top of page
破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​12話*「御勧め」

 ルベライトで一日過ごした私は夕刻前に城へと戻ってきた。
 その足で宰相室に向かうと、のほほん男にルベライト騎舎から『赤の扉』までのタイムを報告。フィーラに計っていけと言われたからだ。
 まあ、途中子供達の可愛いさなどに負け、速度が落ちて二十分だったが。

「ま~充分だと~思うよ~~」
「そうか~今度~別の時にでも~計るとしよう~」
「……ヒーちゃん」

 同じ語尾に違和感でもあったのか、書類の手を止めた男の呆れた声が届く。しかし私は『なんだ~?』と、いつもより緩やかな声で返した。

「……デッレデレ、だね~~」
「そうか~?」

 眉を八の字にさせる男とは反対に私は笑顔。理由は膝で黒ウサギを抱きしめている──。

「お姉さん……今日も元気……ですね」
「うむうむ、元気だぞ~!」

 

 西方の騎士団長である少年がいるからだ! 丁度ホールで会ってな、のほほん男のところに行くと言うから一緒にきたのだ!! ああ~癒されるな~!!!

 抱きしめ頬擦りすると、苦しそうな声。だが、嫌とは言わない少年がなおのこと可愛くて仕方ない。そんな私達をのほほん男は呆れながらも物珍しい目で見つめた。

「カーくんが~誰かに~懐くのって~珍しいね~~」
「ん、そうなのか? 他団長とも仲良さそうだが」
「普通……ですかね」

 少年は黒の詰襟に、紺色のコートは黒のダブル六つボタンニ掛けでサッシュベルト。肩からも横掛けベルトをしている。下は白のズボンに膝上まである藍色のブーツ。そして青のマントには竜と丸……満月?

 振り向いた少年の瞳は変わらず青の前髪で隠れているが、最初の頃よりも表情が柔らかいように感じる。何より口元には笑み。

「でも、ボク……お姉さんは……好きです」
「っ、少ね「はいは~い~ニ人共~お仕事だよ~~」

 

 天にも昇る気持ちで少年を抱きしめたかったのに、のほほん男の手に遮られた。睨んでも変わらずな笑みを返され腹が立つが『ニ人共』に気付く。
 てっきりタイミング良く宰相が少年を呼んで西方へ行くと思っていたのだが、首を横に振られた。

「残念だけど~僕の~アクロアイト石は~全員召集しか~出来ないよ~~」
「個人召集は書類できます……ボクは昨日……お姉さんに会った後にヒュー様に言われて……すみません」

 しゅんと謝る少年がまた可愛くて頭を撫でる。
 魔法での通達も出来るらしいが、城からだと『四宝の扉』で遮られ消えるらしい。なんだろ、フィーラじゃないが本当に『四宝の扉』が憎くなってきた。

「それで~ヒーちゃんには~ラーくんとこに~書類~お願いね~~」
「ラーくん?」
「ラガー様……北のベルデライト団長」

 

 北と言われ浮かんだのは……ああ、銀髪か。年上の。
 一瞬で無心になってしまったが、好き嫌いを言える立場ではないので赤い丸が付いた書類を受け取る。しかし、チートなのか言葉は理解出来るし話せるようだが、読むことが出来ないのがここで判明。
 重要書類も多い情報部隊では都合良いらしいが、なんだかな……ともかく銀髪ということは。

「『緑の扉』に入ればいいんだな?」

 

 あ、でもまだ入ったことないから騎舎がわからんな。壁の近くに行けばわかるかと考えていると、ニ人は首を横に振り、下を指した。

 

「ラーくんはね~この城の~~」
「書庫に住んでます……」

 

 は? “い”ますではなく“住んで”ます?
 よくわからないままニ人に連れてこられたのはエレベーターの後ろにある螺旋階段。螺旋階段って目が回るなと思いつつ疑問を投げかけた。

 

「このポールはなんだ?」
「下に~行く分は~便利だよ~ほらほら~ポールに掴まって~~」
「お、おいっ! 大丈夫なんだろうな!?」

 

 壁にくっついた形の階段なのに、なぜか真ん中には銀色の細いポールが上下に伸びていた。
 のほほん男に背中を押され恐る恐る掴まってわかるが、真ん中は私の一回り以上も大きい幅で作られている。というかコレ、停まる時はどうすればいいんだ。

 

 訊ねようと二人を見るが、少年は顔を横に逸らし、のほほん男はニコニコ。眉を顰めると、のほほん男が楽しそうに答えた。

 

「いや~ヒーちゃんが~ポールに掴まると~エロいよね~~」
「……は?」

 

 ポールに掴まる。それは昔懐かしい、のぼり棒をする格好をしているわけで、ポールが胸元と股間に入っ……って、こらああぁぁぁっ!
 瞬時に降り、ハリセンでのほほん男を叩く。のほほん男は楽しそうな声を上げながら倒れ、私は怒声を落とした。

 

「イズといい、ここの連中はエロ男ばかりか!」
「いやいや~男心の~素直な~とこ~~」
「イズ……様?」

 

