26話*「親戚」
鈍い音を響かせながら扉を閉めると施錠する。
さらに自分の両手よりも大きく太い金色の南京錠を取っ手に掛け、U字部分を留めた。イズさんは口笛を吹く。
「そんな錠、カナヅチでガンッだぜ」
「こ、これでも強いんですよ! お義兄ちゃんとノーマさんの上級魔法でもちょっと凹んだだけなんですから!!」
「や~ん、永遠ブっ放しておけば壊れそう」
満面の悪い笑みで言わないでください。
それにしても、鍵を開けっ放しにしていたわたしも悪いが、結界を抜けてきた彼には驚くしかない。結界類は術者より魔力が高くなければ入れないと聞くので、今日は忙しいルアさんが結界を張っていなかったか、イズさんの魔力が高いことになる。
「モモカ様!」
悩んでいると、いつも家まで送ってくれるキラさんの従者、ヘディオードさんが駆けてきた。
肩下までの濃茶の髪を後ろ下で結い、身長は一七十ほど。白のシャツに黒の燕尾服を着たヘディさんは笑みを浮かべている。けれどすぐ、紫の双眸を細めた。
「どなたですか?」
「あ、イヴァレリズさんといって、パーティーに招待されたお客様だそうです」
「よろぴく~」
不審な目を向ける彼にイズさんが先ほどの招待状を見せる。慌てて一礼を取るヘディさんに、本当に招待客さんなんだとわたしは驚いた。思考(それ)を読まれたのか、大きな手で頭を掻き混ぜられると、戸惑った様子のヘディさんがわたしの持つ白薔薇の花束に気付く。
「どこかに御用事でも?」
「ふんきゃ、王様の誕生日祝いに」
「え? でも依頼の件は済んだと団……いえ、ヤキラス様から聞いていますが」
「それはノーマさんからのプレゼントで、これはわたしからなんです」
イズさんに押され、白薔薇を薄紅色と白でラッピングした花束。
もっともわたしは招待状を持っていないので、政治部の人にお願いするつもり。イズさんにお願いするとお高い御駄賃が付きそうなので。
「や~ん、俺の性格が早くもわかるとはやるじゃねぇか」
「ふんきゃ。そんなわけでヘディさん、すみませんが中央塔に寄ってもいいですか?」
「侍従の私に許可を取らずとも構いませんよ」
「いえいえ。ヘディさんの御主人様はキラさんで、送ってくれる方の許可は必要です」
「これはまた律儀に、ありがとうございます」
互いに頭を下げると、イズさんは笑いながら横切っていく。
その声がさっきのような意地悪ではないことに疑問を持つが、中央塔へ向かう彼の後を急いで追い駆けた。
殆どの職員はパーティーか街の警備に回り、中央塔警備も多色の腕章をした騎士が厳重に見回っている。一般人は入れないため、いつもよりホールは静かだ。そんな騎士の視線を受ける度にペコペコ頭を下げているとイズさんはなぜか大笑い。やっぱり頭を下げるって変なんですかね。
受付も普段は綺麗なお姉さんなのに、今日は白のローブを着た政治部の男性で顔見知り。わたしに気付くと笑みを浮かべた。
「こんばんは、モモちゃん。補佐に何か用事かい?」
「あの、王様のプレゼントに薔薇を持ってきたんですが預かってもらえますか?」
「もちろん、国民や各国からも貰うからね。でも、一度検査するから陛下の下に届くまで時間かかるよ」
持っていた花束に、お兄さんは申し訳なさそうに眉を落とした。
確かに一国の王の誕生祭。そして偉い人は悪い人に狙われるというお決まりがあり、プレゼント類は危ない。毒なんてものは入れてないが、先日の害虫事件があるので胸の奥がジンジン痛む。同時に散りやすい薔薇は不向きだと悩んでいると、イズさんが花束を指した。
「ちゃちゃっとココで検査すればいいんじゃね? ペチャパイの知り合いならオマケしようぜ」
「ペチャ……えっ!?」
「命知らずな人がいるものですね……」
お兄さんとヘディさんが青褪めた顔でわたしを見るため、定着した名に諦め半分で頷く。けれど、イズさんの言葉が嬉しいのも本当で、黒のマントを握ると笑みを向けた。
「ありがとうございます。でもわたしは一般人ですから、他の方と一緒は当然です」
「……あいつみてぇに割り切んの早ぇな」
赤の双眸を細めていた彼は瞼を閉じると一息つき、天井を見上げた。
