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​20話*「三大用語」

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 椅子に腰を掛け、渇いた喉に水を流し込む。と、消毒薬を補充したモモが『行くぞー!』と元気に叫びながら駆けて行った。その姿に頬が緩んでいると真下から黒い気配。

「グレ~イ~」

 ペットボトルから口を離すと、両眉を上げたルアが匍匐(ほふく)前進でやってくる。何がしたいんだと片眉を上げていると、青水晶の双眸を向けられる。

「ニヤけてるのがキモがッ!!!」

 

 かかと落しを背に決め、地面に沈めた。
 大きな音にモモが振り向くが笑みを向けると笑みを返し作業へ戻る。ペットボトルを地面に置くと、手袋を外しながらルアに本題を問うた。

「それで、本当に緑の仕業なんだろうな?」
「うん……八割方」

 顔の土を手の甲で跳ね除けたルアは空を見上げる。
 上空(そこ)には私のではない、青薔薇の結界が張られていた。

 今朝ルアと毒女に魔力が弱まっている指摘を受け、今日は庭園どころか分身である鷹も出せずに過ごしていた。そこに疲れて戻ってきたノーリマッツ様から事情を聞き、急いでモモと合流。アフロ髪ルアから聞かされた内容は耳を疑うものだった。

「アフロに……ツッコミないの?」
「元々そんな頭だっただろ。で、ウイルスの解析は済んだのか?」
「うん……こいつか「『瞬水針《しゅすいしん》』」

 寝転がったまま、一センチ程の寄生虫を取り出した瞬間、水の針を飛ばし抹殺。ルアは呆れながら『人にも虫にも優しくしようよ』と呟くが『モモ以外は滅して構わん』と答える。言葉を失ったような顔をした男は数分後に口を開いた。

「前……庭園に誰かが入ったって言っただろ」
「ああ、私以上に嫌な臭いのな」
「根に持つなよ……その臭いが寄生虫(あれ)とムーから出てたんだ」

 ルアと共に目を細める。
 確かに魔法研究家の小ガキなら作るのは可能だろ。しかし、作れるだけで庭園に入れるはずがない。小ガキは私より魔力が低いはずだ。

「それなんだけどさ……あの日、ケルビーの暴発があって俺達は上級魔法で防御したよな?」
「当然だ。ホールに居た人間を護るには下級魔法では……待てよ?」

 口元に手を当て思い返していると、上体を起こしたルアが細めた目を向ける。
 団長であるルアはもちろん、高官である私も力があるのなら国民を護れという規則がある。それに習ってケルビーの暴発を防いだ。上級魔法で。だが、薔薇園に二重結界を張った状態で使うとなると使う方に力が向き、解くまでの間は薔薇園(もう一方)の結界が弱く……。

「まさか、暴発を防いでいる間に入ったというのか!?」
「……の、可能性もあるかなって。防御主体のムーを考えれば……一度入れさえすればどうとでも……グレイ、殺気出てる」

 溜め息をつくルアの声など遮断する黒い気配が私を包む。
 それは小ガキに向けるもの半分、自身を呪うもの半分だ。式典準備で疲労はあったものの昔よりはないと思っていた。だが、実際は綻びができ、毒女どころか他にも侵入を許したとなると今件は自分の未熟が故に引き起こした失態だといえる。
そのせいで薔薇に寄生されモモを……。

 歯を食い縛っていると、風に乗って聞こえてくる歌声に椅子から立ち上がった。

 


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*

 


 まだ誰も知らない色
 閉じたままではわからない
 その色が知りたくて
 私は今日も屈んで待っている

 小さな言葉にも 力が宿る
 それを信じて 口を開くと
 風で花びらが宙を舞う

 

 何もない世界に 色が付く
 知っている色 知らない色へと
 遠くまで広がるその世界と目の前には
 鮮やかな蕾を咲かせ待っていた

 

 花たち

 


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*

 


 薔薇が遮る先に見えるのは屈んだモモの後ろ姿。
 彼女が口ずさむのは何曲かを残し殆どはその場で思いついた即興だ。今のもはじめて聞く。

 

 出逢った頃はただ耳障りだったものが今では受け入れられていることにストールを握ると、立ち上がったモモが気付いたように両手を振った。その表情に暗さなどない。いつも通りの笑みに心が解ける。

 手を振り返すと、手袋を嵌めながらルアに言った。

「悪いが抜ける。調べることが増えたからな。式典が終わるまで薔薇園(ここ)は任せたぞ」
「いいけど……ムーがやったとしても問題が残るぞ」
「わかっている。一番はヤツがこんなことをする理由がないことだが関係ない。式典後に吊るし上げて白状させるまでだ」
「もし……白状しなかったら?」