 おっと! 未成年の前で暴力を振るってしまった!! いかんな!!!
 すぐにハリセンを戻すとポールに掴まる。少年が言うには停まる階はエレベーターと同じで、出っ張り板みたいので停まる事が出来るとのこと。最奥地下二階まで行くなら板のない出入口とは反対を向けばいいらしいが、書庫は地下一階。通り過ぎたら階段で上りなおし。

 うむ、はじめてだし、ひとつずつ越えて行こう。十階ずつだけど。
 ベルトに書類を固定した私は少年の頭を撫でる。

 

「ではな、少年。今度は街案内を頼んだぞ」
「はい……」
「なんか~初々しい~て言うか~僕に~あぁ~ヒーちゃ~ん~~」


 のほほん男を無視してポールで下りる。ここ三十階だから時間かかりそうだしな~。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 相変わらず年上には厳しい彼女がゆっくりとポールで下りて行った。
 殆どの人はエレベーターか階段を使うため、ポールを使うのは魔力のないヒナタちゃんと地下の連中だけ。あとは見送るように前屈みになっている“彼ら”。

「ヒーちゃんが~イーちゃんと~会ったの~知らなかったの~~?」

 口角を上げた僕の問いに返答はない。無視……いや、スイッチが入ったかな?
 目を細めると、黒いバツが付いている書類を差し出す。気付いたように振り向いた男の空気は冷たい。

 

「……今夜まで……ですよね?」
「うん、よろしくね~~」

 

 書類を渡すと、前髪で見えないはずの瞳を細めているのが見えた。けれど、受け取ると同時に姿すら消えた。
 イヴァレリズ並みに速いね、カレスティージ。さすがラズライト……いや、メラナイト騎士団副団長。

 

 くすくす笑いながらローブを翻す──。


 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


「いった~っ!」

 

 無事地下一階に着いたが、手の平はヒリヒリして真っ赤。
 こ、これは軍手とかしないと焼けるぞ! バカヤロー!! あとで経費で買うからな!!!
 涙目になりながらスリリングを味わった私は螺旋階段を抜け出すと辺りを見渡す。

 

「うお~すごいな~」

 

 円柱城の通り、円を描くように横にも縦にも、天井まであるのではないかというほどの本棚が並んでいた。机も椅子もない本本本本本で埋め尽くされた場所。ある意味壮観。

 

 しかし“書庫”と聞いたから“図書館”とは違って貸し出しなどはしないのだろう。人もいないし、気温は低いし、心霊スポットになりつつないか? 王の都市伝説と並ぶか? というか本当に銀髪いるのか?

 そんな不安が襲うのは、呼んでもまったく返事がないからだ。


 おいおい、本当に大丈夫かと片足を上げると何かに当たる。見上げれば、私の身長よりも長くて太い剣が収められた鞘。見覚えのある物に棚の後ろを見ると、床に何冊もの本が積み重なっていた。棚に背を預け、読書している銀髪を囲むように。

「おいっ!」
「…………」
「おいっ! 銀髪!! 書類!!!」
「…………」

 

 無視か! 一メートルほどの距離でか!? 良い度胸だな!!!
 本の隙間を通り、銀髪の横で膝を折ると耳元で叫んだ。

 

「おいっ!!!」
「…………」

 

 マジか。この至近距離で?
 耳鼻科に行くことを勧めたくなる私は肩を揺らすが、団長の中では一番良い体格と高身長なのもあって全然揺れない。こいつ、本気で耳鼻科どころではなく病院に行った方がいいな。

 

 目を開けたまま寝ているかと思ったが、手は本のページを捲っている。
 なるほどなるほど、つまり読書に夢中と。そう言えば“軽い”案件にも本を読んでて遅れたと言っていたな……うむうむ。

「だったら読むのをやめろーーーー!!!」

 

 立ち上がると、ハリセンで銀髪の持っていた本を落とす。良い子は真似してはいけないぞ。本は大切に。そんな両手に本がなくなった銀髪は目をパチクリさせると、ゆっくりと見上げ微笑んだ。

 

「こんにちは、ヒナタさん」
「こんばんはーーーー!!!」

 

 昼夜すらわかってない男の頭を思いっ切りハリセンで叩いてしまったが、のほほん男同様、変わらない顔。この国の年上はみんなこうなのか?
 ぐったりとしゃがみ込むと書類を差し出した。

 

「これ……」
「おや、わざわざありがとうございます」
「ひとつ言っておく……貴様、病院に行った方がいいぞ」
「なぜです?」

 

 変わらない表情で書類を読みながら返された。
 いや、どう考えても感覚がおかしいだろと溜め息をつくと、銀髪は書類を見ながら続けた。

 

「私もヒナタさんにひとつ良いですか?」
「なんだ?」

 あまり面識ないのにフレンドリーだな。敬語口調のせいか?
 顔を上げると、書類から私に目を移した銀髪は微笑んだ。

 


「私のお嫁さんになりません?」

 


 私はこいつに────何科を御勧めすればいいんだ?

bottom of page