その表情は切ないようで何か違う。ルアさんではないが、イズさんも不思議な人ですね。そんな彼からお兄さんに視線を戻すと頭を下げた。
「すみませんが、やっぱりやめておきます」
「え? でもせっかく綺麗にラッピングしてあるし……」
「いいんです。今日咲いた子達なので届く前には枯れて「オレが持って行ってもいいぞ!」
大きな声に遮られ、驚いたように肩が跳ねる。
振り向くと、後ろにいた人に目を丸くした。
身長は一六十後半、金髪のショートはミックスパーマがかかり、青が掛かった翠の瞳。白の襟折りシャツにスカーフを巻き、ブラウンのベストに襟と袖が黒になった藍色のトレンチコートを着て、白の手袋を嵌めている。ズボンも白で、膝上までの黒のロングブーツを履いた、わたしと同い年ぐらいの男の子。
笑みを浮かべた彼は、わたしの前に立つと両手を腰に当て、薔薇を見下ろす。
「当日に咲いた花なんて最高じゃん。しかも一番好きな白薔薇なら王もすっごい喜ぶぞ!」
「え、ホントに白薔薇好きなんですか?」
「知らずに持ってきたのか?」
「なんでこう俺ってば疑われるのかね」
肩を竦めるイズさんに謝るべきか悩んでいると、ヘディさんとお兄さんが頭を下げているのに気付く。よく見れば周りの騎士も……ふんきゃ?
すると、白のローブを纏ったニ人の男性が汗と荒い息を吐きながら駆け寄ってきた。
「セルジュアート様っ!」
「ちょこまかスんの止めてくっさい!」
「お前らが遅いんだろ」
不機嫌そうに叱っているのを見ると彼は偉い人のよう。
瞬きするわたしを男の子も見つめ、同じように瞬きを繰り返すと自身を指した。
「もしかして、オレのこと知らないか?」
「はい……すみませんが、どちら様ですか?」
「あっははははは!」
瞬間、イズさんの大笑いが響き、他の人達は沈黙。あれ? 有名人?
この世界ネットないし、わたし結構ヒッキーなのでイマイチわからない……ともかく会ったことはないと頭を下げる。
「えっと、はじめまして。モモカ・ロギスタンといいます」
「ロギスタン? 宰相の身内か?」
「いえ、補佐グレッジエル・ロギスタンの義妹です」
「? だから宰相のだろ」
訂正するも、首を傾げる彼にわたしも首を傾げた。
すると、一八十以上ある長身と銀の瞳に髪をオールバックにした体格の良い従者さんが耳打ちしてくれる。
「スんません、ロギスタン補佐のことを彼は宰相と呼んでんス」
「ふんきゃ!? じゃあ、ノーマさんのことは」
「呼ばないっス。嫌って「メ~ル~ス~」
低い声にメルスさん?、は肩を揺らし、そそくさと彼の後ろに戻った。ハッキリとした上下関係が見える。
その間に、一七十ちょっとの身長に丸眼鏡から覗く瞳は茶。赤紫のショート髪の毛先が跳ねた従者さんがヘディさんに事情を聞くと、溜め息をつきながら男の子を見た。
「セルジュアート様、残念ですが陛下はよくても「オレが良いって言ったら良いんだ」
「また無茶言わんでくっさい。そんなの通「るったら通る。オレだぞ?」
「彼……イズさんの親戚ですか?」
「なんでやねん」
似たノリの男の子に、つい隣の男性を見てしまうと華麗なツッコミを入れられた。まだ把握できていないわたしは呆然と揉めているのを見ているだけだったが、苛立った男の子に腕を掴まれ、走り出す。
「ほら、行くぞ!」
「ど、どこに!?」
「プレゼント渡しに! オレより本人が渡した方がいいだろ」
「うええぇぇぇーーっっ!」
「ちょっ、お待ちを!」
「待ってくっさい!」
「モモカ様!」
引っ張られるがままエレベーターに乗ると、のんびりイズさんに続き、慌ててヘディさんと従者さんニ人が乗り込む。ドアが閉まる間際、受付お兄さんの困ったような顔だけが見えた。
音もなく上るエレベーター内ではたくさんの溜め息が響く。
ついでに『なんでこんなことに』とか『隣の男性誰っスか?』とか『団長に報せないと』とかツッコめない呟きも丸聞こえ。内心冷や汗をかいていると男の子が嬉しそうに薔薇を見ていた。
「薔薇、好きなんですか?」
「大好きってほどじゃないけど、見てると兄上を思い出すんだよ。白のイメージだから」
「そうなんですか。わたしのお義兄ちゃんもし「「「「黒」」」」
あれ? なんかイズさん以外がハモリませんでした? あれあれ?
