21話*「会った」
ルアさんの指すテントをしばし見つめながらリピート。
薔薇園に泊まる……確かに家に帰らず起きたらすぐ作業ができるのは良いですよね。でも泊まる場所がルーくんハウス……テント。首を傾げた。
「一人用じゃないんですか?」
「あー……どうだったかな」
同じように首を傾げたルアさんはハウスに向かい、靴を脱ぐと中に入る。
地面にペグを打ち込んだテントにわたしも顔だけ入れると、両脇にワインが入った木箱が五箱置かれ、人一人が寝れるスペースがあった。真ん中に座り、毛布を叩くルアさん。
「うん……木箱退ければ寝れるよ」
「それ以前になんで木箱が……」
「? 好きな物は側に置く派……」
そういえばワイン好きで送るとキラさんと話していたのを思い出す。でも、テント内に置くのは違う気がする……それに。
「お気持ちは嬉しいですけど、さすがに男性と一緒に寝るのは……」
「……グレイと一緒に寝たことは?」
「何回かありますよ。最近はないですけど」
「そ……晩御飯どうする?」
「あ、もう遅いので食堂に行きましょうか」
両手でお腹をポンポン叩くと、胡坐をかいていたルアさんが四つん這いでやってくる。その目が丁度わたしと同じになり、お互いの瞳に顔が映った。
「モモカ……話を逸らされやすいって用語に入れた方がいいよ」
「ふんきゃ?」
「いや……晩飯にしようか。それから中央塔で風呂に入って……」
外に出たルアさんは何かを呟きながらコートを着る。
星空の下でも小さな灯りと月で琥珀色の髪を光らせる彼を見つめていると、手を差し出された。
「モモカ……行こう」
「あ、はい」
伸ばされた手にわたしも手を伸ばすと引っ張られ、薔薇園を後にする。その手は食堂まで離れることはなかった。
* * *
時刻は九時過ぎ。
晩御飯はケルビーさんが作った美味しいハンバーグ。先日ジュリさんに御飯を持って行った御礼にと目玉焼きまで乗せてもらった。
その後、仕事終わりのニーアちゃんと初対面のはずのルアさんが何かを話すと、なぜかパジャマを貰い一緒に大浴場へ。理由を訊ねようにも目を輝かせ、ルアさんについて聞いてくる彼女に何も言えずお別れ。
気付けば今、ルーくんハウスの中で毛布を被って寝転が……あれ? 普通にこれ、お泊まりですよね? あれあれ?
なぜこうなったと疑問に思うが、さらに謎なのは家主であるルアさんが外にいること。
「ルルルルアさん! なんで中に入らないんですか!?」
「へ……だって、一緒に寝たらグレイに殺されるよ」
慌ててテントから顔を出すと、地面にコートを轢いたルアさんはワインボトルを飲んでいた。直飲みってすごいですね……ではなくて!
「わたし、普通に家に帰ってんきゃ!」
出ようとすると額を押され、テント内に戻された。座るわたしの頭をルアさんは撫でる。
「ダメだよ……グレイもいないし……一人は危ない」
「さっきも言いましたけど、お義兄ちゃんがいない日もあったので一人でもんきゃきゃ」
「うん……だとしても今日は作業で倍疲れてる……その状態で帰ると確実に馬車に轢かれるよ」
撫でる手を荒くするルアさんは真剣な表情で頷いた。
確かに消毒撒きで腰も足も痛いが、なぜに轢かれる前提なのか。顔を伏せるわたしから手を離したルアさんは飲み干したワインボトルを置いた。
「俺のことは気にしないで……不眠症だから中に入ってても意味ないし……野宿は慣れてる」
「で、でも! ルーくんハウスですよ!?」
「うん……家主(俺)はOKしてる」
「あー……」
反論できないでいると、外に出した木箱から新しいワインが出てくる。
ナイフの刃でラッピングを剥がしたルアさんはスクリューでコルクを抜いた。専用ナイフも持ってるなんて本当に好きなんですね。
試しに空になったボトルを鼻に近付けるが、ピリリッと鼻の奥が痛くなり、渋い顔になる。ルアさんは笑う。
