27話*「所持率」
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高い天井からクリスタルシャンデリアが吊るされ、奥の壇上の壁には数メートルにはなる虹色の竜と薔薇が描かれた国旗。その下、銀色の玉座に座るは今宵の主賓フルオライト国王。少し控えた席には妃がいる。
仲睦まじい二人に招待客も笑顔で祝詞を捧げるが、そこに次代を担う子らの姿はなかった。
赤絨毯が中央で直線に敷かれ、左右にはいくつもの円卓テーブル。
白のテーブルクロスの上には食堂部の精鋭が腕によりをかけて作ったオードブルをはじめ、トマト、生ハム、玉子、刺身、フルーツ、クッキーなどが国花であり、各テーブルに配置された薔薇の形を取る芸術作品として並んでいた。
目でも舌でも楽しめる料理とワインに場はいっそう盛り上がる。
特に賑わっているのが、各領地を治める騎士団長達だ。
囲う中には労いをかける者、外の情勢を聞き出す者様々だが、殆どは全団長が独身のせいか我が子とぜひという縁談話だった。うんざりするばかりか、自身には恋人がいる赤薔薇ケルビバムは不機嫌そうに囲みから出る。と、背中を蹴られた。
「っだ! んだよ眼鏡……って」
振り向いた先には予想していた人物ではなく青薔薇キルヴィスア。の、両手は皿で塞がれ、ケルビバム自身も作った数々の料理が乗っていた。その量に怒りも治まったケルビバムにキルヴィスアは淡々と訊ねる。
「ケルビー……タッパー……持ってないか?」
「あん? てめぇ今、なんつった」
空耳でありたい言葉に一応聞き返すと、キルヴィスアはご丁寧に『た・っ・ぱ・ー』と、ゆっくり言い直す。タッパー……その名にケルビバムは彼が持つ料理を見つめた。
「てめぇ……そんな食うヤツだったか?」
「へ……俺じゃないよ。モモカに持っててやろうと思って……」
「そっちか! 招待客にも聞かれたことねぇよ!! つーか、タッパーなんか持ってるわけねぇだろ!!!」
怒声を上げるケルビバムだったが、彼らに近付く者は誰一人いない。圧倒的な力と気紛れな性格を持つ青薔薇がいるからだ。人混みを嫌い、不機嫌顔が多い彼を人々は横目で見るだけだが、今宵はいつもと違うようにも見える。
もっとも、気付いているのは恐らく今はケルビバムだけだろう。
「ともかく、あのシスコン眼鏡じゃあるまいだっ!!!」
「シャンデリアの横に並びたいのか?」
「あれ……グレイ、もういいのか?」
「てめぇら、場所考……って、おいこら」
キルヴィスアとは違い、キレのある横蹴りがヒットした腹を押さえるケルビバムは顔を上げる。目前にはピンクのコサージュを付けた宰相補佐グレッジエル。の、両手は皿で塞がれ、ケルビバム自身も作ったタルトやケーキ類の数々が乗っていた。
隣の青薔薇と交互に見ていると、先にグレッジエルが口を開く。
「フラ男、ラップを寄越せ」
「まさかのタッパーより所持率低いラップ!? つーか、てめぇもか!!!」
「? 留守番のモモに持って帰って何が悪い」
眼鏡の奥の灰青を細める男と隣で頷く男にケルビバムは苛立ちを越え呆れた。が、気にもしない二人の『寄越せ』に冷めていた苛立ちが爆発する。
「だーかーら、タッパーどころかラップなんか持ってねぇっつーの!!!」
「「使えねーな」」
「うおおおぉぉーーーーい! オレ様が責められんの!? 責められんのか!!?」
「持ってないなら持ってきなさいな。この、だ・め・男」
「ジュリーーーーっだ!!!」
いつの間にか加わって笑みを向ける恋人、紫薔薇マージュリーにケルビバムが発狂すると、水晶の付いた杖で尻を叩かれた。賑やかグループに煌びやかなドレスと宝飾を纏った令嬢達と別れを告げたヤキラスが加わる。
「キミ達、騒ぎを起こすのはやめたまへ。モモの木の所に料理を運ばせればいいだけだろ?」
「ヤっちー、それもどうかと思うよ。ね、ナナちゃん」
「ああ。運ぶなら主(あるじ)に打診してからだ」
「それも違ぇだろ! なんだよ、ツッコミはオレ様とムーランドだけか!?」
「認めたくはないけど、そうみたいだね……ヤダヤダ」
