番外編17*白薔薇誕生日
※白薔薇視点(77話以降のネタバレ有)
“義兄”がいると知って、戸惑いよりも嬉しかったことを覚えている。“やっぱり”、と。
そんな彼に近付きたい、追いつきたい、力になりたい、様々な想いを抱いてきた。でも、残念ながら距離が縮まる気配は未だありません──。
新芽が顔を出す春。
南庭園の殆んどは造花ですが、似ては非なる本物の芽も出ている。それとは別に花の香りがするのは、続々と贈られる花束のおかげでしょう。
「コ、コーランディア様。お、お誕生日おめでとうございます……!」
「あ、わざわざありがとうございます。綺麗なフリージアですね」
今日、四月一日は僕の誕生日。
作業の手を止め、緊張した面持ちの令嬢から伸びやかな葉と鮮やかな色のフリージアを受け取る。香りも良いことに自然と口元が緩んだ僕は、思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ウチにもフリージアの」
「あああありがとうございましたー!!!」
続けたかった言葉は悲鳴にも近い令嬢の声に遮られてしまった。そればかりか、目にも留まらぬ速さで去ってしまい、唖然とするしかない。
「踵があるヒールであのスピード……すごいですね」
「いや、あれは兄上スマイルに負けたからじゃねーの?」
「顔も真っ赤であったしな」
振り向けば、手入れを手伝ってくれていた妹弟が溜め息を漏らしていた。フリージアを見下ろす僕は眉を落とす。
「体調が悪い中きていただいたなんて申し訳ないですね」
「「違う」」
綺麗にハモった二人に瞬きを返すが、妹のナナは諦めたように両手を出した。
「他のと一緒に活けてくるから、兄上はセルジュと片付けをしてくれ」
「そんな、今日何度も行ってもらってますし、僕が「こける前に早く!!!」
鬼気迫る顔つきに、勝手に手が花束を差し出す。
満足そうに頷いたナナは軽やかな足取りで庭園を後にした。また唖然としていると、弟のセルジュが手袋を外しながら言う。
「んじゃ、オレはトゥランダ達と片付けすっから、兄上は風呂に入ってきてくれ」
「え? 僕も片付「オレ以上に土まみれの王子様なんか式典に出せないっつーの!」
勢いよく僕を反転させたセルジュの両手に背中を押される。
戸惑いながら振り向くが、裾や袖口にしか土がついていない弟とは違い、僕はエプロンどころか何度か尻餅を着いたのもあってズボンも土まみれ。
確かに午後から自分の誕生式典が行われますが、片付けをしない庭師は問題……という反論は『主賓がいねー式典の方が大問題!!!』の一喝で却下されてしまいました。
兄とはいったい……。
* * *
「どうしたんだい、ラー油くん。今日は三割にも増してボーとしてるね。誕生日なのに」
先ほどまで掛けられていた敬称違いに振り向く。
華やかな会場よりも輝きを放つヤキラスさんはくすくす笑っているが、僕は苦笑を返した。
「意地悪しないでください。あまりこういう場が得意ではないのはご存知でしょう」
「あっははは! 確かにキミは、土まみれになっていた方が良い顔をするからね」
皮肉に聞こえるが、まったく悪い気がしないのは間違いではないからでしょう。
自分一人のために大勢を招き、料理や会場を用意してもらい、祝辞をいただくより、新しいを造花(花)を創りたいのが本音。けれど、父と母の容態が思わしくない今、第一王子である僕がしっかり……。
「……王子」
呟きに、ヤキラスさんの視線が移るが、僕の目はテーブルを彩る薔薇にあった。
僕を象徴する白よりも控えめに、国を現す虹霓薔薇の色が飾られている。なのに白(僕)よりも、存在しないと云われる青薔薇の方がとても美しく見えた。
父王の誕生日ではないため、虹霓薔薇である団長もヤキラスさんかケルビバムさんしかいない。いや、たとえ父王の誕生日であっても彼は僕と顔を合わせてくれないだろう。
寂しさを消すように一息吐くと、ヤキラスさんに向き直した。
「そういえば、グレイさんは? 宰相補佐と藍薔薇のお仕事が忙しいのでしょうか?」
さっきまでいた方を探すが、ヤキラスさんは笑う。それはもう楽しそうに。
「いや、灰くんは定時上がりしたよ。モモの木……大事な義妹がいるからね」
総務課全員の仕事が終わるまで残る(見張る)仕事の鬼が定時上がりとは驚くが、義妹と聞いて納得する。同時に思い浮かぶ少女に、僕も笑みを浮かべた。
彼を考えた時のように、少しだけの寂しさを感じながら──。
*
*
*
お開きにしてもらった頃には、夜の九時を回っていた。
さっそく南庭園へ向かうのは寝室を兼ねているのと、落ち着く場所だから。やはり大勢との付き合いは慣れず、早く戻って春の花を作りたい、飾りたいと早歩きになる。
が、現実は上手くいかない。庭園の出入口に人だかりが出来ていた。
