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66話*「犯罪者」

*グレッジエル視点です

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 五年前、政治部情報総務課宰相補佐と同時に、アルコイリス騎士団第六藍薔薇部隊団長に任命された。

 代々藍薔薇は政治部から選出されると聞いたことがあるが、なぜ新米同然の俺になったかはわからない。そして、理由を知らされないまま騎士の心得を学べとかで、一般を卒業していても騎士学校へ行く羽目となった。
 騎士道精神なんてどうでもいいんだがな……。


「なのになんで一年で帰ってくるんだ。先代は二足わらじで三年だったぞ」
「ちんたらするの好きじゃないんですよ、貴方みたいに。というわけで、とっとと理由を吐け」
「え、暴言ついでに脅し? お前ホントに修了証書貰ったか?」

 同じ白のローブを揺らしながら前を歩いていた上司ノーリマッツ様は立ち止まると、疑いの眼差しを向ける。その目に俺も足を止め、左手の甲を見せた。修了証書になる真新しい藍薔薇のタトゥーを。
 なのに、視線が変わらないのはなぜだろうか。

 再び歩き出した彼に付いて行くと四方塔のひとつ、東塔四十八階の一室に入る。
 二十畳ほどの室内は隣室へ行くためのドアがある以外は机と椅子、本棚があるだけで植物もない閑静とした部屋だ。 夕日が射し込む窓際に寄ると、傍にある机に手を乗せる。
 案内する場所があると付いてきたが、ここはなんだ?

 

「藍薔薇の部屋だ」
「? 騎舎はないと聞きましたが」

 

 埃ひとつない机から顔を上げると、本棚から一冊の本を取ったノーリマッツ様はパラパラ捲る。だがすぐに閉じ、意地の悪そうな笑みを向けた。

「歴代の藍薔薇が私用で使ってたんだ。お前みたいに静かな場所を好む引き篭りが多かったからな」
「……多忙の俺には不要です」

 溜め息をつきながら眼鏡のブリッジを上げた。
 確かにこの階は他に部署もないし、好むべき場所ではある。だが『情報総務課』から通うためには五十階まで上り、渡り廊下で東塔に渡り、階段を下りるという手間がかかる場所など今の俺に行く暇はない。その間に目先で笑う人を逃してしまう可能性もあるからだ。

「グレッジエルのそういう真面目なところは、ヨーギラス氏に似ているな」
「どこが……」

 

 能天気な父を挙げられ、窓を荒々しく開けるとバルコニーへと出る。
 初秋といってもまだ暑く、風も生温いが、頬に花弁が当たった。久々に嗅ぐ匂いと形に見下ろすと、夕日に映えた鮮やかな薔薇園が広がる。
 同じように顔を覗かせたノーリマッツ様は笑う。

「ここは絶景ポイントだな。今年の監査もクリアされたし、明日の開放日は賑わいそうだ。お前は手伝わなくていいのか?」

 

 ピクリと眉が動く。
 手すりを両手で握った彼に視線を移すと、その表情にからかいが含まれているのがわかり、苛立ちを募らせた。

「何度言えばわかるんですか。俺は「ふんきゃああぁぁぁぁ~~~~~~~っっ!!!」

 

 抗議の声を遮る悲鳴に自然と空を見上げた。
 雲もない眩しい夕日に片目を瞑るが、目を凝らすと何かが墜ちてくるのが見える。だが、それが“人”で“少女”だと気付いたのは目の前を通過し、薔薇園のアーチに突っ込んだあとだった。
 ノーリマッツ様と二人、見下ろしたまま沈黙。先に口を開いたのは彼。

「……人間だったな」
「……ええ」
「……女の子だったな」
「……ええ」
「……痛そうだな」
「……ええ」
「……お前、助けてこいよ」
「嫌ですよ、面倒っだ!」

 

 頭を叩かれた。割りと本気で。
 睨む俺に構わず、ノーリマッツ様はアーチでジタバタうごめいている物体を見下ろす。

 

「見るに絡まってるようだが、さすがにここから飛び降りる勇気は私にはない。だが、騎士になったお前ならいけるだろ」
「それを考えると、あのガキは相当のドアホですね。というか、俺が行かなくても父か母が助けるでしょ」
「もう帰宅したんじゃないか? 御二人の性格を考えると、一年振りに帰ってくる一人息子のために御馳走だのなんだの張り切りそうだが」

