異世界を駆ける
姉御
25話*「兄貴」
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「それじゃ~僕~お先に~~」
変わらぬ笑みで、ヒューゲバロン様が会議室を後にする。
まだ何か用がありそうだったが、エジェアウィン不在では仕方あるまい。一息つくと、黒ウサギを持つティージを見る。前髪で隠れていても目が合ったのがわかった。
「なんですか……アズ様」
「いや……先日の“裏”の仕事はどうだったのかと思ってな」
「別に……何も変わらなかったですよ」
淡々とした口調だが“何も”ということは例の裏書類は“いつも通り”。つまり彼がヒナタを監視及び標的にはしていないという意味だ。もっとも他の誰かが犠牲になっているという事実もあるが、彼女ではなかったことに安堵する。と、ティージに不審な目を向けられた。
「“裏”とヒナさんに……何か……?」
「その様子ですと、カレスティージ君はご存知なさそうですね」
ヒナタの名を出した覚えがなく内心焦るが、返したのはラガーベルッカ様だった。三十センチほどの身長差がある両者の目は細められ、なぜか激しい火花が見える。
な、なんだ……昔、本で見た、大きなトラと小さな黒ウサギ(凶暴版)が背景に見えるのは目の錯覚か。するとニ人が俺を見る。
「そういうアズ様って……ニワトリっぽいですよね」
「にわっ!?」
「ああ、朝もお早いですし性格もチキンですよね」
「ちょちょちょちょちょっ!」
まさかの流れ弾にヨロけるが、ニ人は気にせず例の異世界人の話をする。
先日俺とラガーベルッカ様は『青の扉』前でイヴァレリズを追い詰めたが『影』で逃げられてしまった。その後、ルベライトの屋敷に戻った俺は重要金庫の奥底から、封をされた過去の住民票を見つけ驚愕した。ヒナタと似た名と黒のバツ。
その数──十四。
日付は新しい物で俺が生まれる前だったが確信した。ヒューゲバロン様は嘘をついている。
彼は『見たのははじめて』と言っていたが、ベルデライトと合わせ、これだけの異世界人が宰相の持つ記録に載っていないはずがない。だが、彼は答えてはくれないだろう……ならばと“裏”で暗躍するティージに賭けたかったが。
「ボクは……知りません……そういうのは多分……イズ様ですし……」
ラガーベルッカ様の話を聞いた彼は火花が散るどころか困惑しているように見える。どうやら本当に知らないらしい。珍しい表情にラガーベルッカ様と顔を見合わせていると扉が開いた。
光の先に立つのは、ラズライト騎士団副団長のサスティス嬢。
「カレっち! いつまで時間かかって……何? アズっちとランラン三人辛気臭い顔してさ」
「……なんでもないよ。サスティス、ヒナさんと一緒じゃなかったの?」
「もう、不機嫌になんないでよ! あの女ならアンアンとガキと三人ドラバイトに行ったわよ!! なんかロジエット様が倒れたんですって!!!」
大声に三人耳を塞ぎながら“彼”を浮かべる。恐らく飲みすぎだろうなと溜め息をつくと、光の射す扉に向かって歩きはじめた。
これでヒナタは全員と会うことになるか──『四天貴族』と。
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『コケコッコー!』
元気なニワトリの声が響く。
舗装もされていない道を速度五十キロほどのスケボーが走り、石造りの家々が並ぶ大通りに出る。野菜や肉などが露店式で売られているが、スケボーの音にパレッドに似た服装の住民達は慣れた様子で真ん中を開ける。その頭には買った品などが入った籠を乗せていて、テレビで見た外国が浮かんだ。
街を過ぎると畑やニワトリ、馬、牛などの家畜地帯に入る。
普通に日本の田舎と変わらない様にまたわけがわからなくなるが、進む先に人だかりが見えた。目を凝らすと、騎士団服を着た男と誰かが揉めているようだ。ハチマキ男も気付いたのか、私を抱く手が強くなる。
「スピード上げっから女、パレッドをシッカリ支えとけ!」
「え、おいっ、ちょーーーーっ!!!」
