異世界を駆ける
姉御
26話*「ヒーロー」
この国に慣れはじめても、元の世界の景色を忘れることはない。
ラズライトとドラバイトを見ても“似ている”と思っても“違う”と脳が否定していた。けれど帰る手掛かりも他の異世界人のことすらわからず一ヶ月。
今、白髪の老人は確かに“地球からきた日本人”と呼んだ。
誰もが“異世界人”と呼んでいた私を。
心臓の音が徐々に激しさを増し、老人の大きな影に覆われる。彼は顎鬚を擦りながら私の名を呟いている。
「ヒナタ……ヒナタ……日のような名……よっし、ヒナぼっこじゃな!」
「……は?」
拍子抜けした私の前後から大笑いが響く。前は白髪の老人、後ろはハチマキ男。
さらにパレッドが『ひなぼっこさん?』と笑みを向けながら言ったせいか、ハチマキ男は膝を折って椅子を叩きはじめる。
その背中をハリセンで思いっ切り叩くと、良い音が響いた──。
「なあ? なあ? この女、腹立つだろ!?」
「なっはははは! 思い切りの良い女じゃないか!! お前にはこんぐらいの姐さんが一番じゃて」
「ふざっけんな! こんながさつで乱暴女のどこが良いんだよ!?」
「こらこら、本人目の前に悪口を言うな。茶を頭からかけるぞ」
「サラリと何言ってんだ!!!」
老人はチェアに、私とハチマキ男は椅子に腰を掛け、黒縁眼鏡に黒の頭巾とケープを着た物静かなシスターから茶を受け取る。礼拝堂内でいいのだろうかと思うがニ人は普通に啜っていた。
パレッドはどこかへ行ってしまったし、少し寂しいぞ。
「ところでヒナぼっこ。主、アクロアイト所属らしいが宰相は元気か?」
「は?」
“ヒナぼっこ”の名はもう良いとして、まさかのほほん男のことを聞かれるとは思わなかった。先ほど会議室で見た時は変わりなかったため頷くと、白髪の老人=ロジーさんは安堵の表情を見せた。
疑問を浮かべる私に、ハチマキ男が答える。
「ヒューゲはドラバイト出身なんだよ。んで、オレの前の前の騎士団長」
「そうなのか!?」
意外だ。てっきりずっと宰相というか政治関係をしていると思った。
だが、シッカリと筋肉が付いていたのを思い出す。同時に、あいつにも抱きつかれていたことに頬が赤くなっていると、ハチマキ男は首を傾げ、ロジーさんは大笑いした。
「元気なら良い。昔は無鉄砲な子供(ガキ)じゃったからな」
「昔は……て、彼をよくご存知なんですか?」
「おおう、奴を拾ったのはワシじゃからな」
「拾うって……」
ラズライトでチェリーさんの話を聞いた時のような空気に覆われる。
だが、後ろからバタバタとたくさんの足音が聞こえ振り向くと、パレッドを先頭に十人ほどの子供達が礼拝堂に入ってきた。まだ三~九歳ぐらいの男女の可愛い子達。物珍しいのと戸惑いの目で私を見つめているが、私のテンションは一気にUP!!!
「かっわい「待てこら」
跳びつこうとしたが、ハチマキ男に止められた上、外に連れ出された。
な、何をするんだこら~~~~っ!