 

 手すりに寄りかかる彼の視線に考えこむ……浮かんだ。
 寮に入って以降一度も家に帰ってない+今日帰ると連絡してるせいで、満面笑顔で豪華な料理とクラッカーで出迎えられる図が。
 額に手をあてたまま大きな溜め息をつくと、手すりに上り、躊躇いもなく飛び降りた。

 

 向かい風に多色の花弁を受けながら、髪とローブが大きく揺れる。
 両手の指を動かし、特質な粘着力を持つ水糸を蜘蛛の巣のように真下に張り巡らせると、バネのように跳ね、アーチの出入口に着地した。
 嫌な害虫の物でも役に立つものだ。感謝などしないが。

 眼鏡のズレを直すと、客を迎え見送る薔薇のアーチ内を進む。
 まだ開花していないのもあるが、明日には一斉に咲いて出迎えてくれるだろう。昔から心配して咲かなかったことなどないからな。だが、突っ込んだままジタバタする“コイツ”のせいで、狂い咲きになるかもしれん。

 ポトポトと俺の頭に蕾を落とす少女は白いワンピースに赤紫のストールを巻き、ピンクのパンプス。何かを抱えているのか、身体を丸めていて顔は見えない。しかし、長いウェーブの髪が余計に絡まる+棘に刺さる要因になっていると理解していないのか、必死に身体を捻らせては泣きじゃくっている。
 ドアホの臭いしかしないが、仕方なく声を掛けた。

「おい、貴様。ここで何をしている」
「ふんきゃ! こんにちは!!」
「こんばんはだ! 向きも違う!!」

 

 的外れな返答の上に、誰もいない方に勢いよく顔を出した少女にツッコむ。
 出会って早々に苛立たせる時点で関わり合いたくないが、子供なら我慢するしかない。瞼を閉じたまま両手を握りしめると、ガサッと振り向く音が聞こえ、再度確認するように顔を上げた。

 

「それで、貴様はいった……っ!」

 

 開いた先にあった姿に言葉が詰まる。
 逆さまでこちらを見ているのは、やはりまだ顔立ちは幼い。だが、大きな瞳は絡まった髪と同じ。射し込んだ夕日で輝く色ははじめて見る──。

「漆黒……?」
「ふんきゃ、紫色の髪なんて珍しいですね。お兄さん、どこの国の人ですか? アメリカ? ヨーロッパ?」

 

 泣きじゃくっていたことなど忘れたように無邪気な笑顔で話す少女に、俺は目を見開いたまま思った。いや、珍しいのは貴様だろ。“あめりか”と“よーろっぱ”ってどこだ。そもそも俺の髪は紫じゃなくて藤だ。ドアホ。と。
 そんなツッコミを声に出さなかったのは鮮やかな薔薇以上に存在感がある漆黒のせいなのか、それとも……。

「あ、あのっ、すみません! 桃をもぎ取ってくれませんか!?」
「………………は?」

 

 思考を別にしていたせいか、我ながら素っ頓狂な声を上げたと思う。だが、理解もできなかった。

 

「何をもぎ取るって?」
「桃です」
「もも?」
「桃は桃です。桃、歌のコンクールで優勝したのに穴に落ちたんです。なのにお空パピューングササッてなって、頑張っておりようとしても桃では無理そうなんです。なのでお兄さん、すみませんが桃をもぎ取ってくれませんか?」

 

 ええーと……要約すると、助けろってことか? “もも”は名前?
 よく見れば両手には金色の杯型、トロフィーのような物を持っている。だが穴に落ち、なぜここにいるかは繋がらず、さっさともぎ取って聴取部に頼んだ方がよさそうだと水を集めた。漆黒の目が丸くなる。

 

「すごい! マジックですか!?」
「何バカなことを言っている。そもそも魔法、使えなくとも水晶でなんとかすればいいだろ」
「ふんきゃ~魔法使いになれるなら、桃はこの薔薇みたいにいっぱいのお花を咲かせたいです」

 

 話が噛み合ってない気がするが、実際彼女から魔力の気配は殆どしない。
 低いのを考えても普通なら呼吸困難に陥るはずだが満面笑顔。これっぽちも死ぬ要素がない。いったい何者だ。

「お兄さんお兄さん」

 

 訝しんでいると、小さな手が伸びる。
 気配もなく、真上から覗かれる黒に捕われたかのように動けないでいると、少女は頭に乗っていた蕾を笑顔で見せた。動く物体つきで。

 

「コガネムシさんがいましたよ」
「*#$£☆★׶ΣΨДИфーーーーーっっ!!!!」

 

 ドアップで緑の光沢を光らせる害虫(敵)に声にならない悲鳴と水柱が上がる。水を被った少女の悲鳴も、地面に激突する音も構わず、ただ反応に遅れた虫を『瞬水針』で殲滅した。

 

 虫(貴様ら)など滅んでしまえ!!!

