top of page

​03話*「飛べない鳥」

 晴天のなか、一箇所だけ大雨が降り注ぐ。
 未だに止まない大粒の雨に濡れる男達そっちのけで、グレッジエル・ロギスタンことグレイお義兄ちゃんは一八十ある長身を屈めた。目線が合うと、黒の皮手袋をした大きな手で頬を撫でられる。

「大丈夫だったか? モモ」
「お義兄ちゃんは心配性ですよ。大丈夫ですから魔法?、止めてください」
「ただの通り雨だろ。不運なヤツらもいるものだ」

 

 そう言って微笑むお義兄ちゃんの背景は黒い。
 でも、撫でてくれる手は優しくて笑みを浮かべると、同じような笑みを返され両頬が熱くなった。今朝の騎士様とは違いますが、やっぱりお義兄ちゃんもイケメンさんです。

「今朝、誰がきたって?」
「ふんきゃ?」

 突然の低い声に驚き、顔を上げる。

 変わらず微笑んでいるのに背景の黒さが増してる気がした。首を傾げながら騎士様の話をすると、眉を顰めたまま溜め息をつかれる。

「知らないヤツは入れるなと言っているだろ」
「でも、わたしより前にきてたみたいなんです」
「モモより前? 変だな……結界は特に反応しなかったが」

 眼鏡のブリッジを上げるお義兄ちゃんは心配性からか薔薇園に結界(?)を張ってくれているそうで、知らない人が入ると警報が鳴るようです。一度も聞いたことないですけど。

 すると、騎士様の名前を問われ気付く。

「あ、聞いてないです」
「モモ……じゃあ、外見的特徴は?」
「えーと……」
(殺(や)りに行くとかじゃ……ねぇよな?)
(そう願うわ……)

 小声で話すプラディくんとニーアちゃんを他所に、鮮やかな琥珀色の髪と青水晶のような瞳を話す。お義兄ちゃんの眉がピクリと動いた気がした。

「……他は?」
「え、えっと白のコートに……あ、青薔薇のネックレスしてました!」

 胸元で光っていたのは宝飾店でも殆ど見ない青薔薇。
 けれど、ネックレスなんて服の下に隠れていたらさすがのお義兄ちゃんでもわからないですよねと考え直す。と、呟きが落ちてきた。

「まさか……」
「ええーっ! わかったんですか!?」
「死んだ魚のような目をしたヤツか!?」
「いえっ、何日も徹夜してる人の目です!」
((この兄妹は……))

 

 ドヤ顔で言い切るわたし達に、後ろのニ人が呆れた気がした。
 どうやらお義兄ちゃんの中で当てはまる人がいたようで『帰ってたのか』と頷いている。でも眉は上がったままで、わたしは首を傾げた。

「知ってる人……ですか?」
「ああ。私が知る中でその特徴とネックレス、そして結界を通り抜けたのを考えるなら間違いなく『青薔薇騎士(アスールロッサ)』だ」
「青薔薇?」
「そういう名の部隊があるんだ。ヤツはそこの団長で、主に国外を専門にしている。恐らく来週、国王陛下の誕生式典があるから帰国したんだろ」

 溜め息をつきながら説明してくれるお義兄ちゃんにわたしは目を輝かせる。
 団長もですが、薔薇を育てている身としては青薔薇と聞くとウズウズします。元の世界と同じで青薔薇はないので。

 でも、お義兄ちゃんは複雑そう。
 どうしたのか訊ねようとしたが、黒い雲の下でぐっしょり濡れ、疲れ果てている人達が目に入る。

「おおおおお義兄ちゃん! そろそろ雨を止めてください!! 可哀想です!!!」
「ん、ああ……ところでモモ、午後の予定は?」
「えっ!? ええっと……あっ、キラさんのとこに薔薇を届けてきます。それと今朝は水やりありがとうございました」
(おい、話題転換早すぎだろ!)
(モモちゃん……)

 背後の声は眉を上げたお義兄ちゃんの『キラ男(お)のとこか』に遮られる。すると大きな手がわたしの右手を取ると薬指、お義兄ちゃんに貰ったシルバーに灰青の宝石がついた指輪に触れた。

「蔓薔薇までできなくて悪かったな」
「地植えだけで午後過ぎるかどうかですから十分です。お義兄ちゃんこそ朝早くて忙しいんですから無理しちゃダメですよ」
「私は大丈夫だ……モモがいれば」

 口元にわたしの右手を寄せたお義兄ちゃんは指輪にキスを落とす。
 宝石と同じ双眸が上げられると一気に顔が熱くなるが、お義兄ちゃんは気にする風もなく腰を上げた。パチンと指が鳴ると、雨が消える。

