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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​茶の間*「面白ぇ」

*エジェアウィン視点

 オレは『騎士』より『ヒーロー』になりたかった。

 一人より多くの人を護る『ヒーロー』に。でも、この国じゃ『騎士』が国と民を護るからしゃーねぇって……だから騎士団長になった──けど。

 

 

 

 

「う~ん~やっぱり~ヒーちゃん~外に出さない方が~いいのかな~~」

「ヒナタさんが聞くとは思いませんけどね」

「奇怪な行動をするからな」

「と言うか、エジェ様。ヒナさんと一緒いたのに……ソレ、殺さなかったんですか?」

 一階ホールで全員の目がオレに向く。

 それどころか、カレスティージはナイフを向けた。

 おいおい! この間も思ったが、コイツ性格変わってねーか!? 前はクールっつーか干渉してこなかったろ!!?

 苛立ちから、カレスティージの頭を押さえると悲鳴が上がる。当然そんなの気にせず掻き回し、ストレートの髪をボサボサにしてやった。けっ!

「んなもん知らねーよ! オレじゃなくてミレンジェが見どわっ!?」

「では貴方は、ヒナタさんを危険な目に遭わせたと言うことですね?」

 オレの頬を掠った長剣が背後の壁に突き刺さる。

 今度はラガーベルッカ(てめー)かよ! てめーこそ干渉したことなかったくせに!! 除々に殺気出してんじゃねーよ!!!

 そんな冷や汗を流すオレを見兼ねたアズフィロラが微笑むラガーベルッカをなだめてくれると、ヒューゲが苦笑いする。

「エーちゃん~いや~な~トラと~黒ウサギに~目~付けられたね~~」

「あん? 何、紙の中の生き物に例えてんだ。てめーこそ、ヘビか狐狸(こり)だろ」

「え~だったら~イノシシの~エーちゃんに~僕~勝てるね~~」

「地味に喧嘩売ってんのか?」

 つーか、なんでオレがイノシシなんだよ。昔、本で見たけど、こう真っ直ぐしか進まねーアレだろ?

 苛立ちが最高潮になるが、隣でアズフィロラが『イノシシ……イノシシか』と、失礼なことを呟く。するとオレの肩に両手を乗せ、至極真面目な顔で言った。

「俺を頭の上に乗せてくれ」

 おい、いったいどうした。

 最近団長共がバカになってねーか?

* * *

 

 

 赤いハチマキを揺らしながら『滑地走』でドラバイトの街を進む。

 馴染みの住民に笑みや手を振られ応えるが、苛立ちは治まらない。理由はミレンジェから受けた報告。“あの女”が黒い影に襲われていたことを知った『四聖宝(ヤツら)』の反応が今までと違ったからだ。

 まとまりなんてなかったせいか釈然とせず、スピードを上げる。

 

「停まれ、アウィン」

「っ!?」

 

 静かだが、抑制のある声に急ブレーキをかける。

 なんとか倒れるのを堪え降りると、内心舌打ちしながら振り向いた。

 案の定、突っ立っていた男は短い黄茶髪の前髪を上げ、黒の燕尾服。眼鏡の奥で光る瞳は紫。一息吐いたオレは、意地の悪い笑みを向けた。

「よう、テヴァメットス」

「“兄”を付けろ、バカ弟が」

「へいへい、悪ぅござんしたね。で、なんの用だよ。テット兄」

 

 苛立ってる時に、イヤなヤツに会っちまったなー……。

 そんな気持ちを読み取ったのか、兄貴は手早く差し出した。“魔力切れ”と書かれた住民の名簿を。

「昨日の魔力徴収に応じなかった者達だ。生死を騎士団で掴んでおけ」

「へいよー」

「まったく、なぜ俺が『四天貴族』の仕事を……」

「ジジイ、本調子じゃねーんだから、役所(うち)でするしかねーだろ」

「とっととくたばって次の奴に代われ」

「んだとてめぇ!?」

 自分より身長があっても胸倉を掴み、憤怒の形相で見上げる。

 騒ぎ立つ住民とは違い、テット兄の目は冷たい。一瞬、視線を別に向けたが、再びオレを見下ろすと溜め息をついた。

 

「そんなに喧嘩早くては早死にするぞ」

「うっせーよ!」

「まあいい。ところで、後ろでジェスチャーしている女はお前の知り合いか?」

「ああ……んげっ!?」

 なんのことかわからず、つい振り向いた。

 見れば“あの女”が怒った顔で、ハエを追っ払うような仕草をオレ達にしている。慌てて兄貴を離し駆け寄ると──抱きしめられた。

「のわあああーーーーっ!!!」

「ああ~!癒されるな~!!」

 

