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78話*「第二ラウンド」

 割れた窓と巨大な穴から入り込む風と陽の光。
 反射するのはステンドグラスとは違うガラス──否、氷。

 床も壁も魔物の死骸も、すべてが氷漬けになった銀世界が広がる『王の間』。
 吐く息も白く、寒さから身体も震える。けれど、キラキラと光るクリスタル色の竜。そして金色の髪と白いマントを靡かせる男性に目を奪われていた……まるで絵本から出てきた。

「王子様みたい……」
「いや……王子なんだけどね、あいつ」

 

 わたしの呟きに、抱えるルアさんが苦笑する。
 そんな彼を見上げると小首を傾げた。

 

「ルアさんも……ですよね?」

 

 さすがに鈍いわたしでも今までの会話とセルジュくん達を見れば彼が何者なのかわかる。特に彼と白薔薇のお兄さん、ランさんと王様はよく似ている。
 なのにルアさんは困ったような顔をすると瞼を閉じた。

 

「俺は……違うよ。同じ名前(ミドルネーム)貰えても、どこの誰だかわからないし……」

 少し寂しそうな後ろで、剣を掲げるランさんが目に入る。
 涼やかな鈴の音が木霊し、青水晶の瞳が細められると、その先にいるノーマさんの両手が動く。同時に彼の剣も振り下ろされた。

 ひと振りだけでも新たに現れた魔物は凍り、跳び出した彼の剣によって斬られる。
 それを合図にムーさんをナナさんに預けたケルビーさんとジュリさんも跳び出し、キラさんもキツネさんから降りてくると、お義兄ちゃんは両手を広げた。
 臨戦態勢を取るみなさんのように、ルアさんもナナさんの傍でわたしを下ろす。

「ルアさん……」

 

 心配そうに見上げるのはわたしだけじゃない。
 ナナさん、セルジュくん。そして浅い呼吸を繰り返しながら虚ろな目を開いているムーさん。ノーマさんに向かうランさんを見つめたまま彼は呟いた。

「でも……関係ないさ……俺が義兄であいつが義弟ってことに変わりないんだしさ」

 

 柔らかな微笑と共に大きな手がわたしの頭に乗ったのは一瞬。
 剣を抜いたルアさんは飛び、ランさんの頭上に迫る鬼の手首を瞬く間に斬った。青い飛沫が噴き上がると二人の目が合う。ランさんは驚いた様子だったが、なんでもない顔をしているルアさんに自然と笑みを零し、別方向に跳んだ。

 そんな二人のやり取りが見えたのか、頬を膨らませたナナさんはそっぽを向く。反対にセルジュくんはルアさんの言葉が引っ掛かっているのか唸り、わたしとムーさんは苦笑した。

「張り終えたぞっ!」

 

 お義兄ちゃんの大声に、ランさんが待っていたように剣を上げる。一斉に跳んだみなさんと同時に透き通った声が響いた。

 

「『銀氷結』」

 

 ピキピキと彼の剣が音を立てながら氷柱を生み出し振り下ろされる。
 冷気を纏った斬撃は鬼を守る魔物の壁に塞がれ、爆発と白煙が舞った。それが凝固したのか、魔物同様、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた糸も凍り、人一人が歩けるほどの道がいくつもできる。
 その上をランさん、ルアさん、ケルビーさん、ジュリさんが走り、四人を襲う魔物をキラさんとお義兄ちゃんが払い除ける。

 

「薙ぎ払え、クリミナルっ!!!」

 

 向かってくる彼らに、苛立った様子のノーマさんが命令を下すと、鬼の口が大きく開いた。

 

「イエロ──『氷雪結』」

 

 黒光が発射されると、クリスタル色の竜も両翼と口を広げ、真っ白な光を発射した。ぶつかる光は拮抗かと思われたが、ルアさん達がコウモリ羽や腕を斬り、鬼の体勢が崩れる。

 

「くそっ!」

 