 


* * *

 


「あんま虫を悪く言うもんじゃねぇぜ。花によって成長の材料になるんだからよ」
「誰のせいでこうなったと思っているんですか!?」
「え、スーチ、何かしたのか?」
「父さんですよ!!!」

 勢いよく両手でテーブルを叩き立ち上がるが、目先に座る父ヨーギラスは朝食のオムレツを頬張りながら隣に座る母ステレッチェを見る。肩までの藤の髪を白のスカーフでトップ巻きし、襟足で結んだ母はコーヒーを一口飲むと微笑んだ。

「嫌ですわ、アナタ。ほら、グレイくんがニ歳になったばかりの頃、仕事してても見えるようにって」
「ああ、アーチに括りつけて吊るしてたな。で?」
「その紐を虫共がたどって俺の中に入りやがったんです!!!」
「お友達になりましょってこったろ? 別にいいじゃ「ごちそうさまでした!」

 

 コーヒーを一気飲みすると、椅子に掛けていた白のローブを着ながら玄関へ向かう。
 たかがニ歳の話。だが、今でも覚えているほどのトラウマは見るだけでも毛が逆立つ。独特な羽音など最悪だ。両腕を擦ったまま靴を履いていると、短い茶の前髪を弄りながら、白のTシャツと黒のズボンだけの父もやってくる。
 今日は開放日のせいか、出る時間が一緒のようだ。

「それで、墜ちてきた女の子はどうしたんだ?」
「びしょ濡れのまま聴取部に捨ててきましたよ。取調べ室にでもいるんじゃないんですか」
「あらあら、紳士じゃないわね。せめてタオルで拭いてあげれば良かったのに」

 

 草履を履いた父に続くように、仕事用のエプロンを着た母はくすくす笑いながらブーツを履く。その声に玄関のドアを開けた。

 

「漆黒の髪と瞳に気を取られていたんです」
「「え?」」

 

 陽も昇っていない空にはまだ星が見え、吐く息は白い。
 だが冷たい風が入り込むことよりも、目を丸くする両親が気になり、首を傾げた。母が戸惑った様子で口を開く。

 

「そ、その子……本当に漆黒だったの?」
「髪は濃茶にも見えましたが、恐らく。瞳も黒耀石のように……?」

 

 生まれて二十一年。漆黒の髪と瞳を持つ者を俺が見たのは昨日の少女がはじめてだ。だが、顔を強張らせる両親はそうではない気がする。そういえば、報告したノーリマッツ様も珍しく眉を顰めていたな。

 

 考え込んでいると溜め息をついた父が母の頭を撫で、俺の隣に並ぶ。同じ灰青の瞳はどこか鋭く、日の出を迎える空を見ながら口を開いた。

「……グレイ。今日の帰り、その子を薔薇園に連れてきてくれ。補佐と藍薔薇の権限があればできるだろ」
「なぜ……?」

 

 職権乱用をさせる気だろうかと仏頂面で睨むと、父は苦笑し、大きな手を俺の頭に乗せた。
 ゴツゴツとした手にはマメも擦り傷も数え切れないほどある。だが、それが職人という名の手だと知っているせいか、ガシガシ回されても嫌な気はしない。

「息子は犯罪者(ロリコン)ではないと説得しようと思「吊るし上げます」

 

 前言撤回。

 


* * *

 


 城に到着すると苛立った足取りで一階ホールにある受付を通り過ぎ、閉じようとしていたエレベーターを足で止めた。突然乗り込んできた俺に乗っていた者達が驚いた顔で見るが、構わず四十八階のボタンを押すと腕を組む。

 

