25話*「誕生日会」
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中央塔に入ったところで足が止まる。
青のマントを揺らしながら振り向くと片眉を上げ、東塔を見つめた。
「……気のせいか?」
一瞬、薔薇園の結界が反応した気がしたが、警報は鳴らない。グレイ同様、自信はあるが念のために戻った方がいいだろうかと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「おーい、ルーくん。パーティーはじまるよ!」
「キラ……」
遠巻きに見る連中とは違い、堂々と俺の前に立つキラは先ほどとは違い正装だ。
白の大判ショールは変わらないが、その下は白に金縁の首元まである襟詰にマスタード色のトレンチコートを黒のボタン六つとベルトで留め、白のズボンと黒の靴を履いている。
背には同じ竜と薔薇を持つ橙のマントだが、緩く三つ編みされた髪は珍しく前ではなく後ろ。変わりに耳元で光るイヤリングと胸元のコサージュが『橙薔薇』を象徴していた。
「おや、ちゃんとキミも付けてるなんて偉いじゃないか。イヤリングはしていないようだけど」
「……モモカの迎えは?」
「ん? さっき部下に行かせたよ。どうかしたのかい?」
首を傾げられ悩むが、グレイのように過保護すぎるのも問題だろうと、笑うキラと一緒に受付先にあるエレベーターに乗り込む。水晶に手を当て、パーティー会場のある五十階を目指しながら訊ねた。
「そういえば……あいつは一緒じゃないのか?」
「あいつ? あいつ……ああ、第ニ王子か。途中までは一緒だったんだけどね、着替えやらなんやらで先に行かせてもらうことにしたんだ。見つけた時も帰るのを嫌がるし、本当ヤンチャで参るよ」
主語がなかったにも関わらず察してくれたキラは苦笑いした。
団長では年齢も経歴も最長の彼は普段は港町を統治し、副業である他国との貿易を担っている。それもう副業じゃない気がするけど、本人は駆け引きみたいなのがあって楽しいそうだ。おかげでどこかの王子じゃないが国より他国にいることが多く、俺は溜め息をついた。
「買い付け行くんなら……あそこも行ってくれよ」
「…………アーポアクか。私も興味はあるんだが、ノンノンくんでも入国許可が出るかどうかだからね」
「宰相(ノーマ)で許可出ないって……王族連中は恥ずかしがり屋か」
「ウチ以上に未知だからね……そういえば、第一王子の話は何か聞いたかい?」
口元に手を当てていたキラは細めた赤の双眸で俺を見る。
自分で振っておきながら苛立つなんて最悪だが、溜め息を落とすと首を横に振った。エレベーターが五十階に停まり、俺を横目にキラが出る。
「まあ、陛下の御拝顔すら久し振りだしね。モモの木の分まで……おや、藍薔薇だ」
続くように赤絨毯を踏むと、顔を上げる。
パーティーがはじまったのか、白に竜と薔薇の彫刻が施された両扉は硬く閉じられ、警護する赤、黄薔薇部隊と白のローブを纏った政治部しかいない。そんな扉の前に立つのは、違う色を持つ男──藍薔薇騎士(インディゴロッサ)。
俺達に気付いていながらも、同じコサージュを付けた男は瞼を閉じると扉の前で静かな声を発した。
「第六藍薔薇部隊団長──入室します」
その声に閉じられた両扉がゆっくりと開かれ、藍のマントを揺らしながら会場内へと姿を消した。閉じた扉にキラとニ人、息を吐く。
「うん……あんなヤツだよね」
「だね……さ、私達も行こうか──第ニ橙薔薇部隊団長ヤキラス・フォズレッカ、入室します」
苦笑いするキラの声に扉が開かれた。
隙間から見える灯りと大勢の声に早くも帰りたくなるが、キラ入室後、閉じた扉に辺りが静まると東の窓を見つめる。正装の自分よりも、胸元にあるコサージュが光った。
送り主、モモカに会ったらどんなパーティーだったのか笑顔で聞かれそうな気がして足を前に進める。礼を取る他に構わず、青の双眸を細めると静かに口を開いた。
「第五青薔薇部隊団長キルヴィスア・フローライト、入室します」
ゆっくりと開かれる扉の竜と薔薇に色はない。
まるで俺自身のように……けれど今日は違う。コサージュに手を当て、光が差し込む先に足を出すと、振り向いた人々の目が鬱陶しく刺さる。けれど、俺の目は円卓のテーブル上に並ぶ料理と一緒に飾られた多色の薔薇に釘付けだった。先日まで一緒に摘んでいた薔薇に瞼を閉じると、一人の少女を浮かべ笑みを零す。
彼女の代理だと思えばいつも億劫な式典が面白いものに見えた。