返答も聞かずスピードを上げるハチマキ男を恨みながら、肩車しているパレッドの身体を支える。そのまま人だかりへと突っ込んだ。
「「ひぎゃあああーーーーっっ!!!」」
野太い声が響くのは、上半身裸のハゲ男と騎士団服の男。両方筋肉ムキムキ達の頭上を通ったから……ついでに掠りもしたので、人を轢いたことになるだろう。スケボーなど含め、良い子は決してマネしてはならんぞ。
スケボーから下りたハチマキ男は私とパレッドも下ろすと振り向いた。
「てっめーら、何やってんだ!」
「あ、兄貴!」
騎士団服を着た男が顔を青褪め、人だかりにもいた騎士五人も出てくると一斉に深く腰を曲げた。
「「「「「「お帰りなせーーーーっ、団長(アニキ)!!!」」」」」」
「おうっ……じゃねーよ! 何してんだ!?」
「す、すんません! この男が今月の家賃滞納しやがってんで……」
「あん? そりゃ滞納する方が悪ぃーよな……ああん!?」
ハチマキ男の顔は極道の頭のように顔が“悪”だ。
やり取りを聞いていても借金の取立てのようだが、住民であるハゲ男は両手を左右に振って慌てている。だが、ハチマキ男は両手をバキバキ鳴らし、臨戦体勢を取ると足を踏み込み駆け──。
「人の話は聞かんかーーーー!!!」
「いってぇーーーーっっ!!!」
「団長ーーーーっっ!!!」
力いっぱいハリセンで背中を叩いたせいか、ハチマキ男は地面に顔面転けした。それを見た筋肉ムキムキの騎士達が私を囲み睨む。
「おうおう、姉ちゃん。ウチの団長に何すんだゴラッ!」
「ウチの騎士団じゃ、女にも容赦しなくて良いんだぜ!?」
「覚悟出来てんだろうな!!?」
「うむ、そうか。なら私も──容赦はせん!!!」
私の鋭い眼光と共に素晴らしいハリセンの連続音に男達の呻きが響くが、可愛くも年下でもないため割愛。そんな雄姿にパレッドや周りの住民から拍手喝采。ん、なんでだ?
「「「「「「どうもすんませんした!!!」」」」」」
「なんで負けてんだ! なんで椅子持ってきてんだ!? なんで肩揉みしてんだ!!?」
「おい、鼻血でてるぞ」
地面に座り、必死に下を向いてタオルを当てているハチマキ男を見る私は椅子に座り、男達に肩揉み足揉みされている。男達の顔は素晴らしく腫れ、パレッドは目を輝かせていた。
「姉ちゃん、つっえー!」
「む、そうか? 女には女の戦い方があるからな」
ハッキリ言ってヤツらは私よりも身長も体格もある。おかげで避けやすく、懐に潜りやすい。その隙間から男の大事なとこを叩きまくったのだ、うむ。
男達に礼を言って立ち上がると、怯えた様子の住民ハゲを見る。
「すっかり後回ししてしまったが、滞納理由があるのではないのか?」
「あ、はい……実は収穫間際に魔物が入り、騎士団のみなさんに退治してもらったんですが……その戦闘で畑が壊されて……」
全員沈黙。
ゆっくりハチマキ男を見ると顔を逸らしているが構わず訊ねた。
「被害が出た場合でも取られるのか?」
「……半分しか取らねーな」
「半分は払いました! けど払ってないだろって押し掛けられて……」
住民ハゲは身体に似合わず小心者のようで半泣きだ。
次に男達を見るとハチマキ男のように顔を逸らしたため両手でハリセンの音を鳴らす。
「「「「「「すんませんした!!!」」」」」」
「おいっ、てめーら!」
「ほらほら、ハチマキ男も謝る」
「なんでオレが!」
「部下のミスは上司のミスだ。貴様も殴りかかろうとしただろ」
嫌がるハチマキ男を引っ張ると頭を無理やり下げる。最初は文句を言っていたが、ちゃんと小声ながらも謝った。男達も住民ハゲの畑を直しに向かったりと、根っこは優しいようだ。短気なのは問題だがな。
そんな彼らの団長を苦笑いしながら見ていると眉を上げられる。
「んだよ?」
「いや、慕われているなと思ってな」
「うっせーよ……」
「お、照れてるのか? 可愛いではないか!」
「おいっ! こらっ、ヤメローーーーっ!!」
年下の可愛さに胸元に埋めギュウギュウに抱きしめてやった! ああ~癒されるな~!!
