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破線サークル
フラワーアレンジメント1

​ 世界を駆ける

   

​27話*「騎士」

​※虫注意!

 ひとまず自己紹介をすると、ドラバイト騎士団副団長の眼鏡女子は黒のケープを脱ぐ。
 腰丈程のキャメルのインバネスコートに白の短パンと黒のタイツ、濃茶のロングブーツ。背中を向けたコートには竜と槍の刺繍が施されている。

「奥へどうぞ。一人でおられる方が面倒なので」
「う、うむ……」

 黒縁眼鏡を上げながら淡々とした口調で歩き出す彼女の後ろを恐る恐るついて行く。
 一言余計な子ではあるが、心が落ち着いてくるとツンデレなのかギャップ要素があるのか考えてしまうのが私の悪い癖。しかし、ハチマキ男との相性まで思考が巡り気付く。

「一緒に戦わなくていいのか?」
「人には得手不得手があり、守備専である私は教会を護るのも仕事。もっとも、あの猪突バカ団長など護るだけ無駄です」

 うむ、色々とキツイ子だな! 絶対ハチマキ男だったらツッコミしてたぞ!! でも可愛いな!!!
 そんな思考が読まれたのか、立ち止まった彼女に鋭い目を向けられる。だが、すぐに歩きだした。自分の守備範囲が広すぎるのは知っているため何も思わんぞ。
 礼拝堂に入るとパレッドを含め、子供達がチェアに座るロジーさんを囲み、屈んでいた。

 

「おお、ヒナぼっこ。無事じゃったか」
「はい、こちらの女性に助けてもらいまして。パレッド達も大丈夫か?」
「う、うん。だいじょう……わああっ!」

 

 大きな爆発音と共に教会が揺れた。
 ぎゅっとロジーさんの服を握る子供達に近付くと、初対面なせいか後退りされてしまう。それでも笑みを向けた。

 

「大丈夫だ。無敵のヒーローがみんなを護ってくれるからな」
「ヒーロー……エジェ兄ちゃん!?」
「うむ、そうだ。だがみんなが怯えていたらヒーローは集中出来なくなるから、そんな顔をするのはよくない」
「ダメ……なの?」

 

 地鳴りに怯えながらも、ロジーさんの服を握ったまま子供達は私を見上げる。一人一人の目を見ると、真剣な声で続けた。

「怖いことに怯え恐怖するのが人間(ひと)だが、ヒーローはみんなの応援でもっと強くなる。だから怯えていても心の奥では“負けるな”と強く願え」
「おねがい……?」
「うむ、強い願いはいつしか本当にしてくれるんだぞ!」

 

 満面笑顔で頷くと、子供達は互いを見合う。
 その表情はまだ不安気だが、頷き合うと目を瞑った。そのまま両手を胸の前で握り『がんばって』『お兄ちゃん』と呟きはじめる。嬉しくなっていると、ロジーさんと目が合った。

 

「……主らは希望を与えるのが得意じゃな」
「え?」
「もっとも、そのヒーローは突っ込むだけのバカですけどね」

 

 ロジーさんの優しい笑みとは別に、窓を見る眼鏡女子は溜め息をついた。
 同じように窓を覗けば、教会の裏は何もない。というより、随分昔に壊れた民家の残骸だけが残り、奥には茶色の二重門。その下で、先ほどの筋肉騎士達がサイズの違う黒いカマキリもどき四、五十匹と戦っているのが見えた。

 その中心にいるのは当然──騎士団長。

 

「うおりゃあああーーーーっっ!!!」

 

 赤いハチマキを揺らし、ニメートルほどの槍で何十匹ものカマキリを薙ぎ払う。脇をすり抜けたカマキリ達は他の騎士達が斬り、中央を陣取っていた。

 

「てめーら! こっから後ろ行かせんじゃねーぞ!!」
「へいっ、団長!」

 

 ヒーローというより族のような感じだが、互いの背を護るように何グループかに分かれている。余程の信頼関係がなければ成し得ない先方だ。
 しかしカマキリは鋭い鎌を交互に素早く振り、大柄な騎士達では反応が遅れ、血が噴き出した。

 

「っ!?」
「見慣れてないなら引っ込んでいてください。あの程度いつものことです」

 両手で口元を押える私とは違い、眼鏡女子は淡々と告げる。
 “あの程度”といっても、地面に倒れ込む者や腕を失くした者もいる。

 