 衝撃の余波を食らい、歯を食い縛るノーマさんも体勢を崩す。
 弱まった黒光を貫いた白光は鬼に直撃し、爆発と共に体が凍りはじめた。

「ランさんって氷属性なんですか?」

 

 両耳を塞ぐわたしの問いにムーさんは笑い、ナナさんとセルジュくんは呆れた。

 

「そんな属性はない。たが、元来の属性である水を氷に変換できるセンスと膨大な魔力……加えてあの戦闘力。普段はドジの天才であるが、その力は青に匹敵する」
「だから、団長全員が国外統治してても問題ねーんだよ。フルオライト(ウチ)には『氷解の白薔薇(ブランカロッサ)』の名を持つ兄上がいるからな!」
「白薔薇……」

 誇らし気に語るセルジュくんのように見上げれば、白いマントを揺らしながら宙を舞うランさんの剣が迷いもなく鬼を斬る。悲鳴と青飛沫に構わず、突き上がった氷の上に降り立った彼は剣についた液体を払った。

「咲いて──散れ」

 

 細められた目と声に、斬られた鬼の傷口からはいくつもの水晶が飛び出す。まるで花を咲かせるように、終わるように一斉に散った。

 

『ギシャアアアァァーーーー!!!』

 

 ガラスが割れるような音と甲高い悲鳴が轟き、散った氷がキラキラと輝く。真っ二つに裂ける鬼に、さすがのノーマさんも顔を真っ青にすると手を翳した。

 

「第ニ章っ「散らせ──シエロ」

 

 遮った冷たい声と共に真横から『完全解放』された七色の竜が鬼を外へと吹っ飛ばす。振り向いたノーマさんの背後には七枚のステンドグラスの光を受ける青薔薇騎士。
 

 鋭い青水晶と見開かれた深緑の瞳が重なった瞬間(とき)、ルアさんの剣がノーマさんを斬った。見続けてきた青ではない、赤い血飛沫にわたしは息を呑み、ナナさんは顔を反らす。

 

 カンカンと何かが落ちる音に次いで、ノーマさんが床に転げ落ちた。
 口から大量の血を吐きながらも僅かに深緑の目は開いているが、立ち上がる気力まではないのか、その場から動く気配はない。同時に七色の竜に捕らえられていた鬼も囲っていた魔物も消えた。

 ランさんの隣に返り血を浴びたルアさんが着地すれば彼らの竜も消え、吹き上がる風と音だけが『王の間』を包む。
 見上げれば破壊しつくされた天井、補修するように隙間を埋める氷には薄っすらと自分が映る。

 

「終わった……?」

 

 わたしの呟きにケルビーさんとジュリさんは剣を収め、キラさんとお義兄ちゃんは頷き合う。ナナさんは冴えない様子だったが、ムーさんの笑みに苦笑を漏らし、ルアさんとランさんも目を合わせた。
 その様子にわたしも肩の力が抜けた。が。

「ノーリマッツ!!!」

 悲鳴に似た突然の声に背筋が伸びる。
 振り向けば、キツネさんから降りた王妃様が駆け寄ってくるが、向かう先にいるノーマさんに気付いたセルジュくんが慌てて手を掴んだ。

 

「ダメだって、母上! アイツ危ねーからっ!!」

 

 小柄な王妃様は簡単に捕まり、涙を落としながら血だらけのノーマさんを見つめている。その目がルアさんに移るが、微かに見える怒りにルアさんは視線を逸らしてしまった。そこにランさんが割って入る。

 

「大丈夫ですよ、母上。義兄さんは手加減されています」
「ですが……」

 

 何かを言いたくてしょうがないのか、身動ぐ王妃様にわたし達は戸惑う。と、大きな溜め息を吐いたランさんが眉を吊り上げた。

「いいかげんにしてください。御自分が義兄さんとノーリマッツさんを苦しめているとわからないのですか」
「っ!?」

 語尾を強めた息子に王妃様は肩を揺らす。
 わたし達も驚き、ルアさんも丸くした目をランさんに向けた。

 

「やはり……お前は……知っていたか……」

 

