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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​11話*「赤き一閃」

 イズに身体は触られたが、唇まではなかった。
 なのに今、私の唇にあるのはなんだ? なぜ私は……赤髪とキスをしている?

「あ、んっ……んぅ」

 

 離そうとしても赤髪に身体を預けている上、腰と頭を固定され動くことが出来ない──否、動きたくない。それほど彼の口付けは優しく気持ち良いのだ。

 キスに気持ち良いも何もないと思っていたのに舌で歯列を割って、口内に甘い物が入ってくる。全身が溶かされ満たされていく。
 唇が離れると瞼を開き、荒い息を吐きながら彼を見つめると頬を撫でられる。

「チョコを……渡したかっただけなんだが……」
「こら……嫌いな物を人にやる、んっ」

 また口付けられる。
 口内に溢れる甘さは彼を犯していたチョコ。舌と舌が絡むと甘さは増し、奥を突かれる。

「キミの唇は……ん、柔らかくて良いな……」
「んっ、あぁ……」

 

 気持ち良さに何も考えられなくなる。
 快楽に溺れはじめていると手の支えが不安定になり、片手を彼の肩に寄せた。が、親指に何か当たった……この感触は。

「っ!?」

 

 瞬間、勢いよく身体を離した。
 赤髪は目を見開くが、息を乱す私は彼の首元に目を移す。そこには、一センチほどの赤くて丸い宝石が埋め込められていた。異様な光景にも見えるが、光を発する輝きに動悸が激しさを増す。
 視線に気付いたように起き上がった赤髪はハンカチで首元を隠した。

「見て……気持ち良いものじゃなかったな……すまない」
「……いや、違うんだ……私はその……宝石が苦手で……」
「は?」
「う、うるさい! 貴様の甘い物嫌いと一緒だ!! 気にするな!!!」
「それとこれとでは違っだ!」

 

 頭を叩いて黙らせるが、不満そうに見つめられる。
 何に不満かは知らんし、先ほどのキ……思い出すのもアレなので、危うく忘れるところだった目的を伝えることにした。危ない危ない。

 ベンチに座り直すと三騎士の言葉を伝える。案の定というか、目を見開かれた。
 顔を伏せたまま黙り続けているが、その横顔はどこか嬉しそうに見え、自然と笑みが零れる。そんな私を赤髪は怪訝そうに見るが苦笑を返した。

 

「いや、貴様の夢が叶うのを私も見れると良いなと思ってな」
「夢?」
「『四宝の扉』を開けたいのだろ?」
「……ウリュグスか」

 

 赤髪は前のめりになると両手で顔を覆う。
 可愛いヤツめと思っていると両頬を引っ張られた。相変わらず読みが良い男に立ち上がると髪を撫でる。嫌そうな顔に対抗するように笑顔で。

 

「誕生日なのだろ? おめでとう。見栄張って二十八歳と言っていた少年よ!」
「……うるさい。キミこそプレゼントもなしで不法侵入とはいい度胸だな」
「プ、プレゼントはだな……さっきのキスだ!」

 

 沈黙が訪れると共に、口走ったことに顔が真っ赤になる。
 マズった! わわわ私は何を言っとるんだ!! それなら三騎士の言葉がプレゼントだろ!!!

 

 冷や汗をかいていると、立ち上がった赤髪の手が私の顎に添えられる。
 その表情はイズのニヤニヤに似ていて後退りしたが、腰を支えられたため慌てて両手で彼の顔を覆った。

「ささささっきので終わりだからな! もうせんぞ!!」
「残念だが、さっきのはあくまで“消毒”だ」
「ひゃっ!?」

 

 覆っていた手の平を舐められ、反射のように両手を外してしまう。その隙に彼の顔が近付き──口付けられた。身じろいでいたが、すぐ快楽に襲われ、無意識に両手を首に回してしまう。

「んっ……あぁっ……ん……」
「味わってるじゃ……ないか……ん」

 

 何度も角度を変え、唇を舌を口内を満たしていく──が。

「やっぱ……無理」
「は?」
「宝石……嫌……い」
「お、おいっ!?」

 

 目を回しながら赤髪の腕の中で倒れてしまった。
 首元はハンカチで隠されていたが、ラペルピンも……宝石だった………コンチクショー……でもないのかわからんが、意識が遠退く間際、赤髪の溜め息だけは聞こえた──。