「モモカは飲み仲間にはできないか……」
「しゅ、しゅみません……」
そもそもお酒なんて元の世界では未成年なので飲めません。昔、お父さんにビールを飲まされましたが苦くてダメでした。
残念そうに飲むルアさんは口を離すと夜空を見上げ、わたしも毛布を被って見上げると満天の星空。輝きに笑みが零れるが、中央塔が明るいせいで半減。ちょっと寂しい。そんな中央塔の窓には誕生祭の準備で追われる人達が慌しく走っているのが見える。
「忙しそうですね」
「だな……俺も殆ど当日しか帰ってこないから新鮮だ」
「毎年当日帰りなんですか?」
「うん……当日帰って……当日出て行く」
すごい強攻に聞こえるが、人混みが苦手な彼は長くいたくないのかもしれない。そんな彼がなぜ今年は早く帰ってきたのか訊ねるが、ワインを飲むだけ。沈黙は──“話したくない”。
数日一緒にいてわかった彼について嬉しくもあるし少し切なくも感じると、冷たい風を受けながら別を訊ねた。
「じゃあ……誕生祭終わったらすぐ出て行くんですか?」
「…………その時は挨拶して行くよ」
それは肯定にも否定にも聞こえるが、わたしは笑みを向けた。
数度瞬きする彼に構わず、わたしはそれまでに薔薇を咲かせて……と、お別れの前にすることだけを考える。そこで思い出した。
「あと、ルアさんの兄妹さんを見つけないとですね!」
「捜してたんだ……」
目を見開くルアさんに大きく頷く。
忘れてなんかいませんよ! ちゃんとすれ違う人達の顔を見てたんですから!! 全っ然わかりませんでしたけど!!!
威張っておきながら成果なしの自分に落ち込んでいると、口元に手を当てていたルアさんは首を傾げた。
「……会ったじゃないか」
「ふんきゃ?」
「話して……たんだろ?」
わたしも首を傾げる。
え、話してって……つまり知らぬ間にルアさんの兄妹と……!?
混乱する中、ここ数日に会った人達を思い出すが、多すぎてわからず挙手した。
「いつ会いました!?」
「へ……今日」
「今日!?」
まさかの発言に飛び起きるが、寒くて布団に丸まって考える。
今日は北塔に行ったから遊んでた親子……とは話してないので、それ以外だとジュリさんとナナさんとノーマさんとムーさんとお義兄ちゃん。
「いや、グレイだけはない……」
「そ、そうですよね! 良かった!! じゃなくて、あとは通り過ぎた人……」
「いや、さっきの中にいるよ……」
「ふんきゃ?」
会った人の名を呟いていたのを聞かれていたことよりも、さっきってどの人のことかと混乱する。と、別のワインを木箱から出したルアさんはラベルに描かれた薔薇を指した。色は──。
「黄薔薇騎士……ナッチェリーナだよ」
「ナナさ……んんんっ!?」
ムッスリ顔のナナさんが出てくると、また飛び起きた。
た、確かに同じ青の瞳に話し方や噛み合わなさが似て……え、でも。
「お兄(ルア)さんを撃ちましたよ……?」
「うん……まあ、嫌われてるから……」
黄薔薇ラベルのワインを戻したルアさんは、開けていたワインを飲むが、わたしの動悸は激しくなる。
まさかまさか、ナナさんがルアさんの妹……騎士どころか団長さんじゃないですか! しかも女性で!! 美人さんで!!! ……あれ、でも。
「姓が違いますよね?」
「うん……俺は父方だけどナナは母方」
「な、なんで嫌われてるんですか?」
徹底してる感に毛布を膝に置いて聞くと、ルアさんは片眉を上げ、首を傾げた。あ、わからないんですね……昨日まで普通に話していたのになぜか娘が反抗期だ、みたいな感じでしょうか。というより、ルアさんに関心がないように見える。
これは確かにわたしとグレイお義兄ちゃんとは違う……まあ、わたしとお義兄ちゃんは義理ですからね。
「俺とナナも義理だよ」
「ふんきゃ!?」
「言ったろ……似てないって」
さらなる衝撃発言! 似てないって充分ソックリでしたよ!! 行動が!!!