 弱々しい声を発したのは仰向けになったノーマさん。
 胸からお腹にかけては大きな斬り傷があり、口からも血を零している。けれど、わたし達を見つめる深緑の目には力があり、瞼を閉じたランさんは頷いた。

「最初はただ、モモさん……“異世界の輝石”を調べていただけで、まさか母上やロギスタン夫妻のことばかりか、貴殿にたどり着くとは夢にも思いませんでした」

 

 自分や養親の名だけでなく、ランさんにまで“異世界の輝石”と呼ばれ動悸が嫌な音を鳴らす。流れる金色の髪を押さえながら彼は続けた。

 

「何より理由がわからなかった……そこで貴殿の身辺を探るため、親友であるムーランドさんに協力を頼んだのです」
「え!?」

 

 振り向く彼のように、全員の目がムーさんに向けられる。
 苦笑しながら見上げる彼にランさんは微笑んでいたが、すぐに表情を曇らせた。

 

「しかし勘づかれていたのか、僕は地下に落とされ、脅迫を受けたムーランドさんも彼に従わざるおえなくなりました……そればかりか、協力を頼もうと呼び出した義兄さんにまで迷惑をかけて」

 苦渋の色を浮かべながらニ年前の真実を告白するランさんに、ルアさんとナナさんは目を見開いている。その身体は僅かに震え、ナナさんはまだ信じられない様子でムーさんを見下ろした。

「緑……」

 

 呟きにムーさんは何も返さず、ルアさんの目がランさんに戻る。彼は顰めた顔でノーマさんを見ていた。

 

「ですが、落ちた僕を呼ぶ母上を見る貴殿の目に気付きました。幼い頃から僕や弟妹を見る目にあった憎悪とは違う情愛の目だと」
「情愛?」

 聞き返すわたしに目を移したランさんは微笑む。

「ノーリマッツさんは……母上を愛してらっしゃるからこそ国を沈めたかったのですよ」
「っ!?」

 

 はっきりとした口調と瞳に、わたし達どころか当人である王妃様さえ息を呑んだ。ただ、ナナさんとムーさんだけは顔を伏せ、ノーマさんは小さな笑みを浮かべる。

 

「馬鹿馬鹿しい……何を根拠に……」
「貴殿の手に刻まれた薔薇が証明しています」

 

 怪訝な顔をするノーマさんの手の平に描かれた黒薔薇のタトゥー。
 それを一瞥したランさんはネクタイを緩めるとシャツボタンを外しはじめた。

 

「『解放精霊』と契約した証となる薔薇のタトゥー……それは強き願いから創り上げた僕と貴殿にも刻まれています。『虹霓薔薇』のように、自身にもっとも近い花言葉をいくつも持った色で」

 

 ボタンを外したシャツを引っ張ったランさんの胸にあるのは白薔薇のタトゥー。
 そこで彼の言ったことを繰り返し唱えていたわたしは気付く。察したように振り向いたランさんは頷くと、自身の薔薇に手を置いた。

 

「そう……僕の白薔薇に『尊敬』『無邪気』『純潔』があるように、何も花言葉はひとつではないのです。貴殿の黒薔薇にも『憎しみ』『恨み』……そして」
「『決して滅びることのない永遠の愛』と『貴方はあくまで私のもの』……」

 

 全員の目を受けるわたしは両手を握りしめる。
 最初に花言葉を問われた時は怖くて『憎しみ』しか浮かばなかった。でも、ランさんが言うように花言葉はひとつじゃない。良い言葉もあれば悪い言葉もあるし、中でも薔薇は愛を伝える花として有名だ。
 そして、伝える手段は色だけじゃない。

 

「『愛情』の言葉を持つ赤薔薇を三本……その意味は『愛しています』」

 

 いつも薔薇園に訪れ頼んでくれる赤薔薇と数。
 長年庭師として働き、黒薔薇の意味を問うた彼が知らないとは思えない。そして宰相室に飾られているのを一度も見たことない薔薇の行方。

