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番外編​7*青薔薇と梅雨と夢現

*60話までのネタバレ有*青薔薇視点

 ジトジトと蒸し暑く、降っては止んでを繰り返す雨。
 雲間から日差しが覗いたかと思えば、すぐ厚い雲に覆われ姿を隠す。俺がもっとも嫌う梅雨だ。

「だからといって、昼間からお酒を飲むのはどうかと思いますよ」

 ワイン口に付ける唇が止まる。
 視線を移すと、椅子に座る男が背を向けたまま作業しているが、構わず喉に通した。金色の髪を揺らして笑っているのが窓ガラスに映る。
 窓縁に腰を掛ける俺は、断続的に降り続ける雨を見ながら呟いた。

「日光がないんじゃ……酒で回復するしかないからな……」
「魔力回復が天候だと大変ですね」
「お前もだろ……」

 減った魔力を自動回復させる俺の術は日光と酒。
 その二つがダメになるのが今の時期だ。酒もワインを好む俺にとっては湿度などで味が変化し、ものによっては質が落ちる。天候に左右されやすい回復術というのは厄介だ。好きな自分が悪いと言われればそれまでだが。

 けどそれは手を止め、考え込むように天井を見上げた男も同じはず。特に条件を考えると俺より確率が低いだろう。しばしの間を置いた男は人差し指を立てた。

「いざとなれば自分で作りましょう」
「回復させなきゃいけない魔力使ってどうすんだよ……」
「あー……」

 俺の素早い指摘に、男の人差し指がカクンと折れた。
 溜め息をつきながら酒を飲んでいると、腰に掛けた鞘が小刻みに動く。その“声”に窓の外を見ると酒を飲み干し、腰を上げた。脱いでいたコートを着る俺に、立ち上がった男も入れ替わるように窓の外を見ると、遠くの空にいる物体を確認したのか頷く。

「中級のようですが、数が多いですね。僕も行きましょうか?」
「いや……天気も悪いし、シエロで一気に散らす」

 コートの襟を引っ張ると軽く剣を一叩きし、目を細める。窓縁に置いていた酒瓶を手に取った男は、どこか物悲しそうに微笑んだ。

「いつもありがとうございます」
「……別に……それが仕事だし」

 目を合わせることなく背を向けると、扉へ向かう。
 途中、作業机に置かれたプリザーブドの薔薇が目に映り、足が止まった。同じ色の薔薇がついたネックレスを握りしめていると、後ろから声がかかる。

「どうしました?」
「いや…………国は頼むよ……ラン」

 上体だけ捻らせ、目前の男を見る。
 一瞬、同じ瞳が丸くなったが、すぐ瞼を閉じると笑みを向けられた。

「はい、ルア義兄さんもお気を付けて」
「……うん」

 聞こえるか聞こえないかの返事をすると足早に部屋を後にした。
 外へ出ると音を鳴らしながら降り続ける雨。止む気配はないのに、太陽が雲間から顔を出しているのが見えると頬が緩む気がした。それが日光のおかげかはわからない。でも、確かに心は落ち着き、一息つくと剣を抜いた。

 集まる風は冷たさがあるが、国へと迫る敵を散らすため宙へと飛ぶ──。









 全身にかかる粒に瞼を開く。
 真上には灰色の雲。そして、小粒の雨が地面に寝転んだ俺に降り注いでいた。

 上体を起こすといつの間に脱いだのか、青色に染まったコートは水を吸った地面に置かれ泥まみれ。剣も放置されている。怒る“声”に謝りながら鞘に戻すと立ち上がるが、目に映る物に身体が跳ねた。
 自分を囲うように咲いた薔薇の数々に。

 それだけで頭痛がし、額を手で押さえたまま顔を伏せる。
 地面には雨粒で落ちた花弁が散乱し、動悸がいっそう激しくなるが、懸命に抑えようと息を吐いた。

「夢……か」

 先ほど見ていた景色と重なるが、胸元に合ったはずの物がないことに夢を視ていたのだと気付く。それは一時の安らぎでもあり、とても照れくさい夢。けれど今、思い出そうとしても靄がかかったように見えなくなる。消えていく。
 囲むピンク色の薔薇に、小さく口を開いた。

「…………モモカ」

 返事はない。
 ただ雨音が響くだけで求める声は聞こえなかった。息を荒げながら濡れたシャツを握ると、暗い空を見上げる。それは今の俺を映すかのようで瞼を閉じた。

「ルアさんっ!」
「っ!」

 突然の呼び声に身体が跳ねると瞼も開く。
 次いで耳に届くのはバシャバシャと水の上を駆けてくる音。ゆっくりと振り向いた先にはバスタオルを頭に被り、息を切らしながらやってくる少女。求めていた声の主、モモカだ。
 立ち止まった彼女は息を整えながら俺を見る。

「『解放』してましたけど、大丈夫ですか!?」

 その言葉に薔薇園の作業中、現れた魔物を散らすため『解放』したのを思い出す。同時に副作用で倒れ頭痛がしていることも、彼女がいなかった理由にも説明がついた。

 脳裏に浮かぶのは今日のような日に間違えて彼女に切っ先を向けた日。重なる漆黒に抑えが利かず向けてしまった刃。恐怖で震える身体と瞳。そして涙。
 思い出すだけでも胸の奥が痛み、両手を伸ばすと小さな身体を抱きしめた。地面に膝を折ると聞き慣れた悲鳴が胸元で上がる。

「ふんきゃ! ル、ルアさん!?」
「ん……モモカは違う……大丈夫……大丈夫」

 言霊のように呟く俺に、動きを止めたモモカが顔を上げる。
 真ん丸な瞳は暗い雲のせいか深い深い闇、漆黒にも見えるが、動悸が激しく鳴るだけだ。それでも完全ではなく、必死に抑えるように抱きしめる腕を強くすると頭に何かが乗る。

 視線を上げれば、モモカが被っているバスタオルの半分が俺の頭に被せられていた。その端で、頬についた雨粒を拭うモモカは笑顔を向ける。

「ふんきゃ、わたしも薔薇達も大丈夫でしたよ。いつもありがとうございます、ルアさん」

 夢の中の人物と重なる言葉と笑みに目を見開くと、あの時のように頬が緩むのがわかる。だが、雨粒を拭くモモカには見えていないようで、彼女の肩に顔を埋めた俺は首筋を舐めた。

「んきゃ!? な、なんですか!!?」
「ん……モモカのも……拭いてるだけ……」
「ふ、拭くならルアさんもタオルで……」
「寒いから……ヤだ……」
「そ、それは大変です! あ、わたし基礎体温高いので、このまま湯タンポにしていいですよ!!」

 頬を赤めながらも真剣に頷いた彼女は俺の首に両手を回すと抱きしめる。
 その身体は小さいのに暖かい。これはまた使えるなと内心笑いながら礼を言うと、俺も首筋についた雫に舌を這わせた。

 ピクピクと動く身体は面白くて可愛くて、どんな顔をしているのか見たくなる。呼んで振り向かせようかとも考えたが、夢と同じように雲間から差す太陽に、雨が上がっていくのを感じた。
 瞼を閉じると、また口元に小さな微笑を浮かべる。

 呼ぶなら、もう少し後だ。
 もうじき現れるであろう虹を見せた時の彼女が見たい。それはきっと、一瞬で疲れを飛ばすほど暖かな笑顔を向けてくれるだろうから────。




 その前に、鷹が突撃してきたけど……。

/ ​番外編 /
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