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番外編​9*異世界と誕生日と桃

*第三者視点

 春の訪れを報せるように、花々に蕾が実る。
 宰相室にも暖かな陽射しが射し込み、ノーリマッツも日向ぼっこするように寛いでいた。が、目の端に映る人物に溜め息をつく。

「グレッジエル、こんな陽気な日に何をそ「やかましい」

 立場など関係なく一蹴され、沈黙が訪れる。
 肘をついたノーリマッツは、宰相補佐グレッジエルが今まで見たこともないほどのスピードで仕事をこなしていく様を感心するように見学していた。当然その仕事はドンッと音を鳴らし、ノーリマッツの机に山となって置かれる。
 見上げるノーリマッツに、グレッジエルは眼鏡を光らせるように上げた。

「今日の仕事終了。よって私は帰ります」
「は? え? まだ十ニ時回ってないぞ?」

 突然のことにノーリマッツは戸惑う。
 確かに彼は今日半休を取ると言っていた。だから頑張っているのだろうと思っていたが、まだ十時を越したばかり。さすがに早過ぎると意見するが、気にした様子もなく背を向けられた。

「実際もう仕事はないので終了です。仕事を作らなかったヤツと持ってくるのが遅いヤツが悪いということで失礼します」

 日向ぼっこが仇となったように、グレッジエルは宰相室を後にする。
 外で口ゲンカするような声が聞こえたが、入れ替わるように警護をしていたナッチェリーナが入室してくると早々に愚痴を零した。

「なんなのだあやつは! 半休でも普通時間まではおるものだろ!! 主、クビにすべきだ!!!」
「それはそれで回らなくなるんだよな……ぶっちゃけ牛耳ってんのあいつだし」
「主っ!!!」
「あー、それよりも今日、あいつが急ぎで帰る行事とかあったか?」

 苦笑しながら訊ねるノーリマッツに、怒り心頭のナッチェリーナは腕を組むとそっぽを向いた。

「知らぬ! 桃の節句ではあるがあやつには関係なかろう!! もしピンクに雛人形を買う気でおるなら変態シスコンと罵ってやる!!!」

 たいそうご立腹な様子に、椅子に背を預けたノーリマッツは一息つきながらカレンダーに目を移す。そこで何かを考えると両手を叩いた。

「ああ、そうか。ナナ、ちょっとお使いを頼まれてくれ」
「……まさか主まで雛人形を」

 絶句というように顔を青褪められ、ノーリマッツは笑いながら手を横に振った。

「違う違う。確かにモモカにだが……お祝い品を、な」

 くすりと笑うノーリマッツにナッチェリーナは瞬きする。
 椅子を窓に向けた彼は雲もない空を、少し早く訪れた春を祝うように見上げた――。


* * *


「今日……なんかあるの?」
「ああっ?」
「ひな祭りじゃないのかい?」

 午後を過ぎた昼食の時間。
 食堂で注文の品を待っているキルヴィスアの呟きに、同じように待っているヤキラスと、受付係のケルビバムが訊ね返す。カウンターに背を預けたキルヴィスアは先に席へと着いているモモカとマージュリーに視線を移した。

「いや……今日さ、グレイが引っ越しのような荷物抱えてるの見たから」
「引っ越しぃ? メガネ、ついに一人暮らし「「ないない」」

 ハモったキルヴィスアとヤキラスの声には実感が込められ、ケルビバムは沈黙する。そこにシェフが料理を差し出し、受け取ったケルビバムは無言で二人に手渡した。
 同じトンカツでも、キルヴィスアのには酢豚が乗った特別仕様。

「ルーくん。引っ越しみたいってことは、ダンボールか何かを灰くんは持っていたのかい?」

 見事料理についてスルーしたヤキラスは笑顔で訊ねる。
 さらに塩コショウを振るキルヴィスアにケルビバムは絶句するが、キルヴィスアは小首を傾げるだけだった。

「いや……なんか包装……あ、プレゼント抱えたサンタクロースみたいで不気味だった」
「そっちで例えろよ。あともう止めろ!」

 塩コショウを振る手を掴んだケルビバムに、キルヴィスアは目を瞬かせる。その横でトレイを持ったヤキラスは考え込むように天井を見上げ、何かを思い出したように『あ』っと声を上げた。

「そうかそうか、そういえば今日だったね。前から買っていたのにすっかり忘れていたよ。後でヘディングくんに持ってきてもらわないとね」

 一人納得した様子のヤキラスに、当然キルヴィスアとケルビバムは疑問符しか浮かばない。笑顔でマージュリーと話しているモモカに、振り向いたヤキラスは口元に人差し指を持ってきた。

「今日はね……」

 内緒話をするように告げられた内容に、青水晶と茶の瞳が丸くなった――。


* * *


 仕事も終わり、日も暮れた時間。
 ロギンスタン家では普段ゆったりな時間が流れているが、今日は賑やかだった。

「モモ、誕生日おめでとう」
「ふんきゃ! ありがとうございます!!」

 両手を挙げて喜ぶモモカに、義兄グレッジエルも笑顔になる。今日三月三日はモモカの誕生日。
 それを喜ぶようにグレッジエルは綺麗に包装された誕生日プレゼントを手渡すが、両手では足りないほどの量にさすがのモモカも戸惑う。