額を押さえる緑薔薇ムーランドと、脱力したケルビバム以外の五人は首を傾げた。そんな眉目秀麗な騎士団長と宰相補佐の集まりに客人は見惚れ、甘い溜め息をつく。内容はアレだが。
ツッコミ組を横目に料理を置いたキルヴィスアは、グレッジエルに声を落として訊ねた。
「ムーから……何か聞き出せたか?」
内容に眉を上げたグレッジエルだが、キルヴィスアの表情は変わらない。
コサージュをモモカから受け取る際、ムーランドと共に現れたグレッジエル。その間に何かを聞き出したと睨んだのだろう。同じように料理を置いたグレッジエルは眼鏡を上げる。
「悪いが、まだ調査中だ」
「意外……モモカ関連なら式典終わらずとも吊るすかと思ってた……」
「証拠を集めようにも、何十もの結界を張った小ガキの研究室に潜り込むのは容易ではない。だからこそ“今”調査中だ」
一息つきながら両手を動かす男の言葉にキルヴィスアは意味がわからなかったが、視線だけ動かすと納得した。
「ああ……藍薔薇か」
「そういうことだ。証拠が集まり次第ヤツを吊るし上げる」
そう言いながら静かに内側から殺気を放つグレッジエルはムーランドのところへ向かう。だが、目を向けたのは隣にいたケルビバムだった。
「フラ男、料理長はどこだ?」
「その呼び方やめ……ジジイならきてねぇよ。もう歳だかんな。作るだけならまだしも長時間パーティーなんか出れっか」
「そうか……後日、話があると言っておいてくれ」
グレッジエルの細められた目にさすがのケルビバムも頷くだけにした。
彼らの会話をヤキラスも聞いていると、横から黄薔薇ナッチェリーナが顔を出す。その口元は変わらず“へ”の字だが眉は上がっていない。
「橙、第二王子がまだのようだが何かあったのか?」
「私は第一と王女も心配しているよ。けれど確かに遅いね。そろそろ……おや?」
眉を顰めたナッチェリーナにヤキラスが小さく笑うと、見知った男が早歩きで近付いてくる。モモカに付けたはずの部下、ヘディオードだ。
彼の表情は険しかったが、ヤキラスは変わらない笑みを向ける。
「どうしたんだい、ヘディングくん」
「団長、最後のニ文字要りませんって……」
険しかった表情は一変。力のない溜め息と肩を落としたヘディオードだったが、すぐに顔を上げると主人に耳打ちする。他の団長達も眺めているとヤキラスは苦笑した。
「それはまた、面白いと言うか素晴らしい遭遇率と運を持ってるね」
「返す言葉もありません……」
「キラ男、何があった?」
さすがにヘディオードの役目を知っているグレッジエルは食い付きが早い。鋭い灰青の瞳にヘディオードが冷や汗をかいていると、ヤキラスが口を開いた。
「どうやら木が我々よりも上に伸びて行ったそうだ」
「伸びた……?」
比喩的表現にキルヴィスアが疑問の声を上げるが、ヤキラスの視線に全員がシャンデリアと彫刻が施された天井を見上げる。最初に気付いたのはナッチェリーナ。
「バカな……どうやって入ったのだ!?」
「それが途中、絵画くんに会ったらしく……って、灰くん。今、出て行くのはマズイと思うよ。それにキミでもエレベーターは動かせないだろ」
扉に向かって足を進めていたグレッジエルが止まる。
パーティー会場がある大広間(ここ)より上階は王族が住まう神聖域。その上階に行くためのエレベーターは認められた者しか動かすことができず、王族を除けば宰相を含めた数人だけ。補佐であるグレッジエルは入っていない。
そして、そのエレベーターを動かし、モモカと共にいる金髪の男こそフルオライト国第二王子セルジュアート・フルオライト。
成人したとはいえ、その性格は楽しいこと面白いことを好み、ジっとしていられない性分なのか国を飛び出すヤンチャ王子だ。今回の帰国も途中下船し、宰相他ヤキラスを大いに困らせた上、未だ姿を現していない。
他団長も内容を理解したのか、ケルビバムが口を開く。
「別にガキが王子と一緒なら心配するこっちゃねぇだろ。待ってりゃ向こうからくるんじゃねぇのか?」