絨毯通りに進むと六騎士と宰相。そして、一国を除いた他国の王族が顔を揃えた御前で足を止めると顔を上げる。数段上に設置された銀色の玉座に座る──フルオライト国王が俺を見据えた。
その瞳は本当に俺を見ているかわからないが、祝詞の口を開いた。心中、渦を巻く影を見て見ぬフリをして──。
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月明かりに照らされた白薔薇とは違い、わたしの前に立つ人は“黒”。
対照的。けれど、数百咲いた白薔薇も敵わないほど綺麗な黒。唯一、深紅の瞳は赤月のようで、一歩間違えれば吸い込まれそうだ。
はじめて見る漆黒男性に戸惑っていると、先ほども聞いた呑気な声が響く。
「ガキンチョ、お前がこの庭園の主か? それともママ達の代わりにお留守番中なりか?」
「わわわわたしが主です! モモカ・ロギスタンです!!」
まさかの“お留守番”に反論すると男性は上体を屈め、繁々とわたしを下から上へと見つめる。信用されてない感が漂い、免許証みたいなのが欲しいと内心思っていると、大きな手がわたしの胸元をペチペチ。ペチペチ……?
「やっぱ、まだまだ発育足りねぇガキだわ。ギリギリB……か?」
「ふんきゃー!!!」
まさかのサイズ暴露に両手で胸元を隠し、真面目顔で頷いていた男性から離れた。突然現れてなんですか! 綺麗な顔して変態さんですか!? お義兄ちゃ~ん、ルアさ~ん!!!
傷ついた心に本気で涙を浮かべても男性は気にする風もなく上体を戻し、前髪を弄る。
「俺の名前はイヴァレリズ・ウィッドビージェレット……長いからイズでいい」
「そんなイズさんがなんの用ですか!?」
「そんなってどんなだよ。また面白ぇのがいんな」
小さく笑う彼はとても綺麗だが油断禁物。
珍しく猫が尻尾を狸にするように警戒心を持ったわたしに、イズさんはポーチに手を入れた。
「まあまあ、そうカッカしてたら美容に悪いぜ。これでも食べて落ち着けって」
「誰のせいですか! って、これ……チ○ルチョコ!?」
差し出されたのは直径一センチほどの台形に三日月とウサギの模様が描かれた、まるでチ○ルチョコ。この世界にはない物に驚くが、模様に覚えがないので首を横に振る。
「知らない人から貰っちゃいけないんです!」
「え? 今、知り合ったじゃん。お前、モモカっていうんだろ? 俺の名前は?」
「…………イズ……さん」
「ほら、知ってる人じゃん。いらねーの?」
ニヤニヤと笑いながら包みを広げ、チョコレート色をしたそれを口に入れる。それはもう美味しそうに食べる姿を、つい恨めしそうな目で見ていると差し出された。
「ほらよ、お友達記念」
「ありがとうございます!」
お怒りどこいったの満面笑顔で受け取ったわたしは包みを広げ、口に入れた。甘いミルクとチョコ味に懐かしい故郷を思い出していると、イズさんは指に付いたチョコを舐め取る。
「んで、ぺチャパイに聞きてぇことあんだけど」
「モモカです」
「これ作ったのペチャパイか?」
「モモカです」
嫌なあだ名に、チョコを食べながら眉を上げる。けれどイズさんは気にした様子もなく懐から何かを取り出した。それはプリザーブドの赤と白薔薇が付いたバレッタ。
裏に薄っすら“桃”の刻印を見つけ、先日常連さんに買い取ってもらった物だと気付く。
「わたしが作った薔薇! 買ってくださったんですか!?」
「まともな土産贈らねぇと痛いハリセンが飛んできそうでな。フルオライトといえば薔薇だろ」
苦笑いしながらバレッタを投げてはキャッチするイズさん。
実をいうと買い取ってもらった品が売られているところを見たことがないので、目の前で飛ぶバレッタがとても嬉しい。目を輝かせているとイズさんは薔薇園を見回す。
「んで、どうせなら本物贈ろうと生産所にきたんだけど……何、白しかねぇの?」
「あう、すみません。数本で良ければあるんですが……他の場所で買った方が良いかと……」
依頼で殆どの薔薇はパーティーに出してしまい白薔薇しか残っていない。
本格開花は来月なのもあって後は蕾……残念ながら売ることはできない。せっかくきてくれたのにと肩を落していると、イズさんは瞬きした。
「なに言ってんだ? この世界で薔薇の生産はこの東庭園だけだろ」
「ふんきゃ?」
目を見開くと一緒に首を傾げる。
さらに首を傾げる彼に合わせるように自分の首も倒していると痛くなるが、それよりも彼の言葉をリピートする。薔薇の生産は東庭園? ここ? ここだけ? え?
