異世界を駆ける
姉御
赤の間*「太陽」
*アズフィロラ視点
***~~~=過去話
乾いた空と枯れた大地。
そして朝日が昇りはじめると向かってくる夥(おびただ)しい数の魔物。
団長になる前からヤツらと対峙し変わったのは、ひと振りで半数以上を一掃出来るようになったこと。下で“完了”の炎を確認すると、揺れる旗を横目に安堵の息をつき、今日がはじまる。
* * *
「最近魔物が増えていますね」
日の当たる団長室で目を通していた書類から顔を上げる。
副団長ウリュグスの報告に、冷めたコーヒーをひと口飲んだ俺は目を合わせた。
「……やはりか。ひと振りでも足りないなら俺も前線に「やめてください、別の被害が出ますので」
真剣に考えていたのに本気で断られてしまった。
前線に出ていた数年前より力がつき、ひと振りすると周りを巻き込む事故が多発したせいだろうが、ひとり頂上から見ているのも不安だ。
そんなことを考えていると、脳内に小さな音が響き、立ち上がる。
「どうされました?」
「呼び出しだ……“軽い”方のな」
「またヒナタ様の件ですかね」
足が止まったのは充分有り得るからだろう。
だが他の団長が来ない可能性も考え、溜め息をつきながらバルコニーに出ると炎を纏う。宙に浮く俺にウリュグスが敬礼を取るが、嬉しそうにしていることに首を傾げた。
「いえ、溜め息は変わらずですが楽しそうですね」
「そうか?」
「ええ、ヒナタ様のおかげでしょうか。彼女は美人で可愛らしく楽しい女性ですから、アズフィロラ様もどれかに感化されたんですかね」
彼女の名を呼ぶウリュグスになぜか不快感が芽生え、目を細めた。
「……ウリュグス、いくつになった?」
「は? 三十一ですね」
「……年上ならいい」
わけがわからないといった様子に安堵すると、勢いよくルベライトの上空を駆ける。
彼女──ヒナタは“年上”に興味がないようだから大丈夫だろう。
***~~~***~~~***~~~***~~~
月一で開催される会議の最中、突如玉座に墜ちてきた彼女。
見たこともない服装に侵入者だと他の団長と剣を向けたが、彼女の瞳に“恐怖”はなかった。しかも、あんな破廉……で、逃げられるとは。
異世界人など信じはしなかったが、過去の者が死んでいると聞いた彼女に重いものを感じた。それは他の団長にも伺えたが、すぐに前を向き、今後を語りはじめる様子に違和感が過(よ)ぎった。なぜ簡単に受け入れられるんだ、と。
そんな彼女を俺は“奇怪な女”だと記憶した。
翌日、その奇怪さを思い知る。
可愛い物と年下が好きなようだが、そこに“同い歳”の俺が入るのは異議を唱えたい。しかも抱きつく……以前に、大きい胸の柔らかさを意識した自分に頭を抱えた。
熱くなる顔を隠すように『浮炎歩』を纏った。
用件通り案内をしてやりたいが今日は時間がない。俺の誕生日など放っておけばいいものを『四天貴族』だからといって他が催して……しかし、ビューゲバロン様からも赤のラペルピンを貰ってしまっては言葉もなかった。
宙を駆けながら箱を懐に仕舞うと振り向く。
多くの者が歩いているというのに、真っ直ぐ俺を捉える漆黒の瞳と姿が確認出来た。予想以上の速さに驚くが、一番は『赤の扉』を通れたことに不快感が芽生える。俺がずっと願っていた扉を、どこの者かわからぬ者が開けるのか。
そんな悪態をついていた罰とでも言うのか、樹の枝から跳びだした彼女。そして、ハリセンにも反応が遅れてしまい屈辱を味わった。後先考えない行動がすべて子供達のためと知った時はイヴァレリズ並みのバカではないかとも思ったが、その優しさと 『貴様しか見てなかった』と照れる彼女に何も言えなくなってしまったのも事実。
むしろ、全身が熱くなる気がした──が。
「四宝四宝って、それ自体をなんとかしようと思わんのか!」
「ホイホイ他の扉に入れるキミとは違うんだ!」
八年も前に諦めたものを真っ直ぐな目で問われ、つい本音を……言ってしまった。
なぜこの国の俺が通れず、何も知らない彼女が通れる。それをなぜ今になって思い出させる……やめてくれ……俺は……俺はもう。
奥底から沸き出る想いを留め、彼女と別れた。これ以上いたら何かが壊れそうで怖くなる気がしたからだ。
もっとも“奇怪”な彼女は大人しくしているはずもなかった。
屋敷にまで来るとはいったいなんなんだ。しかも『誕生日おめでとうございます……?』って、完全に疑問系で言っただろ。頭を抱えたくなるが、彼女の首筋に見えた赤い痣……キスマークに怒りを覚えたのは気のせいだろう。まあ、彼女自身怒っているので問題はなさそうだが。