 魔物との戦闘はこれまでも見てきたし、弟やサティがケガしたところも見てきた。
 それがいっそう私の世界との違いを思い知らされ、動悸が嫌な音を鳴らす。スティや子供達に偉そうなことを言っておきながら情けなくなる。両手を握りしめていると、ロジーさんが口を開いた。

 

「ミレンジェ、アヤツらのタイプわかるか?」
「数を見るに下級ですが……もしかしたら最近多い統率系の上級が混ざっているかもしれません。しかし、見たことない異形魔物です」
「異形って……カマキリもどきでいいじゃないか」

 

 扇状に広げ、後ろに跳ぶカマキリをハチマキ男が槍で突き刺す。
 それを横目で見ながらの呟きだったのだが、なぜかロジーさん、パレッド、眼鏡女子の目が私に向いた。瞬きする私に、三人は順に首を傾げる。

 

「ヒナぼっこ……」
「かまきりって……」
「なんのことを仰っているのですか?」
「……は?」
『キアアアアアーーーッッ!!!』

 

 素っ頓狂な声を返すと、甲高い悲鳴が響き渡る。
 見れば、ニメートルほどのカマキリが一メートル半のカマキリを──食べた。

 

 異様な光景にさすがのハチマキ男も眼鏡女子も息を呑む。
 食べ終えたカマキリの体は大きくなり、地面に白いモノを生み出すとハチマキ男に襲いかかった。慌てて穂先で鎌を受け止めるが、もう片方の鎌が首──を狙ったが回避し、カマキリの足を斬る。
 ロジーさんは安堵したが私は咄嗟に窓を叩いた。

 

「バカッ! そっちよりも白いのをなんとかしろ!! 早くっ!!!」
「お、お姉ちゃん……何おこってるの?」
「ん!? いや、カマキリもどきならばあの白いのは……って、ああっ!!!」

 

 パレッドの恐る恐るの声に返答していた隙に、白いモノから小さなカマキリが無数産まれた。やはりカマキリではないかと叫びながら窓を叩いていると、眼鏡女子に『だから“かまきり”ってなんですか!?』と言われ、私は固まった。

 

 眼鏡女子とニ人、急いで外へ出る。
 聞けばドラバイトにカマキリはいないという。家畜もいるし、田んぼも広がっているからてっきりいるものだと思っていた。だが実際は『天命の壁』から教会まで荒地で草一本生えておらず、自然を好むカマキリが住めるわけがないのだ。

 水路を跨ぎ、教会裏に回る。
 無数のカマキリに押される騎士達が見えるが、眼鏡女子に行く手を阻まれた。

 

「“男”からきてもらうのがマナーです」
「は?」
「『地電信(じっでんし)』!」

 眼鏡女子は胸の前で叩いた両手を地面に当てる。
 小さな凹凸がハチマキ男目掛けて進み、彼の足裏に届いた。直後、振り向いたハチマキ男は私達を見るなり慌ててカマキリを斬り、『駆空走』でやってきた。

 

「何やってんだ、てめーら!」
「うるさい。黙れ。埋めるぞ」
「んだと、ミレンジェ!!!」
「こらこらやめないか!」

 

 思った通り、ニ人の相性はあまり良くないようだ。
 歳は眼鏡女子の方が上らしく姉弟に見えるが、睨み合っている場合ではないと両者の頭を退け、ハチマキ男に説明する。案の定、カマキリは知らず斬っていただけだと言う。バカ。

「んじゃ、デカイのが雌で、小さいのが雄?」
「種類によっては違うが基本そうだ。そして食料調達が困難の場合は雌が雄を食べることもある」
「共食いとか腹を下しそうで最悪……」

 揃って顔を青褪めるが、目の前で見たのだから納得するしかない。晩御飯食べれるだろうかと心配しながら話を続ける。

 

「そして白いモノが卵鞘(らんしょう)。それに数百の卵が入っている」
「つまり本体よりも先に卵抹殺した方が良いってわけか」
「だったら猪突猛進バカの出番ですね」
「ミレンジェぇええっ!!!」

 怒号と共に眼鏡女子が壁の方を指す。
 見れば他の騎士達も卵鞘よりカマキリ本体に攻撃しており、繁殖を止められないでいた。無数に増えたカマキリ軍団に本気で眩暈がしそうだ。

 

 そんな私達に数匹のカマキリが向かってくるが、すぐ眼鏡女子が『土壁方陣』を張り、ハチマキ男が槍を一メートルほどに縮め、尖った穂先で斬る。見事なコンビネーションに拍手していると、揃って私を睨んだ。

 

「なんか弱点とかねぇのかよ!?」
「そ、そう言われても……あ、火で焼き払「「ムリムリ」」

 