顔を青褪め、冷や汗を流すわたしにイズさんはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。瞬間、彼の服を掴む。
「それ本当ですか!? どういうことなんですか!!?」
「や~ん、なんのこと~? 俺なんか言ったっけ~」
「誤魔化さないでください!」
揺さぶっても白を切るイズさん。その顔は変わらずニヤニヤしていて何かを隠しているとしか思えない。だって、薔薇を生産しているのがここだけっておかしいじゃないですか! お義兄ちゃんやルアさんもノーマさんも何も言ってなかったですよ!! ウソですよね!!?
「んじゃ、白薔薇九九九本ちょうだい」
「そんなに咲いてないですーーーー!!!」
「や~ん、役立たねぇペチャパイなりね~」
「無茶言ってるのは誰ですかーーーー!!!」
まんまと話を逸らし、無理難題を押し付けるイズさんは溜め息をついた。ヤレヤレといった表情に溜め息つきたいのはこっちです。
そんな彼と出会って数分。わかったことは、この人ノーマさんと一緒で俺様だ……しかも我侭タイプ。揺さぶる元気すらなく、脱力したわたしの頭を大きな手が撫でる。
「ま、からかうのはこの辺にしといて。薔薇生産してるのはここを除けば許可を貰った場所だけで、他国にはないぜ」
「他国って……イズさんは旅行者なんですか?」
ウソなのか本当なのかわからない彼だが、先ほどの会話やマントからフルオライトの人には見えない。もっともそんな人が厳重警備の城になぜいるのかもわからず疑問に思っていると、彼は白に七色の竜と薔薇の印がある封筒を取り出した。
「旅行者つーか……なあ、王の誕生日会ってどこでやってんの?」
「ふんきゃーーーー!!?」
まさかの招待客!? どこかの偉い人だったんですか!!?
封筒に入っていた紙をイズさんは見せてくれるが、字はまったく読めない。けれど、サインは見たことある……ノーマさんのだ!
顔を青褪めると、急いでイズさんの背を反対に向けて押す。
「何やってるんですか! もうパーティーはじまってますよ!? なんで案内に付いて行かなかったんですか!!!」
「だって、薔薇欲しかったんだも~ん。あ、どうせなら白薔薇、王のプレゼントにするか」
「白薔薇は苦手な方がいるので持ってっちゃダメなんです!」
「え~」
なんでこうも聞き分けの悪い人なんでしょうか。というか王様に敬称がなかったですよ。
彼の背を押しながら何度目かの溜め息をついていると、顔だけ向けたイズさんは笑みを浮かべた。
「王自身は白薔薇が一番好きなはずだぜ」
「ふんきゃ?」
頭を上げると、綺麗な赤の双眸と目が合う。
同時にイズさんは白薔薇達の前に立ち、大きく両手を広げた。
「嫌いなのは王以外なんだろ? なんで国王よりそいつを優先しなきゃなんねぇんだ?」
「それは……ノーマさんから依頼されたからで……」
「依頼? つまり、ペチャパイ自身はなんの祝いもしてねぇてことだろ」
淡々と告げられる言葉に動悸が徐々に激しくなる。
確かに薔薇を切って会場に送った。けれどそれはノーマさんの依頼だったからで、わたし自身はなんのお祝いもしていない。的を射た彼に目が離せないでいると笑みを返された。
「なら、行こうぜ」
「え……」
「一緒に白薔薇持って──王様の誕生祝いにさ」
月の下で輝くのは白薔薇と漆黒の男性。
けれど、その綺麗な笑みは悪魔のようにも見えた────。