02話*「シスコン」
***=時間経過
それは晴天の空と海と同じ青水晶の瞳。
吸い込まれそうなほど綺麗な色に胸の動悸が激しくなっていると、瞳の奥に見知った漆黒が見えた。青なのに……黒?
覗き込むように顔を寄せると、青の瞳に映るのはわたし。
「ふんきゃ、わたしの黒でしたか」
「うん……キミは髪も黒に見えるけど……茶か」
「い……そうですそうです!」
慌てて両手で口元を押さえると何度も頷く。
色素が薄いだけで実際は黒ですが、なぜか『黒と言ってはいけない』と言われているので口チャック。視線を青の瞳から逸らすと、白色シャツにやたらと足跡がついているのに気付く。自分の靴底と重ねると──なんてことでしょう、ピッタリ☆
そういえば移動中、やたらと何かを踏み続けていたような…………。
「大変っ申し訳ありませんでした!!!」
どこに乗っていたのかを思い出すと素早く下りて土下座。
『むやみに頭を下げない』とも言われていますが、百パーセントわたしに非があります! なんで気付かなかったの!? まさか朝からずっと……六時間も!!?
大量の冷や汗を流していると、上体を起こした男性は変わらない声で言った。
「気にしないで……俺も言おう言おうとはしたんだけど……軽いし、いっかって……」
「貴方のたくましい胸板様のおかげです」
「それにしても……器用に顔と男の大事なとこは避けていったよな……良かった良かった」
「ふんきゃ、ぺったん靴で良かったです」
頷いていたわたしは頭を上げる。が、また下げる。
改めて見た男性は青水晶の瞳に琥珀色の髪はふんわりと肩までは付かないショート。絵本から飛び出した王子様のような人でした! ぼーとした感じはありますが、お義兄ちゃんとは違った柔らかな雰囲気でカッコイイです!! そんな人を踏ん付けまくってごめんなさいっ!!!
罪悪感とカッコイイことに直視できないでいると、頭上から鳥の声。見上げると、白い鳥が男性の手に乗……ふんきゃ、もう王子様(仮)と名付けましょう。
鳥を放した王子様(仮)は地面に敷いていたコートを肩に掛けると、全長一ニ十センチほどの剣を持って立ち上がる。つられるように立ち上がると、シャツボタンが空いた隙間から胸板が見えた。でも、目に留まるのは青薔薇のネックレス。
見つめていることに気付いたのか、王子様(仮)はボタンを留めてしまい残念。というより……。
「騎士団の方なんですか?」
「うん……一応」
ボタンを留め終えると鞘を左腰に掛ける王子様(仮)。
武器の所持を許されているのは騎士団だけ。いわゆる警察ですが、街を護る以外にも大切なお仕事があります。それは『魔物退治』。実際ゲームのように、この世界には『魔物』という異形な生き物が存在し、人間を襲っているのです。
そして、アグラッセット大陸に住むわたし達を護ってくれているのがフルオライト国に拠点を置く『アルコイリス騎士団』。
七つの部隊に分かれ、他の町や村にも騎士を派遣していると聞きます。城勤めなのもあって甲冑を着た騎士さんはよく見ますが、この方ははじめて。名前を王子様(仮)から騎士様に変えようかと考えていると、青水晶の双眸を向けられる。
「キミは……ここの……何?」
「庭師です。モモカ・ロギスタンといいます」
「ロギスタン……?」
自己紹介すると騎士様(変更!)は顎に手を当て、考え込む。
しばし唸っていたが『ま、いっか』と、出入口に向かって歩きはじめた。人の事はいえませんが結構マイペースな人ですね。
すると振り向かれ、自分を捉えている瞳に心臓が跳ねた。小さく開いた口からは心地良い声。
「またな……モモカ」
「ふ、ふんきゃっ! またのお越しを!!」
つい敬礼すると騎士様は小さく笑った気がした。
それが恥ずかしいような嬉しいようなで顔を真っ赤にすると呼び捨てだった事に気付き、頭はさらに噴火。
カッコイイ人の不意打ちは怖いですーーーー!!!
