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番外編​3*異世界とプールと桃

*第三者視点

 暑い暑い夏がフルオライトにも訪れる。
 月曜の今日『薔薇庭園』は休園だが、変わらずモモカは手入れに精を出していた。が、枝を切るハサミの音は鈍い。

「暑いです~」
「うん……暑い」
「モモ、水分補給しろ」

 隣で同じようにハサミを鳴らすキルヴィスアも同意すると、反対からグレッジエルがモモカにタオルとペットボトルを渡した。当然キルヴィスアにはない。
 見兼ねたモモカは飲み終えた自分のを渡そうとするが、グレッジエルに取られた挙句飲み干された。キルヴィスアの顔が徐々に青くなる。

「ふんきゃ! ルアさん大丈夫ですか!? もう、お義兄ちゃんが全部飲むから」
「青いということは熱くはないんだろ。放っておけ」
「太陽ピカピカ、雲ひとつない日では熱中症に……あ、海かプールに行って涼むのはどうですかね?」

 話題転換の早さにキルヴィスアは肩を落とす。同時に溜め息をつきながら『風』を使い、自身のぺットボトルを持ってくると飲みながら二人に耳を傾けた。

「お義兄ちゃん、フルオライトにプールってないんですか?」
「ないな。水を支配下に置く、毒女の区域ならあるかもしれんが」
「そんな……」

 肩を落とすモモカに、キルヴィスアは内心『あるよ』とツッコんだ。
 大国のひとつであるフルオライトにプールがないはずがない。海は魔物が出るため難しいが、緑部隊の結界を張った国にはある……なのに。

「……シスコン」
「何か言ったか?」

 呟きが漏れたのか、眼鏡を上げるグレッジエルに睨まれた。キルヴィスアは薔薇のアーチに目を移す。

「モモカ……入口にキラが来てるよ」
「んきゃ、キラさんですか? なんでしょ」

 見知った訪問者にモモカは慌てて駆け出す。

 わざわざ出迎えていたら結界を張っている意味がないと二人は溜め息をつくと、キルヴィスアはグレッジエルに目を向けた。

「プールぐらい……行かせてもいいんじゃない?」
「あんなウジャウジャと虫がいる場所などに誰が行くか」
「人間を虫扱いするのやめようよ……ていうか、グレイも行くの?」
「当然だ。私以外に誰がモモを連れて行く」

 まったくもってミスマッチすぎる男が義妹のためなら行くのかと思うとキルヴィスアはドン引きした。ある意味グレッジエルが行ったら客全員が退散しそうな気もするが……そこでキルヴィスアはふと訊ねる。

「モモカって……泳げんの?」
「知らん。聞いたこともない」
「へ?」
「第一、泳げなくとも私が助ければいいだけだろ」
「グレイって……泳げんの?」
「知らん。入ったこともない」
「……グレイなんて、永遠モモカを見つめてプールの監視員にロリシスコン罪で捕まればいいっだ!!!」
「お義兄ちゃ~ん、ルアさ~ん!」

 グレッジエルの右足がキルヴィスアの腹部にヒットするが、モモカの嬉しそうな声に二人は振り向く。満面笑顔のモモカが箱を掲げながら駆け寄ってきた。

「見てください! キラさんからプールを貰いました!!」
「「貰った?」」

 明らかにおかしい発言に二人は首を傾げると、グレッジエルはモモカから箱を渡される。書かれてあるのは──『暑い真夏、お家で小さなお子さんと一緒に! エアークッション付き安全快適ビニールプール☆』。

「「…………」」
「これを膨らませて水を入れたらプールですよ! わざわざ行かなくても無料ですよ!!」
「ちょ……八十六×二十五って小さ……あ、対象年齢一歳から三歳」
「キラ男め……」

 呆れと怒りオーラを出す二人とは反対に、字の読めないモモカは箱を開けた。が。

「ふんきゃーー!!!」
「「どうした!!?」」
「こ、これ、エアポンプが付いてないです!」

 涙目で訴えるモモカに二人は沈黙。
 実際中身はビニールシートしか入っておらず、それを膨らませる機器が入っていない。だがモモカは挫けなかった。

「これは自分で膨らませろってことですね! 楽しいプール遊びをしたければ働けという試練!! やってやりましょう!!!」

 妙な気合を入れたモモカは日陰に座り込むと大きく息を吸い込み、吹き込み口に口を付ける。そのまま『フーッ!』と命を吹き込んだ。燦々と太陽が照らす下、何度も何度も繰り返す。三分後。