* * *
ハチマキ男の鼻血が止まったのを確認し、パレッドと手を繋ぎながら歩く。
しばらくして稲刈りの終わった田んぼが広がった。懐かしい故郷の田舎を思い出すが、その場にそぐわない物に唖然とする。それは『茶の扉』からも見えた大きな十字架がある教会。
ロマネスク式の石造りで、ラズライトの『宝遊閣』と同じ五階建てぐらいの高さ。左右相称に三角屋根が伸び、真ん中は円形屋根で左右より低いが大きな十字架が立てられている。
しかし田んぼの中央とかミスマッチすぎるだろ。せめて神社にしておけと内心ツッコミを入れながらハチマキ男の後を追う。
「ここに“ロジじいちゃん”と言う人がいるのか?」
「うん! ロジじいちゃんはデカくてカッコイイんだよ!!」
「つっても、もう歳は八十越した飲んだっくれジジイだがな」
「まだまだお元気なのだな」
中に入るといくつもの灯りが長い廊下を照らし、導かれるように奥に進む。靴音を響かせながらどんな人なのだろうと想像していると、閉じられた両扉の前で立ち止まったハチマキ男がニヤリと笑みを向けた。
「んで、このドラバイトの『四天貴族』でもある」
「え?」
私の呟きと共に扉が開かれ光が射す。そこは──礼拝堂。
ステンドグラスから受ける光が祭壇である十字架を輝かせ、左右には木で出来た長椅子が縦に六脚ずつ置かれている。そして中央で、大きなロッキングチェアに腰を掛けている大柄な人がいた。
「おい、ロジエット! だーれが倒れたって!? ピンピンしてんじゃねーか!!!」
ハチマキ男の大声に、チェアに座っていた人が動く。
その手には酒瓶。見れば床にも散乱していて仰天するが、ハチマキ男に負けない笑い声が響いた。
「なっははは! だーれが倒れるもんかあ。ちーと飲みすぎて眠くなっただけじゃい」
「やっぱ飲みすぎじゃねーか!!!」
ハチマキ男は呆れているが、私は目の前の男にゴクリと喉を鳴らす。
ニメートルはある長身に、黒のリヤサを着ていてもわかる鍛えられた体格。白髪の髪は腰辺りまで伸び、白の顎鬚も胸元近くまである。八十を越していると聞いたが、紫紺の瞳は今でも強い光を宿している。その瞳と目が合うと身体がビクリと跳ねた。
「なんじゃ~、エラく別嬪な女を連れてきよって。アウィン、ついに嫁か? 式を挙げるか?」
「バッカ言ってんじゃねーよ! この女は例のどっかからかきたヤツだ!!」
若干頬を赤くしたハチマキ男に白髪の老人は目を見開く。数度瞬きした目を細めると、顎鬚を手で触りながら笑みを向けた。
「……そーかそーか、お主がか。名はなんと申す?」
「ヒ、ヒナタ・ウオズミです。はじめまして……」
「ふむ……ワシはロジエット・ローバンガ。会いたかったぞ、地球からきた日本人よ」
今度は私が目を見開いた────。