* * *
「何そのヤッバイ台詞!?」
「ですよねですよね!」
「お前らなー……もうちょい静かに話せって」
南塔近くの中庭に咲くのは満開のツツジ。
傍にある丸太ベンチに座り、一緒に昼食をとるのはメイド見習いのニーアちゃんとコック見習いのプラディくん。
同い年のニ人は、この世界で最初にできたお友達。
遅れてきたわたしを心配してくれたニ人に今朝の事を話すと、焦げ茶色のツンツン髪。白のコック服に赤のスカーフを巻いたプラディくんは赤茶の瞳を片方閉じた。
「そんな騎士いたかな……そんだけ顔が良いなら食堂で見かけんだけど」
「裏方ばっかだからじゃない?」
「なんだとー!」
「それか、お義兄ちゃんみたいにお弁当?」
フォークを持ったわたしに、茶髪を左右でお団子にし、白と黒のエプロンドレスを着たニーアちゃんが緑の瞳を丸くさせた。
「グレッジエル様ってお弁当なの?」
「ふんきゃ。偏食家なせいもありますけど、だいたいお弁当かパンですね」
「それって……あの兄貴が作んのか?」
「いえ、お義兄ちゃんは料理できないので晩御飯と一緒にわたしが作ります」
笑顔を向けると白御飯を食べる。
日本と変わらずお米やパンがあるのは嬉しいですし、迷惑かけてばかりのお義兄ちゃんの役に立つなら炊事洗濯バッチコイです!
そう張り切っているわたしの横で、ニ人は小声で話しはじめた。
(なあ、確かモモっちって魔力全然ないんだよな? それで料理できんの?)
(晩御飯の時間帯ならグレッジエル様はお帰りだろうから、手伝ってもらってるんじゃない?)
(政治部ってそんな早く帰れんの? あの人、宰相補佐だろ)
(友達に聞いたら十八時が終業時間で、残業もせず帰るらしいわ。ちなみにモモちゃんの仕事が終わるのもその頃ね)
(マジかよ……あのシスコン)
呆気に取られた眼差しを向けられたが『なんでもない』と二人は食事を再開した。首を傾げながら御茶を飲むと、雲が多い空を見上げる。
日本とは違う世界、異世界にやってきて四年。
最初こそ泣きじゃくるだけでしたが髪や瞳の色、魔法がある以外は地球と変わらない世界。城下も外国のような街並みで、服装も食べ物も空が青からオレンジに変わるのも同じ。だからこそ本当に異世界なのか、どこか知らない国じゃないのかって何度も思った。
でも『日本』どころか『アメリカ』も『ヨーロッパ』もないのが現実。
なぜフルオライトにきたのか、元の世界に還れるのか。
四年経った今もわからず気落ちしていると、流れる雲の隙間から眩しい太陽が顔を出した。その光と空は今朝会った騎士様の瞳のようで頬が緩む。
せっかくきた異世界、助けられた命、新しい家族。
悲観的に考えるよりも楽しい今を過ごして、いつか還れた時に家族に話そう。そう自分に言い聞かせるように食べ終えたお弁当箱を包むと、横に置いていた鉢植えを抱えた。ニーアちゃんが顔を覗かせる。
「どっかに配達?」
「ふんきゃ。キラさんに頼まれていたオータムブリーズがもうじき開花するんです」
「キラって……あの物流系の変人ヤローか」
一瞬沈黙が漂い、そんな事ない……ですよ。とも言えず沈黙を続けていると、ニ人はオレンジの蕾を数個つけた鉢植えを見下ろす。
「綺麗な色。咲かせなくていいの?」
「開花を見るのが好きな人ですから」
「うわー……自分では苦労したくないタイプか」
「でも、咲くまで何があるかわかりませんから、立派に咲いたら受け取ってくれた人の優しさやお世話のおかげですよ」
実際何度も開花直前に日光に当てすぎたり、水が少なかったせいで枯らした事がある。それほど植物は繊細で奥が深い……そんなわたしに季節が替わるごとに依頼してくれる数少ない顧客のキラさん。
失敗しても『次を頑張ってくれたまへ』と怒らず期待してくれる優しいお義兄ちゃんのお友達。変わったところは確かにありますけど。
思い出し笑いをしていると突然風が強くなる。
それどころか突風が吹き上がり、咄嗟に目を閉じると鉢を抱えた。過ぎ去った風に安堵すると、遠くから声が聞える。
「おーいっ、プラディ! お前いつまで休憩してんだよ!!」
「しかもまた『魔病子』と……ホント、よく一緒いれんな」
やってきた二人はプラディくんと同じコック見習いの男の子。
赤のスカーフを取り、コック服のボタンを数個開けたニ人は眉を上げ、プラディくん。ではなく、わたしを見る。
彼らがいう『魔病子』は魔力の病気を持つ子の略。異世界人であるわたしは魔力を持ってないので体質的に魔力が低い子=病気だと思われている。
誰もが魔力と一緒に四大元素どれかの属性を持って生まれるこの世界で“魔力なし”はありえないが、“異世界人”の方がありえないので何も言わない。
朝からバケツ持って走り回る病人はいないと思いますけどね! ニーアちゃん達にも同じ説明しているので心が痛いです!!
