top of page

番外編​2*義兄と橙薔薇と船旅

*41話の裏話で橙薔薇視点

 晴天が続く航海。
 帆に風が当たると、波を立てながら船が大きく進む。

 フルオライト国を旅立って四日。
 今日も順調に進む船の甲板に立てたパラソルの下で飲む紅茶も美味しいものだ。が、向かいに座る彼は日に増して機嫌が悪いように見える。

「灰くん、船酔いでもしたのかい?」

 ひとまず心配の声をかけたが何も返ってこない。
 初日は『ドアホめ』が返ってきたせいかちょっと物寂しいね。そんな灰くんの紅茶はまったく減っておらず、眉も極限まで上がっている。すると、手袋をした指でテーブルを叩きながら私を睨んだ。

「キラ男……速度を速め「ダメだよ。予定より早く着いたら先方に迷惑がかかるからね」

 ザックリと言葉を切ると紅茶を飲む。
 漂う殺気に、背後に並ぶ部下達は顔を青褪めるが、付き合いの長い私には効かないよ。

 彼の機嫌の悪さは言わずもがな。大事な大事な(ポイントだから二度言っておくよ)義妹であるモモの木がいないからだ。
 以前も一週間ほどフルオライトから私の統治する港街に滞在したことがあったが、分身である鷹を飛ばしていたからさほど問題はなかった。あ、ストーカーとか言わないであげてくれ。

 しかし今回は国外。
 さすがに上級魔法を維持するには遠すぎるからね、いっそう機嫌が悪い。苦笑いしながらカップを置いた私は、テーブルに飾ったガーベラを手に取る。

「まあま、そう心配しても仕方のないことさ。花でも見て落ち着きたまへ」
「私に花占いでもしろと言いたいのか?」

 おっと、似つかわしくない台詞が出たね。そして鬼の形相で『嫌い』からスタートしてしまったとこからして医者を呼ぶべきだろうか。

 いや、無視しようとブツブツ言う彼の言葉をシャットアウトすると、料理長と今晩のメニューを相談する。
 何しろ灰くんがとても偏食家でね、大変さ。そんな時に役に立つのが、モモの木から貰った『お義兄ちゃんの好き嫌いリスト』。とてもありがたいね。異世界の字で読めないが、横に可愛い豚や鶏の絵が描かれてあるからわかるぞ。魚が全部一緒なのは惜しいが。

 なんとかリストを解読し今晩のメニューを決めると、ちょうど灰くんの花占いが終わった。ピッタリ『好き』で。

「当然だ」
「ドヤ顔で言ってるけど、枚数数えてからはじめたのではないかい?」

 ツッコミをスルーした灰くんは、先ほどよりも機嫌良さそうに冷えた紅茶を飲む。が、すぐ不機嫌になった。なんだい、この面倒くさい子。
 さすがの私も溜め息をつくと、紅茶を一口飲んで忠告する。

「モモの木が心配なのはわかるが、もう成人したのだから過保護すぎると逆に嫌われてしまうよ」
「私が嫌われると思っているのか?」
「その自信、どこから来るんだい」

 眼鏡を上げながら堂々と言い切る男に、私はどうしたらいいのかわからない。
 確かにモモの木に限って灰くん、もとい誰かを嫌うというのは想像つかないが“もしも”の場合もある。私は小さな笑みを向けると意地悪く言った。

「本当に『お義兄ちゃんなんて嫌いです』って言われたらどうす」

 瞬間、彼の持つカップが木っ端微塵に砕けた。
 辺りに沈黙が漂うが、メイドが慌ててタオルを持って来る。だが、私は制止をかけた。ちょ~と冗談で言っただけなのに、律儀に脳内再生した様子の彼の肩は震えている。
 冷えた紅茶が手袋に掛かったのも気にせず、ゆっくりと顔を上げた男の表情は言葉では言い表せないほど恐ろい。次いで、地を這った声が聞こえてきた。

「……帰る」
「え?」

 聞き返すと同時に彼は立ち上がるが『地』魔法で足を固め、身動きを止めた。ガタガタと煩い音を響かせながら怒声が上がる。

「離せキラ男! 私はモモのもとへ帰る!! いや、連れ戻しにいく!!!」
「あっははは! さっきの一言でどんな妄想をしたんだい!! これを機に義妹離れして幸せを祈る側になりたまへ!!!」
「ふざけるな! 誰が私のモモを渡すか!! 吊るし上げて抹殺してやる!!!」
「あっははは! 『義兄』の肩書きがなかったらここで捕縛される台詞だね!! ちなみに帰ってモモの木に会ったらどうするんだい!!?」
「ドアホめ! そんなの抱きしめて撫でて口付「逮捕ーーーーー!!!」

 爽やか笑顔の私の声に部下達が一斉に灰くんに跳びかかるが、なぜか負けている。ここは騎士の意地を見せてもらいたいところだね。

 一息つき、悲鳴と怒声を聞きながらメイドに紅茶を淹れてもらうと、執事に一枚の紙を渡された。それはヘディングくんからの報告書で、過去モモの木を苛めていた輩や悪戯連中が出ていると記されている。が、すぐその紙を懐に閉まった。
 当然“彼”に報せはしないよ。ハイジャックされそうだからね。

 良い香りを匂わせる熱々の紅茶を口に付けると、空に目を向ける。
 雲ひとつない太陽に、モモの木が元気で駆け回っているようにも見えると自然と笑みが零れた。が、暗雲が広がってきたのは勝者となった灰くんのせいだろうか。
 溜息をついた私(ラスボス)は立ち上がり、シスコン男に挑む体勢を取る。

 帰ったら、義兄のお守り代としてモモの木に何かねだろうかね────。

bottom of page