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番外編​11*青薔薇と初日の出と桃

 今日は十二月三十一日。いわゆる大晦日です。
 ルアさんとお義兄ちゃんと三人、年内最後の薔薇の手入れを終えると家で年越し蕎麦を食べました。

「あれ……グレイは?」

 

 頭にタオルを被せ、お風呂から上がってきたルアさんはさっきまでいた義兄を探すようにキョロキョロする。既にパジャマのわたしは食器を仕舞いながら答えた。

「なんか急な呼び出しがかかったみたいで、城にお泊りみたいです」
「へー……新年から総務課の逆さ吊りが見られるのか」
「んきゃ?」

 首を傾げるが、ルアさんも頭を横に振り、ソファに腰をかける。片付けを終えたわたしも二人分の飲み物を持って隣に座ると手渡した。

「ありがと……ところでモモカ……もう、十時過ぎてるけど大丈夫?」
「ふんきゃ~言わないでください~」

 

 グラスに口を付けたルアさんは当に十時を回った時計と、目を擦るわたしを交互に見る。
 彼が言うようにとっくに充電切れの時間。でも今日は大晦日。やっぱり0時になって最初の挨拶をしたいと言うと、グラスを置いたルアさんは腕を組み、しばし天井を見上げる。と、わたしの腰に腕を回し、顔を近付けた。

「じゃあ……初日の出……見に行こう」
「んきゃ……?」

 

 突然の提案と鼻と鼻がくっつくほどの近い距離に固まる。
 琥珀色の毛先から雫を落とすルアさんはなんともないのか、淡々と続けた。

 

「モモカは早寝だけど……早起きだろ?」
「は、はい。薔薇園がありますから……癖で」
「なら今は寝て……早起きして、初日の出を見に行こう……で、挨拶する」
「は、初日の出見ながら挨拶するんですか?」

 

 口元で言っているはずの彼の声が、なぜか耳元で聞こえるような錯覚を起こす。紛らわすように質問すると、ルアさんは天井を見上げた。

「んー……だって0時ってまだ真っ暗だよ? それより朝日見ながらの方が新年キターって感じ……しない?」
「ああー……」

 なんとなく言いたいことはわかって、わたしも天井を見上げた。
 わたしは0時前に寝るのであれですが、やっぱり薄暗い中より日の出を迎えた時の方が高揚感が高まる。ちょうど咲きはじめる花にも会えるし、早起きは三文の得。考えるとわくわくしてきた。

「ふんきゃ、行きましょう! ルアさん、深い考えされてますね!!」
「いや……俺、時計なんか見ないから……日の出見て朝だなあって」
「あらら」

 

 彼らしい回答に転けるように胸板へと倒れる。でも、それがいけなかった。
 ボタンが開いていたところに顔が埋まり、頬に堅い胸板が当たる。伝わる熱が自分のものか彼のかわからず慌てて離れようとしたが、背中に両手が回ると抱きしめられた。

 

「……っ!」

 

 頬どころか唇まで当たる密着具合に息を呑む。
 わたしの髪を優しく撫でていたルアさんは頬に、耳元に口付けた。

「じゃあ……一緒に寝ようか」
「ふんきゃ!?」

 

 とんでもないことを囁かれ、身体が大きく跳ねる。
 でも、ガッシリとホールドされているせいで逃げられず、ただくすくす笑う声だけが全身を伝った。

「だって俺……モモカと一緒に寝たい」
「わわわわたしとですか!?」
「そ……モモカの傍だと不思議と寝れるし……何よりグレイがいない」

 

 お義兄ちゃんの名前を強調された気がするが、突然チロりと何かが耳を這う。次いで息をかけられると、お腹の奥からゾクゾクしたものが駆け上ってきた。
 慌てて耳を押さえると真っ赤な顔を上げる。琥珀の髪を揺らしながら、ルアさんは小首を傾げた。

 

「ダメ……?」
「いいいいですよ! 睡眠大事ですからね!! ルアさんのためなら抱き枕でもなんでもなります!!!」

 