しかし、知らなかったとはいえ、大っっっっ嫌いなチョコは今後一切やめてくれ。イヴァレリズ、あとでコロス。
そして、その甘さを消すために彼女に口付けた。そう、ただ口内のチョコを『火』で溶かし、その甘さを移したかっただけだ。普段だったら女性にこんなことはしない。しない……はずだが、唇が離れなかった。
「あ……んっ……んぅ……」
零れる声と全身で包んだ身体の温かさ。
そして漆黒の瞳にすべてを奪われたかのように柔らかい唇へと何度も口付けた。途中首元に埋めた“宝石”を見られ恐怖されたと思ったが、まさかの宝石嫌い。
宝石が名産のこの国で辛いものだと思うが、異常な怯えが気になった。
だが話を逸らした彼女の目的が“今”の団長達の言葉を伝えることだったのを知り、呆れた。俺は突き飛ばした言い方をしたのに……俺はよく真面目と言われるが、彼女も充分真面目で世話焼きだ。
そう思うと自然と笑みが零れた気がした。
おかげで『誕生日プレゼント』もしっかりと受け取らせてもらった。騎士にあるまじきことだとは思うが、本能に逆らうことは出来ない。
俺の唇と本能は──彼女を欲していたのだから。
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ここ数日を思い出しながら唇を触ると乾いていた。
『浮炎歩』は“中”スピードで、徐々に円柱の城と『赤の扉』が見えてくる。騎舎から普通に歩くと近道をしても三十分以上は掛かるが“中”なら十五分ほど。上位魔法ならもっと速くに着くが、魔力の消費が激しいため“重要”時以外、使うことはない。
今日の案件を考えながら降下していると、階段に人混みが見える。その中の一人が俺に気付いたように手を振った。
「おーいっ!フィーラ!!」
「っ!?」
亡き両親以来、呼ばれることのなかった愛称に不覚にも胸がざわつく。
降りると、軍手にエプロンをしたヒナタと子供達がやってくるが、俺は顔を合わせることが出来ず目を逸らした。が、階段に置かれたプランターが気になり問うと、ヒナタは笑顔で答えた。
「階段が寂しかったから子供達と一緒に花を置こうと思ってな。フィーラは仕事か?」
「あ、ああ」
どうやら今日の案件は彼女ではないらしい。
少し寂しく感じるが、名前を呼ばれると頬が熱くなる。すると子供達が俺の手を握った。
「アズさまもいっしょにうえよ~」
「あ、いや……俺は用事が……」
「いいではないか。軽い方なのだろ? たまには他の団長に譲ってやれ」
そう言ったヒナタは俺の手にダリアの花を乗せると背中を押す。
困惑しながらプランターの前で腰を下ろし、子供達に教わるように植えていく。気分が少しずつ晴れるのは最近書類ばかり見ていたせいだろうか。
心が軽くなる思いで今度屋敷の庭も植え替えるかと考えていると『カシャ』と何かの音。反射的に柄に手を添えたまま振り向くと、ヒナタが小さい箱のような物を向けていた。
「団長様の写メGETだ」
「しゃめ?」
不審な目を向けると、箱を見せられる。そこには俺がいた。
驚く俺に“しゃしん”とやらを保存したヒナタは子供達、城内、街並み。絵画以上に鮮明となって残る物を見せてくれる。ただ感心するしかないが、指を動かす彼女に目を見開いた。
「こうやって記念を残していくのが良いと思ってな……」
その表情はどこか寂しそうで胸が痛む。まるで元の世界に戻ってほしくないような……。
そんな気持ちなど知らず、一緒に写ろうと笑顔を見せたヒナタは無邪気に俺の肩を抱き、顔を近付ける。それがどれほど煽っているのかわかっているのか……いないだろうな。
溜め息をつくと子供達が騒ぎ立てるが、見せるのは気が進まないと、マントで自身とヒナタの姿を隠した。
「おい……っ!」
案の定ヒナタが振り向いたため、すかさず口付けた。
乾いていた唇には潤いが戻るように満たされ、角度を変えては吸いつく。
「あ……んあ……フィー……ラ」
名を呼ばれる度に歓喜するこれはなんだろうか……今まで感じたことのない気持ちは。
唇を離すとハリセンが飛ぶが、避ける俺の口元は僅かに緩む。すると子供達が瞬きしながらも笑顔で言った。
「アズさまが笑ってるー!」
「まっかなたいようだー!」
その言葉に俺が瞬きを繰り返すのは“違う”からだ。
俺が、ではない。ハリセンを振り回すヒナタの方が燦々と照らす────太陽だ。