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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​28話*「たくさん休んで」

 日も沈み、松明(たいまつ)を点けた燭台に囲まれて魔物の死骸処理が進む。
 それを横目にハチマキ男達と教会へ戻ると、パレッド達が嬉しそうに彼へと抱きついた。とても羨ましい。羨ましい。羨ましいぞおおおぉ~~~~!

 そんな恨めしそうな目に、呆れた様子のハチマキ男が子供達に何かを言いながら私を指す。指で指すなと叱ろうとしたが、私の周りに集まった子供達が笑顔を向けた。

「お姉ちゃん、おかえり~~」
「っ!!!」

 

 か、可愛い子供(てんし)達が私に……私に……!!!
 おどおどしていた子も一歩半距離があるが笑顔。両手で口元を押さえる私はその場に崩れ──悶えた。

 

「お姉ちゃん……だいじょうぶ?」
「た……ただいまっ!!!」
「わあっ!」

 

 我慢ならず子供達を抱きしめると頬擦りする。ああ~!癒されるな~!!
 そんな私にハチマキ男は苦笑いし、眼鏡女子は呆れ、後ろからは大きな笑い声。

 

「なっはははは! 分け隔てないことは良きことじゃな!!」
「いやいや、アイツ年上には冷てーから」
「良かったですね団長、年下で」
「うおおおーーーーいっ!!!」
「む、そうかすまん! 貴様にも愛を「いらねーよっ!!!」

 

 ハチマキ男の大声が教会内に響き、眼鏡女子に怒られた。すまん。

 しばらくすると晩御飯の準備をすると聞き、私も帰ろうと椅子から立ち上がる。だが『食って泊まってけ』と言われた。困惑しながらチェアに座るロジーさんを見ると彼も頷く。

「女子(おなご)をこんな暗い時間に帰らすわけにはいかん。それに主には話があるしな」
「話?」
「んじゃ、飯出来たら呼びくっから、それまで話しとけよ。ミレンジェ、茶を出してから来い」
「……わかりました」

 眼鏡女子は溜め息をつくが、来た時と同じように熱い茶を淹れると礼拝堂を後にした。
 夜も七時を回ったせいか、静寂に包まれた礼拝堂は少しひんやりする。けれど、蝋燭の灯りと月の光でいっそう輝くステンドグラスは綺麗で、中央に座る彼の近くに座ると茶を啜った。

 

「せっかく来てもらったと言うのに、危険な目に遭わせてすまなかったな」
「いえ、他の街でも経験しましたし、この世界に慣れるには丁度良いですよ」
「なっはははは! 襲撃に慣れるなど普通は思わんだろうに。主らは本当に面白いな」
「“主ら”?」

 最初に逢った時も思ったが、彼の言葉には何かが含まれている。紫紺の双眸を見つめていると、口元がゆっくりと開いた。

 


「ワシは主と同じ“異世界人”に逢ったことがある」
「っ!?」


 その声は確かにハッキリと全身に伝わり、心臓が大きく跳ねた。
 今まで誰も……ご老人達ですらないと言っていた異世界人に……彼は。

 

 持っていた茶を横に置くと両手を膝に置く。
 その手は小さく震えているが、目だけは紫紺の双眸を見つめていた。その眼差しに、チェアに深く腰を沈めた彼は天井を見上げた。

 

「……もう六十年以上も昔じゃ。ワシがドラバイトの騎士団長になって間もない頃に大ケガを負ってな。目前には魔物が迫り、死を覚悟した時……彼女……“高田フミ江”と言う女性が堕ちてきた」
「たかだ……ふみえ……さん」

 名前をゆっくりと呟く。日本人の名前で、彼女も“墜ちて”きたのか。
 考え込んでいるとロジーさんは苦笑いをした。

 

「それがまた丁度ワシに止めを刺そうとした魔物の上に墜ちよってな。彼女はペコペコその魔物に謝っておったよ。まあ、おかげで団員が間に合ってワシは助かったんじゃが」
「は……はあ」

 

 魔物に謝るって凄いな。玉座の私はマシ……いや、剣を四本も向けられるのも充分危ないな! なんか懐かしいな!!
 そんな私のようにロジーさんも思い出しているのだろう、ポツポツと語ってくれた。

 

 彼女、高田フミ江さんは三十代後半で看護師をされていたそうだ。
 “異世界”と知った最初は酷く混乱していたそうだが、ケガを負っていたロジーさんを見て手当てを施すと、私のように城に招かれアクロアイトに所属したらしい。

