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番外編​16*ルア誕生日

※ルア視点

 騎士になって、十六年。
 国外を専門としている俺にとって、魔物との戦いは日夜問わない。いつ襲われるかわからない中で染み付いた身体と五感は、人間相手でも瞬時に反応する。そう、自負している……が。

 

「……ーん」

 

 透き通った声が響き渡る。
 冷たい風に運ばれる匂いも花とは違う、甘い匂い。薔薇園で眠る俺の瞼が徐々に開くと、見慣れた背中があった。覚えのある声と重さも。

 

「ルアさーん、おっはようございまーす!」
「うん……おはよ……起きたから、退いてくれると嬉しいな……モモカ」
「ふんきゃっ!?」

 

 躊躇いがちに頼むと、振り向いたモモカが悲鳴を上げる。俺の腹の上で。

 

 出会った時……だけでなく、何度か同じ状況があった。
 それほど俺に存在感がないのか鈍いのか、はたまたモモカの方が上なのか。自負していたことに少しだけ気を落としていると、慌てて降りたモモカが頭を下げる。

「ごごごごごめんなさいっ! だだ大丈夫ですか!?」
「へ……ああ、大丈夫……モモカと一緒で慣れたし」
「慣れてません!!!」

 

 気にしていない俺とは違い、モモカは土下座をするほど謝罪を繰り返す。どうしたものかと戸惑いながら上体を起こすと、頭を撫でた。

 

「うん……俺も悪かった。ごめん……あと大丈夫だから……モモカも大丈夫」

 

 あまり謝罪されたことないせいか、自分でもよくわからない返答になってしまった。首を傾げていると、同じように顔を上げたモモカも首を傾げる。そして、数秒ほどの間を置いて、互いに笑い出した。

 

「ぷっははは。ルアさん、その言い方なんか変ですよー」
「はは……うん……俺も思った」

 

 笑顔になったモモカに、自然と頬が緩む。
 すると、『あ』と、何かを思い出した彼女の両手が俺の手を包んだ。また首を傾げると、柔らかな目が真っ直ぐ俺を映す。

 

「ルアさん、お誕生日おめでとうございます」
「へ……」

 

 祝辞に、今日が三月三十一日──自分の誕生日だと気付く。
 祝われた記憶などない。むしろ、自分でさえ覚えていなかった今日を、彼女は覚えていてくれた。まだ朝焼けと寒空の下、一番の笑顔で。

 

 熱くなるのは彼女の手か、自分自身か。
 わからない中でも自然と動いた身体が、モモカを抱きしめる。小さな悲鳴に笑うと、少しだけ熱い耳元で囁いた。

 

「ありがとう……モモカ」

 

 蕾もない薔薇園で、ひとつだけ花が咲いた気がした──。

 


 

 

 


 朝焼けも陽の光も夕焼けも過ぎ去った夜。
 モモカの招待を受け、ロギスタン家で食事どころか泊まることとなった俺は、風呂上りなのもあって、庭先のテラスで涼んでいた。次第に肌寒くなってくるが、野宿に慣れている俺にとってはどうてことない。
 しばらく目を閉じていると、カラカラと、窓を開く音と声が届く。

 

「ルアさん」

 

 振り向くと、パジャマに上着を羽織ったモモカが顔を出した。
 窓を閉めた彼女はサンダルに履き変えると、小走りでやってくる。

 

「どうしました? 薄着じゃ冷えますよ」 
「あ……うん。今日って……誕生日だったんだなあって」

 

 独り言のように呟くと、夜空で光る月を見上げた。
 反対に俺を見上げるモモカは、小首を傾げる。

 

「だなって……実感ないんですか? プレゼントもいただいたのに」
「いや……あれ、絶対遊んでるっていうか、使い回しだろ」

 

 視線をリビングに向けた俺は溜め息をつく。
 モモカが話したのか、はじめてにも等しいプレゼントを他団長達から貰った。が、花やケーキはまだしも、フルーツに怪しい小瓶とテント。終いには血が付いた矢など、あからさまにネタが多い。特に厄介なのが──。