外に出ると、扉を閉めたハチマキ男を恨むように睨む。そんな私に彼は額に手を当て、呆れ顔。
「悪ぃが、話は礼拝の後だ」
「礼拝?」
「正しく言えば魔力共有の時間。親のいねーガキ共のためにな」
目を見開くと、歩きはじめた彼の後を慌てて追う。
日が沈みはじめ、稲刈りの終わった田んぼ道を歩きながら彼はポツポツ語ってくれた。のほほん男をはじめ、先ほどの子供達は魔物に親を殺された孤児らしく、ロジーさんが教会で保護し、魔力を分け与えていると。
「他の人から魔力を貰えるのか?」
「性交よりはねぇけど出来っだ!!!」
不健全な発言が出たため叩くと、背中を擦りながら睨まれる。
まさか性交云々が出るとは思わなかったが、子供達の前では絶対言うなよこらの笑みを返してやった。彼は舌打ちしながらも話を続ける。
「ジジイも昔は騎士団長してた分、デカい魔力あっから分けるとか出来んだよ」
「ほう、ロジーさんもか。道理で年齢にしては良い体格と強い瞳をされていたわけだ」
「だろだろ!? ジジイ、めっちゃ強ぇーんだよ!!!」
振り向いたハチマキ男は“少年”のような嬉しい笑みを見せ、私は驚く。
その様子に笑うと、彼も自分の表情に気付いたのか、朱に染めた頬をポリポリかく。それがまた可愛くてギュウギュウ抱きしめた。
「ああ~可愛いな~!」
「ついに声に出しやがったな! オレはもう二十四だぞ!! カッコイイって言え!!!」
「はいはい、そう言うヤツこそまだまだ中身は子供だぞ~~」
「だ~~~~~~っ!!!」
「おいっ!」
怒りが頂点に達したのか、胸に抱きしめていたハチマキ男は私の腰に腕を回し、そのまま抱き上げる。俵担ぎだが恥ずかしいのに変わりはなく、背中を叩いた。
「こらこら、下ろせ!」
「けっ! オレをガキ扱いした仕置きだ。年下なら良いんだろ“お姉さん”?」
意地の悪い笑みを向けられ不覚にも心臓が跳ねる。
この国の連中は年上も年下も隙を見せたら本当にダメだな。だが恥ずかしさは倍になり、下ろせ下ろせとジタバタ手足を動かしていると、彼の赤いハチマキがズレ、目隠し状態になった。
「どわっ! おいってめぇ!! 止めやがれ!!!」
「わ、私だが私ではない! バカッ、そっちじゃない!! そっちは田ん……!?」
「「ぎぃやあああああーーーーっ!!!」」
二人して田んぼに落ちた。稲刈り後で本当に良かった。
顔面から落ちた私達は互いの顔を見ると土がつき、頭の上にはスズメの親子がチュンチュンと乗っているのが可笑しくて笑う。
大の字で寝転がり空を見上げると、赤い夕日が見える。
こうしていると本当に子供の頃に戻った気分だ。横目で見るハチマキ(今は外れているが)男が眉を吊り上げていたため謝罪する。だが『違ぇよ』とぶっきら棒に返し、空を見上げた。
「……なんでてめー、土塗れでも笑ってんだ? 女なら気にすんだろ」
「ああ、まあそうだな……」
掠り傷も多く、チェリーさんから貰った化粧も落ち、殆どすっぴん。
社会人的にマズイ気もするが、こいつがそれを気にすることに起き上がると苦笑した。
「貴様が言った通り“がさつで乱暴女”だからだ」
「……意味わかんねーよ」
そっぽを向かれるが、傍に落ちていた赤いハチマキを手に取る。
二重に巻いてあったのか、長さはニメートルほどあり、それを彼の額に乗せると夕日で金茶に映る髪を撫でた。
「わからんでもいいさ。魔物の脅威があるこの国では着飾っても無意味だしな」
「……の、割には化粧は絶対してんだな」
「おっ、薄化粧でもわかるとは実は貴様ムッツリスケベか!」
「いでででっ! 違ぇーよっっ!!」
額をグリグリさせると手足をバタ付かせるが、退かそうとはしない彼に笑う。
彼が言うように化粧は薄くても最初に決めた通り……外では見せないためだ。紫の瞳が真っ直ぐ私を捉えてるのがわかると微笑んだ。
「化粧は女の武器だ」
「それ……涙じゃねーの?」
「最終手段だな」
「やっぱ使うんじゃ……っ!?」
ハチマキ男の大声を遮る爆発のような音がどこからか響いた。
振り向くと『天命の壁』近くから黒煙が上がり、騎士団服を着た男が大慌てで駆け寄ってくるのが見える。立ち上がった私達に男は敬礼した。
