04話*「正直」
~~~~*=モモカ以外の視点
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中央塔と呼ばれるフルオライト本城。
上階は謁見の間と王族の住居、中階には国を支える組織が部屋を構えている。そのひとつ、情報総務課の奥にある宰相室に一人の男が入室する。天井近くまで伸びた窓下にある長机には紙束の山。そこに主はおらず、斜め横にある別の机で書類を片す男が一人いるだけだった。
太陽に照らされた藤色の髪はいっそう輝くが、眼鏡の奥にある灰青の瞳は冷たく細い。見慣れた光景にヤキラス・フォズレッカは小さく笑うと、静かな足取りで長ソファに腰を掛けた。
「モモの木は無事に送り届けてやったぞ」
「そうか」
「過保護過ぎると熟すのに時間がかかるのではないかい?」
「くだらないことを言う暇があるのなら仕事をしろ。来週は誕生祭だぞ」
顔も上げず冷めた声で黙々とペンを走らせるのは宰相補佐グレッジエル・ロギスタン。義妹と話す時とは違う温度差にヤキラスは笑いながら窓を見ると瞼を閉じた。
「──六人」
静かな声に、一瞬グレッジエルは灰青の双眸を向けるが、すぐに視線を戻した。
「迎えに二人、帰りに三人、城内で一人。どれもロクに気配も消せていない素人だ」
「……ただの見張りだと思うか?」
「だとは思うけど……どうだろうね」
歯切れの悪さにグレッジエルが顰めた顔を上げると、ヤキラスは三つ編みにした髪を弄りながら赤の双眸を向けた。その目は鋭い。
「これは勘だけどね……『虹霓薔薇(こうげいしょうび)』の中にもいると思うよ」
「…………わかった、早々に調査しよう。都合良く青薔薇も帰国しているしな」
「おや、今年は早いお帰り……なんだい、不機嫌な顔して」
突然重い空気が漂う。それをグレッジエルが放つ時は義妹関係だと知っているヤキラスは追求するとロクなもんじゃないと話題を変えた。
「そういえば先日、東のトルリット国に旅行「日記は心のページに留めておけ」
即行切ったグレッジエルは書き終えた書類を重ねると別の書類にペンを走らせた。笑いながら赤のリボンを解いたヤキラスの金茶の髪が日の光と同じオレンジ色に輝く。その口元には笑みがあった。
「『世界の始祖(はじまり)』アーポアク国に──モモの木と同じ異世界人がいる話を聞いた」
ペンを止めたグレッジエルの瞳が大きく見開かれた。
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何度同じ過ちを繰り返せばいいのでしょう。
数時間前と同じように綺麗な琥珀の髪と青水晶の瞳を向ける騎士様の胸板を踏ん付けているわたしは混乱しているせいかその場で硬直。
「取り合えず……退いてくれないか?」
「すすすすすみません! 青薔薇さんに失礼なことをっ!!」
「青薔薇……」
救いの声にテンパりながら退くと、上体を起こした騎士様は眉を上げる。お義兄ちゃんと同じ表情に瞬きしながら首を傾げた。
「もしかして、“青薔薇”って呼ばれるの嫌いですか?」
「まあ……それより俺を知ってるのが……ああ、そうか。モモカはグレイの義妹だっけ」
「お義兄ちゃんを知ってるんですか!?」
「あいつは有名だからな……色々と。さっきも怒られた」
溜め息をつく騎士様の格好は今朝と同じ。でも足跡は今のしかなく、横にはコートと剣が置いてある。
再会を喜びたいが、失礼ばかりしていることと『怒られた』に顔を青褪めた。膝立ちになると、ズボンから出ているシャツを握る。
「左遷になちゃったんですか!?」
「へ……左遷? そりゃよく飛ばされるけど……俺が願ったことだし」
「すすすすみません! 飛んだ方がマシなほど失礼をして!! わたしのせいです!!!」
泣き叫ぶわたしに騎士様は数度瞬きすると空を見上げ沈黙。何かに納得するように頷くと、わたしの頭を撫でた。
「違う違う……怒られたのは報告もなしに帰国したこと。あと……勝手に薔薇園に入ったから」
「え……踏ん付けたわたしに怒ってるんじゃ」
「いや? 勝手に入って寝転がってた俺も悪いし……さっきのも別に怒ってない」
「じゃあ、左遷でどっか飛ぶのは……」
「さすがのグレイも団長を左遷する力はないよ……あっても元から外仕事の俺にこれ以上どこに飛べって言うんだか」
溜め息をつく騎士様を見て早とちりかと安堵する。けれど、シャツが皺になるほど握り締めていたことに両頬が熱くなり、慌てて手を放した。
「すすすすみません! 本当に重ね重ね!! あ、シャツ、洗います!!!」
「別にいいよ……」
「そういうわけにはいきません! お義兄ちゃんのシャツがあるので取り合えずそれ着「呪われそうだからヤダ」
至極真面目な顔に固まる。
仕事中のお義兄ちゃんってどんな人なんですかね……。
* * *
蔓薔薇に覆われたパーゴラの下に折り畳みのウッドテーブルとチェアを出すと、キラさんから貰ったお菓子とローズティーを淹れる。お義兄ちゃんより少し身長の低い騎士様は礼を呟くとコートと鞘をチェアに掛け、自身も腰を掛けた。そこで思い出す。
