異世界を駆ける
姉御
10話*「月明り」
時刻は夜の九時を回る。
辺りが静まり返る中、ひと際賑わっている家があった。
家、というか豪邸?
白を基調とした陸屋根のニ階建に列柱が並び、広大な芝庭もあるセレンティヤ家。太い円柱が城と言われるよりよっぽど城に見える。広いダンスホールに、いくつもあるシャンデリアの下では煌びやかな衣装を纏った紳士淑女が今夜の主賓である赤髪を囲っている。もっとも赤髪の表情は見えない……というか。
「おいっ! なんだってこんな覗きの真似事をせねばならんのだ!?」
「招待状持ってないなり~」
イズの移動魔法で赤髪の家を訪れた私達は、ニ階バルコニーから様子を伺っている。何が悲しくて外から誕生会を見ねばならんのか。
しかし、今日『ターコイズ生まれ』と聞いた。つまり今は十二月。なのに寒くない。私同様イズも服装を見るに暑がりだろうが、街の人間もそこまで厚着はしていなかったはずだ。
「そりゃ、ルベライトが『火』の恩恵を受けてるからな」
「恩恵?」
イズによると、この世界の魔法は風、火、水、地の四大元素で成立ち、四方はひとつの属性の恩恵を強く受けているらしい。恩恵は木々で区切られた境界までで、天候すら変化するという。
各街の恩恵は東=火、北=風、西=水、南=地になっていて、ルベライトは『火』の恩恵を受けている分、他と比べて暖かいようだ。
「騎士になれば四大元素も習うが、やっぱ自分の生まれ地の属性が強くて他の属性はムッチャ弱い」
「この国、色々と面倒だな……」
魔法すら制限があるとは、やはり時間が掛かっても王との謁見を望んでみるか。
それにしても赤髪が『火』というのはお似合いだ。全身真っ赤だし。そんなことを考えているバチでも当たったのか、徐々に寒くなってきた。さすがに夜は冷え込むと腕を擦る。
「って、こらあああああっ! 何をしとるんだ貴様は!!」
「え? 何って着替え着替え。一応ドレス着とかないとマズいかなって」
「そうではなくて、なぜ貴様が私の服を脱がす!」
寒いのは当然。イズが私のデニムとベストを脱がし、タンクトップも半分まで捲くし上げていた。しかも彼の腕にはワイン色のマキシ丈に胸元がカッシュクールになったドレス。
聞けばどっかのクローゼットから失敬したとか泥棒か!
「肥やしになるよりマシなり」
「上手く言ったつもりでも……あぁっ、こら……」
タンクトップすら脱がされ、薄いピンクにレースの付いたブラが露になる。急いで両腕で隠すが、イズはニヤニヤと楽しそうだ。
「や~ん、可愛いブラ~」
「う、うるさい! というか自分で着るから寄越せ!!」
「や~ん、大きくて柔らかそうなのを前にお預けはムリなり」
「お、おいっ……は、ぁああん」
両腕を捕まれ、列柱に背中を押さえ付けられると、胸の谷間に顔を埋めたイズが舌を這わせる。お、男との付き合いがなかったわけではないが随分前で身体がゾクゾクする。
身じろいでも股間に膝を入れられ、強い力に抵抗出来ない。その間にイズは口で片方のブラをズラすと先端を舐めた。
「やあぁ……あ、あ……」
「あんま……んっ……声だすなよ……バレるぞ」
「じゃ、やめ……んっ」
人の話など無視で、イズは舐めていた先端を口に含むと、口内で淫らな音を鳴らしながら私の手を頭上でひと纏めにする。まったく解けないとかどんだけだ。
片方が自由になったせいか、イズはブラを外す。さらに反対の胸を揉み込むと私の腰を浮かせ、タイツを脱がした。荒い息を吐きながら思考が薄れる中、ホールを見下ろす。数百人はいる客の中でも目立つ赤を捉えた。
今夜の赤髪は前髪を上げ、白のシャツに赤のアスコットタイにパールピン。赤のベストに黒の燕尾服を着て、襟元には赤の十字架のチャーンが付いたラペルピンをしている。そして、象徴であるかのような騎士団とは違う紅のマントを右肩で留めていた。
黒は似合わんなぁと思っていると目が合っ──っ!?