 

『なり~』
「セルジュ共々、散らしてやるっ!!!」
「おおおお落ちついてください!」

 

 モモカの誕生日を繰り返すように、やかましい『なりワリ』が贈られた。
 リビングに置いていても聞こえる声に剣を抜こうとするが、モモカに止められる。

 

「も、物はあれかもしれませんが、みなさん『おめでとう』って言ってくださったじゃないですか」
「グレイはなんもなかったけど」
「ふ、ふんきゃ~」

 

 プレゼントどころか祝辞もなかった義兄に、モモカは冷や汗を流す。
 だが、それがグレイだと納得もした。同時に、一喜一憂してしまう自分が恥ずかしく、誕生日なんて思い出さなければよかったとも思ってしまう──だって。

 

「俺が今日ってことは、明日は……」

 

 呟きは風で掻き消される。
 追い風の先には、フルオライト城。そして、思い浮かぶ一人の男が、誕生日という今日を忘れさせようとしていた。いや、忘れたかった。忘れたままでいい。そう思っていた──けど。

 

「はい、また来年ですね」

 

 きゅっと服を引っ張られる。
 見下ろせば、笑顔のモモカが袖を握っていた。

 

「今日より明日、今週より来週。いっぱい遊んで、いっぱいルアさん知って、来年は今日以上に楽しい誕生日を贈りますね。もちろん、お義兄ちゃんとみなさん全員で」

 

 きっと、グレイが祝ってくれなかったことを言っているのだろう。だが、モモカに言われると特別に思える。誕生日が嬉しいものだと実感させる……嬉しくなる。

 

「うん……でも、モモカだけで充分だよ」
「ふん……きゃ?」

 

 袖を握っていた手を取り引っ張ると、抱きしめる。
 今朝のように、すっぽり埋まった身体は小さいが暖かい。けど、今ならわかる。この暖かさは彼女と自分の熱。いや、自分の方が熱い。

 

「来年は……モモカ一人に、いっぱい祝ってもらいたい」
「わ、わたしですか……ひゃっ!」

 

 囁くと、耳朶を食む。
 身じろぐ身体を逃さないよう抱きしめると、首筋を舐め、甘噛みした。

 

「ふきゃ!」
「ふきゃ……はじめて聞くな……あと、どんな声が出る?」

 

 くすくす笑いながら背中を撫で、舌先で首筋から頬を舐める。
 ピクリピクリ動く身体は次第に熱を帯び、俺を見る瞳も揺れはじめた。その瞳は嫌いな漆黒。なのに憎悪など沸かない。気にならない。それよりももっと声を聞きたいと、鼻をカプリと食んだ。

 

「ふんきゃ~! も、もう、ルアさん!!」

 

 いつもの声を響かせるモモカの顔は真っ赤。
 けれど、キッと睨むと俺に抱きつき、仕返しするように鼻をカプっと食んだ。と、いっても鼻下に唇がついただけで、残念というように舌先で唇を舐め返す。

 

「んきゃ!」
「ははは、モモカ……隙だらけだね」
「た、誕生日だからってしていいことと、ダメなことがあるんですよ!」
「それはぜひグレイに言ってもらいたいけど……じゃあ、来年の誕生日は……今日以上のことが出来るよう、明日から頑張るよ」
「? 今日以上……て、なんです?」

 

 睨んでいた瞳が真ん丸に戻り、あどけない表情で見上げられる。
 その問いは、きっと俺自身わかっていない、気付かないようにしているだけだ。今日以上がどれほどの想いになるのか、今はまだ知ってはいけない気がする。でも、来年の今日までは知りたい。

 

 祝ってもらいたいと、心の底からはじめて思った俺は、自分でも知らない笑顔を返した──。

 

 


「吊るし上げて、生誕を葬式に変えてやるっ!!!」
「お義兄ちゃん、服を着てくださ~い!!!」
『なり~』

 風呂上りの義兄と義妹、そしてなりワリの悲鳴に耳を塞ぐ。
 来年までに散らす仕事はたくさんありそうだ────。

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