「あの、わたしまだ騎士様のお名前を知らなくて……教えてくれませんか?」
「グレイは……言わなかったのか?」
「お義兄ちゃんに誰かを紹介されたことないです」
唯一キラさんでしょうか。紹介といっても無理やりキラさんが付いてきた感じでしたけどと思い出していると、ローズティーをひと口飲んだ騎士様はカップを置いた。
ゆっくりと上がる青の双眸と目が合う。
「キルヴィスア・フローライト……ルアでいい。歳は二十四」
「ルアさんですか」
「うん……所属はアルコイリス騎士団第五青薔薇部隊団長……一応」
ルアさんはカップを持ち、ひと口飲む。
二十四歳で団長さん……お義兄ちゃんといい、二十代で高官ってすごいですね。けど、良い顔はされていないので騎士が嫌なのかと聞くと首を横に振った。
「好きだよ……特に団長は自由にできる。その分、面倒な式典には強制出席だけど」
「来週は国王様の誕生日ですからね。そういえば王様、療養中って聞きましたけど大丈夫なんですか?」
「さあ……俺も数ヶ月振りに帰ってきたから……死んだとは聞いてないから大丈夫だろ」
それはちょっと酷いのではと内心思いながら彼の後ろにある中央塔を見上げる。
誕生日や式典にはバルコニーから顔を出してくれると聞く王様。けど、わたしがこの世界に墜ちる前に療養に入られたそうで残念ながら見たことはない。
ニーアちゃんによると王様に奥さんは一人だけで、子供は男の子がニ人と女の子が一人。でも、殆ど姿を現さないという謎の王族。
ニーアちゃんは謎が気になるようですが、わたしは別のことを訊ねた。
「なんで騎士団に薔薇の名前がついているんですか?」
彼は“青薔薇”部隊。
生花の青はなくても、薔薇を育てている身としてはとても興味深くてワクワクする。そんなわたしを見つめるルアさんは口を開いた。
「国花だから」
カップを持つ手とは反対の手で中央塔を指され目で追う。
その頂上には白地に翼の生えた七色の竜が薔薇を持つ旗──国花ーーーーっ!!?
驚愕の事実に一瞬で血の気が引くと心配の表情を向けられる。
なんてことでしょう、まさかの国花……フルオライトの住民でありながら国花どころか旗の存在すら気付いてませんでした。何か揺れてるなーとは思ってましたけど…………というか、そんな大事な花をわたしは育てていたんですか!?
慌てて立ち上がって見渡すと、いつもはのんびりオーラを出す薔薇さん達が急にエステでもしたかのように輝き『国花なのよ~』と、紳士淑女の笑みを浮かべる幻が見えた。その眩しさに両手で顔を覆っているとカップを置く音。指の隙間から背中を向けたルアさんが旗を見ているのが映る。
「……アルコイリスは……“虹”って意味だ」
「あ、だから七つの部隊があるんですね」
「そ……近距離とか遠距離とか七つの分野に分かれてる……部隊名は虹と同じ七色を……国花である薔薇色に当てはめて使ってるんだよ。俺だと青だから……青薔薇」
身体を前に戻し、お菓子を摘む彼の胸元のボタンは開いてない。でも薄っすらと薔薇の形が見えた。わたしは覆っていた手を外すと薔薇達を見る。
色ってことは赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の薔薇が部隊名……あれ?
「青薔薇はありますけど藍薔薇はありませんよ?」
「…………藍薔薇は特別枠。いないも同然だ」
呟いた彼はカップに残っていたローズティーを飲み干すと立ち上がる。
空は青からオレンジへと変わり、冷たい風と薔薇の葉が頬を撫でる。真横に立つルアさんはズボンのポケットから取り出した白の手袋を両手に嵌めた。
「モモカ……俺は正直言って薔薇が嫌いだ」
「ふんきゃっ!?」
まさかのカミングアウトに心臓が大きく跳ねる。
ローズティーとか淹れちゃいました……よ。と、失礼ばかりしているわたしの顔は彼の団色のように真っ青。そんなわたしの頭に手袋を嵌めた手が乗り、優しく撫でられる。
「でも……一本ずつ薔薇に声をかけて世話をするモモカを見て……薔薇が羨ましくなった」
「羨ましい?」
首を傾げるわたしを横目に白のロングコートを着たルアさんは剣を持つ。
パーゴラから出ると夕日を浴びながら左手で黒の鞘を持ち、右手で金色の柄を握ると目を細めた。
「俺も……あんな風に──愛されたいって」
「え──っ!?」
瞬間、大きな風と共に羽の生えた影がすごい速さでわたし達の真上を通り過ぎた。
見上げると、さっきまではいなかった黒い生き物が数十体、空を飛び回っている。呆然と見上げるわたしの目の前で、静かに鞘から剣を抜く音と低い声。
「そんな薔薇園(場所)を汚すわけにはいかない」
昼食後に聞いた、お義兄ちゃんに似た声と冷たさに身震いする。琥珀の髪を揺らす彼の青の瞳は遥か上空を飛ぶニメートルほどの生き物──魔物を捉え、いっそう冷たい声を響かせた。
「『虹霓薔薇』が一人、青薔薇騎士(アスールロッサ)の名において貴様らを──散らす」