急いで顔を逸らすと、いつの間にかドレスに変身! 早業!?
イズは変わらず胸をもみもみ……さてはこいつ胸フェチだなと呆れた眼差しを向けていると首元を吸われた。
「んっあ……!」
「バレたみてぇだから俺も仕事に行くわ。危なくなったらコレをアズの口ん中に入れろ」
そう耳元で囁いたイズは私の手に何かを預けた。同時に、バルコニーの扉が勢いよく開かれる。
「キミは何をやっているんだ!?」
焦った様子で今夜の主賓である赤髪が現れるが、黒男(イズ)はとんずらしたのか既に姿がない。周りの視線が集まる中、なんと言ったものかと考える。結果。
「誕生日……おめでとうございます……?」
「…………キミ、バカだろ」
「な、なんだ「静かにしろ」
言い返そうとする口を手で押さえられ、密着した状態になる。
端正な顔が近くと胸の動悸が速くなるが、赤髪は大きく目を見開いた。同時に溜め息も。するとパールピンを外し、崩したアスコットタイを差し出される。
「首元に巻け……」
「なぜ?」
素直な疑問に赤髪は目を泳がせる。頬が若干赤い気がするが、なんだ?
「…………っ、キスマークが付いてるんだ……!」
「なっ!?」
恥ずかしそうな指摘に慌てて窓ガラスで確認。仰る通り、首元に赤い花弁が付いている。あんのエロなり~っ!
ありがたくアスコットタイを借りて首に巻いていると、腕を組んだ年配の夫婦が慎んだ様子で歩み寄ってきた。
「アズフィロラさん。そちらの御美しい女性はどちらの御令嬢ですかな?」
「まあまあ、お似合いですわね~」
おおうっ、なんと優しいオーラを纏っている御夫婦だろうか。将来はこういう夫婦にと妄想していたら赤髪に睨まれた。すまん。ドレスの両裾を持つと小さくお辞儀する。
「はじめまして。わたくし、ヒュ……ヒューゲバロン様の部下でヒナタと申します。今宵は忙しい宰相様の代わりにアズ……フィロラ様の御祝いに馳せ参じたところです」
なんだか違うような気がするが、御夫婦は『あらまあまあ』と微笑んでいる。
そして赤髪、後退りをするな。目が『気持ち悪い』と語っているが、ニッコリ笑顔を向けた。
「アズ……フィロラ様。よろしかったら素敵なお庭で、わたしくしとお話を致しません?」
「そ、そうだな。少し私も夜風に当たりたいと思っていたところだ……行こうか、ヒ……ナタ嬢」
お互いしどろもどろで会話をすると、腕を出されたので老夫婦の見よう見真似で腕を組む。先ほどから密着してばかりでドキドキするが、後ろには初々しい十代ぐらいの令嬢らしき女性達が尊敬と怨念の混ざり合った目を向けていた。こ、怖い! けど可愛い!!
