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番外編​8*義兄とアイスと桃

*70話までのネタバレ有*義兄視点

 昼間と変わらない真夏の夜。
 風呂上りだというのにすぐ汗が流れ、水を飲もうとリビングに立つとグラスに手を伸ばす。と、ソファに座る義妹が振り向いた。

「あ、お義兄ちゃん。冷凍庫にアイスが入ってますよ」
「アイス?」

 手を止めると、冷凍庫を開ける。
 普段氷や残ったご飯をラップしたものしか入っていない場所には多種多様のアイス。見るにフルオライト以外のもあり、キラ男からだとわかる。

「モモは食べないのか?」
「ふんきゃ~……食べたいですけど、もうすぐ寝る時間なんですよね……」

 ミニバラの束を作るモモはしょんぼりした様子。
 実際充電切れを起こす十時が近付いているが、こちらをチラチラ見ている。苦笑すると、バニラカップをひとつ取り、スプーンを持ってモモの隣に座った。するとモモの顔が青くなる。

「ま、まさか、目の前で食べちゃおう作戦!?」
「そんなドアホなことをするわけがないだろう。半分こだ」
「ふんきゃ?」

 溜め息をつく私にモモは首を傾げる。
 義妹の思考がズレているのは出逢った時から。それが魅力であり、大きな失点にもなっている気がするが、構わず手袋をしたままアイスの蓋を取る。スプーンで掬うと、モモの口に寄せた。

「ほら」
「わ~い!」

 意図が読めたのか、笑顔で口を開き、パクリ。
 美味しそうに食べる姿に自然と頬が緩み、自分の口にも運ぶ。あまり食べることがないせいかバニラの味を強く感じるが、目を輝かせたまま“待て”をしているようにも見える義妹に運ぶのが先だった。

「美味いか?」
「ふんきゃふんきゃ」

 口癖が連続している時はご機嫌な時。
 彼女特有の癖に義兄妹になった頃はわからなかったが、四年も共にいれば理解できる。好きなものも苦手なものも……糸を使えば普段行く場所も。だがそれは過保護を通り過ぎていると、キラ男に指摘された。
 
 最初は養親が死んだことで敏感になっているのだろうと思ったが、最近は違うのではないかと自分でも思いはじめていた。特にモモがルアと出逢ってから急速に動いている気がして、スプーンを持つ手が止まる。

「どうかしました?」
「……いや、アイスがモモの頬についていると思ってな」
「え? え? どこですか!?」

 手探りで捜すモモにカップとスプーンを置くと、手袋を外した右手で頬を撫でる。その手にモモの両手が大人しくなり、顔を寄せると反対の頬についたアイスをペロリと舐めた。

「ふんきゃ!?」

 舌でされるなど思ってもいなかったのだろう。大きく肩を揺らしたモモの顔は真っ赤で、くすくす笑う私はもう一度舐めた。

「ひゃうっ! お、お義兄ちゃん、なんですか?」
「理由がなければしてはいけないのか?」
「え、だ、だって……んっ」

 上擦ったような声が聞こえたが、首筋に口付けている今どんな顔をしているかはわからない。恐らく顔は真っ赤のまま、どうしようかと悩んで……いや、そろそろ“くる”か。

「もう……お義兄ちゃん……変なこと……して……むにゃ」

 元気だったモモの声は徐々に掠れ、私の肩に頭が乗る。
 耳元で聞こえるのは安らかな寝息。十時を過ぎ、睡眠モードに入ったのだ。規則正しい身体に内心笑いながら、ゆっくりとソファに寝かせる。見下ろすと、さっきまであった真ん丸な瞳は閉じられ、口を小さく開いたまま肩を揺らしていた。

「困った姫君だな……」

 ひとつの三つ編にされた髪を撫でていると、時間と暑さで溶けたアイスが目に入る。魔でも差したのか、手袋を外した指先にそれをつけると、モモの口に差し込んだ。最初は眉を顰めていたモモだったが、嬉しそうに口を動かしはじめた。

「……俺の方がくすぐったいな」

 人称を戻すと同時に指を引っ込めるが『うぅ~』と不満そうな声を上げられ、また指先につけたアイスを口に差し込んだ。それを嬉しそうにしゃぶる唇から零れるアイスを舌先で舐め取る。

「ふにゃ……ん」

 ピクリピクリと身体を揺らしながら漏らす声。
 それは酔ってしまうほど甘美的で、とても危ないものだとわかっている。それでも求めてしまうのは気付きはじめているせいだろう。“義妹”としての想いとは違う感情。理性もすべてなくすほど焦がれる感情。

「もう……戻れないかもな」

 呟きが胸の奥を刺すと、アイスで冷たくなった唇を指先でなぞる。
 越えた先に何があるかはわからない。だが、たった一人の姫君を護るためなら迷いはしない。後悔などしない。それが俺の仕事で約束だ……でも。

「少しぐらい……許してくれ、モモ」

 くすりと笑う唇を、冷たい唇を暖めるように重ねる。
 熱くなる胸の内はまだ不安定で脆く、告げることはできない。けれどいつか、アイスのように甘く蕩ける日を与えよう。

 その心にも身体にも――――。

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