 既に動悸の激しさは最高潮まで達し、早口で答える。
 必死だったせいでルアさんは瞬きを繰り返すが、すぐ柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ありがと……」
「ふ、ふんきゃ~」
「モモカ……?」

 

 反則の笑顔返しに撃沈。
 目を回しながら再び胸板に倒れたわたしの頭は湯でダコになるが、瞼にキスが落ちると堪えていた眠気に襲われる。ウトウトするわたしにくすりと笑うような声がすると、包むように優しく抱きしめられた。

 

「おやすみ……また後でね」

 

 小さな囁きと一緒に、柔らかいものが唇に重ねられた気がした──。

 


* * *

 


 ふわふわと空を飛んでいるような浮遊感を感じる。
 高所恐怖症のわたしは空なんて飛べないからきっと夢だ。夢の中ぐらい気持ち良く……の、割に、寒い気がする。なんで──。

「ふえっくしゅん!」
「あ、ごめん……もうちょっと待って」
「ふ……んきゃ!?」

 

 くしゃみと共に目を開けたが、ルアさんの声が落ちてくると手で目隠しされた。
 意外と暖かい手に慌てるが、横抱きされていること、ぶるりと寒さを覚えること、夢だと思いたかった浮遊感が本物だと気付く。
 それらを総合した結界を考えないようにしていると浮遊感がなくなった。

 

「……いいよ」
「ふんきゃ、ビック……っ!」

 

 手が離されると青水晶の瞳と目が合い、本当にビックリする。動悸を抑えながら宙ではない地面に下ろされると、やっぱり外だった。

 

 まだ辺りは薄暗く、木々と小さな花々に囲まれた小高い丘にはわたし達しかいない。ルアさんはいつもの服にコート。わたしもパジャマの上にコートを着て、首にはマフラーを巻いていた。
 着させてくれたのかと考えると恥ずかしくなるが、約束していたことを思い出す。

 

「も、もしかしてわたし寝坊しちゃいました!? 寝れませんでした!!?」
「いや、俺的には充分寝たよ……俺がこの場所で見させたかったから……早めに出たんだ」
「ここ?」
「うん……ほら」

 指に誘われるがまま振り向く。
 僅かに月も見える空が雲間を割って徐々に明るくなり、太陽が姿を現した。眩しい日の出は真下に建つフルオライト国に注がれ、一斉に鳥達が飛んでいくのが丘(ここ)から一望できる。

「綺麗……!」

 

 感嘆の声しか出せないわたしはつい合掌する。
 ルアさんは笑うが、突然後ろから抱きしめられた。

 

「ふんきゃ!?」
「ん……寒いと思って……くっついてた方があったかいだろ?」

 

 頬を寄せ合いながら言われると『そ、そうですね』としか返せない。
 腰に回った手に押されるように地面に座り込むと、彼の胸板に寄りかかる。太陽とは違う温かい体温と動悸にどうすればいいのか混乱していると、耳元で囁かれた。

 

「モモカ……あけましておめでとう」
「あ、はい! おめでとうございま……っ!」

 

 そうだったと振り向こうとするが、肩に顔を埋めたルアさんの唇がうなじに触れ、ピクリと止まってしまった。その間にも抱きしめる手を強めた彼は舌先でゆっくりと耳元まで舐め上げ、はむりと耳朶を甘噛みした。

 

「ひゃあ!」

 

 さすがに声を上げ振り向くが、すぐ目の前にあった顔と自分を映す青水晶の瞳に目を見開いたまま固まる。直後、口付けられた。
 それは頬などではない、唇と唇を重ねたもの。でも一瞬で離れ、呆然とするわたしにルアさんは微笑んだ。

「モモカの新年最初のキス……貰った」
「ふん……──っ!!!」

 ハッキリとした声とちょっと意地悪な笑みに、声にならない悲鳴が上がる。
 嬉しいような恥ずかしいような困るような事態に顔どころか全身が熱くなり、寒さも初日の出も忘れる新年を迎えた────あけましておめでとうございます。

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