 


~~~~*~~~~*~~~~*~~~~

 


 腕の中で意識を手放した彼女にマントを掛けると屋敷へ足を入れる。
 瞬間、俺の眉が上がったことに警備をしていたウリュグスは首を傾げたが、彼女を預けると足早にホールを後にした。

 微かだが血腥い。自分の屋敷だというのに。
 内心舌打ちをすると、自分の足音しか響かない廊下を進み、ニ階にある一室に入る。一瞬で臭いが鼻に付いた。そして見るも無残な光景に溜め息をつく。

 それが聞こえたのか、暗闇に月明かりだけが見える窓を開け、腰を掛けている男は俺とは違う赤の瞳を向ける。口元に弧を描いたまま。

 

「よう、アズ」
「お前な……誰が掃除すると思っているんだ」

 

 再び溜め息をつくと目先の幼馴染──イヴァレリズは血の付いた三十センチほどの剣、スティレットで俺をさす。俺か。俺なのか。お前じゃないのか。

 

 手で額を押さえると室内を見回す。
 白の両壁には血飛沫が飛び散り、床には赤の絨毯とは違う赤黒色の血溜りが出来ていた。その上に倒れているのは──首のない人間。
 首はイヴァレリズの足元に転がっている。レオファンダエ公だ。

「……査問会を開く前に殺(や)るのはやめてくれないか」
「だって横領、窃盗、情報漏洩、禁止薬物売買諸々充分証拠あったのにお前が遅いからさ。そーいや、プレゼント気に入った?」
「話題を変えるな……そして彼女のことを言っているなら、お前にしては気が利いた方だ」

 そう言うと、頬に血を付けたイヴァレリズは面白そうに笑う。
 彼女が屋敷にいた時点で嫌な予感はしていた。確信はこいつしか持っていないチョコで、目を細めた俺は静かに口を開く。

「“王”直属の暗殺部隊メラナイト騎士団団長直々とは驚いたな。よほど王は焦っていたのか?」

 メラナイト騎士団。
 『四聖宝』とは違い、王に忠誠を誓い、主の妨げとなる人間を殺すという騎士団とは名ばかりの暗殺集団。表では情報部隊を仕切るヒューゲバロン様の下で働いているが、目星の情報を掴むと王に報告、執行する。その団長であるイヴァレリズは苦笑いした。

「皮肉かよ。お前の誕生日にわざわざ合わせたんだぜ」
「それこそ皮肉だ。さっさと去れ」

 手を窓の方に振るとイヴァレリズは気のない返事をし、窓の上に立つ。
 同時に魔法でレオファンダエ公の首を浮かすが、どうせなら身体ごと持って行ってほしい……無理だろうが。溜め息をつくと後ろ姿に声をかけた。

「ヒューゲバロン様に彼女をルベライトで預かることと、アズフィロラが“王”と謁見を望んでいることを報告してくれ」
「前者は良いけど後者は覚えてたらな~。んじゃ、誕生日おめっとなりっ!」

 ニヤけたイヴァレリズはそのまま風のように去って行った。
 昔と変わらず本当に──嫌な男だ。
 

~~~~*~~~~*~~~~*~~~~


 眩しい光に目覚める。
 眠い目を擦りながら見ると、キングサイズのベッド。自室かと思ったが、服が持っていないルームウェアだったので昨夜を思い出し、顔が真っ赤になった。

 起き上がるとコネクティングルームなのか、別の部屋に出る。
 のほほん男の執務室と変わらない広さに窓とバルコニーがある部屋。ただ違うのは机も床も綺麗に整理整頓され、横壁にルベライト騎士団の旗が飾ってあること。つまりここは団長室か?

 

 だが赤髪も誰もいない。窓から朝日が射し込んでいることに気付くと無意識に足が窓へ向かう。

 朝日が昇るということはこの部屋は『天命の壁』の外側のはず。動悸が増すのを感じながら両手を窓に付けると顔を覗かせる。はじめて見る『天命の壁』の先は──荒野。

「これは……酷いな……」

 

 街と違って木々もなく寂しい大地にはひとつの路と無数の足跡だけが見える。あとはどこまでも続く空しかなく、言葉を失った。
 城と赤髪が治める街があまりにも“地球”と言う名の惑星に似ていたせいか、心のどこかでは地球上にあって知らない国なのかもしれないと思った。が、それはなさそうだと息を吐く。

 すると突然、お玉でフライパンを叩くような音が響いた。
 朝のおはようタイムかと思っていると別の扉が開く。現れたのは焦げ茶の髪をひとつに結んだ小柄な女性騎士。

「もう起きられていたんですね」
「あ、ああ。と言うか、寝てても起きるだろ」

 

 女性は笑うと室内に足を入れ敬礼する。

 

「私はルベライト騎士団第四部隊隊長を務めています、シュレア・アオンドジェと申します。団長の命により、ヒナタ様の護衛を勤めさせていただきます」
「なぜ私の護衛……それにこの音に赤……団長はどうした?」

 

 困惑する私に、シュレアと名乗った女性は窓を見るように促す。
 そっと先ほど見た窓を見ると息を呑んだ。朝日と共に、無数の黒いトカゲのような生き物が青い唾液を吐きながら『天命の壁』に近付いてくるのが見える。
 すごい数だ……遠くてわからないが百……三百以上いないか!?