 ペットボトルの蓋を開け飲んでいると、顔を青褪めたルアが控えめに訊ねる。唇を離し、小さく舌を出すと灰青の瞳を細めた。

 


「その時は──アルコイリスの虹が一色消えるだけだ」

 


 飲み干したボトルと別のボトルを持つと、固まったルアの横を通り過ぎる。
 消毒しているモモに近付く影に彼女も気付いたのか、丸く大きな漆黒の瞳を向けた。頬を緩め膝を折ると目線を合わせる。

「モモ、すまないが私は仕事に戻る」
「あ、はい! あと半分ですから大丈夫ですよ。忙しいのに手伝ってくれてありがとうございました」

 頭を下げる仕草が直らないことに内心溜め息をつくが、髪を撫でると変わらない笑みを向けた。しばらくこの笑みを見れないせいか両手で頬を撫でる。

「それと、式典が三日後に迫ったせいで今日と明日は家に戻ることができない」
「お弁当もいらないですか?」
「ああ、部屋まで運んでもらうからモモは薔薇にだけ専念しろ。ルアはバンバン使っていいからな」

 眉を落とすモモに苦笑いすると、頬にあった手を背中に回し抱きしめる。
 小さなモモはスッポリと埋まり『ふんきゃふんきゃ』と身じろぎながら持っていた消毒薬を落とす。鷹が使えない分、次に会えるのは誕生祭だ。
 抱きしめる手が強くなると顔を上げたモモと目が合い、心配そうな表情をされる。

「お義兄ちゃん……無理して倒れないでくださいね」
「その時は長期休暇を貰ってモモに看病してもらおう」

 

 小さく笑うと赤めたモモの頬に口付ける。
 同時に『んきゃ!』と悲鳴が上がり物寂しくなるが、腕を離すと腰を上げ、水が半分入ったペットボトルを渡した。

「それじゃ、モモ。三日後会う時は綺麗に薔薇が咲いていると信じているぞ。水分補給もしっかりな」
「ふん……じゃない、はいっ!」

 ボトルを受け取り、必死に頭を上下に揺らしながら返事する。
 先日のが効いているのか少し残念だが、歩き出すとアーチ前に片眉を上げたルアが腕を組んでいた。通り過ぎようとした時、不機嫌な声で疑問を投げかけられる。

 

「あのペットボトル……誰の?」
「変なことを聞くヤツだな。私が最初に飲んでいたものだ」
「最初って……ええっ!? ちょっ、モモカ、飲むのストップ!!!」

 一瞬わからなかったのか、考え込んだルアは慌てて水を飲もうとするモモの下へ急ぐ。当然さっきモモのを飲み干してしまったのだから私のをあげるだろ。自分のが無くなったなど言った覚えもないしな。

 空になったボトルに魔法で水を入れ直すと片手で宙に投げては掴み、庭園を後にした──。


 

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 陽が完全に沈む前に消毒を終えたわたしとルアさん。
 満天の星空の中『火』の水晶で灯りを点け、パーゴラの下でジュリさんから貰ったローズマリーのハーブティーを飲みながら休憩する。

「お手伝い本当にありがとうございました」
「うん……このぐらい平気。あとは……」

 

 同じようにカップを持ったルアさんは口に付けると振り向き、蕾が閉じたままの薔薇達を見つめる。寄生虫のせいかおかげか他に害虫もなく、消毒と枝の剪定しかしてないので、あとは本当に薔薇達の頑張りに託すしかない。

 そして今日は一本も出荷しなかった分、残りニ日で五千本咲かせないと依頼は失敗。
 間に合わなかったらノーマさんに土下座……というより閉園になるかもしれない。頭に『庭師失格』の判子を押す満面笑顔のノーマさんが浮かび、カップを持つ手が震える。すると、大きな手に包まれた。それは以前と違い、温かいルアさんの手。

「大丈夫だよ……ここの薔薇は庭師(モモカ)と一緒で強い」
「わ、わたしよりルアさんの方が強いですよ!」
「そっちじゃなくて……心の強さ。この国……世界では強い心を持つ者ほど願いが叶うって言うから……咲くと信じているモモカになら……きっと応えてくれるよ」

 

 その声は淡々としているけど、優し気に微笑んでいる。
 嬉しい言葉と笑みに顔を伏せるとカップを置くが、手は包まれたままで慌てた。

「そ、そんな伝説みたいなのがあるんですね! じゃ、じゃあ咲きますようにって祈願します!!」

 半分神頼みだが、確かに暗いことを考えては咲いてもらえない。ポジティブポジティブと大きく頷くわたしにルアさんは小さく笑い、恥ずかしさを誤魔化すように訊ねた。

「ル、ルアさんは何かお願いしたいことないんですか?」
「……俺?」
「騎士様ですから安全祈願とか……あ、そういうのしない……ですよね」

 