心臓が持たなくなってきたのか寝転がると、ボトルを置いたルアさんがテントに顔を覗かせ、毛布をかけてくれる。その優しさはグレイお義兄ちゃんと変わらず、わたしは眉を落とした。
「今度ナナさんに会ったら理由聞いておきますね」
「いいよ……聞いたところで抽象的にしか答えないだろうし……これが俺達なんだよ」
「お義兄ちゃんのシスコンより、そっちをお願いしましょうよ~」
強い心を持てば願いが叶うという伝説。
わたしが兄妹仲を願っても効果はないかもしれないが、ルアさんが願えばきっと叶えてくれるはず。苦笑いしたルアさんは傍に座ると、頬を膨らませたわたしの髪を撫でる。
「……実を言うとさ……俺の願いは別にあるんだ」
「え……?」
「ナナ達よりも……自分のための願いが……」
撫でる手が止まったことに顔を上げた。
“自分の”と言うが、苦しそうに目を閉じている。その姿に、わたしは自分の手を彼の手に乗せた。
「ルアさんの願いは……なんですか?」
「……捜してるヤツがいるんだ……そいつに会いたい……漆黒の髪と瞳をした……」
「わたしですかっんきゃ!?」
「っだ!!!」
またまた衝撃発言に心臓と身体が大きく跳ねると、ルアさんの額と額がぶつかった。良い音に二人頭を抱え、寝転がるわたしは涙目で謝ると苦笑が返ってくる。
「モモカの髪は茶だろ……それに捜してるのは男だ」
「ふ、ふんきゃ……」
本当はわたしも黒です、とは言えず嫌な汗が流れるが、男の人と聞いて安堵する。すると、上体を屈めたルアさんの顔が近付き、また額と額がくっついた。柔らかい髪の毛と熱い額の温度に戸惑っていると静かな声が届く。
「あの日……雨の中、モモカに剣を向けたのは……朦朧とする意識の中で同じ漆黒の男と重なったからだ……何度も違うって抑えていたのに……ごめん」
その声はとても小さくて低い。それが“怖い”ルアさんであることに気付き、先の雨の日を思い出す。でも違和感を覚え、訊ねずにはいられなかった。
「剣を向けるほど……その人を嫌っているんですか?」
あの時は『解放』していて怖いルアさんになっていたんだと思っていた。
けど、今の話でわたしとその人を間違えたと言うなら……あの時の殺気は本物。落ち着かない動悸を両手で押さえながら見上げると、彼は切ない表情を見せた。
ズキリと胸の奥が痛み、額を離したルアさんが遠退く。
慌てて力ない手を伸ばすが、その手は冷たい彼の手に捕らわれ、指に小さなキスが落ちた。
「モモカ……おやすみ」
「ルア……さ……ん」
その声に彼の姿がぼやけると、瞼が重さに堪えられず閉じていく。
時刻は当に十時を越し、疲労が溜まった身体と脳が睡眠モードに入ってしまった。ダメ……まだ聞きたいことあるのに……まだ……。
けれど、正直な身体はわたしを深い眠りへと落とした──。
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規則正しい寝息が聞こえる。
十時に寝ると言っていたのは本当だったらしい。それを羨ましいと思うよりも激しく鳴る動悸を抑えるのに俺は必死だった。
「モモカは……違う……違う……」
それは自分を戒めると同時に呪いの言葉。
捜し続けているヤツに似た彼女に黒いものが渦巻き、漆黒の双傍を向けられた時は危うく剣を取ろうとした。けど踏み止まることができた。
その言葉が身体に染み付いてきたのか、はたもや別の何かが働いているのか……まだわからない。握ったままだった手を毛布の中に入れると頬に口付け、静かにテントから出る。
シャツボタンを外すと、吹き上げる風が熱い身体を冷やす。
胸元のネックレスを握り、視線を薔薇に向けると、黄色の蕾に目が止まった。今日も一言も話すことはなかったが、変わりないようで立て掛けていた剣を握る。鞘から抜かれた刃先が月で照らされると、映る存在に瞳を細めた。
「俺が願うのはただひとつ。そのためにもヤツと同じ色を持つお前らを……」
呟きは大きな風と共に消え、花弁と共に宙を舞う漆黒の生物を今夜も散らす────。