「御馬鹿。三の王は良くてもモモカさんは一般市民ですのよ。たとえ朴念仁の義妹だとしても不法侵入で処罰をくらいますわ」
「ま、幸いにも上階に張ってるボクの結界が反応しないってことは、モっちーが危険レベルにもならないほど魔力が弱いってことだね。しかし、よく王子を誑(たら)し込めたね」
両手を横に向け溜め息をつくムーランドにグレッジエルが殺気を放つが、ヘディオードはさらに大きな溜め息をつくと手を横に振った。
「ありえませんよ。彼女、セルジュアート様が王子ってことすら知りませんでしたから」
全員が黙り、グレッジエルに痛い視線が注がれる。
「もっとも王子もそれが嬉しかったから手を貸したのだと……ともかくエレベーター前にはメルス様とトゥランダ様がいますが、そちらから現れるのは正直薄いかと思われます」
「モモカ、怖ぇー……」
キルヴィスアの声にグレッジエルだけは頷かず、苛立った声を発した。
「ともかく、一刻も早く捜しに──!」
刹那、シャンデリアの灯りが消え、銀色の玉座だけが光る。
ゆっくりと席から立ち上がるのはフルオライト王。その隣に座る王妃の後ろには宰相が佇んでいる。唇を噛み締めるグレッジエルの横でヤキラスが目を細めた。
「王の言葉に入ってしまっては退室はできないね」
「……グレイ、俺は扉近くにいるよ。終わり次第、外から捜す。ムー、ついてこい」
「ちょっと、ボクを共犯者にするのやめてよね。自分でできるじゃん」
「結界の修繕……って、言い訳がいるだけだ。早くこねぇと散らすぞ」
王の言葉がはじまっても気にする風も無くマントを翻した男にムーランドも頭を抱えた。だが“キレ”に近かったため渋々後に続く。ニ人を横目に見送ったグレッジエルは一息つくと残りの四人を見た。
「私と小娘でノーリマッツ様に事情説明に行く。他三人は変わらずで頼む」
「承知したが、小娘と呼ぶのはやめてもらいたい」
「訂正を求めている時点で小娘だ。行くぞ」
頷く赤、橙、紫に背を向けたグレッジエルと眉を顰めたナッチェリーナは人混みをかい潜り、宰相の下へ向かう。彼らを見送ったヤキラスは王の言葉に耳を傾けようとしたが、ヘディオードの顔が先ほどよりも青くなっているのに気付いた。
「まだ何かあったのかい? モモの木はトラブルメーカーだね」
「い、いえ、私もまだ本当かどうかわからなくて……実はモモカ様とセルジュアート様の他にもう一人、男が一緒にいるのです」
「ヘディングくん、それを早く言おうか」
「みょ、みょうしひゃけありましぇん!」
微笑みながら彼の両頬を引っ張るヤキラスに、ヘディオードは必死に謝りながら続ける。
「しきゃし、しょの男がたいひぇんにゃんです!」
「うん、大変だ。一大事だ。他に侵入を許したのだからね」
たーてたーて、よーこよーことされながら首を左右に振るヘディオードの頬から両手が離れる。痛みが残る中、紫の双眸を細めた彼は静かに口を開いた。
「実は──」
その口から出た言葉に赤の双眸を大きく見開いたヤキラスの耳に、王の言葉は入ってこなかった──。
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エレベーターが開くと赤の絨毯が敷かれた廊下。けど、静かで薄暗い。
セルジュくんが指を鳴らすと並んだ蝋燭に火が点り明るくなるが、本当に城内なのかと思うほど閑散としている。不気味すぎて怯むが、イズさんに背中を押されエレベーターから降ろされてしまった。先頭を歩くセルジュくんの後ろを恐る恐るついて行くが、三人分の足音しか響かない。
「や~ん、お化けでも出そうなりね」
「おおおおお化け!?」
「ははは、いたらいたで面白いけどな。基本この五十三階は衣装部屋だから静かなんだよ」
一階丸ごと衣装部屋ってすごいですね……でも静かすぎて逆に怖いですよ! しかも五十三階って!! 絶対窓に近寄れません!!!
高所恐怖症のわたしは内心ビクビクしながら白薔薇を握っていたせいか、静かに立ち止まったイズさんに気付くことはなかった。窓の向こうにある大きな月に赤の双眸を向けていたことも、口元に弧を描いていたことも────。