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​10話*「ドS変態腹黒眼鏡」

 十二月に入り、福岡も寒くなった。あー、寒いのヤダヤダ。

 今日は藤色のお兄さんが来る日曜。けれどボクは仕事。なのに出勤は夕方からで、一緒に居ることになった。抜け出そうと思ったら寺置さんから『逃げたらお仕置きで』なんぞメール来やがって……コンニャロー。

 そんな欝なボクとは反対に、姉さんは先日買ったペンギン着ぐるみを着たまま朝御飯を装っている。その姿で出る気じゃないだろな……いや、ありえると不安になり、ひとまず蹴っておいた。

* * *

「それはそれは、みっちゃん様らしいですね。その姿でお出迎えしてもよろしかったのに」

「寺置さん、バカ言わないで下さい。そんなこと言うとこのバカ姉は本当に出るんですから」

「まき様は買わなかったのですか?」

「まきたんは羊った!」

「……付き合ってるのって、みきじゃなくてまきだったの?」

「いやいや、お母さん違うからね!?」

 我が家の六畳の居間で、母、みき、ボクと座り、向かいにスーツ姿の寺置さん藤色のお兄さん。こたつに入ってとか不似合いだなと思っていると母が笑いながら自己紹介をする。

 

「この際まきも一緒にお嫁に行けばいいのに……とまあ、改めて。みきとまきの母の瑞希(みずき)です」

「藤色 海雲です。みきさんとお付き合いさせて頂いています」

「秘書の寺置 守と申します。まき様に色々お世話になっております」

「あらま、揃って世話になってんのね」

「ボク、世話になった記憶ないんだけど……」

「私、お送りしましたよ」

 

 ボクの呟きに寺置さんがツッコむ。

 交換条件でチャラになったはずだが、“デート”の時に送ってもらったのを思い出し、口篭ってしまった。

 

 話の大半は姉さんのボケバカ度についてで、姉さんはギャーギャー、母はケラケラ、ボクは頷きばかりで、向かいのニ人は始終呆気に取られている感じだった。

 

* * *

 

 

「……賑やかな家族だな」

「母と姉がボケなんで……」

 

 午後を過ぎると母は友達と会うと言って出て行った。多分“友達”と言う名の“父”のような気はするけど。

 姉さんと寺置さんはキッチンでお茶と菓子を用意していて、ボクは話したことない藤色のお兄さん相手に緊張していた。

 

 改めて見ると寺置さんとは完全真逆のクール系だよな。会話が長続きしない気がするが、せっかくだしと話を切り出す。

 

「……あんなボケな姉さんで良かったんですか?」

「……恐らく、それを含めなかったら好きにならなかったかもな」

 

 クールと見せかけて簡単に“好き”って言えるのか。男ってすごいな。いや、年上の余裕?

 悩みながらも、多分この人の方がわかるはずと、姉さんにした質問を投げかけた。

 

「藤色さん的に、寺置さんってどんな人ですか?」

「…………………………ドS変態腹黒眼鏡ヤっだ!!!」

「なんか今、失礼なこと仰いました?」

 

 お茶を手に、ニッコリ笑顔の寺置さんが藤色のお兄さんの頭を新聞紙で叩いた。

 おいおい、その新聞ウチのじゃんか。て言うか、納得ド真ん中ホームラン打った人になんて事をと思っていたら、同じニッコリ笑顔を向けられ口篭る。そんな彼の後ろから姉さんが顔を出し、ニ人に貰った草餅を持ってきたのでいただいた。

 

「まきたんもそろそろお仕事だよね?」

「うん、食べたら出る。帰りは十一時頃かな」

「なら私も一緒に行きましょう」

「「「え?」」」

 

 予想外の台詞に三人一斉に寺置さんを見る。

 ボクはすぐさま理解し腕でバッテンを作るが、縦にチョップを入れられ切られた。そんなやり取りにニ人は唖然としていたが、藤色のお兄さんが助け舟を出してくれた。

 

「……一緒行くって……俺達は今日はもう休みでも、妹は仕事なんだから邪魔になるだけだろ」

 

 お兄さん良い人だ! て言うか休みなのか!? 姉さんも休みでボク一人仕事って腹が立つな!!!

