが、くしゃみが出たので、ともかく風呂に入ろう。
火照った身体に気付かないように靴下、デニム、カーディガンと脱ぐが、下着までぐちゃぐちゃだ。売店もう閉まってるけど売ってるかな。ダメでもスタッフさんに聞けば……そこまで考えて、あの人と二人でノーブラノーパンは大丈夫かと不安がよぎる。
そんな気持ちが顔に出ているのが鏡越しでもわかる。
そこであるモノに気付き、鏡に顔を近付けた。それは首筋にある赤い点々。
「痣……?」
確か以前にも……あれ?
見たことある痣は以前姉さんがしていたものに似ている。モジモジしながら呟いていたのは……。
「っ!?」
瞬間、勢いよく脱衣所を出た。
それは彼とはじめて会った後に首筋に出来ていた痣。蚊に刺されたかと思ったけど……もしかして!
「ねぇ、寺置さ──ぎゃああ!」
「はい?」
可愛くない悲鳴が出たのは勘弁して! じゃない!! なんで脱いでんだよ!!!
絶叫のボクの前には上半身裸でベッドに座る寺置さん。しかもズボンのファスナーも空いていて眼鏡も外し、髪を上げていたから一瞬誰だかわからなかった。
すると眉を寄せ、如何しい目で見られる。
そのまま少し低い声で『どうしました?』と訊ねられ肩を揺らすが、ボクは声を振り絞った。
「いや、えっと……首筋に赤い痣が……」
「ああ、キスマークか」
『それがどうした?』みたいに普通の表情をされた。おい! ん、普通?
そう、表情は“普通”だ。でもいつもと違う口調に頭を抱えた。
「ああもうっ! “いつもの”だったり“普通”だったりわけがわからない!!」
「それは俺の台詞だ。お前はその格好で何がしたいんだ」
「はあっ? それこそボクのせり……!?」
互いに荒い口調で言い争うが、自分がシャツしか着ていないことに気付いた。幸いショーツはまだ着けてたけど、急いで胸部分とショーツを手で隠す。顔を真っ赤にさせるボクに彼は大きな溜め息をつき、髪を掻き混ぜた。
「無自覚か……姉妹揃ってタチ悪い……」
「姉さんもかよ!」
『海雲から聞いただけだけどな』とか言うけど、姉さん何したんだよ!
内心ツッコミを入れていると、立ち上がった彼がボクの前に立つ。後退りしそうになったが、腕を引っ張られ抱き上げられると、口付けられた。
「んっ、あん……んんっ!」
その口付けは荒く、角度を変えては何度もされ苦しくなる。
唾液が下唇に垂れても、それすら舌で舐めとられ、身体が跳ねると声が漏れた。
「きゃぁんっ!」
「変わらず反応はいいな……」
くすりと笑った彼はボクを抱き上げたまま歩き出す。
「ちょ、どこに……」
「風呂。潮水かかってるんだから当然だろ」
その言葉にジタバタ身体を動かすが、ビクともしない。
これからされることに顔は青いのか、羞恥で赤くなっているのかわからないでいると耳朶を舐められ『煽ったまきが悪い』と囁かれた。
そのまま────浴室に連行。