「お、お義兄ちゃん……毎年言ってますが多いです。申し訳ないです」
「ん、そうか? モモに合うのを見つけるとつい手がな……」
「アンニャロー、ぜってー義妹に貢いで破産するタイプだぜ」
「主がそれを言うのか?」
「ねー……」

 片眉を上げたナッチェリーナにキルヴィスアも同意すると、座って茶を啜っているマージュリーを見る。向かいに座るヤキラスも楽しそうに眺め、グレッジエルは顔を顰めた。

「なぜ貴様らが揃いに揃っている」
「「「「「誕生日だから」」」」」
「ふんきゃ、皆さんありがとうございます」

 どこからか聞きつけた団長達にモモカが頭を下げると、ナッチェリーナがフルーツセットと小瓶を差し出した。

「フルーツセットは主から、小瓶は緑から預かってきた」
「なんだろ……フルーツにデジャビュを感じる」
「そもそも小ガキの瓶は怪しすぎるだろ。いったい何を寄越した」
「ふんきゃ~……字が読めないです。お義兄ちゃん読んでください」

 この場にいない男の品にモモカは気にしていないようだが、受け取ったグレッジエルと覗き込んだキルヴィスアは瓶に書かれた文字を目で追う。

『モっちー誕生日おめでとう。ミリ単位の気持ちで祝い品をあげるよ。惚・れ・薬。byムー』

「「………………」」
「なんだい、揃って固まって」
「なんて書いてありました?」

 ヤキラスからヌイグルミを受け取ったモモカは笑顔で見上げる。言葉を失っていた二人は互いを見合うと、瓶を背中に隠した。

「うん、あれだよ……のびーんってなるヤツ」
「身長ですか!?」
「いや、のびーんと生える育毛剤だ」
「んきゃ?」

 瞬きしながらモモカは小首を傾げるが、そそくさと台所へ向かった二人は水とすり替えた。その間にケルビバムからケーキ、マージュリーからポプリを貰い、ナッチェリーナからも小物を受け取ると、顰めた顔でナッチェリーナがキルヴィスアを見る。

「で? 青は何か持ってきたのか」
「あ……そうだった」

 思い出したようにポケットへと手を入れたキルヴィスアはモモカに差し出す。それは手の平より少し小さいリボンがついた青い薔薇。だが、ところどころ色が抜けていて形はいびつ。
 周りは不審物を見るような目を向けているが、受け取ったモモカはしばらく眺めると笑顔になる。

「わー! 青薔薇のプリザーブド!! 作ったんですか!!?」
「うん……ずいぶん前に作ったやつだけど……」

 嬉しそうに跳ねるモモカに、小さく頷いていたキルヴィスアもどこか嬉しそうに微笑む。その様子に周りは何も言えず、肩の力を抜くと苦笑を漏らした。
 一人グレッジエルは不機嫌そうだが、振り向いたモモカは大きく頭を下げる。

「みなさん、本当に本当にありがとうございます。嬉しいです。宝物です。恩返しできるようにわたし頑張ります!」

 自分を知る人などいない異世界へ墜ちたモモカ。
 だがグレッジエルと養親に助けられ、本当の家族として受け入れられたばかりか、誕生日も毎年祝ってくれた。亡くなった今も新しい縁ができた人達からたくさんのお祝い品や言葉まで貰い、自分は確かにここにいるのだと実感する。
 どこか涙も浮かべるモモカに、頭をかいていたケルビバムは恥ずかしそうに言った。

「大袈裟に言うんじゃねーよ。急だったもんだから満足なモン用意できなかったつーのに」
「ふふふ、きっと来年は素晴らしいのを用意してくださいますわよ。ケルビーの給料が吹っ飛ぶぐらいのケーキを」
「あっははは! その時は全員揃ってお祝いしてあげよう」
「うむ、緑と主……あとセルジュにも声をかけておくから賑やかになるぞ」

 今も十分賑やかだと思うモモカだが『来年』と聞くと想像するだけでも楽しくなる。そんな彼女の頭をキルヴィスアとグレッジエルの手が撫でた。

「うん……でもまだ……今日は終わってないからね」
「ああ、まだまだ楽しませるからな、モモ」

 他の四人と同じように柔らかな笑みを向ける二人に、モモカも一番の笑顔を返した。

「はいっ!」

 今日が終わるまで数時間。
 それが短いと思う者はいない。ただ今日しかできない彼女の生誕を、ここにいる嬉しさを幸福を皆で分かち合う。たとえこれからどんなことがあっても、忘れられないひとつの記憶として心に刻んだ――。




 翌朝。起床したモモカは丸くした目をパチパチさせた。
 全員がリビングで寝転がり、プレゼントも散乱、壁には斬撃のような痕。自身を抱きしめるキルヴィスアとグレッジエルも擦傷を作り、ケルビバムの上にはマージュリーが圧し掛かって寝ている。
 唯一ヤキラスとナッチェリーナはソファで寝ているが、呪文のような言葉を呟いていた。


「ふんきゃ……?」


 たった半日で起こった惨状をモモカが知ることはない。
 ましてや水にすり替えたはずの瓶とモモカが起こしたなど、全員口が裂けても言えなかった――――。

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