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番外編​15*モモカ誕生日

 今日は三月三日。桃の節句、ひな祭り。
 フルオライトでも女の子の日として街も華やかに彩られ、城内でも女性の嬉しそうな表情で溢れていた。そういうわたしも満面笑顔。理由は節句でもひな祭りでもなく──。

 


「モモカさん、お誕生日おめでとうございます」

 

 午後を過ぎた頃。まだ開放時期ではない薔薇園にやってきたのは、紫薔薇のジュリさん。後ろには赤薔薇のケルビーさんが綺麗に包装された大きな箱を持っていて、『おら』と、手渡された。

 

「ジュリからだ。ありがたく受け取っが!」
「ふんきゃ、ありがとうございます!」

 

 笑顔で受け取ると、なぜか鞘に収まっているルアさんの剣とジュリさんの杖がケルビーさんの背中を叩いた。当然ケルビーさんはルアさんに怒るが、知らんぷりといったいつもの様子に、わたしは苦笑しながらジュリさんに向き合う。

 

「誕生日、覚えててくれて嬉しいです」
「もちろんですわ。桃の節句にお生まれなんて、可愛いらしいモモカさんにピッタリですもの」
「メガネのヤローが、むっちゃ箱を持ってやがったからな」
「ああ……サンタクロース」

 

 諦めたように髪をかくケルビーさんに、ルアさんもうんざりとした顔で頷く。わたしも頬を膨らませた。

 

「お義兄ちゃん、またそんなに買っていたんですか? もう、たくさん貰っても困るって何度いえばいいんでしょう」
「「「そうそ、もっと言ってあげて」」」

 

 三人同意の頷きに、膨らんでいた頬がしぼみ、苦笑に変わる。

 

 今日はわたしの誕生日。
 もちろん、朝一でお義兄ちゃんにお祝いされましたし、ルアさんも覚えてくれていた。それからニーアちゃん、プラディくん、キラさん、セルジュくん。ノーマさんのついでにとナナさんからもプレゼントを貰い、今はジュリさんから。
 嬉しさから箱を抱きしめていると、ケルビーさんに頭を撫でられる。

 

「俺様からはもちろん手製ケーキだ。ま、さすがにデカいし食い物だから、帰宅する頃に届くよう手配してる」
「わーい、ありがとうございまーす!」

 

 副料理長であるケルビーさんの手作りケーキなんて豪華です、贅沢です。どんなのか想像してると、躊躇いがちにケルビーさんが手を差し出した。反射で手を出すと、ピンクの液体が入った小瓶を渡される。
 もしやと顔を上げると、辺りを見回しながら、そっと耳打ちされた。

 

「ムーランドからだ」
「あ、やっぱり……でも、お義兄ちゃんとルアさんから、今後ムーさんから何も受け取るなって言われてて」

 

 わたしは覚えていませんが、以前も似たような小瓶を貰って使ったら迷惑をかけたようで、しゅんとする。被害者の一人であるケルビーさんも一瞬顔を青褪めたが、また耳打ちした。

 

「悪いとは思ったが、使わせてもらったら普通に香水だったぜ。あいつらには消臭剤て言えばいいんじゃっだ!」

 

 ありがたい話と名案に礼を言う前に、またケルビーさんがルアさんの剣に叩かれた。止めるよりも先に怒号が飛び交う。

 

「何すんだ青薔薇!!!」
「てめぇこそ、モモカに変なこと吹き込むな……」
「っ、てめぇまさか、聞いてやがったのか!?」

 

 顔を強張らせたケルビーさんのように、わたしも冷や汗をかく。内緒話なんて、風使いのルアさんには聞こえてしまう場合があり、今も禁句ワードも合わさって顔が怖い。
 けどルアさんは、げんなりとした様子で別を指した。

 

「いや……あれがうるさくて……散らしていい?」
「ふんきゃ?」

 

 あれと言われた先にあるのはテーブル。
 他のみなさんから貰ったプレゼントが置かれ、その中でうるさいと思われるのは、セルジュくんから貰ったお花。

 

 なんでもアーポアク産で、見た目はヒマワリ。
 なのですが、なぜか種が出来る中央には顔文字で見る(-ω-)が描かれ、数分置きに『なり~』と鳴く。もはや花の域を超えているばかりか、イズさんにしか見えませんが、永遠と『なり~なり~』と鳴く花にルアさんは御冠の様子。

 

 グッジョブです、セルジュくん、イズさん──。


 

 

 


 

 時刻は夜の九時過ぎ。
 お風呂あがりのわたしは寝室のベッドに座り、機嫌良く身体を揺らす。

 

 ケルビーさんのケーキも、お義兄ちゃんが注文していた豪勢な料理も美味しかったですし、途中からやってきたキラさん達もまたお祝いしてくれたりと、賑やかな一日でした。
 お開きになった今も変わらないのは、左右二人のおかげ。

 

「えーと……ここがこうなって……あれ?」
「貴様……不器用なら、モモに触るな」
「いやー……シスコンが離れるべきだと思うよ」
「ほう? よほど吊るし上げられたいのか」

 

 いつもの口喧嘩をしながら、わたしの髪を二つの三つ編みにするお義兄ちゃんとルアさん。手馴れているお義兄ちゃんはすぐにできましたが、ルアさんははじめてのようで四苦八苦している。
 それが面白いわたしは両足を揺らした。

 

「ルアさんに三つ編みしてみたいって言われた時はビックリしました。もしかして、ナナさんにして「うん、殺されるね。確実に」

 

 遮ったルアさんの目は青水晶のはずなのに白い。
 反対に座るお義兄ちゃんもただ頷くだけで困っていると、ルアさんは編む手を進めた。

 