 デカイ胸の谷間に押し込まれ、ジタバタする。

 内心こんな場所で恥ずかしすぎんだろ! しかも住民の前で!! クソ兄貴の前で!!! ……と、罵声を飛ばしながらなんとか引き離した。息を乱すオレに女は不満気な顔をしたが、すぐ笑顔になる。

「アウィン、早く教会に行くぞ」

「ああん? てめー、またガキ共に会いにきたのかよ」

 

 呆れるオレとは反対に女は元気に頷く。

 先日ジジイの教会に泊まってから遊びにくるようになったコイツはガキ好きだし料理出来るし、助かると言えば助かる。が、変態。いつかガキ共が食われるんじゃないかと心配するほどだ。

 だが、これから行こうとしていたのもあって、それ以上の反論はやめた。溜め息をつくと、一応紹介はいるかと兄貴を見る。

「女ー……こっち、オレの兄のテヴァメットス。テット兄、こっちは異世界人のヒナタ」

「キミが例の……はじめまして」

「ああ、別に覚えなくていいぞ。興味ないから」

 明らかに落ちた女のトーンに、テット兄と二人沈黙する。

 そう言えば兄貴って二十九……よく見りゃ、ヒューゲやラガーベルッカを見る目に似てるわ。つまりさっき追い払っていた仕草は兄貴にか。

 冷たいことを言った女だったが、取りあえず兄貴と握手を交わす。が、さっさとオレの腕を取り、笑顔を向けた。怖ぇよ。

「さあ、行くぞ!」

「へいへい……じゃあな、テット兄」

「待て、アウィン」

 

 腕を引っ張られると、呼び止める声に振り向く。背中を向けた兄貴は、さっきより大きな声を出した。

 

「たまには家に帰ってこい」

「……気が向いたらな」

 溜め息交じりの返事をしたオレを女は見上げる。

 だが気付かない振りをすると『滑地走』を出し、横抱きにして駆けた──。

 

 

***~~~***~~~***~~~***~~~

 

 オレの家はドラバイトで『通行宝』を申請する役所を経営している。つまり貴族だ。

 役所は『通行宝』申請にきたヤツの目的や身辺調査をしたり、アクロアイトと情報交換するのが仕事。その家の次男として生まれたからには親父と兄貴の手伝いをするのが当たり前だ。

 

 けどオレは参考書よりヒーローが出てくる絵本に夢中になり、叱られ取上げられては泣いていた。

 兄貴は昔から冷たかったし、親父も忙しくて殆ど帰ってこない。御袋にいたっては毎日豪遊三昧。派手な化粧に香水に宝石に……化粧の前と後じゃ違いすぎて魔物かと思ったほど。

 そんなオレは、本物の魔物を見たことがない箱入り息子だった。

 ある日、ヒーローは街に出て悪と戦うんだと考え、内緒で屋敷を抜け出した。

 城の近くに役所(家)があるオレは街を過ぎた先に家畜や田畑があるとは知らず、冒険気分で教会まで辿り着いた。そこに警報が鳴り、魔物に襲われた。

 現実は恐ろしいものだった。

 

 家畜の牛や豚達が黒い生き物に襲われ、真っ赤な血で溢れる光景は悪夢のよう。

 足が竦み、涙もボロボロ流し、ただ終わりを迎えようとしていた時、デカイ身体に赤いハチマキをした──ヒーローが現れた。

 

 

***~~~***~~~***~~~***~~~

 

 教会に着いて早々、女は運ばれ方に文句を言った。両頬を真っ赤に染めて。

 意味がわからずいると、今度はガキ共とネイル遊びや鬼ごっこと外に出て行き、慌しいヤツだと何度目かわからない溜め息をついた。

 

「なんじゃ、アウィン。今日はエラく機嫌がいいな」

「あん? ジジイ、ついに目をやられたか?」

「お前の目がやられろ」

「んだと、ミレンジェ!?」

 

 怒り顔を向けるが、ミレンジェはそっぽを向き、ジジイが笑う。無駄だとわかっているせいか、礼拝堂の椅子に腰を掛けると、茶を飲みながらステンドグラスを見上げた。

 鮮やかな光に思い出すのは、突然墜ちてきた女──。

 そいつは変な女で『四聖宝(オレたち)』を退けたどころか、オレの投げた槍にも“負ける気ない”と、強い目を返した。その時は何も思わなかったが、ヒューゲの説明で“異世界人”と知り、昔ジジイが言っていた女を思い出した。

 