 

「休みだからですよ。海雲様はどうぞ一週間振りにみっちゃん様とのデート楽しんできてください」

「……何を言っても無駄だな」

「お兄さん諦めるの早いよ!!!」

 

 長年の付き合いで『言うだけ無駄』の顔がわかるらしい。お兄さん上司だよね!? 上司が負けるって何さ!!? その人ただの俺様だろ!!!

 ボクの雄叫び虚しく『寂しくなくて良かったね♪』とか言いやがる姉を近所の川に流してやりたい。コンニャロー!!!

 

 

* * *

 

 

 出逢った時のように、ボクの車を寺置さんが運転している。

 運転好きなのか訊ねると『考え中のまき様が運転すると事故るでしょ』なんぞ言いやがったので叩いてやった。

 

 確かにボクもこの人と会うのは一週間振り。

 姉さんは毎日のように電話していたが、ボクは一方的にメールが来ていたのを返していたぐらいで喋るのは……いやいや別になんともないよ! 心臓ドキドキは気のせいだ!!

 

「まき様」

「ふはいい!?」

 

 突然呼ばれ、変な声が出てしまったボクの顔は真っ赤。

 当然爆笑されたので叩くと袋を渡された。中身を見るとイチゴ大福。イ、イチゴ……!

 まさかのイチゴに目をキラキラさせていると、また爆笑され、思いっきり叩いて叫んだ。

 

「な、何さ、この大福は!」

「いえ、草餅を買った時に見つけたので、イチゴ好きのまき様にと」

「だ、大福まで好きとは……」

「嫌いでした?」

「…………好きです。ありがとう……ございます」

 

 好きなものには素直になるってなんだよボク。

 頬が熱くなるが、彼はさっきから笑いっぱなしだ。もう叩くのも疲れ、やっぱりこの人って笑い上戸じゃないかと思いながら、三つある大福を一つ食べる。美味い。

 

 ニつ目を食べ終えると職場へ着くが、いつの間にウチから職場の道のり覚えたのか。ともかくお礼を言って、残りの大福をあげると彼は瞬きした。

 

「まき様のですよ?」

「いや……ボクはすぐに晩御飯あるし……まあ、送ってもらったお礼……だよ、うん」

「……ありがとうございます」

 

 そう微笑みながら彼は大福を手に取り、パクリと食べた。ボクは窓の方を向く。

 だって、『ありがとうございます』と言った彼の表情は“普通”の笑みで心臓が跳ねたんだ。“普通”の表情されるとすっごい困る! なんなんだよ!!

 

「まき」

「なに……っ!?」

 

 熱が上がっていたせいか呼び捨てされたのにも気付かず、反射的に振り向くとキスされた。

 

「んっ……ぁん、んっ!?」

 

 片手で頭を固定される。

 一週間振りにするキスに翻弄されていると彼の口からボクの口へ、小さく砕かれたイチゴが入ってきた。餡子も混じった甘いイチゴで脳内どころか全身が……気持ち良くなる。倒れそうになるところで唇は離れ、抱きしめられた。

 

「ふあ……はぁ……んっはぁ」

「ふぅ……海雲じゃあるまいし、一週間で俺もか……」

 

 耳元で苦笑される声がくすぐったい。

 背中をベッシベッシ叩いたボクは無理やり離れると車から降りた。寒いのは嫌いだが、火照った身体には丁度良い。それ以前に、これ以上いると本当にマズい気がする。

 

「じゃ、じゃあ……ボク仕事だから……」

「はい」

 

 ん、ちょっと待て。この人これからどうすんだ?

 考えていると彼もドアを開け、コートを羽織ると車を降りた。軽自動車のせいか、間に車があっても高身長の彼のニッコリ笑顔がわかる。嫌な動悸しか鳴らないボクに判決が下された。

 

 

「それじゃ、参りましょうか」

 

 

 お前もーーーーーーーー!!?

いちご
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