「私はヤツらにお灸を据えてくる。モモ、キラ男の所なら迎えがくるな?」
「ふ、ふんきゃ!」
「それならいい。くれぐれも気を付けて行ってこい。また帰りに迎えに行く」
「ふんきゃふんきゃ!」

 ただ頷くしかないわたしにお義兄ちゃんは小さく笑う。すると、眺めていたプラディくんが恐る恐る手を挙げた。

 

「あのー……程々にお願いします。一応……仲間なんで」
「安心しろ。今回は城下町ぐらいにしておいてやる」
「左遷は絶対なんだ……」

 わたしの時とは違う瞳と声のお義兄ちゃんは男達の所へ向かう。”左遷”の言葉に慌てて止めようとしたが時既に遅し。悲鳴を聞きながらブラディくんが呟いた。

 

「そーいや……モモっちの悪口言ってたヤツら……最近見ねーよな」
「そう? あたしどっかのボロ宿屋で見かけたけど」
「…………ごめんなさい」

 謝罪しても、医務室直行は変わらなかった。


* * *


 

「あっははは! それはまた愉快な事をしているものだね」
「全然愉快じゃないですよ。本当にどこかに飛ばされたら……」
「まあ、灰くんなら間違いなくするだろう。賭けてもいいぞ」
「キラさ~ん!」

 両手で顔を覆うわたしとは対照的に楽しそうな笑い声。
 白いテーブルクロスの円卓にはスコーンやケーキが並んだティースタンドに数種のジャムと紅茶が用意されている。ポピーとマリーゴールドが咲く庭園を見ながらテラスで御茶をご馳走してくれるのは、向かいの席で紅茶を飲むキラさんこと、ヤキラス・フォズレッカさん。

 赤の瞳に、前分けされた金茶の髪は左胸元で緩くひとつの三つ編みにされ、赤のリボンで結われている。膝下まである杏色のチャイナ服には金色で薔薇が刺繍され、白の大判ショールを羽織っている男性には見えない美人さん……けど。

「で、モモの木は灰くんと結婚するのかい?」
「な、なんでそうなるんですか!?」
「なんでって、歳を考えても灰くんはまだ二十五で義兄。十六のキミでも……もしや年上に興味ないと言うのか!? 我侭はいけないぞモモの木!!!」
「そういう意味じゃないですよ!」

 

 なぜか出会った時から『モモの木』と呼ぶキラさん。
 お義兄ちゃんの事も『灰くん』と呼ぶので、あだ名を付けるのが好きなんだと思います。そんなキラさんはフルオライトでも上流貴族であるフォズレッカ家の当主で、物流関係の仕事している三十歳。全然若く見えます。

 

「あっははは! 褒めたところでこれ以上の菓子は出てこないぞ。とも言わない」
「どっちですか」
「まあまあ、それは依頼の花を受け取ってからだ。ほら、出したまへ」

 テーブルを叩くキラさんに苦笑しながら席を立つと、オータムブリーズの鉢を手渡す。

 

「ふむ、今年は蕾が早く生まれたね」
「ふんきゃ。暖かい日が続きましたからね」
「その分、調整は大変だろうに真っ直ぐ立っているし蕾も……ああ、これなら良い花が咲きそうだ。でかしたぞ、モモの木」
「ありがとうございます!」

 

 去年もオータムブリーズを頼まれ一生懸命育てたが、結果は枝が折れてしまって一本しか蕾ができなかった。それでもまた頼んでくれたキラさんの期待に応えるため、去年の冬から肥料や日光お水を調整したところ今年は数個の蕾。その結果が目の前の笑顔なら、これ以上の喜びはない。

 

 目頭が熱くなっているとキラさんはベルを鳴らし、執事のおじいさんを呼ぶ。鉢植えを渡すと同時に執事さんが持ってきたのは紙袋とピンクの手の平サイズのテディベア。

「今回の依頼料だ。それとクマは先日他国に行った際にモモの木に似ていると思ってね。ついでに受け取りたまへ」
「いいんですか?」
「構わないよ。だが、くれぐれも灰くんには見つからないように。彼は嫉妬深い」

 ウインクするキラさんに、眉を吊り上げるグレイお義兄ちゃんが浮かぶ。咄嗟に笑うと、美味しい御茶とお菓子をたくさんご馳走してもらった。


 

 


 時刻は午後三時。
 似た世界と言えど機械類はないこの世界の乗り物は馬車。キラさんも用事があるという城まで送ってもらうことになり、レンガ造りの街並みを眺める。

 実を言うとわたしはまだ一人で街を歩いたことがない。
 家は城の近くにあるし、帰りはいつもお義兄ちゃんと一緒。食材も配達してもらっているからだ。もっとも昼間のような目を向けられるのが怖くて出られないのが本音かもしれない。
 子供達が駆けて行くのを横目に溜め息をついていると、向かいに座るキラさんが苦笑する。

