異世界を駆ける
姉御
13話*「純粋に」
なんか今、すごい台詞を聞いた気がするな。しかもサラリと。
のほほん男や副団長もそうだったが、この国の男……主に年上達は女を喜ばすことに長けてないか。いや、こんなイケメンに言われたら引っ掛かりそうだがな、うむ。
「リアクションが欲しいのですが」
「NO!」
すかさず両腕でバッテンを作ると銀髪はくすくす笑う。
そのまま本の上に書類を置くと立ち上がるが……大きい。私の頭ニつ分だから、一九十手前か?
白の立襟が覗く青磁色のインバネスコートは腰辺りでリングベルト。竜と三日月の刺繍が施された白緑のファーフード付きマントは肩に羽織り、厚手の白のズボンに黒の手袋やブーツ。
寒がりなのかと問いたくなるが、棚に掛けていた鞘を背負った男は書類を持つと私の手を握った。
「騎舎に戻る用が出来ましたので、ベルデライトにご案内します」
「そ、それはありがたいが、なぜエレベーターではなく階段なんだ?」
『お嫁さん』発言など忘れたかのように銀髪は螺旋階段……ポールの前に立つ。一階までは十階分の距離があるはずだ。銀髪は私と違って『魔力』があるのだからエレベーターを使った方が早……と考えていると横抱きされた。
「こらこら! エレベーター使え!!」
「一基しかなくて待つのが面倒なんですよ」
「階段で行く方が面倒だろ!」
赤めた顔で叫ぶ私に銀髪は微笑むと呟いた。
「『空風浮(くうふうう)』」
瞬間、フィーラの『浮炎歩』のように銀髪の周りに炎ではない、目に見える風が集まり、宙へと浮いた。
「うわわっ!」
「そうそ、しっかりと首に掴まっていてくださいね。あ、良い脚をされっだ!」
螺旋階段に大きな音が木霊する。
この国の年上は危険だと悟ると、出入口とは反対側を通って上っていく。聞いたところ、移動魔法は属性が違うだけで効果は同じ。そしてエレベーターが面倒な銀髪はポールと『空風浮』を使って移動するらしい。
「あと、ポール(ここ)を使うのは『研究医療班』ですね」
「研究医療班?」
「書庫より下、地下ニ階に住む研究者であり医者でもある方々です」
どっちだそれ。医者が地下に篭ってはいかんだろとも思うが研究者なら地下……ん?
混乱してると一階に着き、下ろされる。礼を言おうと顔を上げると、銀髪は微笑んだまま人差し指を立てた。
「強いて言うなら『変人』の集まりですよ」
「貴様もなーーーー!!!」
お礼を言う前にハリセンで叩いてしまった。すまん。だが背中を擦りながら笑っているから充分変人だと思う。荒い息を吐いていると軽いブーツ音と声が耳に届いた。
「ヒナタ? 何をしているんだ」
振り向くと赤髪に紅のマントを揺らす、ルベライト騎士団長のフィーラが立っていた。その手には厚みのある書類を持っているが、銀髪に気付くと礼を取る。
「お疲れ様です、ラガーベルッカ様」
「はい、アズフィロラ君も。召集じゃないですよね?」
「ええ。私は『四天』で参っただけですので」
フィーラが敬語を使っている。やはり年上だからか?
すると銀髪は席を外すと言って私をフィーラに任せてどこかへ行ってしまった。おいおい、謎の行動をするのをやめてくれないか。
溜め息をつきながらフィーラに敬語の理由を聞くと不機嫌な顔をされた。
「俺は基本敬語だぞ」
「どこがだ。団長歴の長さか?」
「……いや、ラガーベルッカ様は俺より後だ」
「そうなのか?」
落ち着きを考えると銀髪がてっきり上……不機嫌な顔をするな。すまん。
聞くと団長歴はフィーラの八年が最長で、次に銀髪の七年、ハチマキ男の三年、少年のニ年と、今の団長達は就任して浅いらしい。
「じゃあ、やっぱり年齢で?」
「それもあるが、一番は尊敬しているからだ」
「…………どこを?」
疑いの眼差しを向ける。
玉座で剣を向けられた時も説明の時も書庫でも本しか読んでいなかった。そんな私の思考がわかったのか、壁に背を預けたフィーラは書類を確認しながら語る。
「団長に就任すると他の団長三人と一対一の試合をすることになっている」
「ああ、力を見たりとか?」
「その通り。俺は今の四人の中で最初に団長になっていたから三人とも戦った」
今朝のフィーラの一撃を見ていると容赦なく潰されそうだな。フィーラは今より全然弱かったと苦笑いしているが私は信じないぞ。
当時を思い出しているのか、彼は天井を見上げた。
「エジェアウィンは猪突猛進タイプで隙が多かったが、力(パワー)と機転の良さに将来が楽しみになった」
まんまだな、ハチマキ男。
出会った時からそんなタイプだと私でもわかった時点でどうかと思うが。
「ティージは素早さとトリッキーな戦法が良いが、イヴァレリズを見慣れている俺には無駄な足掻きだった」
フィーラから“トリッキー”なんて言葉が出た! そしてイズの名を出した途端苦虫を噛み潰したような表情をするな!! 少年が可哀想だろ!!!