 まったく、何かしらの理由があればと思えば失礼な親だ。
 考えてみれば昨日少女を俵担ぎで運んでいる時も、通りすがりの連中がおかしな目で見ていたな。名誉のためにも直々に少女を問い詰めた方が良さそうだ。
 そう意気込むようにエレベーターを降りると『情報総務課』のドアを開き、慌しい中を進む。

「あ、補佐おは……」

 

 掛けてくる声も無視し、ズカズカと足を進めるが、昨日のような視線を感じるのは気のせいだろうか。疑問に思いながら宰相室の戸を叩くと入室。
 開いた先には窓から射し込む朝日を受けるノーリマッツ様が椅子に寄り掛かっているが、輝く蜂蜜色の髪は跳ね、欠伸をしている。眠い目で書類を読みながら彼は片手を上げた。

「よう、おは……」

 

 上げられた深緑の目は大きく見開かれ、瞬きされる。構わず挨拶を返した。

 

「おはようございます。早速ですが、お聞きしていいですが?」
「いや……私も聞いていいか? お前、ロリコ「寝ぼけてんなら吊るし上げるぞ」

 

 水の糸を両手に絡ませ、眼鏡を光らせる。
 背景からもドス黒い殺気のようなものが出るが、気にもしないノーリマッツ様は一度視線を落とし、見上げた。

 

「じゃあ……隠し子か、保父さんにでもなったのか?」
「? さっきからなんの話をしているんですか」

 

 話が噛み合っていない上に、俺ではない方を見ている気がする。
 しばし考え込んだ彼は机の引き出しから何かを取り出した。出てきたのはペロットキャンディ。言葉が出ない俺にふりふり揺らす。

 

「ほ~らほら、イチゴ味だぞ~」
「……ノーリマッツ様、眠いなら寝てください」
「いらないのか~?」
「貴方、バカで「ふんきゃ! 貰っていいんですか!?」

 

 突然の声に肩が跳ねると、横を過(よ)ぎった者が嬉しそうにキャンディを受け取った。
 その身長は一四十ほど。青のチェック模様のワンピースに、赤紫のストールとピンクのパンプスを履いた少女は腰まであるウェーブが掛かった髪。そして振り向いた瞳は──。

「き、貴様は昨日の!?」
「ふんきゃ、おはようございます」

 

 指をさす俺に、昨日会った漆黒の少女はキャンディを食べながら頭を下げる。
 なぜここにいるのか困惑していると、ノーリマッツ様は苦笑しながら少女の頭を撫でた。

 

「お前と一緒に入ってきたの、気付いてなかったのか?」
「俺と一緒って、いつから!?」
「お兄さんがエレベーターに乗った時からです。足で止めるなんてすごいですね」

 

 満面笑顔に顔が引き攣る。
 道理で通り過ぎる者全員に妙な視線を向けられると思った。しかし、これっぽっちも気付かないとは、そんなに俺は鈍いヤツだったのか?
 前途を危惧していると、少女はまた頭を下げた。

「えっと、村岡 桃香といいます。昨日は助けてくれてありがとうございました」
「むらおかももか?」
「はいっ、桃です。歳は十二で、日本からきました!」
「にっぽん……?」

 

 聞いたことない地名に訝しむと、ノーリマッツ様に視線を動かす。椅子に背を預けた彼の深緑の瞳が細くなった。

 

「聴取した私も聞き覚えのない地名や名前に最初は他国の間者かと思ったが、感じ取れない魔力を測ったら、恐ろしいことに一ミリも持ってなかったよ」
「は?」

 

 何を言っているのかわからない。
 確かに昨日と同じで彼女から魔力と言う名の気配は感じ取れない。だが魔力が一ミリもなければ、それは“死んで”いるも同然。なのに彼女は元気にキャンディを食べている。“生きて”いる。

 不可思議な話だと思えるが、ノーリマッツ様の真剣な目に息を呑んだ。

「では……彼女は」
「……私の推測ではあるが、コンマ以下の魔力もない心臓だけで生きている人間。つまり、この世界ではない……異なる世界からきた異世界人だろ」

 

 笑顔に変わったノーリマッツ様は“モモカ”という少女の頭をベシベシ叩くが、彼女は気にする風もなくキャンディをくわえたまま同じ笑顔を向けた。後退りした俺の顔は青くなる。


 復帰早々、宇宙人にでも遭ったとでも思えばいいのか、ノーリマッツ様がロリコンなのか。

 考えを放棄するように溜め息をついた────。

/ 本編 /
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