 

「飛べない鳥のようだね」
「ふんきゃ~……そう言われると反論できません」
「モモの木らしくもない。灰くんはうるさいだろうが、言えば出してくれるだろ?」
「そう……ですけど」

 膝の上で両手を握りしめる。
 お義兄ちゃんの心配性は昔から。でも両親が亡くなってからはいっそう強くなった気がする。それに、わたしを見る表情もなんだか哀しそうで……胸が痛い。

「…………モモの木、歌え」
「ふんきゃ?」
「太陽の曲を作っていただろ? あれがいい、歌いたまへ」
「こ、ここでですか!?」

 突然のリクエストに慌てるが、キラさんは笑顔で『さあっ!』と両手を広げる。戸惑い、目を泳がせても強い眼差しに負けたわたしは深呼吸すると口ずさんだ。

 


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*


 どこへでも行くよ オレンジの太陽と
 キミの笑顔を見つけに

 風がなびく 公園を過ぎさり
 遠ざかるのは僕とキミの距離
 追いかけて 追いかけて どこまでも
 その先には太陽が照らす

 どこまでも走るよ キミと一緒に
 繋いだ手を放さない

 ここに咲く花達は キミと同じ
 いつまでもオレンジの太陽のような

 キミが 大好き


*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*~~*♪*
 

 

 歌い終えると馬車の窓から日差しが射し込む。
 見つめていると小さな拍手が送られ、我に返ったわたしは急に恥ずかしくなって顔を伏せた。視線だけ上げた先には優しい瞳を向けるキラさん。
 その姿はまるで太陽のように綺麗で、自然と笑みが零れた。

「いい歌と笑顔だ。やはり太陽がつく曲は明るくなっていいね」
「あ、ありがとうございます……キラさんって太陽やオレンジ色、好きですよね」

 注文してくれる薔薇も、庭に咲いていた花も殆どがオレンジ。
 オレンジ好きは珍しい気がしていると馬車が停まり、城に着いたのだとわかる。従者さんがドアを開けてくれると先に降り、続くように降りてきたキラさんは空を見上げた。

「太陽がないと何もできないし気分も晴々としないだろ? それを照らす太陽と同じ色のオレンジが私は好きなんだ」
「キラさんらしいですね」
「さすがモモの木! わかってくれて嬉しいぞ!! あっははは!!!」

 大笑いしながら大きく背中を叩かれたわたしは苦笑する。
 従者の人に挨拶すると一緒に南西ゲートに入るが、キラさんは有名人なのか周りの人達が驚きながら道を開けた。その視線も黄色い悲鳴も気にしない彼と雑談を交わしながら進むと分かれ道に差し掛かる。

「それじゃキラさん。今日はありがとうございました」
「ああ、次の薔薇も楽しみにしているよ」
「? はい」

 首を傾げるが、一礼すると背を向けた。
 すると肩に手が乗り、振り向く。微笑むキラさんと目が合った。

「モモの木、太陽がある限り人間も鳥も走って飛ぶ事ができる生き物だ」
「はい……?」
「私は太陽でキミの味方だ。キミが飛べぬ鳥と言うならば、私がキミの未来に光を繋げる太陽になると約束しよう」

 言葉の真意はわからない。
 でも、微笑を向ける彼の柔らかな瞳に偽りはなく、わたしも微笑んだ。

「じゃあわたしは太陽さんにパワーを上げる源(花)を持ってくる鳥ですね!」
「あっははは! それはありがたいな!! よっし飛べ、モモの木!!!」
「木は飛びませんよ~っ!!!」

 勢いよく背中を押され倒れそうになるが、なんとか踏み止まる。
 すると、ポケットに入れていた依頼料の袋がはみ出し、一旦袋を取り出した。見ると、いつもより多い金額と薔薇の種が入っていた。
 慌てて振り向くが、既にキラさんの姿は遠い。その背中は大きい太陽のようで、袋を握ると駆け出した。

 

 嬉しい気持ちはただ前へ。新しい子を咲かせ、太陽さんの力になって笑顔を届けたい。ただそれだけ。

 その想いが届いたのか、いつもより早く薔薇園に着いたわたしは休む暇もなくアーチを潜り、鉢を探──そうとして何かを踏んだ。それもどこかで踏んだことのある感触に立ち止まると見下ろす。
 そこにあったのはわたしを映した青水晶の瞳。


「うん……お帰り。あと……立ち止まるのをやめてもらえると……ありがたいかな」

 


 今朝の騎士様あああぁぁーーーーーーっっ!!!

/ 本編 /
bottom of page