番外編18*グレイ誕生日
※グレイ視点
『八月一日生まれだから、語呂合わせで八一(灰)くんだね』
と、ドアホなことを言うキラ男を吊るし上げたのは言うまでもない。
そもそも誕生日など気にしたこともなければ、別に祝うものでもない。毎年笑顔で祝う両親の気が知れなかったが、義妹ができ、両親が亡くなった今は──。
「ふんきゃ~……お義兄ちゃん、お誕生日……おめでとうござい……す」
「ありがとう、モモ」
「それで……なんで今日も……一緒に寝てるんでしょう……」
「誕生日だからだ」
即答すると、まだ明け方の四時で目覚めていない義妹=モモは『ああ~……なるほど~……』と、眠い目をシバシバさせる。それを同じベッドで横になって聞く私も、笑みを浮かべたまま頷いた。
モモの寝室で一緒に寝るのはよくあることだ。
大半は疲れから、ま・ち・が・え・て、寝るパターンだが、今日は誕生日。間違えてなくても許される。抱き寄せることも。
「ふんきゃ~……くすぐったいです」
頬を寄せたり、口付けていると小さな身体が動く。
だが、その顔は笑っていて、後ろからパジャマの中に手を入れると、人差し指で背中をなぞった。
「きゃ~」
先ほど以上にくすぐったいのか、左右にモモが大きく動く。
それが面白くもあり可愛くもあり、露になった首筋にほんのり見える汗に身体が疼くと、チロリと汗を舐め取った。
「ひゃっ!」
朝一番の声と共に跳ねたモモは目覚めたのか、パッチリと開いた瞳で見上げる。
「お、お義兄ちゃ……そんなとこ舐め……あぁっ」
「汗を取っているだけだが?」
「そ、それなら拭い……んっ」
頬を真っ赤に染めたモモの口に指を一本差し込む。
突然のことに驚きはするも、手袋をしていない素の指が不思議なのか嬉しいのか、咥えたまま“もきゅもきゅ”と口を動かしはじめた。
「っ……モモ、ちょっと……」
仕返し……ではないだろうが、くすぐったいというより身体に悪い。主に下腹部が。
そんな葛藤など知らないモモは“ちゅっぽ”と口を離すと、指から垂れる雫を舐めあげた。少しだけ、楽しそうに笑いながら。
「んきゃ……」
「~~~~っ、モっ『は~い、朝からド変態でシスコン場面なんていらねーから散らしまーす』
何かが爆発する寸前、突撃してきた隼=ルアに突かれる。
夜は暑いからと窓を開けていたモモが犯人のようだが、今は良い雰囲気をブチ怖した隼(ルア)を吊るし上げ、丸焼きにするのが先だった。
*
*
*
「あっははは、まさかルーくんが誕生日を覚えていたとはね」
「ドアホ、んなわけあるか。知っていたとしても、微塵も祝う気ないだろ」
「おや? ちゃんと私は祝っているじゃないか」
「大衆の前で『おめでとう』と叫び続ける三十路もどうかと思うが」
眉間に皺を寄せたまま、向かいに座るキラ男を睨む。
だが、小言に慣れている男は微笑んだまま手を上げると、ソムリエが新しいワインを注いだ。
誕生日だからと、今夜はキラ男の家でディナーを御馳走になっている。
もっとも、当に食事は終え、モモはお風呂へ。私とキラ男は晩酌状態だ。私もまた新しいワインを注いでもらうが、視線は積み重なった物に向く。プレゼントという名の、マンネリ化した品々だ。
「ノーリマッツ様と小娘の頭にはフルーツしかないのか……」
「青のリボン付きで可愛いじゃないか。カルビーくんだってケーキ作ってくれて」
「モモの顔なんぞ食えるか! 小ガキは相変わらず変な瓶を持ってくるし、毒女にいたってはまたやかましい花なんぞ用意して!!」
「流行っているのかな」