 怖いルアさんを見る限り、神頼みタイプじゃなくて自分で叶えますタイプだと思う。しばらくすると握る手が強くなり、視線だけ上げた。そこには瞼を閉じ、何かを考えるルアさん。
 また何かNGを言ったかもしれないと嫌な動悸が鳴っていると彼の口が開く。

「グレイのシスコンがなくなりますように……かな?」
「ふんきゃ?」

 

 その眉は上がり、何を言われたのか一瞬わからなかった。
 瞬きをしながら脳内リピートしていると、お義兄ちゃん登場。シスコン……確かに最近抱きしめられる回数が増えた気がする。

「会えないのが寂しいんじゃないんですか?」
「……ニ日ちょっとだよ?」
「わたしも前、一週間ぐらいお義兄ちゃんが帰ってこれなくて寂しかったですよ」
「……ニ日ちょっとだよ?」

 鋭い瞳に顔が引き攣っていると、一息ついたルアさんは握っていた手を離し、椅子に背を預ける。その表情は苦笑いといった感じでカップを持った。

「グレイが笑うとことか全然見ないからさ……驚きっていうか気持ち悪いんだよ」
「そ、そんなにですか?」
「うん……他の連中も言ってるけど……それが義兄として義妹の幸福(ディッチャ)を願っているのか、男としての愛情(アフェクト)なのか……」
「でぃっちゃ? あふぇくと?」

 わからない単語に疑問符が飛んでいると、ルアさんは小さく笑いながらハーブティーを飲み干す。そのままカップを置くと立ち上がり、柱に背を預けるとわたしを見つめた。

 

「その様子だと……モモカは全然って感じだな」
「すみません、なんのお話なのか……」
「まあ……俺も恋バナとか得意じゃないし……」
「恋バナ!?」

 

 まさかの話に顔が一気に熱くなると立ち上がり、両手をテーブルに乗せた。

「ルルルルルアさん、好きな人がいるんですか!? わたしの知ってる人ですか!!?」
「へ……?」

 

 男性から恋バナを聞くとは思わなかった。
 ニーアちゃんがよくあの人は良いとか話してくれるけど……というか、考えればお義兄ちゃんもルアさんもカッコ良くてお仕事できて優しい男性だからお婿さんにしたい女性がいっぱいいるはず。あ、もしかしてわたしが甘えてばかりで頼りないからお義兄ちゃんが婚期逃してる!? それともわたしが先に結婚しないと心配で結婚できないとか!!?

「悶々としているとこ悪いけど……全然違うから」
「ち、違うって、お義兄ちゃんの婚期終わっちゃったんですか!?」
「いや、婚期逃してないから大丈……というか絶対グレイにそれ言うなよ。特に最後の」

 

 半分涙目になっていたわたしに、若干口調を荒くしたルアさんは溜め息をついた。ど、どうやら早とちりだったようです。
 内心謝罪しながら顔を赤めたまま座るが、やはり気になるので前髪を掻き上げるルアさんに訊ねる。

「それで……ルアさんは好きな人いないんですか?」
「俺? んー……特にいないかな。気になるって意味なら……いるかもしれないけど」
「どんな人ですか?」
「変な子」

 

 それ、どこに好き要素あるんですかと首を傾げていると『モモカは?』と返され首を横に振る。薔薇園に引き篭もってばかりで出逢いという出逢いもないし薔薇に夢中というか……十代でこれはマズイ気がするけど。

「モモカって……鈍いよな」
「よく言われます。鈍い、変、ある意味すごい……三大用語です」
「うん……自分で言ったのに気付かないとこがホントある意味すごい」

 

 真剣な顔で頷かれどうすればいいのか悩んでいると、中央塔の文字盤が八時を回っているのに気付く。それにルアさんも気付いたのか柱から背を離し、コートを取るとわたしを見た。

「もう帰らないとな……送ってくよ」
「ありがとうございます。わたしもジュリさん達みたいにチビ塔に泊まれたら楽なんですが……あ」

 

 そう言えばお義兄ちゃんに火事のこと聞くの忘れていた。でも今は忙しいし、誕生祭が終わってからがいいよねと椅子から立ち上がると帰り支度をはじめる。と、顎に手を当て、考え込んでいたルアさんが呟いた。

「なんなら……泊まってく?」
「ふんきゃ?」

 泊まると言ってもチビ塔は道具置き場で埃だらけ。藁も何もないですよと首を傾げるとルアさんは指をさした。


「二人ぐらい入るよ……」

 


 指した先にあったのは────『ルーくんハウス』。

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