そんなわたしを珍しい目で見る人も多く、ニ人にもジロジロ見られる。苦手な視線に身を引いていると、一人が鼻で笑いながらスカーフを回した。
「こんな病原菌と一緒にいると死んじまうぞ」
「んなわけねーだろ! バカ言ってないで行くぞ!!」
「消毒もしてねーくせに触んじゃねーよ」
背中を押そうとしたプラディくんの手をもう一人が跳ね除ける。
菌扱いに両手が震えるが、ニーアちゃんの手がわたしの手を包んだ。三人と同じように目を見開くと、ニッコリと微笑まれる。
「四年も一緒にいて不調になった事なんてないわ。女性(レディー)に失礼よね。ほら、キラ様のとこ行くんでしょ?」
「は、はい」
弁当箱を入れたリュックを背負うと鉢植えを持つ。
そのままニーアちゃんに付いて行くが、悪意の声はやまない。
「あー言ってさ、ジワジワと魔力を吸われてるんだぜ?」
「うわ~っ、だからあの変な黒い虫が病気の薔薇を喰ってんのか」
「喰って……っ!?」
嫌な笑い声に持っていた鉢植えを見る。と、枝にさっきまでいなかった黒い虫──ヨトウムシがいた。
葉っぱを食い漁る天敵に慌てて振り向くと、笑う男の一人の手には水晶。風を生み出していることに、察したプラディくんが叫ぶ。
「さっきの突風はてめぇらの仕業だな!?」
「なんの事だ? 魔病子と一緒に付いてたんじゃねぇの?」
「子供じみた遊びするのもたいがいに──モモちゃん!?」
ニーアちゃんの怒声よりも先に駆け出したわたしはヨトウムシを掴むと、勢いよく男達に投げた。
「ぎぃやああーーーーっ!!!」
見事に男一人の顔面にヨトウムシがひっつき、悲鳴が上がる。構わず眉をつり上げ、片腕に鉢植えを抱えたわたしは男達を指した。
「ひっついただけで悲鳴なんて情けないですね! わたしには必要ないのであげますよ!! どうぞ素敵で立派なヨトウ蛾さんを育ててください!!!」
庭師に虫ごときが通じるはずない。それよりも大事な大事なオータムブリーズを……お嫁に行く前の子になんて事を!
背景が燃えているわたしに怯まず、男達も苛立ちの声を上げた。
「ふざけやがってこの女! とっとと浄化されちまえ!!」
「浄化されるのはどっちですか! その腐った根性にたっかい肥料混ぜても腐臭を放つラフレシアにしか育ちませんよ!! むしろそれに寄ってくるハエですね!!!」
「モモっち……言ってる意味がわかんっ!?」
「やばっ……」
プラディくんとニーアちゃんがカニ歩きで視界から消えたのも気付かず、言い合いを続けるわたし達。息切れ寸前なところで怒りが最高潮になった男達は水晶を掲げた。
「面倒くせぇ! こんな女、オレの『水』とお前の『風』でとっちめようぜ!! 魔力ねーんだから塞ぎようもねぇよ!!!」
「おうっ! ぐしゃぐしゃに浄化させて病原体を吹っ飛ば「よかろう──『激水流(げきすいりゅう)』」
刹那、凍るほど冷たく低い声に肩が跳ねると、男達の頭上に黒い雲が現れる。間を置かず、大粒の雨が落ちてきた。
「「ぎゃーーーーっ!!!」」
「貴様らの望み通り心髄まで水で浄化し、風と言う名の左遷を言い渡してやろう」
「あっ!」
近付く足音に振り向くと、見知った人物。
肩につくかつかないかの藤色の髪は前髪は右分けにされ、黒の詰襟に赤紫のストール。膝下まである白のローブを纏い、上縁だけある眼鏡のブリッジが上げられると、細められた灰青の瞳が光る。
「任せろ、モモ。私は人の顔と名を覚えるのは得意だ。それに付け加え、一番好きな仕事は──人事異動。すぐこいつらを飛ばしてやる」
「グレイお義兄ちゃん!」
小さな笑みを浮かべる義兄に驚くわたしの後ろで、プラディくんとニーアちゃんが震えている気がした────。