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​05話*「なかよしさん」

 魔物──それは、人々を襲う生物。

 基本色は黒でサイズは様々。数が多く、ワンパターンの攻撃しかしてこないのは下級。分身や状態異常など捻ったパターンをするのは中級。そして上級になると魔法を使い、死傷者が多く出ると聞きます。

 数年前より数は減ったそうですが、怯える日々は変わらない。

 わたしもはじめて見た時は真っ黒で、血迷った目をした異形な生物に震え何度も泣いた。でも、こんな近くで見るのははじめて。目の前で剣を握り、切っ先を上空の“敵”に向ける騎士も。

「ルアさん!」

「下がってろ──『飄風走(ひょうふうそう)』」

 

 さっきとは違う声に肩が揺れると大きな風が吹く。

 同時に目に見える風が彼の両足に円を作り、ルアさんは身を屈めると勢いよく跳──。

「飛んだーーーーっ!!?」

 普通にジャンプしたように見えたが、両足の円が急速回転し、彼を空へと運ぶ。

 『風』属性の人が空を飛べるのは知っていたが、強い魔力を持つ騎士ぐらいだとお義兄ちゃんが言っていた。場内での空中歩行も禁止なので、はじめて見る光景に目も口も開いたまま。

 そんなわたしの意識を戻したのは消防車のような警報音(サイレン)。

 

「ふんきゃっ! 何!? なんの音ですか!!?」

「モモーーーーっ!!!」

 

 聞いたこともない音に大慌てしていると、薔薇のアーチから息を切らすグレイお義兄ちゃんが現れる。わたしの下へ駆けてくると音が消えた。

「大丈夫か!?」

「は、はいっ! さっきの音って……」

「結界の音だ。それより、なぜルアが……」

 荒い息を吐くお義兄ちゃんは眼鏡を上げると灰青の目を空に向ける。

 『中級か』と呟く空には、鋭い嘴をドリルのように回転させ、翼を大きく広げた数十体の鳥形の魔物。その中央で真っ二つに斬っているのは──ルアさん。

 両足の風を使い、宙を舞う彼は突っ込んでくる魔物を目前で避けると素早く斬る。斬られた魔物からは赤ではなく青の液体が飛び散ち、彼の白いコートを青に染めた。さらに真下にいるわたし達にも液体が振りかかろうとすると、お義兄ちゃんが手を翳す。

「『水氷結界(すいひょうけっかい)』」

 小さな呟きに、どこからともなく現れた大量の水が薔薇園を覆うと、凝結音を立てながら氷の壁となる。液体どころか魔物がぶつかってもヒビひとつ入らない壁にわたしは声を上げた。

「すごーい! お義兄ちゃんも騎士様だったんですか!?」

「高官だからな、護りぐらいはできる。さすがに戦闘は本職に任せるが……しかし、これ以上ルアを暴れさせるのはマズい」

「え?」

「『水伝響(すいでんきょう)』!」

 

 首を傾げるわたしの横で手を地面につけたお義兄ちゃんは瞼を閉じ、しばし沈黙。

 突然の行動に腹痛かと慌てて駆け寄ると、氷の壁に魔物がぶつかる音が響く。見ると既に魔物は五、六匹に減り、退治するルアさんは『散らす』と言った通り、細切れのように魔物を斬っていた。けれど、その瞳は──怖い。

 別人のような彼に震えていると、黒くて大きな手がわたしの両目を覆った。

「モモ……怖いなら見るな。目を閉じろ。それができなければ私が隠してやる」

 

 落ち着いたお義兄ちゃんの声に安心するように震えと動悸が小さくなる。

 暗闇の世界で聞こえるのは斬撃音だけ。それは深夜の遅い時間にも聞く音。元の世界では決して聞くことのない音は知らないところで騎士達がわたし達を護ってくれている音。けど、間近で見ることはなくて、今のお義兄ちゃんみたいに助けられるのが当たり前になってしまった。

「大丈夫……ですよ」

 

 ゆっくりとお義兄ちゃんの手を外した先に映るのは光。

 眩しい夕日はキラさんと宙を駆けるルアさんの髪色にも見え、暗闇も不安も飛ばす光に笑みが零れる。お義兄ちゃんは目を見開くが、ルアさんの背後から三匹の魔物が襲いかかるのが見えた。

 

「後ろーーーーっ!!!」

 

 咄嗟に叫ぶと、青水晶の瞳と一瞬目が合う。同時に上がった甲高い悲鳴は魔物のだった。

 よく見れば、背後を狙っていた三匹の魔物どころか全部の魔物に茨の蔓が巻きつき、身動きが取れなくなっている。すぐさま反転したルアさんは背後三体を斬り、瞬間移動するように残りを真っ二つに斬った。一瞬、中央塔を見たようなルアさんは手を翳す。

 

 

「『竜巻の翼(トルナードアーラ)』」

 

 風が大きな竜巻になると、渦を巻く中心の左右にも竜巻が生まれ、夕日で翼が生えたかのように映る。その竜巻は氷の壁も壊すほど強く、お義兄ちゃんに支えられながら見上げると、斬られた魔物達が吸い込まれ、細切れどころが何も残らず消滅した。

 風が収まったそこには一人の男性が佇む。

「ルアさん……」

「……間に合ったか」

 

 お義兄ちゃんの呟きと共に髪も頬も服も青い液体に濡れたルアさんが下りてきた。地面に足を着けた彼は液体で濡れた剣を一振りすると鞘に戻し、わたしに目を向ける。

 その瞳に“恐怖”はなく、自然と笑みが零れたわたしは頭を下げた。

「助けてくれて……ありがとうございました」

 

 けれど、なんの返答もない。

 また失礼をしたのかと恐る恐る顔を上げると、彼は──微笑んでいた。

「無事で良かった……」

 

 騎士様ではない、王子様のような笑顔に顔は一気に熱くなり、頭から湯気が出る。な、なんてことでしょう。前、会った時も……前?

