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​09話*「似てる」

 世界が真っ白になった。

 自分でも入れたことない場所に指を入れられ、擦られ、弄られ……それだけで訳がわからないのに、最後に押し寄せてきた感覚は忘れられない。何より耳に残るのは──。

 

『好きだよ──俺のまき……』

 

 

「ぬああああぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 思い出すだけで羊ヌイグルミをきまくる。

 ごめんよ、羊くん。

 昨日観覧車から降りたボクは気を失ったらしく、気付けば寺置さんの車の中。

 彼も電車で来ていたはずなのに、わざわざタクシーでホテルに戻ったらしい。ニコニコ笑顔で『今晩はお赤飯ですね』と呑気に言っていたが、始終羊に顔を埋めていたボクは何も言えず自宅に到着。お礼を言うとキスされた。

「ぬああああぁぁぁーーーーーーっ!!!」

「ただいまーまっだ!!!」

「あ……お帰り、姉さん……」

 

 思いっきり投げた羊が姉さんにクリーンヒット。

 そんな姉が倒れ込むと、持っていた袋から赤飯が出てきた。ん? デジャビュ?

 

* * *

 

 

「ひどいよまきたん。帰ってきたお姉ちゃんに羊投げるとかさ……」

「いや、ニ日も帰って来なかったヤツが言う台詞じゃないでしょ」

 

 病院以来の姉みきは、寺置さんから貰ったという赤飯を食べている。

 て言うか、ボクがこうなったの姉さんのせいだよね!? 寺置と言う名の悪魔を降り立たせたの姉さんだよね!!? もう一回投げていい!!!?

 と、思ったが、ニコニコ笑顔で食べているのを見ると気が失せた。

 

「どしたの? まきたんも食べなよ」

「……いや、いい」

 

 と言うか食べた。多分。

 溜め息をつきながらココアを飲むボクは姉を観察する。病院の時とは違ってスッキリと言うか“幸せ”そうな表情。藤色のお兄さんと上手くいったからだろうけど、妙なもやもやに眉が上がる。すると、姉さんが額と額をくっつけてきた。

 

「風邪でも引いた?」

「……別に……ちょっと昨日イヤな人に会ってね」

「イヤな人?」

「……柿原さん」

 

 額を離した姉さんは“ん~”と唸って数秒、不快そうな顔をした。姉さん、その顔ブサイク。意思が通じたのか普通の表情に戻り、赤飯を食べ終えるとボクを見る。

「何か言われた?」

「……まあ……でも悪魔がいたからね……」

「悪魔? まきたん、そんな儀式できるようになっだ!!!」

 

 また羊をぶつけてやった。

 ホントこの人バカだよね。儀式どころか生贄に……観覧車内での淫らな音とヤツの声が響く。あんなヤツと頭で思っていても下腹部が疼き、頬が赤くなるのがわかると立ち上がった。羊をもふもふしている姉に言う。

 

「姉さん、買い物いこ」

 

 

* * *

 

 

 気晴らしにと、近所のデパートへやって来た。姉さんの腕を引っ張りながら。

 

「まきた~ん、私は腰が痛いんだって~」

「はいはい、おばあちゃん頑張って~」

 

 どうやったら腰が痛くなるのか聞いたら顔を真っ赤にされた。なんなんだ。

 ボクらは手を繋ぎながらゆっくり歩く。恥ずかしいが、この歳になっても手を繋ぐのがボクの癖だ。姉さんの手はボクより少し大きくて暖かい。でも寺置さんの手はもっと大きく包み込ん……ブンブンと勢いよく腕を回す。

 

「うひゃあ、何なに~~~~!?」

「いや~あの雑貨屋に~もふもふな~着ぐるみ~あるな~って」

「ほんとだ~可愛いね~あ~ペンギン~!」

 

 棒読みで言ったのに、姉さんの目は既にペンギンしか映っていない。

 うん、姉さんといると気が楽だ。それでも思い出す彼に、ボクは訊ねた。

 

「……ねえ、姉さんにとって寺置さんってどんな人?」

「てらおきさん? てらおき……ああ、お秘書さん?」

 

 この人、あだ名を付けるのが癖だけど、ちゃんと名前も覚えておきなよ。て言うか“お秘書さん”ってまんまじゃんか。

 溜め息をつくが、姉さんは気にせず着ぐるみの触り心地を楽しんでいる。

 

「お秘書さんはね~……うーん……まきたんに似てるかな」

「……は?」

 

 おい、誰が変化球で返せって言った? そもそもあの人とボクのどこが? 口が悪いとこ?

 よっし、ケンカなら買うぞと手をグーにすると姉さんは続けた。

 

「言葉は厳しいけど親しい人には優しくて助けてくれて……でも孤独を嫌う……かな」

「……は?」

「よっし、私はペンギンを買おう! まきたんは何にする? 同じペンギン? ウサギ? マングース?」

 

 相変わらず姉さんの頭はおかしいことになっていると普段なら思う。

 実際ボクも彼も優しくないし助けてやることは……まあ、姉さんや藤色のお兄さんについては否定しない。でも、寺置さんが“孤独を嫌う”なんてないだろ。

 

 そこで思い出す。『綺麗な瞳』と呟いた時、驚きと同時に悲しみが映ったように見えたのを……なんなんだよいったい。

 余計わからなくなってしまい、また姉さんに聞いてしまった。

 

「姉さんは……藤色のお兄さんをいつ好きになったの?」

「名前を呼ばれた時」

 

 嬉しそうに笑う顔に、聞く相手を間違えたと悟った。

 そしてボクは羊の着ぐるみを購入。ひ、羊好きなんだよ! 文句ある!?

 

 

 帰宅したボクらは早速着ぐるみに着替えた。うん、あったかい。

 ボーと姉さんが着替えているのを見ていると不思議な痣を見つけ、首を傾げながら訊ねた。

 

「首周りの赤いのは虫刺され?」

「へ? ……ああっと……これは、ね……」

 

 ペンギンフードを深く被った姉はモジモジしだした。なんなんだ今日は。

 小さく呟いているのを聞くため、耳を口元に寄せると……。

 

「キ、キスマーク……」

 

 ……は? ……キス……キスマーク!?

 え? え? キスマークってこんなんなるの!?

 衝撃事実に驚く一方、似たようなものを思い出す。が、すぐ『まき』と、ヤツの声が聞こえた気がして、フードを深く被り丸くなった。

 

 姉さんは顔を赤く染めたままボクを見ているが、ボクも同じ顔をしていそうで怖い。なんなんだよもう!!!

 そうジタバタと動くボクに大きく首を傾げていた姉だったが『そういえば』と、爆弾を落とした。

「来週の日曜に海雲さんが母に挨拶くるって。あ、お秘書さんも一緒に」

 瞬間、飛び蹴りを食らわした────羊は肉食なのかもしれない。

いちご
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