そんな花畑を描く私を引きずるように足を進める赤髪。
紳士じゃないなと思うが、場合が場合なため招待客のみなさんに道を空けてもらいながら進む。長い道のりも後一歩で庭。と、いうところで引き止めの声が掛かった。
「おやおやー。夕刻前に会った別嬪さんではないですかー」
聞き覚えのある独特な声に産毛が逆立つ。
ゆっくり振り向くと、案の定騎舎で会った横太っちょのツルっぱげ派手男。赤髪の誕生会のはずなのに、変わらず金色のタキシードって……おいおい、おかしいだろ。
ひとまず一礼するが、派手男は変わらず視線を上下にし、ニタニタ顔をしている。イズのニヤニヤは面白そうという表情だが、こいつのニタニタは全身を嘗め回しているようで気持ち悪い。一歩引く私に構わずハゲ男は話す。
「先ほどは何もないと仰っていたのに、やはりあるのではないですか?」
「彼女はヒューゲバロン様の代理でいらっしゃっただけですよ。私もお話したい事があるので一時席を外れます」
赤髪は変わらない表情だが、やはり瞳は冷たい。
その瞳をわかっているであろうに、ハゲ男も変わらない様子で話す。
「そんなに急がなくとも夜は長い。なんなら彼女も混ぜて三人夜酒を飲みながら」
「仕事もありますので彼女は勘弁してやって下さい。私でよければお付き合いしますよ。商戦で大きな損害を出した赤い紙の件とか」
派手男は一瞬顔を青褪めたが、すぐに笑い声を上げ、赤髪を強く睨んだ。重苦しい空気が流れる中、ニ人の会話は続く。
「本当に貴殿はなんでもお見通しですな。こんな大きな家と騎士団を任され、さぞかし重荷に感じていらっしゃるでしょう」
「……まさか。私はルベライトの人間(ひとり)として、民を護れることに誇りを持っています。重荷になど何ひとつ感じることはありません」
「ははは、それはそれはご立派な忠誠心ですな。そのような忠誠を誓っておきながら王との謁見はまったく整ってないとか。はてはて我々はいつになったら“王”を崇めることが出来るのでしょうな……騎士団長殿?」
微笑んでいたはずの赤髪が一瞬、苦虫を噛み潰したような表情をした。その様子に深呼吸をした私はゆっくり前へと出る。
「お話し中、申し訳ありません。アズフィロラ様はご気分が優れないようなので失礼させていただきます」
「おや? そんな風には見られませんがね……」
「そうだ、気分は──!!?」
怒気を含んだ赤髪の口に、すかさず“あるモノ”を入れた。
瞬間、赤髪は顔を青褪め口元を押さえる。あ、これは本当にヤバいぞと彼の腕を引っ張ると、派手男に笑顔を向けた。
「そ、それではご機嫌よ~おほほ~」
「こ、こら、待ちたま「お客様、ここから先はセレンティヤ家の敷地に入りますので、当主以外お通し出来ません」
振り向くと、一人の騎士が派手男の前を遮っていた。
後ろ姿でも髪色と背格好でわかる──イズだ。なぜ騎士服を着ているかはわからないが『元凶は助けて当然』と、青褪めた赤髪を必死に引っ張って庭へ出た。
私はイズから貰った物──チョコレートを口に入れただけだ。
* * *
街灯が灯る中庭を歩くと、ベンチがあったので腰を掛ける。
私は荒い息を整えるが、赤髪は変わらず青褪めた表情で口元を押さえていた。背中を擦る。
「大丈夫か? 貴様まさか甘い物……」
「大っっ嫌いだ」
そんな派手男に見せた苦虫の表情をせんでもと溜め息を付いていると、視線を向けられる。
「あのチョコ……イヴァレリズから貰ったな……」
「あ、ああ。あいつと幼馴染なんだってな」
「……あいつ……うっ」
おいおい、本当にマズいだろ! たったひとつでこんなになるか!?
水を持ってこようと慌てて立ち上がるが腕を掴まれた。
「……待て……」
「瀕死の人間に『待て』と言われても説得力ない!」
「……キミ……甘い物は」
「好きだ! けど貴様は違うのだろ!? だから水っ……!?」
瞬間、腕を引っ張られ、気付けばベンチに赤髪を押し倒すような体勢になっていた。月明かりだけでも真下にいる赤の髪色と瞳を持つ男は……綺麗だ。見惚れていると頬を撫でられ、彼の顔が近付く。
気付けば彼の唇と唇が────重なっていた。