 帰って報告したら案の定、身体ガタガタのくせに『逢う』って言いやがって『回復したら連れてきてやる』と約束して留めた。内心、全快するまで連れてこねーと決めて。

 あの女が異世界人だろうと、ジジイの方がオレにとっては大事だ。

 それからの回復は目を瞠るもので、あの女のおかげだと思うと複雑だった。

 口調は荒いし、手も足も出るし、偉そうだし、うるさい女。けど、ガキ共や団員達(半分恐れ)に気に入られ、御袋と違って着飾らない。まどろっこしいこともないし、ウザイけど一緒にいて楽しいと言えば……な。

 そんなことに思考が持っていかれていると、頭を柔らかいものに包まれた。

 振り向けばツンと尖った──

「ぎぃやああああーーーーっ!!!」

「? 失礼なヤツだな」

「てててててめぇ! なんで上半身裸なんだよ!?」

 

 いつの間にか濡れている女が背後に立っていたばかりか、デカイ胸の谷間に頭を挟まれていた。しかもズボンは穿いているくせに上半身裸。ブラもしておらず、首から掛けたタオルでギリ乳首を隠している。

「鬼ごっこをしていたら盛大に転倒してな。風呂に入ってたんだ」

「服を着てからこい!!!」

「うむ、今度はアウィンも一緒に入ろうな」

「人の話を聞けっ!!!」

 なんだってこの女、こんなに噛み合わねーんだ。

 “女”って自覚あんのかよ。ガキ共の方がまだ隠すぜ。

 

 ほぼ男だけの騎士団で育ったせいか、免疫がないオレは女が目に映る度に鼻血が出そうだ。スポーツしていた割には白くて細いし括れもある。豊満の胸と尻が良い具合に突き出……オレは変態か!!!

 ハチマキを取り、髪をガシガシ混ぜると、女の顔が目の前にあった。

「どうした?」

「だ~か~ら~服を着ろって! 臍を冷やすと風邪引くって言うだろ!!」

「ふひゃあっ!」

 

 頼りのない迷信を叫びながら丸見えだった女の臍を押すと意外にも跳ねた。しばし沈黙し、女を見つめる。その顔は真っ赤で、覚束ない手で臍を隠した。

 ピーンと悪戯っ子のような角が自分の頭に出来た気がすると、女の臍を突きまくる。

 

「ここここらあーーーーっ! ややめっ!?」

「人の忠告無視したてめーが悪いっ!」

 

 どうやら臍が苦手らしい女は面白いぐらいに動き回り涙目。あ、コイツ面白ぇ……。

 他の『四聖宝』がコイツに構うのがなんかわかる気がして意地の悪い笑みを浮かべるが、すぐミレンジェに怒られた。次いで『覚えておけ!』と、捨て台詞を吐きながら出て行った女に笑う。

 

 しばらくして、ゆっくりとした足取りで外へ出た。

 鮮やかな夕日が見える空の下でハチマキを握れば、ジジイの言葉が頭に響く。

『少年よ、ヒーローは街を救うものかもしれん。けど人間は誰か一人“護りたい者”が出来た時もっと強くなれる』

『爺さんはいるのか?』

『……ワシにはもうおらん。じゃから騎士団と共に民を護ろうとな』

『じゃあ、オレも一緒やる! ヒーローになる!!』

『なっははは! 若いのは騎士団に入れ!! 強くなってワシを安心させてくれるなら、このヒーローの赤いハチマキをやろう』

『マジかよ!!!』

 

 その言葉通り、オレは両親や兄貴の反対も押しきって騎士になった。

 そのせいで家族はジジイを妬み、オレはいっそう家族が嫌いになったと、教会へ向かう途中で女に愚痴った。だが、返ってきたのはハリセンと溜め息。

 

『貴様まで妬んでどうする。あの手羽先は“帰ってこい”と言っておったのだから、顔だけでも見せておけ。時間が解決してくれる事もある』

 

 手羽先って兄貴の事かと疑問に思ったが、真剣な眼差しがジジイと重なった。

 ハチマキを巻き直すと、星が瞬く空を見上げる。揺れるハチマキはジジイとの約束。

 

 

『赤いハチマキは大勢の人を護りたいという時に付けるものだ。だが、誰か一人“護りたい者”が出来れば──』

 

 

 ジジイ、それはまだ先かもしんねーけど……オレもなんか見つかりそうだ。

 今日は久々家にでも帰るかと腕を上げると、服の間から金茶の宝石が光る。だが、気にもせずハチマキを揺らしながら教会に戻った。

 

 デカイ影が見ていたことなど知らず────。

*次話は番外編です

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