「ナナが許すのって……義母さんかモモカぐらいだよ」
「わたし……ですか?」
「うん……家族以外にプレゼント渡すなんて……はじめて見たしね」

 

 そう、優しい口調で話す彼は『まあ、俺は貰ったことないけど』と苦笑する。丸くした目をパチパチさせるわたしの横で、お義兄ちゃんが一息吐いた。

 

「まったく、他の連中といい、モモに毒されすぎだろ」
「てめぇが言うな」

 

 間髪をいれずツッコんだルアさんに、お義兄ちゃんがまた反論しての繰り返し。またはじまった喧嘩を聞きながら、わたしは膝の上で両手を握りしめた。呆れなどではない、嬉しさから。

 

 だって、わたしは異世界人。
 この世界では忌み嫌われている黒髪と瞳で、殆どの人に煙たがられている。そんな避けられるはずのわたしを、みなさんは受け入れてくれた。それだけで充分なのに、プレゼントやお祝いの言葉までかけてくれるなんて、わたしは幸せ者です──特に。

 

「よっし、でき……?」
「モモ? どうした」

 

 三つ編みを終えたルアさんとお義兄ちゃんが左右から顔を覗かせる。不思議そうな表情の二人とは違い、わたしは笑顔で二人の腕を抱きしめた。

 

「えへへ~、嬉しいだけですよ~」
「へ……嬉しいて、誕生日?」
「なら、抱きつくのは私だけにしろ」
「は~い!」

「へ?」

 

 眼鏡を上げるお義兄ちゃんに、勢いよく抱きつく。
 突然のことに二人は驚くも、わたしは嬉しくて胸板に頬ずりする。怪訝そうに見ていた二人は顔を見合わせた。

 

「なんか……おかしくない?」
「ああ、まだ十時は越してないし……モモ、風呂あがりか前、水と間違えて酒でも飲んだか?」
「ふんきゃ~、お風呂あがりに~ムーさんから貰った香水は付けましたよ~」
「「何っ!!?」」

 

 口から何かポロっと出た気がしますが、なんでか頭が回らない。
 すると、お義兄ちゃんとルアさんがわたしの身体を嗅ぎはじめた。

 

「んー……確かに甘い匂いはするけど」
「またロクでもないのを作り」
「ロクでもなくないです~!」

 

 遮ったわたしは、お義兄ちゃんの首に腕を回すと耳をパクっと食(は)んだ。

「ちょっ、モモ!」
「む~、お義兄ちゃんは嬉しくないんですか~?」

 

 驚いたようにベッドに寝転んだお義兄ちゃんに、口を尖らせた顔を近付ける。頬を赤めたお義兄ちゃんは戸惑った様子だったが、一息つくと、手袋をした両手でわたしの顔を持ち上げた。

 

「今のモモにされるのは嬉しくないが、状況としては嬉しいな」
「っん……」

 

 意地悪く笑うお義兄ちゃんの両手に顔が引っ張られると口付けられる。
 優しく、でもどこか荒々しい口付けに気持ち良さが増した。が、後ろから脇をくすぐられる。

 

「ふんきゃきゃきゃ!」
「っだ!」
「何シてんのかな……変態」

 

 あまりのくすぐったさに身体を反転させると、お義兄ちゃんの額にデコピンが当たった。気付けば隣にルアさんが寝転んでいて、お義兄ちゃんの額を突いた指でわたしの唇をなぞる。不満気に。

 

「もう……普通にヤってるよな……モモカ、ちゃんとわかってる?」
「? 嬉しい時にしちゃダメなんですか?」
「んー……それとこれとは違うと思うけど……まあ、いいか」

 

 首を傾げていたルアさんは面倒そうに頭を振ると顔を近付ける。すると、舌先がわたしの唇をなぞった。ゆっくりと上、そして下唇を舐められる。くすぐったさよりもじれったさを感じてしまい、顔を近付けると唇を重ねた。

 

「んっ……」
「おい、こら」
「っだ!」

 

 目を丸くしたルアさんだったが、伸びてきた手にデコピンを食らわされた。同時に後ろから抱きしめられたわたしの頬に、お義兄ちゃんが頬ずりする。

 

「モモ、浮気はダメだ」
「浮気じゃないですよ~。嬉しいことはみんなでわけるんです~」

 

 頬を赤めたまま笑うと、お義兄ちゃんも、肩に寄りかかったルアさんも呆れ半分な顔をする。けれど、諦めるように一息吐き、わたしを抱きしめた。

 

「ま……今日はモモカの誕生日だしね」
「争うより、もっとモモを悦ばせるのが良さそうだ」
「ふんきゃ!」

 

 暖かい腕と甘い声に笑顔で返事する。
 それが合図のように、お義兄ちゃんには口付けられ、ルアさんは耳朶を舐めた。次第に身体は熱く、嬉しさと心地良さも増し、最後は世界が真っ白になる。

 

 この二人だからこそ、特に幸せになれる不思議な魔法──。

 


 

 翌日。記憶にはないのですが、どうやら自分で喋ってしまったらしく、ムーさんからいただいた香水を捨てられてしまいました。女性にしか効かない云々と言ってましたが、全部を聞く前に吊るし上げられてしまったムーさんには謝罪するしかありません。

 そして、庭先で育てていたヒマワリこと、なりワリさん。
 数日で花も顔(?)も枯れ、見事なカカオ豆を残して逝きました。


「「意味がわからないっ!!!」」
「ふんきゃ、チョコレートケーキ作りましょう!」


 ツッコむ二人を他所に、早速わたしは台所に向かった────。

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