微笑むキラ男を他所に、プレゼントの山から『なり~なり~』と声が聞こえる。が、開いた手を握り締めると途絶えた。
増える眉間の皺を抑えるようにワインを飲み干していると、キラ男が苦笑する。
「しかしまあ、心は広くなったんじゃないかい? 少し前なら私の誘いも断っていたし、団長達と顔を合わせることもなかった……義妹の力はすごいね」
「吊るし上げるぞ」
くすくす笑う声に追加のワインも飲み干すが、頬はアルコールとは違う意味で赤くなっていた。
視線を移せば、お風呂上がりのモモが笑顔で牛乳を飲んでいる。キラ男が言うように、以前なら誕生日なんぞ不要だと思っていた。祝う両親の気が知れないと。
だが、モモが現れた。
私を……ロギスタン家を本当の家族にしてくれた義妹。賑やかな誕生日がいっそう賑やかになり、彼女や両親を祝う日が喜ばしいものだと、両親が亡くなった誕生日がこんなにも寂しいものだと気付いた。その分、モモの誕生日は盛大に祝おうと決めた。
共に過ごす時間、年月は大切なものとなる。
同時に、気付いてはいけない気持ちを募らせることになっても──。
*
*
*
「お料理、美味しかったですね~」
「私はモモの手料理が好きだがな」
帰宅したのは、充電切れになる前。
リビングソファにローブを投げ捨てた私の不満に、ドアを閉めたモモは苦笑する。
「もう、褒めても何も出ませんよ」
「それは残念だ」
「でも、これはありますよ!」
溜め息を付いていると、笑顔でモモは差し出す。
生花の薔薇で出来た冠を。
「ふんきゃ、誕生日プレゼントです!」
「モモ……男の私に冠はちょっと……」
「え!? ダ、ダメですか? ルアさんが、主役には冠って「吊るし上げる」
余計なことをと殺気を放ちながらソファに座ると、隣をペンペン叩く。
慌てていたモモは戸惑いながら座るが、どうしようと呟きながら冠を見下ろしていた。真面目で一生懸命な可愛い義妹。だが今は──。
「……モモ」
「っ!」
伸ばした腕で腰を持つと引き寄せる。
落ちた冠など気にせず、すっぽりと胸に埋まった義妹の前髪を払うと、額に口付けた。
「……冗談だ。モモから貰う物は全部嬉しい」
「ふんきゃ!?」
驚いたように顔を上げたモモに微笑む。
だが、真っ赤な顔で額を押さえる姿が可愛く、また顔を近付けると頬に口付けた。
「もちろん……」
「きゃうっ!」
「まだ貰えるならたくさん貰うが?」
「も、貰うって……わたしは何をあげた……ひゃっ!」
鼻、反対の頬、耳と順に口付けると、柔らかな唇へと口付けた。
ピクリと動いたモモの身体は急停止するように、真っ赤な顔のまま動かなくなる。それが面白可愛くて、ソファに寝転がすと顔を覗いた。
「どうした、モモ? 何を赤くなっている」
「ど、どうしたのは……お、お義兄ちゃんです! よ、酔ってます!?」
「……そうだな、酔ってることにしよう」
「しようっんん!」
くすりと笑うと、また口付ける。
そして、頭を撫でながら耳元で囁いた。
「じゃあ、モモ……もう少し先を……プレゼントに貰うぞ?」
「っ……はぃ」
小さな肯定は充電切れが起こす夢か本心か……どちらでもいい。
止めようもない気持ちのように、今は伝えることしか考えていない。どんな形であろうと、私は、俺は──愛する姫君が──……。
「ねえ……昨日、モモカになんかした? 今日やけに顔が赤いっていうか……お前見る度に挙動不審になるっていうか」
「知らんな。楽しい楽しい楽しーーーーい出来事以外は」
「っ!? ちょっ、どういうことだよシスコ「吊るし上げる!!!」
その気持ちは諸々を退治した後になりそうだがな────。