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番外編​10*青薔薇と義兄と風邪

 急激に寒くなったせいか、最近フルオライトで風邪が流行っているそうです。
 キラさんが咳していたり、体調を崩したジュリさんを知ったケルビーさんが西庭園の前で座り込んでいたり、ムーさん……は、元から体調悪そうでしたね。

「で、一番くたばりそうにない青と灰もか」
「ふんきゃ~。昨日雨の中、晩御飯をご飯にするか麺にするかで言い争ってましたからね」
「アホか」

 玄関先で佇むナナさんは冷たい目を二階に向けた。
 恐らくお泊まりしているルアさんにだろうと、フルーツセットを受け取ったわたしは苦笑する。そこでお茶でもと室内に促すが、首を横に振られた。

「まだ仕事中でな。それに愚弟も寝込んでおるのだ」
「ぐてい?」
「ああ。では、失礼する」

 変換できない間に背中を向けたナナさんはドアを開ける。
 冷たい風に身震いするが『愚兄を頼む……』と、呟くような声に伏せていた顔を上げた。直後ドアは閉じてしまったが、一瞬見えた彼女の頬はわたしとは違う意味で赤かった気がする。

「ナナ……帰った?」
「ふんきゃ!?」

 突然の声に緩んでいた頬が引き締まる。
 いつの間に降りてきたのか、すぐ横の階段にルアさんが立っていた。その顔はいつも以上に気だるそうで、頬が赤い。琥珀の髪も白のシャツも汗ばんでいるのに気付くと、慌てて通せんぼうした。

「ちゃんと寝てなきゃダメじゃないですか!」
「熱は……だいぶん引いた……でも、喉渇いっだ!」
「ドアホは下水でも飲んっ!?」
「んきゃ!」

 同じく足音を立てず降りてきたお義兄ちゃんに蹴られたルアさんが真正面にいたわたしとぶつかる。幸い後ろの壁に押しつけられるだけで倒れはしなかったが、抱きしめられる格好になってしまった。
 耳元で吐く彼の息がとても荒くて熱い。

「ル、ルアさん……!」
「あ……ごめんっだ!!!」

 目が合った瞬間ルアさんの横腹に足が入り、一瞬宙に舞うと床に落ちた。ゴンッと痛い音と一緒に。慌てて駆け寄るわたしに、お義兄ちゃんは咳き込みながら額の汗を拭った。

「不快なものを見るハメになるとは……今後階段で蹴ることだけはしないと誓おう」
「蹴ること自体がダメです! もうっ、なんでそんなに足癖が悪いんですか!!」
「もっと……言ってやって……」

 三人、顔を青褪めるしかなかった。


* * *


 ノーマさんからのお見舞い品=フルーツを絞ってジュースにすると、リビングソファに座る二人に手渡す。今朝より顔色は良さそうですがまだ頬は赤く、わたしはお義兄ちゃんに顔を寄せた。

「お義兄ちゃん、おでここっつーん」
「ん……」

 グラスを下ろしたお義兄ちゃんが前髪を上げると、同じように前髪を上げたわたしの額と額をくっつける。ルアさんがジュースを吹いた。

「ふんきゃ!?」
「汚い」
「げふっげふっ! お前ら何を……げふっ」

 慌ててルアさんの背中を擦ると涙目で見られる。
 熱あるかなあとしただけですよと返したわたしはルアさんの前髪も上げ、おでここっつーん。お義兄ちゃんがジュースを吹いた。

「ふんきゃ!?」
「ああ……やっぱモモカあったかいな」
「離れろ貴様っ!」

 口元を拭いたお義兄ちゃんが立ち上がるが、ルアさんはぎゅっとわたしを抱きしめる。開いたシャツから覗いた胸板に頬があたると、徐々に動悸が激しくなってきた。けれどすぐ、ものすごい力でお義兄ちゃんに引き剥がされる。