 

「城の地下に研究医療班という怪しいヤツらがおるのは知っとるか?」
「あ、怪しいかは別として……一応」

 

 一瞬ラズライトで出逢った桜色フードの女性を思い出し同意しようとしたが、助けてもらったのもありそれはやめておいた。微妙な私の表情を気にしながらも彼は続ける。

 

「当時は研究班だけじゃったんだが、彼女の進言で医療班が出来たんじゃよ。研究をするなら命を救う研究もしろとか言って王を黙らせよった」
「き、肝っ玉ですね……」

 

 ロジーさんは笑っているが私の顔は引き吊っている。
 都市伝説並みの王を黙らせるとは……しかし今の王は三十代前と聞いたから前王かもしれんな。

 

 彼女は他にも『四宝の扉』に入れるのを活用し、ケガ人が出る度に走り回っていたそうだ。殆ど城にいなかったというのに、よくケガを負っていたロジーさんは逢うのも怒られるのも多かったとか。さすがハチマキ男が憧れるだけはある、うむ。
 そしてドラバイトには数軒しかなかった診療所を増やし、自分の知っている医療の数々を残したという。

 

「ワシの前に墜ちてきてから三年……彼女はこのドラバイトに現れた魔物から子供を庇い……死んだ」

 

 顔を伏せた私は視線だけ上げる。
 ロジーさんの表情はとても切なく、目頭には小さな涙が見えた。もう六十年も経つのに見せる涙は、彼女を慕っていたように映る。

 

 しばらくして、立ち上がった彼に頭を撫でられた。
 それはとても大きくて、シワシワの手はまるで『おじいちゃん』のよう。見上げる私のように、彼は背後で輝く十字架を見上げた。

 

「彼女は……元の世界に還りたがっておった。家族も友人もそうじゃが、結婚の約束をしておった者が居たそうでな……元気な顔をしておきながら、ここでいつも泣きながら祈っておったよ」

 

 彼女の気持ちがわからないわけではない。
 私は家族も恋人もいないが、大事な友人達はいた。そんな人達に何も言わず消えてしまったことに大きな迷惑と心配を掛けているのを考えると胸が苦しくなる。
 撫でられる大きな手に伏せていた顔を上げると、真っ直ぐな目と合う。

「わけも罪もなく墜ちてきた主らを魔物など恐ろしいモノに脅かされることに、ワシは謝罪するしかない。本当にすまんな」

「ロジーさんのせいでは……」
「いや……六十年経った今でも還す方法がワシにもわからんのだ。現王なら何かわかっておるやもしれんが……ワシも数年会うておらんからな」
「今の王は……どんな人なのですか?」

 還す方法がわからないのには気落ちしたが、そこまで気にかけてくれる彼には感謝しかない。そしてまだ一度も逢ったことのない“国王”。ロジーさんは顎鬚を擦りながらしばし考えると苦笑いした。

 


「雲のような存在で、主やフミ江と同じ──漆黒の髪と瞳をしたヤツじゃ」


 

* * *

 


「おらーっ! ちゃんと順番通り並べって!!」

 

 ハチマキ男の大声が響くと、子供達が元気の良い返事を返す。
 ロジーさんとの話が終わってすぐハチマキ男が現れ、教会内にある食堂に招かれた。縦長の木の机に丸太椅子が並び、子供達は楽しそうに大きな鍋の前に列を成している。今夜はみんな大好き、カレーだ。

 私は御飯を、ハチマキ男はカレーを注ぎ、眼鏡女子がサラダと茶を子供達のお盆に乗せていくリレー。

 

「本当はサラダに湯で卵を乗せたかったのですが、即冷蔵庫を閉めてしまいました」
「け、懸命な判断……だな……主に私らだが」
「思い出させんじゃねーよ!!!」
「なっはははは!」

 

 ハチマキ男の叫び声とロジーさんの笑い声の後に元気な『いただきます』。
 横で笑う子供達が可愛くて可愛くて世話を焼いていると『甘やかすな!』と怒られてしまった。う、すまん。


 

* * *

 


 時刻は十時を過ぎ、風呂から上がった子供達は就寝準備。
 ありがたくも私もお風呂に入らせてもらった。もちろん子供達と一緒にな! しかも一緒に寝れるんだ!! やったな!!!