「団長! 狩猟隊の開門と同時に魔物に入られました!!」
「オレが行くまで開門すんなって言ってんだろ!」
「すいやせん! でも狩猟隊が魔物に追われてて、三人ヤラれました!!」
男の報告に全身が凍るような気分になる。“ヤラれた”と言うのはケガしたのか? それとも……。
嫌な動悸が鳴りはじめていると、ハチマキ男に肩を抱かれる。その瞳はさっきまでの“少年”ではなく“戦う男”。
「言葉だけでグラつくのは女だな。おいっ、まだ確実じゃねーんだろ!?」
「へいっ! 医者に診てもらってやす!!」
その言葉に動悸が治まってくると、腕を離した男は地面に落ちた赤いハチマキを手に取った。
「てめぇはジジイの所へ行け。教会は結界が張ってある分、安全だ」
「しかし……」
「まだ礼拝が終わってねーから、てめーの大好きな子供達が中でビクビクしてるぜ」
「どういう脅しだ!」
「おいっ、この女の護衛はいらねーから、おめーは他の地域回れ!」
「へいっ!」
まさかの護衛なし発言に驚くが『だって走んの得意だろ』に沈黙。彼は楽しそうに笑いながらハチマキを二重に巻くと、教会の後ろにある『天命の壁』を見る。
風でハチマキが揺れる中、足元に『滑地走』のボードが現れ、竜と槍の刺繍がある背中を見つめた。すると、呟きのような声が届く。
「……このハチマキは昔ジジイがしてて、オレを助けてくれた時くれたんだよ」
「え……?」
「オレ、ガキの頃は弱虫だったからよ……ハチマキ(これ)をつけてたジジイが“ヒーロー”に見えたんだ」
土煙が舞い、徐々に浮く彼に先ほどの『滑地走』とは違う魔法だとわかる。距離を取ろうとすると頭に手を乗せられた。
「だから今度はオレがジジイ達を護ってやんだよ……しゃーねーけど、ついでにいたてめーもな」
宙に浮く彼の頬が赤く見えるのは夕日のせいかはわからない。
だが苦笑いすると、背中を思いっ切り叩いてやった。勢いあり過ぎて前に倒れそうになったハチマキ男は私を睨むが、構わず親指を立てる。
「頼むぞ、赤レンジャー」
「なんだよそれ……ま、カッコイイ響きだしいっか──『駆空走(かっくうそう)』!!!」
大きな掛け声と共に、空に向かって勢いよく白の煙を吹いたボードが発射した。その煙は飛行機雲のように綺麗な路を作り、見送った私は教会を目指す。
息を吐きながら、きた道を真っ直ぐ走る。
この付近は田畑以外は崩れた建物しかなく、人が住んでいないのが見て取れた。教会は『天命の壁』近くにあるが、黒煙はそれよりも遠い場所で上がっている。傷もなく建っていることに安堵すると、玄関に手を伸ばした。
直後、ゾクリと背中に悪寒が走る。
夜でもないのに感じる寒気は──暗闇。
同時に爆発音が響き、あと一歩で教会内だというのに足が動かなくなる。
見てはいけないはずなのに、振り向こうとするのを止められず、後ろを向いてしまった。そこには私の影とは違う……毎日夢で視る、黒く真ん中が光っている大きな影。その影が私を覆いはじめると低い声が聞こえた。
『……エガ……いご……ノ……ぐろ……』
「っ!!?」
「『土壁方陣(どへきほうじん)』!!!」
すべてが覆われる前に土の壁が遮り、影が消えた。
腰を抜かしたようにヨロけると腕を引っ張られ、教会の中へと入れられる。戸が大きな音を立てながら閉まるが、嫌な汗と心臓の音は止まない。それでもなんとか顔を上げると、先ほどのシスターが立っていた。
「黒いストーカーを入れるのは止めていただけませんか?」
「す、ストーカーって、私は知らん!」
「それをストーカーと言うのですよ」
「た、助けてもらったのには礼を言うが、貴女は誰なんだ!?」
物静かな女性(年下)だと思っていたが、口を開くなり失礼だ!
脳内が混乱しているせいか年下相手に叫んでしまったが、女性は気にすることもなく眼鏡を上げる。次いで黒の頭巾を取ると肩上までの金髪の髪を揺らし、赤茶の目を鋭く見せた。
「私はドラバイト騎士団の副団長をしています、ミレンジェ・ランアードと申します。貴女こそ誰ですか?」
この状況下で自己紹介すべきか迷うとこだ────。