「ふんきゃ!」
「グレイ……モモカがもげるだろ」
「貴様に奪われたままいるのだけはごめんだ」

 不機嫌そうに後ろから抱きしめられると何やら睨み合いがはじまる。慌てて止めようと腰に回ったお義兄ちゃんの手を握るが、はっと気付いた。

「ああっ! また手袋したまま寝ましたね!? かゆくなるからダメですよ!」
「寝る時は外している」
「そういう問題じゃありません!」

 頬を膨らませたわたしは手袋を引っ張る。けれど、もう片方の手に止められ、振り向けば頬と頬があたった。耳元でポソリと囁かれる。

「脱がしてくれるとは、モモは大胆だな」
「ふんきゃ!?」

 艶やかな声に手が止まる。
 顔を真っ赤にしたわたしに、くすくす笑うお義兄ちゃんは耳に口付けると、また囁いた。

「そのまま続けるというのなら、モモは私が脱がしてやろう」
「な、なんでわたしも脱ぐんですか!?」
「それは当然モっだ!」

 口をパクパクさせていると、笑みを浮かべていたお義兄ちゃんが消える。正しくはルアさんが手で額を突っ撥ね、ソファに沈んだ。唖然とする横から、眉根を寄せたルアさんがお義兄ちゃんの腕を取る。

「ご希望通り脱がしてやる……そして丸裸になったところをモモカに晒して嫌われろ!!!」
「貴様、誤解を招くような言い方をするな! おいっ、離せっ!! くそっ!!!」
「ああ、ケンカはダメですよ!」

 突然の取っ組み合いを慌てて止める。
 でも、暑がりなお義兄ちゃんの上半身裸はざらにあるし、何度かお風呂にも入ったことがあるのを思い出す。さすがに恥ずかしすぎてマジマジと見たことはありませんけど。

 そんな思考が読まれたのか、胸倉を掴んだまま停止したルアさんがジっとわたしを見つめる。瞬きを返していると、そっぽを向いていたお義兄ちゃんが眼鏡を上げた。数秒の沈黙後。

「おっ前、マジでふざけんなよ! それもうシスコン通りすぎた変態だぞ!?」
「誰がシスコンで変態だ! だいたい入ったことがあると言ってもだな「ぜってぇ、やましいこと考えてただろ!!!」

 よほど風邪で制御できないのか、胸倉を掴んだルアさんは荒い。
 そんな彼のシャツがまた汗ばんでいることに気付くと、ぎゅっと握りしめた。

「ルアさん、汗かいてるので着替えましょう。お背中も拭きますね」
「あ……いえ、結構です」

 さっきまでの勢いはどこにいったのか、振り向いた彼は丁重に断った。
 小首を傾げていると、眼鏡を光らせたお義兄ちゃんがルアさんのシャツを握る。

「貴様こそ晒してしまえ! そしてその悍ましさに嫌われろっ!!」
「おっま、人が気にしてることを! 見た目の偏見こそすんなって教わらなかったのか!?」
「ああ、ケンカはダメで……あっ!」

 ヒートアップするように出た二人の手や足が『ガンッ』と机にあたる。と、置いていたジュースが宙を舞い、残っていた中身がわたしにかかった。

「「あ……」」

 胸倉を掴み合ったまま停止した二人に、幸い割れなかったグラスがコロコロとカーペットの上を転がっていく。沈黙が続く中、髪も服もフルーツまみれになったわたしは顔を伏せると、両手と肩を震わせる。

「モ、モモカ……ごめん」
「大丈夫……ではないな」

 躊躇いがちに訊ねる声に、キっと、睨み顔を上げた。

「もうっ、そんなに元気なら外に放り出して一生口もききませんよっ!!!」
「「大変申し訳ございませんでした」」

 自分でも珍しいほど大きな怒声に、二人はカーペットの上で綺麗な土下座をした。

 それから機嫌を直そうと髪も身体も拭かれ、絞りたてジュースなど運ばれるお姫様状態。さすがに病人なのは本当のため、明日には許してあげようと内心溜め息を零した。が、なぜか三人一緒にベッドで寝る始末。

 夜遅いにも関わらずまた大きな雷を落としたのは最初で最後かもしれませんが、充電が切れた後のことはわかりません――――ふんきゃ。

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