疑問符が頭に並ぶが、エレベーターの数字が上がるにつれて動悸数も増える。というか本当に本当にわたし……。
「王様に会うんですか……?」
「ここまできて何言ってんだよ」
「だだだってわたし一般人ですよ!? 王様ですよ!!?」
「オレとも会ってんだから変わらないだろ」
「いえ、さすがに陛下とセルジュアート様では違「トゥランダ~?」
男の子の睨む攻撃に眼鏡の人は押し黙る。その横でヘディさんが一息つくと紫の双眸を男の子に向けた。
「ともかく、会場に着いたらアガーラ宰相かロギスタン補佐を呼びますからね」
「ええーっ!? せめて、お前の主人にしろよ!!」
「ダメっスよ。あんまり駄々捏ねると」
「我々も姉上様を呼びます」
「それもヤダーーっっ!!!」
頭を抱えて悲鳴を上げる男の子に容赦ない集中攻撃がかかる。
どうやら彼にはお兄さんとお姉さんがいるようで、わたしもなんだかお義兄ちゃんに会いたくなった。そんなわたし達を見つめるイズさんは楽しそうに笑い、五十階に停まったエレベーターの両扉が開かれる。
目前には綺麗な白の竜と薔薇の彫刻が施された大きな扉。
薔薇園や他園の扉もだが、まさに達人の域。激しい動悸は感動も混ざり、本当にこの扉の向こうにと考えると足が動かなくなる。けれど、ヘディさん、メルスさん、トゥランダさんは気にせず降りていく……大人だ。
いえいえ、自分もこの世界では大人に入ったのだからいける!
そんな根拠のない自信でわたしは足を前に出す──前に、イズさんの手が肩に乗り、止められた。その表情は意地が悪く、男の子も似た笑みを浮かべると水晶に手を当てる。
するとエレベーターの扉が閉じはじめ、先に出た三人は悲鳴を上げた。
「「「ああああーーーーっっっ!!!」」」
「へっへーん! 誰がお前らと行くかーっ!!」
「ばいび~」
「「「こらーーーーっっっ!!!」」」
三人の伸ばした手は無情にも届かず、パッタリと扉が閉じる。
静かに上階を目指す中、真っ青な顔で震えるわたしの背後で、男の子とイズさんがハイタッチした。
「や~ん、まんまとハマったなりね」
「だなだな! アンタ、すっげーわかるヤツじゃん。オレ、セルジュアートってんだ。セルジュって呼んでくれ。歳は十七」
「俺はイヴァレリズ。イズでいいぜ。歳は二十」
「じ、自己紹介はいいですから、これからどうするんですか!?」
あまり変わらない歳に驚くが、さすがに我に返りツッコむ。けれどニ人はハイタッチを何度も繰り返していた。
「上階からも会場に行ける道はあるからオレに任せとけって、モンモン」
「ちんたら待ってる方が暇で死ぬなり。それより箱にペチャパイ入れて驚かそうぜ」
「それか灯りを消して派手にさー……」
それはもう別方向で楽しむ気満々の声と笑みに、つい白薔薇を強く抱きしめる。そして、新あだ名すら入らないわたしは脳内で叫びをあげた。
悪魔が二人いる~~~~っっ!!!