「ちょ、ちょっと休憩……どうしました?」

 少し膨らんだプールの栓を止めると、息を荒げていたモモカは首を傾げる。
 見れば、口元に手を当てたグレッジエルと屈み込んで地面を叩くキルヴィスアがいるが、二人の肩は揺れていた。あまりにも遅いから怒ったのだろうかと不安がるモモカに、グレッジエルが震える手でキルヴィスアを指す。

「モモ……その男の属性を……言ってみろ……っ」
「ふんきゃ? えっと……『風』?」
「ルアっ……たいがいにしてやれ……っ」
「いや……もうちょ……はい、します」

 背中を蹴られたキルヴィスアは、屈んだままモモカに近付くと空気栓を開けてもらい、そこに小指を差し込んだ。すると一瞬で空気と言う名の風が送られ、ものの数秒で膨れ上がった円形プールが完成。モモカは目を見開いた。

「な、なんで!!?」
「モモ……お前を除けば誰でも出来る……っく」
「俺じゃなくても……水晶あれば……グレイでもっははは!」

 二人は堪え切れなくなったのか、一斉に笑い出すとモモカは理解した。

「ああー! 二人とも知っててわたしが『フーフー』してるの見てたんですね!!」
「っははは、だって普通はしないよ……口でするの……っは、はじめて見た」
「貴様がっ……さっさと助ければ……っくく」
「二人のバカ! いいですよもう!! さっさと水入れて一人で遊びますから!!!」

 顔を真っ赤にさせ頬を膨らませたモモカは立ち上がる。
 それから貯水所からバケツに水を汲み、運んではプールに入れた。それを繰り返していると、キルヴィスアが地面を大きく叩いてるのに気付き、また頬を膨らませる。

「ルアさん、いつまで笑ってるんですか……」
「いや……だってモモカ……そこの男の属性……言ってごらん……っ」
「ふんきゃ?」

 彼の指す方を見ると、背を向けたまま柱を叩く義兄。属性と言われモモカは考える──結果。

「お、お義兄ちゃん……まさか!」

 導きだした答えに顔を青褪めたモモカは、空のバケツを落とす。
 すると、顔を伏せたグレッジエルがゆっくりとプールに手を付けた。貯水場にあった水が宙に集まって落ち、あっと言う間にキラキラと水面を輝かせるプールが完成。ろ過済。

「ふんきゃー! お義兄ちゃん酷いですー!!」
「モモ……頼むからそれ以上……笑わすな……私の腹筋がもた……っくく」
「もうっ!」

 目尻に涙を浮かべる義兄を珍しく思いながらも、さすがにモモカも怒ったのか、両手をプールに付けると二人に水を掛ける。小さな手でも両手で掬われた量は多く、屈んでいた男達は顔面から浴びた。

「「ぶはっ!」」
「バカバカバカバカバカバカバカ!!!」
「ちょっ、待て、モモっ!?」
「よし……青薔薇騎士の名においてやり返す!」
「ふんきゃ!」

 モモカの連続水掛け攻撃にズブ濡れになったキルヴィスアが『風』でプールの水を操るとモモカの顔面に掛け返す。頬からも髪からも雫を落とすモモカがぷるぷる水飛沫を飛ばした。すると眼鏡を外し、手の甲で雫を拭くグレッジエルがキルヴィスアに鋭い目を向ける。

「貴さっぶ!!!」

 そんな彼にも『風』で操られた水が掛けられる。
 モモカよりも多かったせいか、藤色の髪も白のローブも上から下までびっしょりだ。動きを止めたグレッジエルにオマケなのかモモカの水鉄砲(手版)まで掛かる。
 沈黙が数分続くと、濡れた藤色の髪を風が揺らした。

「……よかろう」
「「へ」」

 呟きに、モモカとキルヴィスアは瞬きを繰り返すと、頭上に暗雲と水が集まりだす。その量はプールに入った水よりも多く、見上げていた二人は前髪を上げる男を見た。
 眼鏡をしていない灰青の双眸が二人を捉える。

「やるなら徹底的に──だ」
「「それ反則ーーーーっっっ!!!」」

 悲鳴の直後に指が鳴ると、二人の頭に水が落ちた。
 しかし、滝のように勢いがあるキルヴィスアとは反対に、モモカはペットボトルから注がれているかのように緩い。その差にキルヴィスアが怒ると、本気の男の水掛け合いが始まる。前に、濡れた服を脱ぎだすモモカを止めるのが先だった。
 白のキャミソールの下からお臍が見えていたなんて二人は言わない。

 はてはて、暑い夏はいつまで続くのだろうか────。

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