 二人の声がハモる。やはり似たもの同士だと思うが『地』の恩恵を受けているドラバイト出身者では『火魔法』は弱いらしい。『天命の壁』の外なら森が広がっているため、たまに太陽に焼けて火災が起きるらしいが……森。

 

「それなら水だ!」
「水も……ああ、水路を使えばなんとかなるかもしませんね」
「よっしゃ! 水だな!?」

 

 手短に話すと頷き合い、眼鏡女子は先ほどの『地電信』で卵鞘を狙うよう団員に指示を出す。それが伝わったのか、野太い声を上げながら次々と卵鞘を抹殺していく。共食いを繰り返した大カマキリが数十匹に減った。

 

「しかし、ヤツらに水をかけねばならんのだぞ? 用水路の水をどうやって……」
「ぶっ壊せばいいんじゃね? いけんよな、ミレンジェ」
「今月の赤字代を団長が出してくれるなら」

 

 何か恐ろしいことを聞いた気がして絶句するが、ハチマキを捲き直した男は両頬を叩く。その顔は戦いに出向いた時と同じ強い目。そして口元には笑み。

「んじゃま、とっとと潰すか──『駆空走』!!!」

 

 大カマキリ達より高く宙に浮くと、槍を勢いよく廻しはじめる。
 激しい土煙が舞い、騎士達が一斉に下がりはじめると、眼鏡女子が私の前に『土壁方陣』を張った。次いで用水路まで走った彼女は叩いた両手を地面に当てる。

 

「『地上高(じじょうこう)』!」

 大きな声と共に地鳴りが響くと、土で出来た用水路が空高く突き上がり、水が溢れ……──本当に壊したあああぁぁっ!!!


 水飛沫が宙を舞い、ハチマキ男が勢いよく廻す風に乗ると、大カマキリ達に水が掛かる。すぐ彼女は簡易の用水路を魔法で造るが私は呆然。

 

『ギアアアアアーーーッッ!!!』

 

 悲鳴に振り向くと、水が掛かった大カマキリ達の中から細くうねったモノ……寄生虫が出てきた。
 眼鏡女子は『キモイ』と口を抑えているが仕方あるまい。山間などにいるカマキリには針金虫と呼ばれる生物が寄生していることがある。水生生物のせいか水に掛かると正体を現し、脱出すると寄生された方は衰弱死するのだ。
 それはこの世界でも同じなのか、カマキリから脱出を試みる細いモノのせいでカマキリ達の動きが止まった。

 

「上級じゃねーかよ、あの寄生虫……あの女、昆虫博士か何かか?」
「失礼なことを言う前にアレ諸共ブッ飛ばせ!」
「わーってんよ! ヒーローVS虫なのは微妙だが、しゃーねー!!」

 

 冷や汗をかいていたハチマキ男は次第に笑みを浮かべると、三メートルほどに伸びた槍の中央を持ち、頭上で勢いよく廻しはじめる。沈み出す夕日に、宙に浮く彼の影が大きく伸びると、高らかな声が響き渡った。

 


「土熅(つちいき)れ! 地を唸らしブッ放せ!!──解放(リベレーション)!!!」


 日に照らされた穂先が光を放ち、鋭く尖っていただけの穂先には鉤、柄頭がなくなると両刃のある──剣になった。
 あれはスティの時にも見た『解放』だ。


「行くぜ! フォチャードソード!!」


 ハチマキ男のさらなる叫び声に『駆空走』のボードはスピードを上げ、カマキリ達に単身突っ込む。まだ何匹かは素早く動いているのにと頭が痛くなっていると、隣に立つ眼鏡女子も溜め息をついた。


「仕方ないバカでしょ……でもあれが南方ドラバイト騎士団の『四聖宝』──『暴勇の騎兵(キャヴァリィ・ソルジャー)』ですから、諦めるしかありません」


 風に乗るボードに跨り、自在に槍と剣を使い分けながらカマキリを斬る団長。
 それを見守る彼女の金色の髪は夕日で鮮やかに輝き、口元には笑みがあった。

 

 “暴勇”とは無鉄砲で向こうみずな名。
 だが、恐れること無く先陣を切って突っ込む背中は頼もしくある。苦笑いしながら同意すると、カマキリの悲鳴と共に『終っわりーーーー!』の元気な声が響いた。

 無数の黒い死体の上には、竜と槍の刺繍が施された背中。
 金茶に輝く髪に赤いハチマキを揺らし、武器を右手に挙げた男は────満面の笑みで私達を見た。

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