 

 白のロングスカートの長袖パジャマに着替え風呂場から出ると、ハチマキ男と眼鏡女子が玄関で話し込んでいるのを見つける。何やら真剣な様子だったが、私に気付いた眼鏡女子は一礼し、外へと出て行った。

 

「何かあったのか?」
「定時報告みてーなもんだ。あ、ヤられたって言ってた狩猟隊の三人、一命は取り留めたってよ」
「そ、そうか……それは良かった」

 

 安堵しながらも覚えてくれていたハチマキ男に礼を言うが苦笑を返される。

 

「もっとも、戦闘で八人死んじまったけどな」
「え……」

 

 温まっていたはずの身体が一瞬で冷える。
 それでも苦笑いのまま玄関の戸を開けたハチマキ男に手を伸ばすと、振り向いた彼に手を掴まれた。

 

「一緒来るか?」
「……どこに」
「死んだヤツらの……哀悼だよ」



 燭台の道を辿って教会の裏へ回る。
 今日戦闘のあった場所に、八本の剣が並んで刺さっていた。

 ボロボロに折れた物、綺麗に磨かれた物。その人が使っていた証が見てわかる。
 ハチマキ男は腰に手を掛け、五十センチほどだった槍を一メートルほどに伸ばすと、八本の中央手前の地面に刺した。

 

「……おめーら、今日も頑張ったな……たくさん休んで……また来世で笑おうな」

 

 その声と背中は小さく見えたが、涙も震えも見えない。
 時間を置き、ハチマキ男に並んだ私も護ってくれたことに精一杯感謝するように手を合わせた。

 

 拝み終えた私達は教会裏の壁に寄り掛かって座る。
 正面にはまだ地面に刺さった彼の槍があり、夜空を見上げれば星々の数々。つい魅入ってしまうが、呟きのような声が聞こえた。

 

「……ジジイと異世界人の話し、したろ」
「ああ……貴様は知っていたんだな」

 

 目を空から隣の男に移すと、顔を伏せているが頷かれた。

「随分前に“ふみえ”って女の話は聞いてたけど、てめーと同じ異世界人とは知らなかったぜ」
「名前で気付け。そして早く教えてもらいたかったぞ」
「うっせーよ。第一てめーが墜ちてきてすぐオレはジジイに話たぜ。したら、この間まで寝込んでたくせして、ゾンビのように起き上がりやがった。恐ろしいジジイだぜ……」
「おいおい」

 

 失礼なことを言うなと思いながらも、教会を見ていた彼の視線が私に移る。松明の火が揺れる中で光るのは紫の瞳。

「で、やっぱてめーも元の世界に還りたいのか?」
「…………正直わからん。還る方法が不確かだと諦めることも諦めないことも出来るからな」
「還れなくてもいいんじゃね? 楽しそうにガキ共にキャーキャー言ってる変態だだだだだだ!!!」

 後ろから彼の首に右腕を回し、左腕で頭を固定すると裸締をしながら笑顔で言う。

 

「ああ~!癒されるな~!!」
「どこがだ! 死ぬ死ぬ!! ギブギブギブ!!!」

 

 年下を絞め殺すわけがないというのに。
 仕方なく緩めると、荒い息を吐くハチマキ男に苦笑いしながらゆっくりと抱きしめる。そのまま彼の肩に顔を埋めた。

 

「なんなんだよてっめ……」

 

 抱きしめる腕を徐々に強くする私に『悪ぃ……』と、謝罪が届く。
 やっぱり根っこは良いヤツだと髪を撫でても怒らない彼は素直に撫でられながらまた呟いた。

 

「……手伝ってやんよ」
「ん?」
「還る方法、一緒探してやるよ! てめーのおかげでジジイ元気なったし、礼分シッカリ働いてやる!!」
「んー……貴様は普通に騎士団長(ヒーロー)でいいぞ」

 断った私をハチマキ男は睨むが、今までを考えても頭脳云々が期待出来ないのも事実。それよりもドラバイトを護るヒーローが良いと言うと、彼は両頬を朱に染めながら前を向いた。

「ま、まあ『助けてくださいエジェアウィン様』って言うなら助けてやってもいいぜ!」
「噛みそうだな……『助けろ貴様』じゃダメか?」

 

 真剣な顔で別の案を出すが訂正を求められた。
 それもまた却下と言い合いが続いたが、最終的には『助けろアウィンで』と、折れた。うむ、ハチマキ男よりは全然良いと微笑みながらハチマキ男=アウィンの髪を撫でる。

 


「頼むぞ、アウィン」
「へーい……」

 


 それは気のない返事だったが、笑っている気がした────。

*次話エジェアウィン視点です

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