「そしてラガーベルッカ様は……文句の付けようがないほどすごい方だった」
「……過大評価し過ぎじゃないか?」
いや、年上だからといって銀髪をバカにしているわけではないぞ。二つ違いなだけだし、戦略云々や魔法も使えるならフィーラが強そうって意味だ。
私のジと目にフィーラは苦笑いしているが、その笑みは徐々に深くなる。
「今の俺が戦ったらと思うかもしれないが、七年経った今でも勝てる気がしない。それほどあの方は純粋に──強い」
フィーラの視線と視線が合わさる。
太陽の瞳は揺るぎがないほど真剣で、動悸が速くなる気がした。呟くように、ゆっくりと口を動かす……あんな。
「突然プロポーズしてきた男に貴様は負けるのか?」
ちょっと冗談のつもりで言ったのに、フィーラは持っていた書類を床に落とした。
飛び散る紙を慌てて私は拾うが、彼は固まったように動かない。おい! 大事な書類じゃないのか!?
数秒後、我に返ったようにフィーラも拾いはじめるが、書類を踏むばかりか転けた。なんだ、貴様いつの間にドジっ子になった?
赤いような青いような顔で書類を集めるフィーラは、しどろもどろになりながら口を開く。
「プ、プロポーズ……って、ラガーベルッカ様……にか?」
「ああ。なんか『お嫁さんになりませんか』とか言われてな……でも『NO』と答えたし諦め「てませんよ」
突然の声にニ人、肩を上下に揺らし、北の廊下を見る。
散らばる紙を魔法なのか宙に浮かせ、手元に集める銀髪は変わらない笑顔。いつの間に戻ってきたのか驚くが、腕には別のファーコートを抱え、銀色の髪は僅かに濡れていた。集めた書類がフィーラに渡される。
「アズフィロラ君が動揺するなんて珍しいですね」
「申し訳ありません……それよりも先ほどのお話は……本当なんですか?」
「ええ。でもまだ出会って間もないので、まずはベルデライト(我が家)にご招待しようかと思って」
「そっちが狙いかーーーー!!!」
まさかの“街案内”を利用された!
危うく知らぬまま拉致られそうになったことを恐ろしく感じながらも案内が必要なのも確かで、フィーラとニ人ぐうの音も出ない。恐る恐るフィーラのマントを握る。
「フィーラ……一緒に行かないか?」
「行けたら八年も苦労はせん……」
そりゃそうだ。ホント恨むぞ『四宝の扉』。
銀髪は謎の目で私とフィーラを交互で見ると、持っていたファーコートを私に手渡す。同じ白緑色でフード付きだが騎士団マークはなく、中にはふわふわ素材が入っていて気持ち良い。手触りを堪能しているとフィーラは呆れ顔、銀髪にはくすくす笑われた。
「ベルデライトは寒い街なので、ヒナタさんの格好では風邪を引きますよ」
ああ、道理で銀髪の格好がモコモコと。
城内は空調がシッカリしているせいか暑いとも寒いとも感じない。しかし、暑がりな私は“寒い”と言われてもピンとこずフィーラを見るが、彼も行ったのは十年も前で殆どわからないそうだ。
団長達は『通行宝』の三日申請をかけても一度は行くべきだと思う。
「扉を開けたら街並みなどが見えますので、アズフィロラ君も興味あれば扉まで一緒にどうぞ」
「あ……はい!」
フィーラは慌てた様子で書類を床に置くが、どこか喜んでいるようにも見える。やはり彼は誰よりも他の街に憧れを抱いている気がして、嬉しくもあり虚しさを感じた。
三人分の靴音を響かせながら北の廊下を渡り『緑の扉』の前に立つ。
渡されたコートを着るが、まだ暑いので前は留めず両扉の取っ手を握った。まだ入れるかもわからないからと銀髪が勧めたのだ。
深呼吸をし、扉を見つめると──開く。
扉は簡単に開いたが、強い突風と冷気で目を瞑ってしまった。ゆっくりと瞼を開くと『赤の扉』と同じように白の下り階段が続き、白のドーム状の家々が見えるが、頬には冷たい粉雪。否、本物の雪だ。
真っ白な銀世界が広がる────雪の街。