事件でもあったのかと焦るも、大半は包装された物を持つ従者の方々で、また令嬢からのプレゼントだと悟る。それを門番である黄薔薇騎士のみなさんが受け取ったり止めたりしているようだ。
僕が出ては余計に混乱が起きると思い、東廊下の柱に身を隠す。
「はあ……しばらく入れませんね」
「どこに入れないんです?」
「うわっ!!!」
気配もない問いかけに、心臓が飛び出すほど驚くと振り向く。
だが、目の前……ではなく、下。小首を傾げている一五十センチもない少女に、胸を撫で下ろした。
「なんだ、モモさんでしたか」
「ふんきゃ? お兄さん、モモを知ってるんですか?」
「え……ああ、そうか」
また小首を傾げる少女に、自分の格好や髪が式典のままだったことに気付く。
服装や髪型が違うだけで認識されないのは、セルジュがいうように土まみれが多いからか。ちょっとだけ改善を考えていると、宰相補佐グレイさんの義妹、そして東の『薔薇庭園』庭師ロギスタン夫妻の養女であるモモさんは僕の背後を見た。
「人いっぱいですね。お兄さんもあそこに入りたいんですか?」
「“も”……ということは、モモさんも?」
なぜ彼女がと思うよりも先に、モモさんは笑顔で差し出す。式典会場でも見た虹霓薔薇の七薔薇と、一回り大きな白薔薇の花束を。
「今日、南(あそこ)の人が誕生日だって、お義父さん達がいってたんです。だからプレゼントです」
「プレゼン……ト?」
「ふんきゃ、同じ庭師でお友達ですから。あ……でもこれ、とてもえらい人へのけんじょーひんで余った物なので、お兄さん内緒にしててくださいね?」
えへへと笑いながら、人差し指を立てる彼女。
きっと、南の主と偉い人が同一人物で、目の前の僕とは思ってもいないのだろう。込み上げてくる気持ちを、目尻に浮かぶ物を堪えながら腰を屈めると、目線を合わせる。そして、花束を持つ小さな手を両手で包み、囁くように言った。
「ありがとう……ございます、モモさん」
「んきゃ?」
なぜお礼を言われるのか理解していない様子に、頭を左右に振った僕は笑みを浮かべる。
「僕も南に用事があるので一緒にお渡ししておきますよ。そろそろご家族……グレイさんが探してらっしゃる頃でしょうから」
「ふんきゃ、そうです! ちょっと行ってきますしか言ってませんでした!! おおおおお兄さん、お願いしていいですか!!?」
慌てて小回りをはじめる彼女に笑いながら頷く。
花束を貰い受けると、モモさんは背中を向けるが、『あ』と、思い出したように振り向いた。笑顔で。
「お誕生日おめでとうございます!」
「っ……!」
「て、いっておいてくださいね!」
そう残し、令嬢達以上の速さで駆けて行った。
静まり返ったはずの廊下に、うるさい音が響く。それは自分の内側から鳴る音で、体温も徐々に上がっている気がした。慌てて頭を振ると庭園に戻るため振り返る。と、背後から靴音が聞こえた。
忘れ物でもあったのだろうかと自然とまた振り向くが、ゆっくりとした足取り。何より、月明かりでも輝く琥珀の髪と白いコートを風に靡かせる人に目を奪われた。どこか眠た気だった彼は目を見開き、僕は震える口を開く。
「ルア……義兄さん」
囁きは、風使いの彼には充分聞こえたのだろう。
少しだけ目を伏せた青薔薇キルヴィスアこと、ルア義兄さんは踵を返した。
「あ、待ってくだっあ!!!」
「っ!?」
慌てて追い駆けようと足を出すが、もつれて転倒してしまった。顔面から。
幸い薔薇は頭上に掲げているので無事でしょうが、端から見ればとてもお間抜けな光景だと自分でも思う。また静まる中、足音と一緒に躊躇いがちな声が聞こえた。
「だ、大丈夫か……ラン?」
「…………さん」
「へ? 何?」
さすがに今のは聞こえなかったのか、聞き返しながら腰を屈める気配がする。その優しさに頬が緩むと顔を上げた。
「お誕生日……おめでとうございました……ルア義兄さん」
精一杯の笑顔でいうと、目の前の顔が驚きに変わる。
けれど、目を伏せ一息吐くと、同じ瞳を僅かに揺らしながら、ゆっくりと口を開いた。
「ありがとう……ランも……おめでとう」
「ありがとうございます……!」
苦笑混じりの笑顔でも、差し出された手と同じぐらい嬉しい。
一日違いとはいえ、義兄であり、尊敬する人。ぎこちなくともいつかわかりあえる日がくる。そう教えてくれた家族と彼女が別の廊下を通って行くのが見えた僕は、起き上がると義兄の横に並んだ。
「義兄さん、今日お帰りになっていたんですね」
「うん……ちょっと、ノーマに呼ばれて……」
「そうでしたか。あ、ご飯は食べらっだ!」
「お前……なんで何もないとこでこけるんだ……?」
他愛もない会話が、少しずつわだかまりを消していく。
一歩の勇気が二歩三歩と増えれば対等になれる。来年こそは一緒に祝えるよう、七輝の虹(アルコイリス)と虹霓の導きの薔薇に願いながら、彼女達とは反対の道を歩きだした。
その道が繋がるのが二年後など、知るよしもない────。