 

「いつも……母上に渡していたな」

 

 答えを教えてくれたのはナナさん。
 目を伏せる彼女に王妃様は両手で口元を押さえ、わたしはノーマさんを見つめると頬を緩めた。

「ノーマさん……王妃様がずっとずっと好きだったんですね……」

 

 わたしの笑みに、ノーマさんは唇を噛みしめたまま瞼を閉じた。

 

「ノーリ……マッツ……」

 

 震える声に呼ばれ、ノーマさんの目がはっと開く。
 そんな彼に大粒の涙を零す王妃様が空いた手を伸ばし、もう片方の手を掴んでいるセルジュくんはランさんを見上げた。彼の頷きに一瞬躊躇うも、手が離される。

 

 ゆっくりとした足取りで近付いてくる王妃様を、動けないノーマさんは緊張した面持ちで見上げている。同じ気持ちでわたし達も見守っていると、ノーマさんの傍で膝を折った彼女は黒薔薇の描かれた手を握った。その上にポツポツと涙が落ちる。

 

「貴方……聞いていたのね。もうあの人も国も……どうでもいいと……口走った私を……」
「母上……?」

 

 耳を疑う言葉にざわつくが、立場も忘れたように王妃様はすすり泣く。

「いつも自分のことばかりか……甘えてばかりの私に貴方が思い悩むなんて……バカな子ね」

 諭すような声より、ノーマさんが“子”扱いされたことに驚く。
 当然彼にとっても不服なのか、赤めた頬を逸らし、王妃様は苦笑混じりに笑う。二人の関係を窺い知ることができる反面、胸が苦しくなった。

「でも……壊れかけていた私に……自分の庭園にと迎え入れてくれて……昔と変わらず傍にいてくれて……本当に嬉しかった」

 

 柔らかな声に伏せていた顔が上がる。
 自身の胸元まで上げた彼の手の上に、王妃様は額を乗せた。息を呑むノーマさんに瞼を閉じた彼女はそっと口を開く。

 

「苦しんでいたばかりか、想いにも気付けずごめんなさい……そして……護ってくれて……好きでいてくれて……ありがとう」

 

 顔を上げた彼女の目尻からは涙が零れる。
 けれど、開かれた翠の瞳は口元にある笑みと同じぐらい優しい。大きく見開いていた目を閉じたノーマさんは顔を逸らすと大きな息を吐いた。

「ああー……モモカとコーランディアのせいで……最悪にカッコ悪いな……」

 恨み言のような声は身体と共に震え、泣いているようにも見えた。
 主人と従者。王妃と宰相。近いようで遠い、叶いそうで叶わないニ十年もの想い。その人のためなら誰かを殺め、国すら沈める決意をさせる情愛を知らないわたしは恐ろしく感じることよりも、ただただ好きなんだと感服してしまう。

 当然許されない真実もあり、ルアさんとお義兄ちゃんはやるせない顔をし、ランさんも眉を顰めている。けれど、わたしに気付いた三人は口元を緩めてくれた。
 自然とわたしも笑みが零れると、立ち上がった王妃様が振り向く。

「此度の件ノーリマッツ……私に責任があったことで皆(みな)には多大な迷惑と傷を負わせました……改めて謝罪と、止めていただいた礼を言わせていただきます」

 腫れた瞼にも構わず、真っ直ぐな眼差しを向けた王妃様は一礼する。
 突然大人びた背筋と声に、わたしも慌てて頭を下げると他のみなさんは騎士の礼を取った。目の端に納得していない様子のノーマさんが見えたが、同じように頭を上げた王妃様は続ける。

「私ももう逃げることも隠れることもしません……私の罪が火種となったのならすべてを話しましょう……一国の王妃として女として」

 

 唇を震わせながら一人ずつ顔を見ていく王妃様。
 それがわたしとルアさんで止まると表情は曇り、わたしは震える手を握りしめた。同じように彼女も青色の宝石が光るネックレスを握る。

 