 

「あれが『魔物』と呼ばれるものです」
「あの黒いの全部!?」
「はい。あれは下級ですが数が多く、朝日が昇ると同時に毎日のようにルベライトを目指してやってくるのです」

 

 毎日あんな数がくるのか!?
 黒いしキモイし夢に出そうだと口を押さえると、鳴り止まないお玉音に気付く。

 

「と、すると、この音は……」
「この警報は第一戦闘配備。騎士団の半数を外側の門前に配備するものです」

 

 バルコニーに出て下を見ると、米粒サイズだが確かに騎士服の人間が整列している。真ん中には昨日会った副団長らしき男が剣を構えているように見えるが、魔物と比べてまったく人数が足りない。大丈夫なのか……と言うより。

「団長はどうした!?」

 

 副団長がいるのに、赤髪の姿がない。
 遠目でも、あの太陽のように真っ赤な髪がいないのはわかる。だが、冷や汗をかく私とは違い、シュレアは微笑んだまま上を指した。


「もちろんいらっしゃいますよ。騎舎の真上『天命の壁』に刺さる旗の下、我がルベライト騎士団が誇る『四聖宝』──『赤き一閃の騎士(シュバリエ)』アズフィロラ・セレンティヤ団長が」

 


 瞬間、私はバルコニーの手すりを踏み台に──跳んだ。

 シュレアの驚く声がしたが、門の隙間を足掛かりにロッククライミングのように頂上を目指す。気持ちは上へと思うばかりで何もわからないが、大きく揺れる旗に頂上が近いのがわかる。が、あと一歩のところで突風に煽られ、バランスを崩すと同時に目を瞑っ──たが、落下することはなかった。

 代わりに大きな手と炎に包まれ、頭上からは聞き慣れた溜め息と声が落ちてくる。

 


「キミは……本当にバカらしいな」

 


 瞼を開くと昨夜のパーティとは違い、いつもの騎士団服に身を包んだ赤髪が『浮炎歩』で横抱きしていた。私は苦笑いする。

「うるさい。せっかく夢の美人騎士と戯れると思ったのに、下にあれだけの魔物と騎士がいて団長殿はどこに逃げたのかと思ってな」
「……朝から口が回るものだ。その思考を斬るのはヤツらの後にしよう」

 溜め息をついた男は騎士団マークの入った赤い旗が刺さる岩上に下りる。
 考えればここ『天命の壁』の頂上だよな。スカイツリーの上にいるようなもんだが気にしたら終わりだと俯せになる。赤髪は苦笑いすると紅のマントを揺らしながら魔物に向き直した。

 

「勘は冴えているようだな。そのままジッとしておけ。衝撃で墜ちても俺は助けないぞ」
「薄情者!」
「勝手に上がってきたヒナタが悪い」
「勝手ってお……え?」

 

 名前を呼ばれた気がしたが赤髪は左手で鞘を握り、右手で柄(つか)を握る。瞼は閉じられ、小さな風が彼の赤い髪を揺らすと魔物の声が響いた。

 同時に大きな追い風が吹くと抜刀──ひと振りの巨大な斬撃が魔物の軍勢に当たり、爆発と爆風が巻き起こった。

 あまりの勢いに飛ばされそうになるが、必死に旗の柱を持ち、身体を支える。片目だけ開くと、無数にいた魔物の半分以上が焼失していた。それが合図なのか、騎士達が次々と魔物を斬っては焼き尽くしていく。

 赤髪は剣を小さく振ると鞘に戻した。
 魔物までの距離、何よりひと振りだけで半数を消す力。“団長”という圧倒的な力に呆然としていると、手を差し伸ばされた。

「なんだ、腰が抜けたのか?」
「う、うるさい! 貴様「フィーラ」

 

 遮った言葉に目を見開くと、腕を引っ張られ立たされる。
 だが胸元に埋まってしまい、抱きしめられているような感じだ。それが恥ずかしくて顔を伏せたままでいると、頭上から小さく笑う声。

「名前を覚えるのが苦手なようだからな。特別に愛称で呼ぶことを許可しよう」
「う、うるさい! 昨夜は呼んだろ……それに愛称なら“アズ”じゃ……」
「それは他が好きに呼んでいるだけだ。本当の愛称は“フィーラ”」
「……フィーラ……?」

 恥ずかしそうに呼ぶと、赤髪=フィーラは小さく『ああ』と呟く。
 その声が優しかったせいか顔を上げると、朝日に染まった赤の髪がさらに美しさを増すように輝いていた。

 それは太陽と同じ瞳をした男が────微笑んでいるからだろうか。

*次話アズフィロラ視点です

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