「あのー……ルアさん。わたしと前、会ったことあります?」

「…………今朝、会っだ!」

 瞬きを数度したルアさんは背中を蹴られる。足の主であるお義兄ちゃんの顔は怖い。

「貴様……あれほど薔薇園に……いや、その汚い格好でモモに近付くな。今すぐ世から消えろ」

「それ……死ねって言ってないか?」

「ニ人共なかよしさんですね」

「誰がこんなドアホと……そんなことより、こいつと会ったことがあるのか?」

 不機嫌顔と声を発しながらお義兄ちゃんは眼鏡を上げると、ルアさんの背中を蹴りながら訊ねる。それを気にもしないルアさんはわたしと同じように考え込んだ。

「…………俺は記憶にない。モモカと会うのは今日がはじめてだ……多分」

「そうですか……あ、わたしの勘違いかもしれないです。すみません、変なことを聞いて」

 

 申し訳なさそうに眉を落とすルアさんに慌てて両手を横に振る。

 最初会った時は何も思わなかったし、同じ容姿の人もいるのに変だ。でも薄っすらと誰かが浮かび、ふと中央塔に目を向けると、東塔上階バルコニーからこちらを見ている人に気付く。けれどすぐいなくなってしまった。

 誰だったんだろ……?

* * *

 

 時刻は夜の八時。

 城から馬車でニ十分ほどの場所にあるのが、ニ階建てのレンガ造りに庭がある第ニの我が家、ロギスタン家。今ではわたしとお義兄ちゃんニ人では大きすぎるほどで、いつもはわたし一人が騒いでいるだけ。でも今日は……。

「なあ……やっぱり、グレイのしかないのか?」

「お義父さんの服でいいんきゃーーーーっ!」

 

 サラダの盛りつけをしていると、お風呂上がりのルアさんが水滴を落としながら顔を覗かせる。ギリギリ下は隠れていますが、殆ど裸。慌てて両手で顔を覆うと『だっ!』と、悲鳴が聞こえた。

「嫌なら出ていけ。そして公然猥褻罪で捕まれ」

「お義兄ちゃんもですよ!!!」

 

 ルアさん同様、濡れているお義兄ちゃんも下はタオルを巻いていますが……裸。

 ルアさんをお風呂に突き落としたらしいですが、裾を掴まれ一緒に落ちたとのこと。義兄妹とはいえさすがに……お義兄ちゃんがルアさんを連れて行く間にわたしも回れ右。

 リビングテーブルには鶏肉のソテーにコーンポタージュとシーザーサラダ。ニ人が揃うと席に着き、手を合わせる。いっただきまーす。

 ルアさんのおかげで薔薇達も無事だったのでお礼兼ねてお食事にご招待! お洋服も一緒に洗えて一石二鳥!! お義兄ちゃんの顔がとても怖いです!!!

 鶏肉をナイフで均等に切り、口に運ぶルアさんは笑みを浮かべる。

「モモカ……料理上手」

「ふんきゃ、ありがとうございます!」

「こんなヤツが義兄じゃなきゃ今頃お嫁っ!」

 

 お義兄ちゃんのナイフによって、ルアさんのフォークが皿の上に叩き落とされる。睨み合うニ人はマナーは悪いが、喧嘩するほどなんとやらか。それが声に出ていたのか、ニ人は嫌々顔で食事を再開した。

 

「まあ……グレイは宰相補佐だからな。『虹霓薔薇』なら嫌でも関わるっていうか」

「こうげいしょうび?」

 そういえば魔物と対峙した時にルアさんが名乗っていたのを思い出す。わたしの疑問に答えてくれたのは水をひと口飲んだお義兄ちゃん。

 

「七つの部隊の団長達の総称だ。“虹霓”とは竜。そして国花である“薔薇”を合わせ『虹霓薔薇』。竜は王を表し、彼(か)と国を護る最高位の騎士のことだ」

「ルアさん、すごいんですね~」

「なのにグレイは敬意を表さない……」

「貴様が私より上など認めた覚えはないからな」

 水を飲みながら淡々と言うお義兄ちゃんに、ルアさんとニ人苦笑する。

 でも内心、そんな大切な薔薇を育て続けてもいいのか不安を覚えていた。殆ど外に出ていないせいか他に薔薇を育てている人に会ったこともない。それは良いのか悪いのか、わからないものが胸の奥に突っ掛かり、食事をする手が止まった。

 目の端に、お義兄ちゃんに耳打ちするルアさんが映る。

(モモカ……大丈夫なのか? なんか目が点になってるけど……)

(あれは悪い考えをしている時の顔だ。というか気安く名を呼ぶな、ドアホ)

 ニ人の静かな声に気付くことなく、わたしは両親の肖像と一緒に飾られた一本の白薔薇のプリザーブドフラワーを見つめた────。

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