「ただ……夫……ツヴァイハルドの無事を確認してからでもいいでしょうか?」
「は、母上も知らないのか!?」
「え、ええ……式典以来会ってないの」

 

 慌てるセルジュくんに王妃様も驚いたように目を瞠る。次いで二人はランさんに視線を送るが、彼もまた眉を落とした。

 

「正直僕も母上同様、現在(いま)の事態を把握できてないところがありまして……メルスさんから事のあらましを聞いて捜しはしたのですが……」
「そ、そういやメルス、西庭園にいたはずじゃ……」

 顔を真っ青にしたセルジュくんは氷漬けになった西庭園を見る。ランさんはくすくす笑いながら彼の頭を撫でた。

 

「大丈夫ですよ。狙われるのがわかっていたので、先回りして『水氷結界』を巡らせました。その時、メルスさんにも避難するよう言いましたから」
「あ、兄上~~~~っ!!!」

 

 目尻から涙を落とすセルジュくんはランさんに抱きつき、ジュリさんも安心したのか頭を下げる。わたしも胸を撫で下ろすが、顔色の悪い王妃様に事態は変わっていない。
 彼女の夫……つまりフルオライト王の行方がわからないのだから。

 

 お義兄ちゃん達も顔を見合わせ、ルアさんは眉根を寄せる。そこに、振り向いたセルジュくんがノーマさんに向かって叫んだ。

「おいっ、父上はどうした!? お前まさか父上も「知らん」

 

 遮った声の荒さと鋭い目にセルジュくんは怯む。前髪をかき上げたノーマさんは一息吐いた。

 

「むしろ私が教えてもらいたいところだ……」
「け、けどお前、兄上や母上のことは知ってたじゃないか!」

 

 威圧感に負けないよう必死に声を振り絞るセルジュくんだが、ランさんを抱きしめる腕は強くなっている。溜め息をついたノーマさんはわたしに目を移した。

 

「モモカ……北庭園で私はお前の追加質問を受けたな?」
「は、はい!」
「その内……魔物とナナについては本当だが……コ-ランディアとニチェリエット様の居場所については嘘だ」

 

 悪びた様子もなく言われると困るが、実際彼が隠していたのだから反論することはない。すると、眼差しが鋭くなった。

 

「だが……王の居場所と……国から出る方法は知らない……ついでに言うと、床から出てくるというやつもな」
「ノンノンくんの仕業じゃなかったのかい?」
「違うよ」

 

 実際結界を抜け、黒いものに触れたキラさんに答えたのは意外にもムーさんだった。息を荒げながら上体を起こした彼は紫の瞳を揺らす。

 

「国の結界は……誕生式典よりも前……国を覆っていた黒い靄が……集まっでできたものだった」
「へ……あの靄?」
「そ、害がなかったから放置して……このザマだけどね……ひゃはは」

 

 何か覚えがあるのかルアさんは目を丸くしたが、苦笑していたムーさんはすぐに顔を顰めた。

 

「けど……その結界と床から現れ取り込む力は別もの……つまり、ソイツ以外に誰かが関わってる……そして『方法“は”知らない』と言ったソイツは『誰か』には心当たりがあるってことさ」

 

 細められた瞳に全員がノーマさんを凝視した。
 その口元には薄っすらと笑みがあり、背筋に寒気が走る。やっと終わったと、傷つかないと思ったのにまだ終わりじゃない。他に誰かが……いったい誰が──。

 

 

 


「へぇ、中々優秀なりね~」
「っ!?」

 


 呑気な声と共にパチパチと拍手が木霊する。
 見ればいつからいたのか、氷漬けになった壇上の縁に腰を掛けている人がいた。

 所々割れた七色の竜と薔薇のステンドグラスから射し込む光。
 鮮やかな色を一切受けないどころか、逆に呑み込んでしまいそうなほどの漆黒の髪とマント。そして深い赤の瞳に、口元に意地の悪い笑みを浮かべているのは──。

「よう、セルジュ、ペチャパイ。元気だったか?」
「イズさんっ!?」
「何やってんだっ!?」

 

 懐から取り出した菓子袋を開けているのは誕生式典で知り合ったイズさん。
 驚きのあまりわたしとセルジュくんが駆け寄ると、チョコ棒を差し出された。

 

「やるな~り」
「あ、ありがと……って、国に帰ったんじゃなかったんですか!?」
「それがよ、帰ったのはいいけど忘れ物に気付いちまって戻ってきたんだよ。なのにこのありさまだろ? いやあ、どこで何が起こるかわかんねぇもんなりね~」
「お前なー……」

 しみじみ頷く彼にわたしとセルジュくんは脱力するが、変わらない様子に苦笑する。その後ろで、ランさんが呆気に取られているみなさんに訊ねるのが聞こえた。

 

「どなた……ですか?」
「確かセルジュの知人で、イヴァレリズ・ウィッドビー……なんとかと言っておったか」
「ああ……モモから聞いたアーポアクの人間か。先日の式典にも出席していたらしいな」
「じゃあ、彼がヘディングくんが言っていた……」

 

 ナナさんとお義兄ちゃんの説明に振り向くと、当然ルアさんはアーポアク出身で漆黒の髪であるイズさんを睨んでいる。けど、考え込んでいるランさんとキラさんの表情も硬い。
 どうしたのか訊ねようとした時、ノーマさんの笑みが深くなったのが見えると、セルジュくんがやれやれと話しはじめた。

 

「で、忘れ物ってなんだよ? 菓子なら全部食ったぞ」
「や~ん、酷いなり~。じゃなくてよ……モモカ」
「んきゃ?」
「イヴァレリズ……ウィドッビー……ジェレットっ!?」

 

 呟くランさんよりも、呼ばれたわたしは振り向く。
 赤の瞳を細めたイズさんはパキリとチョコ棒を割ると、怪しげな笑みを浮かべた。

 

「お前の命、貰いにきたんだ」
「え……」
「いけないっ! モモさん、セルジュ離れてください!! その方はアーポアクの「『影監牢(えいかんろう)』!!!」

 ランさんの大声に被った声と共に、黒い影がわたしとセルジュくんを覆う。
 それはノーマさんがしたのと同じだが、徐々に正方形の形を取り、鉄格子のある檻に変わった。

 

「ふんきゃ!?」
「なんだっ!?」
「モモっ!」
「セルジュ!」

 

 囚われたわたしとセルジュくんにお義兄ちゃんとナナさんが慌てるが、同時に剣を抜いたルアさんが跳び出す。その鋭い切っ先と双眸に立ち上がったイズさんは笑みを浮かべると胸元にぶら下がっていた十字架を握った。


「『宝輝解放(ほうきかいほう)』」

 


 静かな声と共に虹色の輝きが放たれると、片腕で顔を覆ったルアさんが風圧で吹っ飛ばされた。
 なんとか開いた目には、身長と身体が見る見る大きくなるイズさん。ランさんよりも上に結われた黒髪は腰辺りまで伸び、引きしまった筋肉。その手に身丈程のグレートソードが収まると大きく振り回し、突風を巻き起こした。

「そうかそうか、王子様は『六帝会議』にちゃちゃ入れた俺を知ってんのか」

 

 くすくす笑う声はさっきよりも低い。
 やんだ光に瞼を開けるが、わたしどころかセルジュくん、お義兄ちゃん、団長さん、王妃様。何より床に尻餅を着いたルアさんは彼の姿に目を瞠った。

 


「俺の名前はイヴァレリズ。本名はイヴァレリズ・アンモライト・アーポアク──第十四代アーポアク国王」

 


 吹き荒れる風に黒いマントに描かれた一匹の竜が舞う。
 そして七色すら支配する漆黒の髪と赤月──否、漆黒の双眸を持つ男性は口元に弧を描いた。

 


「さあ、第ニラウンドをはじめようぜ。幸福と災厄を齎す輝石────“村岡 桃香”を賭けて」

/ 本編 /
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